亡き母の晴れ着まとひてシベリアの父の短歌の表彰を受く
今日は嬉しい日でした。この夏市民文芸の作品募集があり、私は父の供養になればと思い、シベリアへ巡拝した時の短歌を応募しました。作品は「詩」「短歌」「俳句」「川柳」「随筆」の4部門で、3107点の応募があったということです。私は「シベリアの森に慰霊する祭壇に軍事演習の大砲響く」という歌で教育長賞という栄誉に与りました。母の形見の水色の無地の着物を着て出席し、教育長より表彰を受けました。
秋の日のつるべ落としの保育園に母待つ子らの影の哀しも
午後5時ごろだったと思うのですが、スーパーまで散歩がてらに買い物にいきました。途中保育園の前を通るともう夕闇がせまっていました。このころはあっという間に日が落ちていきます。園では迎えにくるお母さんを今か今かと待っている園児の姿が灯りのなかに浮かんで見えました。夕暮れは大人でさえもなんとなく寂しさを感じます。まして小さな子供ならなおさらだろうと小さな影を見ながら思いました。
長崎より届きし本は短歌あり川柳ありの『ラーゲリ歳時記』
元捕虜のたましひ震ふ数々の歌にいつしら夜も白みたり
ラーゲリとはロシア語で第2次世界大戦後の旧ソ連の捕虜収容所のことです。これは長崎のある方からある方を通して私に届いた本です。それはもうすごい本で、読めば読むほどに亡き父のことが思われ哀しくて中断していたのですが、読んでおかなくては思い直して読み上げました。その中のいくつかを抜粋します。 人間の耐へうるこれがぎりぎりの寒さなるべし口も動かず(氷点下50度) ふた冬を靴下なしで過ごさせしわが足をあはれにとおもふことあり 牛馬の鞭もて追はるる忍辱の日々は忘れず生きの限りは 歌へざる歌のいくつをわが持てば氷原とほく日は落つるなり 真一文字に腹召されしは見事なれど彼は虜囚の涙を知らぬ
朝餉する独りの卓に友くれし柚子が香りと彩りくるる
友達が柚子をくれました。それも採れたてで葉の付いたもののありました。夕べから台所のテーブルの上に置いて飾っていましたが、まだ時期が早いせいかあまり香りませんでした。ところが今朝の朝食の時、ほのかに香ってきたのです。そしてそこに眼をやると黄・黄緑・緑の優しい色が眼の中に飛び込んできました。そんな訳で今朝はちょっとだけにぎやかな朝食となりました。