「姉ちゃん、可愛いか子、おったよ」
姉は内心、クスクス笑ったが、さり気なく聞き返した。
「なんていう子?」
「知らん。校庭ば走っとった。テニス部の子じゃないかな」
「なら姉ちゃん分かるよ。テニス部の友達に聞いといてあげる」
とたんに孝藏は、顔を真っ赤にしてあわてた。
「やめて! やめて! いいんよ、いいんだって! 見とるだけでいいんよ」
代表曲の『初恋』を想わせる、二つ年上の仲の良いお姉さんとの会話も微笑ましく再現されています。夕暮れの東京で先輩の運転する営業車の助手席に座り、カーラジオから流れてきたその鮮やかな歌声を僕は今でもありありと憶えています。背伸びした都会的なセンスが主流のようだったニューミュージックの時代に、青春の夢や切なさを素直な感性で紡ぎ出していた、シンガーソング・ライター村下孝藏の楽曲は没後10年経ってもその輝きを失うことはないでしょう。
才能あるギタリストとしての一面も描き出しながら、生い立ちから青春時代そして早すぎる突然の死まで、多くの愛情ある人達の証言で構成され、ファンならずとも興味深いSTORYに仕上がっています。
※ 写真は『CARDI'S CLUB COFFEE』の、小さなカップに甘くてほろ苦い『初恋』によく似合うエスプレッソ・マキアートです。