遅ればせながら、昨年読んだ本の感想を書き残しておきます。
カポーティの「冷血」を思い出させる本作。すなわち、ある善良な一家が、何の理由もなく残酷無慈悲に殺される事件が描かれています。カポーティの小説とは時代も舞台も違いますが、高村さんの緻密な背景描写や人物描写はリアリティたっぷりで、閉塞感のある現代の日本で、いつでも起こりうる事件となっていることに恐怖を感じました。
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2002年の年末。都内の閑静な住宅街で、一家4人が無残な姿で発見されます。両親はともに歯科医、子どもたちは国立大付属校に通っているという堅実な家庭で、周囲とのトラブルも見当たりません。姉はスタンダールを愛読し数学オリンピックを目指す知的に成熟した中学生で、捜査員は一同深いため息をもらします。
粗雑な犯人たちは痕跡を数多く残しており、やがて戸田と井上という2人が逮捕されます。いわゆるチンピラの井上と、寡黙な新聞配達員の戸田。むしゃくしゃしていた井上と戸田はネット上で知り合っただけの関係で、2人はわずか数日の間に、東京近郊で器物損壊やコンビニ強盗を重ねた挙句、その流れで一気にこの殺人事件へと突き進んだのでした。
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上巻では犯罪が起こるまでと、犯人たちが逮捕されるまでがドキュメンタリーのように克明に記されていきます。これだけでも十分読み応えがありますが、そこで終わらないのが高村さんの小説。上巻と同じボリュームで、下巻では戸田と井上、2人の内面の物語が緻密に描写されていきます。
それは、被害者である善良な家族4人も、加害者である2人の凶悪犯も、命の重さは同じなのだ、という高村さんのメッセージなのだと受け取りました。(とはいえ、それは心情的に、とても受け入れられるものではありませんが...)
犯罪自体は許されることではありませんが、どんなに凶悪な犯行にも必ずそこに至るまでの正当な理由があり、それを解明して初めて事件は完結するのだ、ということ。高村さんは、そのことを合田雄一郎という刑事を通して追及し続けているのだと思います。
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井上というのは高村さんの小説によく出てくる、躁鬱が激しくて、頭の中がゲームとパチスロだけでできているようなキャラクターで、正直私にはまったく理解できないタイプ。 (そしてこういうはちゃめちゃな頭の中を言語化できる高村さんてすごい!といつも感心しています。^^;)
戸田は、今でいうところの教育虐待の被害者で、彼のこれまでの孤独と絶望の人生を思うと、胸がしめつけられるような苦しみを覚えました。彼はどうやら日本の伝統工芸に興味を持っていたようですが、もしも母親が自分の価値観を押し付けず、彼の気持ちを尊重して育てていれば、犯罪の道に走ることもなかったのでは?と思わずにはいられませんでした。
現代ならではの社会問題がさりげなく織り込まれている高村さんの作品は、いつも読んだあとにもいろいろと考えさせられます。
「冷血」は高村薫さんらしい、とてもとても硬派な作品でしたよね。
ただの犯罪ものじゃないんですよね。
上巻の緊張感、そして下巻の犯人の内面の世界への転換も素晴らしかったです。ここで現代の犯罪の根底にあるものが語られていくのですが、これを理解しないといつまでもこの様な犯罪が続いてしまうだろう・・っていう高村さんのメッセージだと感じました。
合田雄一郎シリーズは、「マークスの山」もですが、とてもヘビーなんですよね。でも心の中に残るものもヘビーなので、もっと他の作品も読んでいきたいです。
追い詰められて凶行に走る事に対する同情が寄せられる事はあっても、裁判というのは、正しい、と思われる情報や罪科を語り尽くす事によって、容疑者に禊をする場でもあると思います。
両親との関係や家庭環境もその重要な情報源ですよね。どうやって育ったか、というのは、人によって真っ当な自我を固めるのに晩成型の人も居ますし、時間が懸かる場合もありますよね。罪に塗れてからその反省と軌道修正によってトントンと立ち直る人も居ると思います。
重要なのは、執行猶予であっても、当人に禊に為っているか、反省する事によって、二度と罪を犯さない事を改心出来る事でしょうね。そうした経験があった上で、社会の受け皿が必要で、前科者への企業の再雇用とか、居場所となる集まりが作られる事が大切だと思います。
日本人って悪から更生したとか、死んでから英雄となる人というのは、生きている間は罪人とされたり不遇だった人が多いと思いますけど、個人を差別するのも、許容するのも多数派であって、罪に対する世情の印象を何となく受けての事だと思います。多数派を変えるのは至難でしょうが、独自の考えを持つ少数派の意見がもっと耳を貸されるべきじゃないかと思います。
他人への咎が罪人で、自らの業が苦労人だと思いますが、罪も実のある苦労に為る事も、自分への捉え方によって変われるんじゃないでしょうか。
「冷血」遅ればせながら、記事にしてみました。
重いですが、読み応えのある作品でしたね、
ご紹介ありがとうございました。
実は、先日高村さんの最新刊の「我らが、少女A」(これも合田雄一郎シリーズ)を読んだところで、ほんとうはカップリング記事にしようと思ってたんですが、「冷血」だけで長くなってしまったので、単独記事にしました。
「我らが~」もきつい作品でした。
関係者が亡くなっていて、完全には解明されないので、そこはちょっともやっとするかもしれません。
私も高村さんとの出会いは「マークスの山」です。
高村さんの犯罪小説に出てくる犯人は、おしなべて心に深い闇を抱えた人が多いですよね...
昔は犯罪者の更生に対してももっと大らかな見方があったかもしれませんが
今は昔に比べると、なかなかやり直しが効かない社会になっているのかもしれませんね。
社会自体も昔に比べて、今の時代はずっと複雑になっているので
犯罪や、その動機も複雑になっているような気がします。