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宇宙の歩き方

The Astrogators' Guide to the Charted Space.

宇宙港 ~未知への玄関口~ 第2集:帝国宇宙港務局(SPA)の組織と職務

2022-05-18 | Traveller

「宇宙港は音、宇宙港は詩、宇宙港は歌、そして楽器。適切に扱われていれば決して間違いはない――私が狂皇クレオンでなければ」
――マーガレット二世時代の港務局長ドロテア・パカール

 帝国は、その広大な領土を間接統治するために数多くの機関を使っています。その中でも帝国海軍以上に重要な役割を担い、迷宮のような官僚機構でも特異な存在なのが「帝国宇宙港務局(Imperial Starport Authority)」です。港務局は国内全ての官製宇宙港を統括し、帝国領内における通商と旅客の実に97%(加えて帝国近隣星系での4割)を扱っています。
 港務局は市民から信頼されている組織です。様々な役割を果たしながら星間交易と旅行を促進し、帝国市民にとってごく当たり前の生活を守っています。そこに存在するだけで実効統治の象徴となる帝国宇宙港の日々の運営は、一見簡単そうに見えますが実際には管理・交渉・危機対応などあらゆる面での才覚が求められます。仮に港務局が止まれば貿易は完全に停止し、想像を絶する経済的混乱が生じるでしょう。しかしありがたいことに、港務局には非常に優秀な人材が集っており、巨大企業に匹敵するほど多くの分野に手を広げながらも、目に見えないあらゆる危機に対処してきた実績があります。

 第三帝国は建国当初、各地に探査拠点と海軍基地を優先して建設していきましたが、商業港の重要性はかねてから認識されていました。同時に、その質の保証を帝国政府自らが背負わなくてはならないこともわかっていました。すぐに偵察局は基地課に「民間宇宙港管理室(Civilian Starports Office)」を設立し、既存宇宙港を国有化する際の規則作りや、新宇宙港の建設手続きの法制化、新規建設や拡張工事の優先順位付けなどを行いました。第一次大探査(First Survey)完了後の帝国暦422年、皇帝マーティン三世の勅令によってこの管理室は偵察局から独立し、帝国宇宙港務局として再編されました。現在の港務局は組織系統では商務省の下にありますが、最高責任者である港務局長は皇帝直属とされています。

「海軍は発砲の権限を握り、偵察局は初接触の興奮を占め、外交官は理想を追い求める。しかし、袖を捲り上げて帝国の日常を支えているのは宇宙港職員である」
――とある格言

 全ての官製宇宙港は(現地が帝国をどう思っていようとも)帝国の所有物であり、治外法権(XT)として扱われています。このXT線の帝国側では現地の法律や政治的圧力は通用しません。仮に現地では違法の品(煙草程度でも)が貨物として宇宙港に持ち込まれたとしても、XT線を越えなければ現地政府には何もできません(密輸の温床であるとして苦情を入れることはありますが、密輸の大半が港務局管轄外の港で行われているのが実情です)。また、現地政府による宇宙港への攻撃は即座に「帝国への反逆」とみなされ、海兵隊による軍事介入が行われます。

 港務局は星間貿易にかかる費用を間接的に抑え、公正と安全に関する帝国法を遂行することで経済交流を促進し、必然的に税収を増やす手助けをしています。港務局宇宙港を介した自由貿易は非常に効率的かつ関税もかからないため、もはや港務局に対抗できる地方政府や民間企業は存在しません。
(※建前では関税徴収権は何らかの危機に備えて留保されているだけです。例えば、反乱を起こした/起こしそうな星系に懲罰的関税をかけることはありえます)
 帝国の宇宙港がある全ての世界は「公正な貿易」を実践せねばなりません。港務局管轄の宇宙港を介して取引される商品に対して、星系特有の関税や貿易慣行で排除・優遇することは法律で禁じられています。ただし星系自治権との兼ね合いで「あらゆる宇宙港で」禁じる法的根拠はなく、それが今も地方港や私設港が残っている理由の一つでもあります。
 この「公正」を重んじる長年の努力は、何千もの世界を港務局の仕組みに染め、そしてそれを通じて帝国そのものを売り込むことに繋がりました。摩擦や抗議もありましたが、うるさくとも帝国の宇宙港を持つことが多大な経済的利益になるという実績の積み重ねが、帝国への信頼と献身を呼び起こしていったのです。そこから得られる多くの利益に比べれば、宇宙港や職員に掛かる多額の経費はむしろ安いものです。


■港務局理事会
 宇宙港運営における最高組織は、キャピタルに置かれた「港務局理事会」です。理事会は宇宙港にある10部署と施設部(後述)それぞれの代表に、監察室長を加えた12名で構成されます。皇帝に任命された港務局長は、会の場で票が賛否同数となった際の13票目を入れる権限を持ち、理事会の決定を皇帝に推挙する立場です。この港務局長は伯爵級の人事とされ、なるべく世襲にならないよう配慮されます。ただし官庁としての港務局にはあまり貴族が勤めることはなく、職員はほぼ平民です。
(※ちなみに理事は男爵級、港長は士爵級の人事です。低いように見えますが、宙域艦隊提督ですら男爵級人事ですし、平民が一代で取れる爵位の上限が男爵であることも影響しているかもしれません)
 そして理事会には商務省や偵察局から代表者が必ずと言っていいほど出席して議論には参加はしますが、投票権はありません。港務局はこの両機関と密接に連携して活動するため、常設の連絡室を置いています。


星域/宙域統括本部
 港務局は各宇宙港の運営を監督・指導するために、星域や宙域ごとに統括本部を置いています。各地の港長からの報告は星域統括本部に送られ、それを集約・分類・要約して宙域統括本部に流します。宙域統括本部も同様の作業を行い、最終的にはこれらはキャピタルの理事会で報告されます。もちろん報告書の原本は全て保管され、疑義がある場合は後々再確認が取れるようになっています。
 各統括本部では星域(宙域)統括本部長が業務を指揮し、その下に宇宙港と同じ10部署が置かれています。その各部署を率いているのは星域(宙域)調整官で、その肩書きが示す通り指揮監督よりも調整が主業務です。
 加えて宙域統括本部には「施設部(Facilities departments)」という第11の部署があり、その下には2つの課が置かれています。「立地査定課(Survey and Siting)」は新宇宙港の建設候補地や(宇宙港等級が上下するような)大規模改築の妥当性を検討する部署です(※小規模なら星域統括本部や現地で決裁されますが、その繰り返しで結果的に査定を経ずに大規模改築が成し遂げられてしまうこともあります。こういったやり口を立地査定課は嫌いますが)。「土木課(Civil Engineering)」は測量や建設の計画を港務局系列や外部の建設会社と契約して手配する部署です。なお、特殊な技術課題や政治的問題が無い限り、通常は外部に発注します。


■港務局監察室
 港務局内部に睨みを利かせる部署で、ここには局内の上下関係は通用しません。また、「正々堂々と」仕事をすることもあまりないため、他部署の管理職は監察室からの単なる日常的な質問であっても胃を痛めています。
 監察室の規模は公表されていませんが、少なくとも数千名と言われています。1人の監査官の下には班員たちが属し、班単位で独立行動がなされます。この活動内容は、例え同期の友であっても他の班のことはぼんやりとしかわからないと言われています。
 監察室はまるで諜報機関のように見えますが、実際、「機密予算」の存在も含めてそう言われても仕方のない側面があります。なぜなら宇宙港では、よくある密輸から世界を揺るがす政治的陰謀までありとあらゆる「闇」があるからです。とはいえ囮捜査や盗聴など、訴追に支障が出るような行為はなるべく避けられます。


■宇宙港の収入面
 宇宙港の建設と運営にはとにかくお金がかかります。基本的に開港から20年で収支均衡を達成するのが理想とされていますが、実際には平均して25~30年かかり、中にはいつまでも赤字のところもあります。特にEクラス港が黒字になることはまずありません。また、先に「大きな箱」を建ててから顧客を呼び込む、というやり方は確実に失敗するようです。
 とはいえ以下に挙げた収入源により、港務局全体としての財政は非常に健全です。

1.補助金
 帝国の宇宙港は港務局を通じて国庫から運営資金を受け取っています。経済成長は結果的に国家財政を潤すため、帝国が赤字港であっても熱心に運営をするのはこのためです。また、海軍など他の官庁や星系政府も個別に補助金を出すことがあります。

2.船舶へのサービス料金
 帝国は宇宙港を公共事業として運営していますが、その利用は無料ではありません。宇宙港は利用者から入港料や点検費などの安定した収入を得ています。
(※造船所からも莫大な利益が出ているそうですが、民営化されているという設定と矛盾するため、賃貸料を取っていると解釈すべきでしょう)

3.賃貸事業
 宇宙港の屋内空間の多くは民間業者に貸し出されていて、人の集まる大規模港では都会の一等地並みの賃料相場となっています。これに関しては「管理部事業課」の項目で解説します。


■港長と幹部
 宇宙港で「幹部(Executive)」と呼ばれるのは組織の頂点にいる港長(と副港長)とその直属の部下(つまり各部署の長)です。港務局の内規では、宇宙港業務の全ては「港長の裁量で行われる」と明記されています。これが意図的に曖昧にされているのは、星系間の通信にかかる時間を考慮に入れて、わざわざ一つ一つ条文化することなく各地の環境や状況に応じて広範囲に柔軟な対応を行えるようにするためで、港長に独裁的権力を与えるものではありません。港長にできるのは各業務の許可や停止ぐらいです。理由もなく民間人を警備員に逮捕させることはできませんが(※ただし警備員は不審者を港長に諮ることなく捕縛することはできます)、問題を起こした店舗に営業停止を命じることはできます(私有財産の没収はできません)し、船を法的根拠と証拠なく差し押さえることはできませんが、離陸許可を無制限に却下することはできます。
 また、港内にあっても命令系統が異なる海軍・偵察局基地に指図することはできませんし、領事館があったとしても同じです。しかし、重要な事柄について現地の宇宙港長に相談しない指揮官や外交官は滅多にいません。表向きは港長は単なる宇宙港の管理人に過ぎませんが、その影響力はXT線を越えて遥かに広がり、発言一つで様々な事象を動かします。言わば「帝国の代理人」である港長には特権を濫用することなく粘り強く各種状況に対応する能力が求められるため、独善的な性格だと出世の過程で排除される傾向にあります。しかし、人里離れた星に長くいると少々風変わりになり、権限を強めに行使することが知られています。そして港長の働き方も様々で、現場に全てを任せる港長もいれば、末端まで細かく指示を出す港長もいます。いずれにせよ、港長は優秀な人物でなければ長くは務まりません。


■宇宙港の部署
 宇宙港では、様々な法律や政治にも対処しながら数多くの技術やサービスを厳格な基準で提供しなくてはならず、例え小さな港であっても港長一人で全てに目を配ることは不可能です。よって日々の運営には非常に複雑化した各部署の組織的な協調が必要となり、それぞれの港の職員は星系独特の文化・環境の中でそれを実現するために日々奮闘しています。
 ほとんどの港務局管轄宇宙港には以下の10部署がありますが、小規模港ではいくつかが廃止されたり他部署と兼務していたりします。

●管理部 Administration Department
 各種許可証を発行し、船籍登録や航行記録や貨物目録から自動販売機の販売統計まで、宇宙港のあらゆる事務処理を担当する部署です。港長が定めた運営方針をどのように反映させていくかは、この管理部の働き一つにかかっています。ちなみに、その職務経験から港長の多くは管理部出身者が占めます。
 この部署の仕事はほとんど全てが退屈なもので、「宇宙への玄関口」を担っているという華やかさは微塵もありません。多くの事務職員は杓子定規で無感情に見えますが、自由貿易商人なら誰しもがこことうまく付き合うのが商売の一番の秘訣だと語ります。見た目は地味ですが、この管理部こそが宇宙港全体の業務を潤滑に回すための重要な部署なのです。

 大規模な宇宙港であれば、管理部の事務所はメインターミナルと繋がった別棟に置かれていることが多いです。そうでなくても港の隅や孤立した場所にある傾向があります。つまり宇宙港職員以外がここに立ち入ることはほぼなく、職員とも交流は少ないのです。よって、管理部に用事ができてしまった一般旅行者は、どこに行けばいいのか苦労することでしょう。〈管理〉技能を駆使したり、警備員や清掃員の善意や好意を得られればその助けになります。
 そして管理部の事務所を訪れると、そこには――ぎっしりと並べられた事務机、安っぽい椅子、薄暗い照明、古びたコンピュータ端末といった、いかにも役所めいた光景が目に付きます。港長には(例えEクラス港であっても)専用の部屋が充てがわれますが、一般職員は陰鬱としたこの部屋で日々事務作業に追われているのです。

「前からずっと思ってたんですけど、お宅の新しい格納庫の見苦しさときたら……、毎朝寝室の窓からあれを見る方の身にもなってくださいよ。港長にちゃんと言っといてくださいね!」
――宇宙港に実際に寄せられた苦情

 惑星関連連絡室(planetary liaison office)とも呼ばれる「連絡室(Line Office)」は、宇宙港と地元政府との間の主要な窓口となっています(この部署を置けないような小規模港では、管理部の職員が兼務していることもあります)。ここの職務は主に2つあり、(広報課と共同で)宇宙港の重要性とその利点を講演会や教育啓発などによって地元に広めることと、地元住民からの苦情処理です。
 宇宙港への苦情も様々で、騒音や廃棄物処理、交通接続の利便性、時には美観問題も寄せられます。連絡室がこれらの苦情や地元政府とどう付き合うかは、人員配置に左右されます。余裕があれば地元の政治家や役人を接待して問題が起こる前に回避することができますし、余裕がなければ「検討中です」の一言で先送りしてしまうかもしれません。
 辺境や帝国に併合されたばかりの星系の連絡室は非常に忙しく、地元との間で板挟みになることしばしばです。また、入植初期の星系の連絡室は事実上の「植民なんでも相談係」で、入植者たちに情報を提供し、援助を求める人を繋ぐ役割をします。
 宇宙港は基本的に地元への干渉は避けますが、星系自治権と帝国市民としての普遍的権利が衝突した際には、連絡室は躊躇なく後者を守ります。著しい人権侵害が行われた場合は避難民の脱出を黙認したり、影から支援したりするのです。帝国政府は建前上こういった行為を褒めはしませんが、露見しない程度に報いてはくれます。
 港務局の任務である「地元との良好な関係を促進する」ことと「帝国の治外法権を守る」ことは時に対立し、港長と連絡室はその両者の平衡を慎重に守らなくてはなりません。連絡室の仕事は決して華やかなものではありませんが、危機を未然に防ぐのは連絡室職員の交渉術にかかっているのです。

 「事業課(Concessions)」は、小さな土産物屋から巨大な遊技場まで港内で様々な民間業者が営む事業を統括し、賃料などを徴収する部署です。ほとんどの大規模港では事業者向け賃貸に割かれた空間が港全体の6割以上となっていて、年間総収入の過半を時に占めることもあります。賃料は床面積と場所に応じて固定額もしくは売上高の歩合で決まり、基本的には単年契約ですが、特定の企業が特定の倉庫や着陸床を「ほぼ永久に借りている(≒99年契約)」ことも珍しくありません。
 事業課は契約更新の際に条件を変更したり、常習的に賃料の支払いが遅れたり苦情の多い業者を退店させる権限を持ちます。その際には業者が重大な契約違反をしているという証拠を集め、法的措置を講じる必要があります。
 どのような業者が入居するかは、その宇宙港が持つ経済力次第です。宿泊・飲食・雑貨といった定番から、地上車や銃器や通信機の販売店、産直朝市、旅行代理店、劇場など娯楽産業、そして宇宙船自体も手に入るかもしれません。
 余談になりますが、特別な技能を持つ在野の人材を欲する団体、例えば傭兵部隊や私立探偵、「何でも屋」を探している企業などは、宇宙港を採用の場として事務所を構え、見込みのありそうな旅人の選考や接触を行っています。

「――ジュエル宇宙港の敏腕港長がテュケラ運輸と300年間の独占契約を取り付けたんだが、莫大な前金が振り込まれた直後にゾダーン艦隊がやって来て、爆撃で宇宙港が更地になっても契約通り渋々賃料は払い続けられたらしい。結局、戦後にその金で宇宙港は無事再建されたとさ」
――第五次辺境戦争後に広まった噂話

 「法務課(Legal)」は、保険金の請求、警備員による過剰制圧の告発、契約違反など、宇宙港が関わる法律問題や訴訟を扱います。法務課が港内で逮捕された犯罪者を直接起訴することはありませんが、審理や裁判の前には帝国もしくは現地の当局と協議を行います。また、治外法権に関する問題は連絡室と調整を行います。

 「財務課(Financial)」では、宇宙港の経理や帳簿、(大規模港では)港や地元への投資案件(債券発行など)の管理を行っています。こうした投資によって地元経済が活性化し、宇宙港と地元との結び付きを様々な面で更に強くしているのです。
 ちなみにこの財務課が取り扱う情報、例えば巨大企業の収入報告書などは、多くの競合他社や税務当局、そして犯罪組織などの垂涎の的であり、その保全については気を使って――いるはずなのですが、それらは財務課にとってあまりに日常的な物のため、油断や慢心から隙を生んでいるのは否めません。

 「人事課(Personel)」は港内労働者の募集や面接を行い、彼らの上司から働きぶりの良い面も悪い面も聞き取って記録を残します。なお、人事課は昇進や解雇を決定することはなく、それはその部署の責任者が行います。

 「労務課(Labor Relations)」では、労働環境に関する労働者からの苦情や、労働者の働きぶりに関する管理職からの苦情に対処します。これらが訴訟沙汰になる前に仲裁に入ることもあります。
 ちなみに労務課では、港内入居店舗の従業員(つまり厳密には港内労働者ではない)からの苦情も受け付けていて、同じく仲裁が行われます。とはいえ港務局と結んだ契約書や帝国法に著しく反することでもない限り、労務課にできることはあまりありませんが。

 「記録処理課(Records and Data-Processing)」には、膨大な文書を(複製も含めて)完全に保全し、必要な情報をすぐに取り出す専門家が配属されています。言わば「宇宙港の司書」であり、その専門性ゆえに職員人生をたいていこの記録課のみで終えます。
 世間にあまり知られていない事として、重要港の記録処理課には暗号係が置かれており、機密性の高い業務を遂行する際に幹部と共同で職務にあたっています。

 「広報課(Public Relations)」は現地市民に対して情報を提供し、声を聞く部署です。港内で事件事故があった場合は広報課から声明が発表されます。また、港長によっては記者会見の原稿を広報課に代筆させる者もいますし、そもそも会見場に広報課を立たせる者もいます。
 広報課は宇宙港の設備やサービスを星系内外に宣伝する役割もあります。競争の激しい市場で印象は非常に大切であり、(大規模港では特に)費用を投じて旅客や企業を誘致する宣伝を打っています。時には著名人の推薦を求めることがありますが、このような契約は両者にとって有益であることが多いです。

 「通商連絡課(Commercial Liaison)」は、船主や荷主、仲買人、店子、出入り業者といった宇宙港を商売で利用する人々からの要望や苦情を受け付けています(旅客からの苦情は旅客部の担当です)。

 軍基地が併設されていれば、「基地連絡課(Military Liaison)」が常日頃から情報共有を行っています。宇宙港駐留の海兵隊は現場の将校の直接指揮下にあるため、ここが関わることはありませんが、部隊の現状について星系外の上層部に報告することがあります。
 ちなみにここは退役した軍人や偵察局員の再就職先によく選ばれます。多くの港長は、兵士が民間人よりも元軍人の方が接しやすいだろうと思っているのです。
(※偵察局と港務局の長年の関係から、偵察局員の再就職先として宇宙港は定番となっていて、この課に限らず職務経歴に応じた適切な待遇で迎えられています)

 「官舎課(Employee Residence)」は職員に住居を割り当て、管理する部署です。
 帝国領内(および属領)では地上港職員の大半は宇宙港の外に居住して通勤していますが、緊急時に即応するためにXT線内に住む職員は必ずいます。また、現地の特異な環境に馴染めなかったり、安上がりという理由で港内居住を希望する職員もいます。
 軌道港の職員は地上から通勤するか、軌道港内に住むかの二択です。

 「契約課(Contracting)」の最大かつ最も一般的な業務は、宇宙港の新施設の建設や改良工事に関わる企業や個人の選定と監督です。また小規模港では施設管理や職員用食堂といった業務は経費節減で外注されることがあり、その際にも契約課の出番となります。
 なお、帝国領内では安全面の理由から船の整備や警備業務を外部の民間業者に委託することはありません。

●管制部 Traffic Department
 宇宙港の管制区域内における全ての宇宙船・航空機・車両に対して、指示する権限を持つのが管制部です。また、人工衛星の状態を把握する役割も担っています。
 管制区域は宇宙港の規模(というより管制塔の設備)によって範囲が定まります。Aクラス港では星系全体、Bクラス港では100天文単位圏の「勧告区域(Advisary Zone)」内、Cクラス港では惑星直径100倍圏の「遷移区域(Transition Zone)」内、Dクラス港では直径10倍圏の「軌道区域(Orbital Zone)」内で、全ての宇宙船は管制からの通信に従わなくてはなりません。Eクラス港では管制が行われませんが、(相手がいれば)通信は直径0.1倍圏の「気圏区域(Airspace Zone)」内で可能です。また、宇宙港から20km以内は「制限区域(Control Zone)」となっていて、航空車両の乗り入れが制限ないしは禁止されます。
(※ただし現実には直径100倍圏の外、つまり勧告区域から先では厳格な管制は行われておらず、いつでも連絡が取れるという意味で捉えるべきでしょう)

 管制区域内の宇宙船の動きを全て把握するのが「管制課(Traffic Control)」で、宇宙港の心臓部と言えます。古代も現代も管制官は事故を防ぐために細心の注意を払い、事象の地平面で綱渡りするような自信と鋼鉄の神経が求められ、4時間交代の勤務であっても職業病として胃腸障害や神経症に悩まされています。古代と違うのは、反重力推進による垂直離着陸が当たり前となって滑走路がなくなったことぐらいです(※高度数メートルを維持しながら格納庫などに移動するための「誘導路」はあります)。特に大規模港では一度に数百もの船が入り乱れる中、それら全てを正確な飛行経路に乗せて発着時間を調整し、着陸場所を割り当て、無事にジャンプするまで見守らなくてはなりません。しかし管制官らの苦労と最新機器の支えもあって、港務局宇宙港での発着事故は10万回に1回程度に抑えられており、しかもそのほとんどは宇宙船側の過失によるものです。

 「船籍課(Ship Registrar)」では星系内に入る全ての船舶の記録を残し、乗っ取りや盗難の報告があった船舶を税関職員に通知しています。船籍情報は毎週更新され、Xボートを通じて宙域統括本部で各港と共有されます。

 「車両課(Vehicular Control)」は、軌道まで上がれないような小型の反重力機器や、低TLの車輪型機器など「地上の」乗り物の交通整理を行います。車道と誘導路は可能な限り分けられていますが、交差する場所では(緊急車両を除いて)原則として宇宙船が優先されます。

●整備部 Ship Services
 停泊中の船舶の修理、燃料補給など、安全運航に欠かせない機械整備を担当する部署です。管制と連携して宇宙船を格納庫に誘導し、貨物部の仕事を滞らせないのも整備部の仕事です。これらの業務は宇宙港の大きな収入源であるため、どこの港長も(小さな宇宙港では特に)ここの業務が円滑に行われるよう配慮しています。ここが機能していないと、宇宙港どころか周辺地域に多大な損害を与えてしまうのです。

 「係留課(Berthing)」は、宇宙港に欠かせない着陸床や格納庫での作業を担当します。地上港のこれらは単に整地されているだけのもの、壁で囲われているもの、屋根だけがあるもの、開閉式の屋根や扉があるものと様々で、ここに宇宙船を降下させ(ないしは「滑り込ませ」)ます。軌道港では小型船は港内格納庫に入港させ、大型船は外部に接続係留されることがあります。入港後の機器点検は整備部職員か船の乗組員によってこの場で行われますが(※小規模港では整備小屋に移動させることもあります)、多くの機関士は整備部職員に全てを預けずに少しでも(可能なら全部自分たちで)携わることを好みます(ただし点検料金は入港料に含まれています)。
 小規模港でなければ格納庫には空気フィルタなどを洗い流す装置と外部電源があり、動力炉を落とした状態でも円滑に点検が進められるようになっています。格納庫の鍵は発行された暗証番号で管理されますが、大規模港では生体認証が採用されています。

 「補給課(Fueling)」の仕事は、入港した宇宙船に文字通り燃料を補給することです。燃料を自力で賄える宇宙船もありますが、ガス惑星まで遠回りするぐらいなら港で買った方が手っ取り早いと考える船長も多いのです。
 ほぼ全ての宇宙港では、燃料を星系内の水素源(水、氷、メタン)から調達しています。これは主要惑星内で自給できることもありますし(※ただし水資源が貴重な世界では地元政府が汲み上げを許さない場合があります)、星系内の小惑星帯やガス惑星から輸送される場合もあります。なお、石油のような化学燃料は物資供給課で販売されています。

 「物資供給課(Stores and Provisioning)」は言わば、運航や船内生活の必需品が何でも揃う雑貨店です。大規模港ほど品揃えが豊富ですが、空気フィルタや潤滑油、宇宙服といった特に必要不可欠なものは、港が封鎖されでもしない限りは必ず手に入ります。帝国の宇宙港では常識的な商品が常識的な価格で販売されていますが、各港の仕入れ担当には大きな裁量が与えられているため、時には目玉商品が入荷していることもあります。

 「修理修繕課(Maintenance and Repair)」は船長からの依頼を受けて破損した宇宙船を修復する部署です。(帝国内での)修理は公定価格で先着順に行われ、真に優先すべき緊急の案件が発生するか船長自ら後回しを望む以外では決して変更されません。逆に言えば、帝国外の宇宙港では価格に差異があったり、公開入札や担当者への賄賂によって割り込みが許されたりしています。
 なお、船体構造自体を修復するような深刻な場合は、造船所に持ち込む必要があります。

 「清掃課(Housekeeping)」は宇宙船内の居住空間などを掃除する部署で、船体洗浄や窓拭きからシーツの交換・洗濯までを受注します。とはいえ、常日頃から清潔を保っているので必要ないから、他人に私室を掃除されるのが嫌だから、単に汚れてても気にしないからと様々な理由で、全ての船がここを利用するわけではありません。客室が数室程度の小型商船からの引き合いが意外と多いのは、乗客が残した汚物処理など乗組員の雑用が一つ減るからです。一方大型客船からは、船員に専門の清掃員を抱えていることもあってあまり利用されません。
 ちなみに小規模港では宇宙港専属の人員ではなく、近隣の街から清掃業者や家政婦が派遣されることが多いです。

 帝国では船舶の安全航行のために認証点検制度が存在し、その検査を担当するのが「認証課(Certification)」です。有効な運航認証を持たずにCクラス以上の宇宙港に到着した船は、他の船から離れた指定区画に停泊し、直ちに検査を求められます。それが不合格の場合は、基準を満たすまで出港が許されません。認証の有効期限は5年間ですが、普通は年次点検(オーバーホール)の際にまとめて認証を受けます。認証試験には1日かかり、費用は船体容積1排水素トンあたり1クレジットです(年次点検のついでならその費用や期間は既に含まれています)。
 検査官はいつでも、いかなる理由でも帝国船籍の船舶に抜き打ち検査をすることができます。検査に問題がなければ費用は取られませんが、検査にかかった時間に対する補償はありません。問題があれば罰金が課され、もちろん問題が改善するまで認証は一時的に取り消されます。とはいえ船舶の数は多すぎますし、検査官の数は少ないため、よほど怪しくなければ抜き打ち検査は行いません――が、普通にしていれば抜き打ち検査が行われない、という保証はどこにもありません。

●貨物部 Cargo
 宇宙港の主な仕事は、人ではなく物を運ぶことであるのを我々は忘れがちです。貨物部はそんな意味で重要な部署で、非常に忙しい所です。

 今でも「港湾労働者」と呼ばれがちな「荷役課(Freight Handling)」は、港内で貨物を移動させる部署です。実のところ船の乗組員(や企業)は着陸床や格納庫内で自分の貨物の上げ下ろしができる権利を有しますが、港内での運搬(例えば企業保有の港内倉庫から格納庫まで)は全て荷役課が担当します(倉庫から格納庫までを一体で借り上げていれば別です)。
 星間貨物のほとんどはコンテナで輸送されるため、宇宙港ではそれを運ぶための様々な機器(フォークリフトや貨物積載車、地上と軌道港を行き来するシャトルなど)が用意されています。一般的な輸送用コンテナは耐久性が高く、居住可能な惑星では屋外に積み重ねていても問題はありません。異種大気の中でも運搬する程度なら特に保護は必要ありませんが、長期保管するには密閉された倉庫が必要となります。

 「倉庫課(Warehouseing)」が管理する倉庫は、ほとんどの場合は輸送されるまで貨物を一時的に置いておく単なる大きな密閉空間に過ぎず、需要や環境によって地上や地下に設置されます。軌道港では利便性を考慮し、発着口の付近に様々な大きさの倉庫が用意されています。宇宙港の交通量の多い区画から離れたXT線境界付近(時には宙港街)に置かれた倉庫は、XT線を通過する免税品を長期保管するために利用されています。
 倉庫は様々な手段で盗難から守られていて、TL12以上の高度な自動防犯装置が反応すれば警備員が駆けつける手はずになっています。しかし、それらへの対抗策を備えた泥棒と腐敗した内通者は、大体どこの星にもいるのです。

 爆発物や化学薬品などが置かれる危険物保管倉庫(HAZMAT Storage)は、宇宙港規模が大きくなるほど必要性が増します(※100排水素トン未満であれば防火対策や入構制限がしっかり取られた一般倉庫が利用されなくもありません)。全ての荷役作業員は危険物運搬の訓練を受けており、中でも細心の注意が必要な放射性物質や有毒廃棄物などに対処する特殊な要員もいます(普段は通常の荷役作業に従事しています)。このような危険性の高い貨物の移動には港内業務の混乱を最小限にするために事前計画が立てられ、運搬中は人や車両を近づけることなく警護車付きで運ばれます。適切な梱包がなされていれば事故はほぼ起きませんが、一時的とはいえ警備の目がそちらに集中する分、他が疎かになってしまうのは否めません……。

 宇宙港には貨物の売り手と買い手を仲介し、売買手数料を徴収する仲買人(ブローカー)と呼ばれる人々がいます。「仲買人室(Broker Office)」では、港に出入りする仲買人らの名簿を管理しています。名簿への記載は「港が御墨付きを与えた」わけでないので、仲買人のやり口や実力にまで港は責任を負えませんが、苦情の多い仲買人は名簿から抹消されます。
 ほとんどの仲買人は港内に事務所を(事業課から借りて)構えていますが、港外に事務所を置いて必要に応じて宇宙港を訪れる者もいます。また、宙港街にも必ず「仲買人」はいますが、その多くは貨物の出処や行き先を尋ねない代わりに法外な手数料を取る輩です。

●旅客部 Passenger Services
 多くの貨物が行き交う宇宙港には、当然多くの旅客も押し寄せます。旅客部職員は、そんな利用者のために様々なサービスを提供しています。

 「接客課(Hospitality)」は宿泊・飲食・娯楽など、旅行者が快適に過ごすための施設を担当する部署です。通常、運営は管理部事業課と契約した民間企業が担いますが、港が直接経営する場合は接客課が担当します(契約違反で入居業者が退店させられた場合に事業を引き継ぐのも接客課です)。大手運輸会社が自社客専用の特別待合室(ラウンジ)を港に設置する場合に、接客課が手数料を取って下請けに入ることもあります。
 加えて港内の装飾や案内表示、苦情対応も接客課が担います。大規模港ではよく著名な建築家や芸術家を起用して宇宙港の「顔」を創っていますが、その雰囲気を維持し続けるのは接客課の働きにかかっているのです。

 「案内課(Passenger Assistance)」は迷子や旅客の質問に対処する部署です。案内課の職員には港内の見取り図を暗記し、複数言語を解し、どんな人にも笑顔で応対する無限の忍耐力が求められます。この仕事はトラベラー協会と混同されがちですが、実際に職員は協会の仕事も把握していて、場合によっては旅客を最寄りのトラベラー協会窓口に繋ぐこともあります。

 「手荷物課(Baggage)」の「手荷物」とは、各客席等級で定められた範囲内で個人が船に持ち込める小型貨物、と定義されています。手荷物課の職員は貨物部と同様の技能で手荷物を運びますが、貨物部よりは旅客と直に接する機会が多いので常に身だしなみを整え、礼儀正しくあることが求められます。中には、港の繁忙具合によって手荷物課と貨物部を「行き来」する者もいます。

●警備部 Security
 その仕事のほとんどは駐在所で待機したり、廊下を巡回することです。保安上の問題が発生したとしても、万引き、スリ、荷物の盗難、酔客の破壊行為といった軽犯罪ばかりです。とはいえ海兵隊が駐留しない大半の宇宙港では、警備部は自称テロリストや有象無象の悪人に対する唯一の抑止力です。

 旅人が保護を受ける(あるいは裏をかく)保安対策は、宇宙港の規模によってかなり異なってきます。Eクラス宇宙港は小さすぎて訪問者も少ないため、最低限のもの――港長(または日中8時間だけ雇われた元軍人の保安官)が銃を持ち、もしあれば監視カメラで警戒するぐらいです。Dクラス港でも常時複数の警備員が配置されることは珍しいですし、この規模では緊急事態に備えて防弾服や狙撃銃などの特殊装備をいくつか用意しておくのが精一杯です(場合によってはその都度港長が突入志願者を募ったり、部外者に依頼もします)。
 Cクラス港ともなると、中央監視室から複数の監視装置と無人機(ドローン)を駆使した警戒が行われ、警備員も5~10人単位になります。警備員の半数は私服で、もう半数はクロース相当の防弾服と電磁警棒(スタナー)を持って巡回を行います。また、緊急時に備えて詰所には軍用銃が保管され、複数の犯罪者を収容する独房も設置されています。
 Bクラス港の警備規模はちょっとした警察署ぐらいになります。警備主任を含めて昼夜3交代の人員配置が行われ、関係者が港内宿舎に寝泊まりどころか定住することも珍しくありません。また、小規模ながら海兵隊が駐屯していることもあり、普段は目立たないようにしながら人質事件やテロ攻撃などの大規模暴力犯罪に備えています(海兵隊がいない場合は警備部内に特務班(SWAT)が組織されます)。収容施設には十数名分の独房があります。
 Aクラス港の規模はもはや都市と同じなので、その保安業務も膨大な人手と機械を必要とします。港内の地区ごとに所轄が分けられ、それぞれが人員と警備車両と収容施設を持っています。情報は中央の警備本部に集められて各所轄に指示が送り返されます。Aクラス港にはたいてい海兵隊が駐屯しており、宇宙港の警備能力を超える事態があれば、最後の手段として軍用車両や兵装を駆使して沈静化させます。

●医療部 Medical Department
 全ての宇宙港には何らかの医療施設を置くことが義務付けられています。Eクラス港では救急箱に過ぎませんが、Dクラス港では正規の救命訓練を受けた者が最低1名は勤務しています。こういった小規模港で深刻な病人が出た場合は、最寄りの医療機関に搬送されるか、たまたまいるのであれば船医に救命措置を依頼します。
 Cクラス港以上では常勤の医師や看護師がいる医務室があり、訓練を受けた救急隊員が24時間体制で待機しています。ただしCクラスでは外科医が常勤していることはまずないため、重傷者は港外のより設備の整った医療機関に運ばれます。これがAクラス港ともなるとその規模は病院と言っていい程になり、人類以外の医学知識も持った医師、手術室や自動診療装置(AutoDoc)、さらに常勤外科医も待機していますが、意外にも冷凍寝台や入院設備はありません。これは、医務室の目的が救命救急であって長期的な入院は考慮されないからです。

 辺境星系では、宇宙港が唯一の医療機関である場合もあります。その結果、宇宙港規模に似つかわしくない充実した医務室が出来上がっていることがあるのですが、その費用は医療費を取っても回収できなくなることもしばしばです。帝国はこの損失を辺境開発の必要経費としてあえて受け入れています。
 このような現実は興味深い状況も生み出します。例えば、惑星の指導者(やその親族)をXT線を越えて入院させる際に、惑星の反政府派はその「慈悲深い行い」を黙って見過ごさないでしょうし、仮に患者が帝国側で亡くなれば市民の帝国への感情が悪化するのは避けられないでしょう。

●救急部 Emergency Services
 火災、化学物質の流出、墜落事故――人員や設備の質こそ様々ですが、どの宇宙港も(特に軌道港では)最優先で災害対策を行っています。人命尊重からして当然ですが、宇宙港の評判が落ちれば経済面でも打撃になるからです。
 大規模港には専用の「緊急指令本部(Emergency Operations Center)」が置かれていて、いざとなればここに港長以下関係する部署全ての幹部職員が集合し、備え付けられた通信回線や情報表示装置を駆使して、広大な港の中の災害対応や救助活動の指揮を執っていきます。小規模港ではここまではできませんが、規模は小さくともやっていることは大きく変わりません。

 そんな中でも「救急隊(Rapid Response Emergency Team)」は港内の消防士、救命士、危険物取扱資格者を集めた緊急対応班です。救急隊は、火災が発生すれば延焼を防ぎ、負傷した人を救助して医療部に運び、港内に劇物が漏出すればそれを速やかに除去し、無重力中の危険な飛散物衝突事故(FOD)からの防護を試みます。ただしDクラス以下の宇宙港では救急隊はほぼ組織されておらず、その代わりに職員全員が消火・救命訓練を受けています(が、大規模災害がひとたび起これば為す術がありません)。
 Cクラス以上の宇宙港では救急隊は常設されていて、宇宙港が大規模化すればそれだけ救急隊にも多くの人員や装備、例えば専用の消防車や救急車(TLが許せば反重力化)、瓦礫除去ロボット、劇物や真空に対応した装備などが置かれます。隊員は全員、消火・危険物処理・救難救助の訓練を受けた精鋭で、必要に応じて特殊作業班(無重力空間対応や爆発物処理)も組織されます。もちろん宇宙港職員も全て日頃から緊急対応の訓練と講習を受け、災害時には事前計画通りに各々の現場で旅客の避難誘導や安全確保に向かいます。
 ちなみに救急部と医療部は、基本的に現地の医療・救急機関と相互協力協定を結んでいて、小惑星帯で座礁した船の救助に向かったり、地元政府の要請で災害出動を行ったりすることはよくあります。これらの勇敢な活動により、宇宙港と地元が友好関係を深めているのです。

●航空部 Flight Operations
 宇宙港の航空宇宙部門である航空部には、連絡シャトル、燃料運搬船、牽引船といった小艇の操縦士や乗組員が所属しています。この部署の重要性は軌道港の有無によって大きく左右されますが、仮に軌道港がなくても管制用人工衛星の保守修繕など、わずかであっても日常的に航空部の役割が求められることはあります。

●設備部 Physical Plant
 宇宙港のインフラを維持管理する部署です。港内各所から求められる仕事であり、大規模港では職員がひっきりなしに呼び出されるのはありがちです。旅客から宇宙港が「はずれ」と思われるのは、たいてい予算不足でここが機能不全を起こしているからなのです。

 「機械課(Engineering)」は機械類の修理、電球の交換、傷ついた着陸床の再舗装など、宇宙港備え付けの全てを保守します。同様に「電力課(Power)」は港内の電力供給網や、1つはある(大規模港なら複数ある)核融合発電所を整備しています。これらの部署は小規模港では統合されていることもあります。

 「通信課(Data/Communications)」は、交通管制には欠かせない通信設備を守ります。それだけに限らず、ほぼ全ての部署が港内の様々な最新情報を迅速に欲しており、その要求に応えています。帝国の宇宙港ではほぼ中間子通信が採用されていますが、低技術星系では現地の通信方式(有線電話や光通信など)で代用されていることもあります。また通信課は、航法衛星・気象衛星・通信衛星・中継衛星の通信を監視する役割もあります。
(※中間子通信はTL15の最先端技術のため、少なくとも小規模港では代用されていそうです)

 「輸送課(Transport)」は、広い港内で人と物を運び、その機器を管理保守しています。定番の反重力バス・トラックに加えて、大規模港ではリニアレールなどの鉄路も導入されています。運転手は基本的にこの輸送課に属していますが、貨物運搬車の運転手のみ例外として貨物部の所属になっています。
 ちなみに、ターミナルビルから船(またはその逆)への旅客の移動は、小規模港では旅客は歩いて船まで移動しなければなりませんが、大規模港では宇宙船がまず待機所まで移動して搭乗口に接舷し、乗客はターミナルビルから搭乗口まで歩走路(Slidewalks)などで移動して乗る方式が採られています。保安上の理由から、港外の公共交通機関がXT線を越えて直接宇宙船まで乗り付けることはありません。

 「物資課(Stores)」では、港内で使われる消耗品を全て管理しています。小規模港では単なる物置小屋ですが、大規模港では機械倉庫や化学薬品庫や食品冷凍倉庫など、利便性を考えて目的別に分散化されています。当然、食料倉庫はターミナルビルの近くに、部品倉庫は格納庫の近くに置かれます。それら倉庫と物資をやり取りするのは輸送課の役目で、場所によっては自動搬送機や地下路線も利用されます。
 加えて宇宙港には、あらゆる事態を想定して港の維持に必要な物資(宇宙船の予備部品、医薬品、衣類、保存食など)だけを集めた備蓄庫があります。これは宇宙港自体が危機に陥った際に現地の人々の善意に頼ったり負担を強いたりすることなく自活するためのものですが、同時に、現地が災害に見舞われた際に物資を放出することも考慮されています。

 「食堂課(Commissary)」では港内従業員向けの食事を提供しており、関係者は割引価格で専用の食堂を利用することができます。

 「清掃課(Housekeeping)」は港内の窓拭き、絨毯の掃除、ゴミ箱の回収から、外壁の塗装や樹木の剪定まで、宇宙港の美観に関わる作業を全て担当します。
 なお、食堂課と清掃課の業務は民間業者に委託されることが多いです。

「付録」につづく)

宇宙港 ~未知への玄関口~ 第2集:付録

2022-05-18 | Traveller
■税関
 帝国の税関は、実は港務局ではなく帝国歳入庁(Imperial Revenue Department)の一部門ですが、その仕事は関税の徴収ではありません。なぜなら帝国はほとんどの世界で関税をかけていないからです(例外は宇宙港建設費を賄うための「臨時徴収」ですが、完済された時点で終了します)。
 税関の主な仕事は、到着した船舶を検査し、盗難船や密輸行為や指名手配犯を探し、旅客(や生体貨物)の検疫を実施し、時にはXT線や星系自治権との衝突問題に関わります。亡命権や星間移動の自由を制限し、好ましからぬ人物を星系政府に引き渡すことも含まれます。これらの任務は港務局の警備部と一部重なっていて、港務局自体の独立性が災いして時に混乱が引き起こされることもあります。
 宇宙船が宇宙港に到着すると、税関の担当者が船長と面談して航行計画書(フライトプラン)や積荷・乗組員の子細を確認します。港が特に混雑している場合は、待たされることもあれば船の通信機を通じて行われることもあります。この際に不審点(申告の矛盾や船体の明らかな損傷)があれば臨検や検疫が行われます。
 民間客船で宇宙港に到着した旅客は別の扱いを受けます。Cクラス港以上では旅客は港を出入りする際に、必ず税関の保安区画を通過しなくてはなりません。そこでは監視カメラや武装警備員による厳しい視線、そして(Bクラス以上では)武器や爆発物を発見する透過装置(スキャナー)が待っています。とはいえ厳重な警戒態勢ではありますが、通常は短時間で確認は終了して自由に港内を歩き回ることができます。なお、Dクラス以下の小規模港にはこのような設備はないため、下船時にざっとした検査を行い、明らかに不審な人物を別室で聴取するぐらいしかできません。
 帝国の官庁はその名を貶めぬように、冷酷なほどに勤勉であろうとします。人は皆、過ちを犯しやすいものではありますが、帝国の税関職員を堕落させるのは特に一筋縄ではいきません――もちろん物語を盛り上げるための例外はいくらでもありますが、その動機は単なる金目当てよりもずっと深いものであるべきです(※基本的に税関職員への〈贈賄〉判定はDM-6されます)。
(※帝国歳入庁は、実は後の設定では見当たらない組織です。しかし商務省の仕事として「徴税」が設定されているため、その下に歳入庁があってもいいだろうと判断してそのまま残してあります)


■労働組合
 帝国法では軍人以外に団結権が認められており、宇宙港が軍や企業との競争に打ち勝って優秀な職員を確保するためにも、公正な賃金と労働慣行の遵守は避けて通れません。
 宇宙港最大の労働組合が「宇宙港機械技師総連(ASMET)」で、ほぼ全ての宇宙港に支部を構え、技術系職員の加入率は約75%と言われています。また、職場単位の小規模組合も多数あり(例えば、設備部の運転手と貨物部の運転手は別々の組合に加入しています)、港長の中には何十もの組合支部との団交を強いられている者もいます。
 帝国法は団結権と同時に、組合に加入しない権利も認めています。幹部は組合員に偏見を持ってはなりませんし、組合員も非組合員を蔑視してはならない――のですが、これはあくまで理想にすぎないのが現実です。公然と組合潰しが行われる宇宙港もあれば、雇用安定の美名の下に労働者を強制加入させた組合が経営側に迎合している宇宙港もあるのです(※組合が全体主義の地元政府に取り込まれていることもあるようですが、XT線の設定を考慮して注釈付きとしました。現地雇用労働者の組合ならありえるかもしれません)。
 この労働問題はシナリオの種を与えてくれ、その多くは「正しい」側も「間違った」側もないことでしょう。労働組合のストライキによって修理点検が滞ったので、納期を守らせるために「ならず者」を雇うことは正当化されることでしょうか? 貿易商人が組合の圧力で高い組合員を使うことを強いられ、拒否すれば宇宙港での取引から締め出されるとしたら?


【ライブラリ・データ】
飛散物衝突事故 Foreign Object Damage
 無重力空間においては、細かい破片であってもその速度と角度次第では凶器となりえます。特に、事故によって発生した飛散物の塊が宇宙船の軌道と交差した場合、まるで拡散弾頭のような損傷を与えかねません。よって軌道港における事故処理は、まず先に飛散物の除去を行ってから救命活動に移るのです。

Kブランケット Kinetic Containment Blankets
 Kブランケットとは、約3メートル四方の多層防弾繊維布の俗称です。その主な用途は、爆発しそうな宇宙船から破片が飛散するのを防ぐことです。1枚または複数枚のKブランケットを救急隊員が危険区域に広げ、杭で(通常は船体に)固定します。その際に、飛散物は補足してもガス圧は逃がすために端は緩めたままにします。
 これは他に、大気中の火災を鎮火させたり、兵器や爆発物の木箱を包むために使用されますし、転落した者を下で受け止めるような即興的な使い方もされます。

マーシー級100トン救命艇 Mercy-Class 100-Ton Rescue Vessel
 事故現場に駆けつけ、被災した船から生存者(最大76名)を救出・捜索するための医療・救助用の非恒星間宇宙船です。この大きさの船で艦橋があるのは珍しく思われますが、徹底した捜索のためには探知機や通信機を増設する必要があるからです。船室のほとんどは病室や手術室や診察室に置き換えられていて、20名を同時に自動診療装置にかけつつ最大40名を治療することができます。さらに冷凍寝台には20名を横たえることができます。格納庫には2基の生命維持台(Life Support Carrier)など、救助や医療・生命維持のための装備を搭載することができます。
 救難艇は6G加速ができ、運用には船長兼操縦士、副操縦士兼航法士、通信士兼探知士2名、機関士2名、医師および宇宙医学士(flight surgeon)が必要です。

ブレイクウェイ級100トン急行艇 Blakeway-Class 100-Ton First Response Vessel
 この船は偵察艦を改装して緊急対応船として造られました。主な任務は遭難した船から乗客乗員を救助し、可能な限り機器の悪化を防ぐことです。ジャンプ能力は外され、代わりに推進力を強化しています。これにより、自分より大きな船を牽引することができます。内部には外科手術対応の手術室が2室あり、緊急手術するほどでもない負傷者は6基の自動診察装置(か生命維持台)に収容されます。無傷または軽傷者は36基の椅子に座らせます。4つの二人部屋は乗組員が長時間の作業中に仮眠をとるためか、いざという時は患者用の寝台に転用されます。また、スレイマン級偵察艦を改装した急行艇にはレーザー砲塔が1門残されていますが、これは切断トーチとして使用されます。
 急行艇は4G加速と大気圏突入ができ、運用には操縦士、航法士、救急隊員15名(執刀医1、医師2、看護師4を含む)が必要です。

救助ロボット Crisis Recovery Robot
 救急隊に配備されているこのTL13ロボットは、厚い装甲、優れた知能、無重力対応のスラスターを備え、人間には危険な環境下でも活動することができます。また、切断や牽引など様々な機器を装備し、貨物運搬ロボットの屈強さと医療ロボットの精密さを兼ね備えています。ただし、当然ながら非常に高価(15万クレジット)なため、よほどの緊急事態でないと使用されません。

生命維持台 Life Support Carrier
 これは生命維持装置を搭載した傷病者の運搬台(ストレッチャー)で、患者が適切な医療施設に到着するまで生命を維持するため「だけ」に特化した作りになっています。車輪付きの折り畳み式の脚を持ち、野外での簡易寝台や担架として利用できるほか、車載時には畳んで収納することもできます。生命維持装置は単独で数日間連続使用が可能で、電源から電力供給を受けることもできます。重量は約70キログラム、価格は1基Cr.7500です。
 なお追加装備によって、反重力化や耐弾加工、伝染病対応の完全密閉化なども可能です。
(※テクノロジーレベルに関する記載がないのですが、TL12と推測されます。これは、以前「仮死技術と二等寝台」で解説したTL12可動式寝台(portable berth)と同じものと思われます)


【参考文献】
・Starship Operator's Manual Vol.1 (Digest Group Publications)
・GURPS Traveller: Starports (Steve Jackson Games)
・GURPS Traveller: Far Trader (Steve Jackson Games)
・GURPS Traveller: Nobles (Steve Jackson Games)
・Starports (Mongoose Publishing)

宇宙港 ~未知への玄関口~ 第1集:宇宙港の形式

2022-03-09 | Traveller

「人生で初めて宇宙港を訪れた時の事を忘れる者はいないだろう。慌ただしく行き交う見知らぬ人々、漂う新鮮な香り、リフトに乗せられた貨物コンテナ、鳴り響くアナウンス、そして沢山の宇宙船――、宇宙の広大さと多様性を感じるには、港で宇宙船を見るのが一番だと思う」
「帝国に仕えようと志す者に私が勧めるのは、とても簡単なことだ。宇宙港でしばらく過ごしてみれば、数時間の観察で何年もの座学よりも多くの事を学べるだろう。なぜ我々の帝国に守るべき価値があり、何びともそれを脅かすことは許されないことを」
――アンタレス大公ブルズク


 宇宙港はSFゲームにおいて、宇宙船に次ぐ重要な存在です。単に船が接舷し、プレイヤーキャラクターが降り立つだけの場としてではなく、その星と文明の最初の接点になるのです。多くのシナリオでは、プレイヤーキャラクターは宇宙港から出ることなく、燃料を補給して新しい貨物を積み込んで出港するだけかもしれません。レフリーとしても、キャラクターを安全な宇宙港からどうにか出して、危険な荒野や街角に向かわせようとあれこれ画策します。
 しかし、宇宙港はそれぞれ個性を持っています。氷の惑星には氷を利用した宇宙港がきっとあり、技術水準(TL)の低い辺境宇宙港では荷役獣がコンテナを引っ張っているかもしれません。切り立った渓谷の奥、大河の中洲、高山の台地、大都市の中心、海上の人工島、異種大気の地下、ガス惑星の軌道――それぞれ宇宙港の形は変わってきます。宇宙に同じ星が無いように、同じ宇宙港も無いのです。そして時には冒険や事件の舞台となりえますし、宇宙港で働くこと自体がロールプレイの題材としての可能性を秘めてすらいます。
 この連載では、これまであまり重視されてこなかった宇宙港の設定を掘り下げ、あなたの旅と冒険がより「楽しく」「豊かに」感じられるよう、その助力ができたらと思います。


「貿易航路が帝国に血液を供給する毛細血管だとしたら、宇宙港はその血管の弁にあたります。順調な時には気づかないものです、それが無くなると血があちこちに流れてしまったり、詰まってとんでもないことになってしまうことに」
――宇宙港港長タイラー・ヘクセ


 宇宙港の繋がりほど、帝国の強大な力を示す象徴はありません。光り輝く巨大都市であれ、辺境の小さな拠点であれ、宇宙港は帝国の境界とその領有を示しています。そして宇宙港は銀河経済の結節点であり、既知宇宙を横断する商人や旅人の立寄り先であり、無数の旅の起点と終点であり、超富裕層への階段と社会的弱者への奈落でもあります。
 それら全てが宇宙港、銀河宇宙への入り口なのです。

 第三帝国の宇宙港のほとんどは帝国商務省傘下の宇宙港務局(Starport Authority, SPA)によって管理されています。港務局の指導の下で宇宙港の規律と技術が一定に保たれ(例えば、帝国の宇宙港は全てTL12以上で建設されています)、港が効率・安全・公平に運営されることで、星系間の移動はより安心して行えるものとなっているのです。
 宇宙港とその種類は千差万別なため、港務局では都市国家に匹敵する規模のAクラスから辺境のただの着陸床に過ぎないEクラスまで、宇宙港を5段階に区分けする制度を設けています(※一級宇宙港、二級宇宙港……とする分け方もあります)。一般的に宇宙港には「軌道港(Highport)」と「地上港(Downport)」の2種類があり、軌道港は惑星軌道上で非流線型宇宙船に燃料補給や整備などを提供し、船員の息抜きや新しい商談の場を設ける施設です。地上港は惑星地表(場合によっては地下)にある宇宙港で、小規模港はこの地上港しかないことが多いです。そして地上港の周辺には「宙港街(Startown)」と呼ばれる、港から生ずる経済的利益を求めて様々な企業や商店や住宅が寄り集まる街区がしばしば出現します。宙港街には宇宙港本体と連携した綿密な計画のもとに建設された都市から、法も秩序もない荒れ果てた町まで様々です。
 港務局は帝国内の宇宙港を所轄し、同一の原則と規則で運営することを保証しています。とはいえ、それぞれの宇宙港には独自の個性と特徴があり、それによって様々な冒険の機会が生まれているのです。

■宇宙港等級
 前述した通り、港務局は宇宙港の規模・設備などに応じて5段階の宇宙港等級(Starport Classifications)に分類しています。あくまで目安であるため、ある一分野の施設だけ上(や下)の等級と同等のものが備わっている場合もありますし、天災や戦争などの理由により機能が低下している場合もありますし、星系内の事情によって宇宙港自体が一時的に(もしくは無期限で)封鎖されていることもありえます。Aクラスだからといって賑わっているとは限らず、無謀な設備投資による閑散とした港であるかもしれないのです(※そのため、宇宙港等級が実態を表していないとの批判もあります)。
 宇宙港等級はあくまで帝国港湾局の指標ではありますが、帝国偵察局(IISS)やトラベラー協会(TAS)発行の星図では便宜上、無所属中立星系や他国領にある宇宙港の分類にも用いられています。


「そりゃ公式には宇宙港のトップなら誰だって港長を名乗れるようになってるけどよ、ここには俺とエリーとザックしか居ねえんだから、他所のあばら家――ああ、Eクラス宇宙港のことな、そこらと同じように俺は『チーフ』と呼ばれてる。それに、エリーに俺のことを『港長』と呼ばせようとしたら、きっとここから蹴り出されちまうよ!」
――「チーフ」ことEクラス宇宙港港長デニス・マックイーン


Eクラス宇宙港 Class E Starport
 真の意味での辺境港であり、貿易路の末端からも外れていることが多いEクラス宇宙港は、「宇宙港」の体裁すら整っていないのが常です。言い換えれば「指定された着陸地点」でしかないのです。このクラスの宇宙港には数隻の小型宇宙船の「置き場」(整地しただけの地面)があり、最大に整地がなされていても1000排水素トンの船までしか受け入れられません。そして、開港当時から建て替えられていなさそうなプレハブ(pre-fabricated)建築や、現地の資材を集めて作られたような単純構造の建物が宇宙港の「管制塔」として設置されています(場所によっては誘導ビーコン等で無人化されていることもあります)。
 XT線(治外法権境界線)も建設当初こそ金網や港務局規格の金属板が敷地を囲うように埋め込まれていますが、やがては石や材木などで雑に補修されていくのが常です。とはいえどんなに粗末なものであっても、このXT線は帝国(および港務局)の権限の境界を示すものとして重要なことに変わりありません。
 (在籍しているのであれば)宇宙港に関する全ての職務は港長と片手で数えられる部下たちだけで請け負っています。職員は一般的に様々な役割を同時に受け持ち、港長自らが税関と通信と警備を担っていることも珍しくありません。
 Eクラス宇宙港では着陸管制はほとんど行われません。同時に着陸が行われるようなことが仮にあれば「早い者勝ち」となります。職員が通信で着陸時の注意点を教えたり誘導灯を着けたりはしますが、それ以上は望めないので荒天での着陸は危険が伴います。
 ちゃんとした格納庫のあるEクラス宇宙港は稀で、貨物というより郵便物を保管するための簡素な倉庫がある程度です。その容積も数百排水素トンの単位になることはほとんどありません。腐食性などの異種大気の世界だとさすがに安っぽくても格納庫が用意され、管制室との出入りのためにエアロックが設置されています。そして管制室には職員全員分に加えて予備の宇宙服が数着用意されています。
 Eクラス宇宙港では補給や整備のための施設はまず置かれていません。その代わりとして職員が地元の人を紹介したり、宇宙港が水場に隣接して拓かれていたり、港の片隅に廃棄された宇宙船の屑鉄の山が積まれていたりするのです。宇宙港ではなるべく緊急用の部品や消耗品があるように努めてはいますが、切らしている時は外世界から取り寄せる必要があります……それをどうやって伝えるのかは別として。
 たまにEクラス宇宙港には売店や立ち呑み屋がありますが、これは地元住民の矜持や饗しの気持ちから用意されているものです。それが無い場合でも、職員が雑談や忠告(現地の習慣や法律など)のついでに飲み物の一つでも出してくれるかもしれません。宿泊に関しては、最寄りの街まで出向く必要があります。
 Eクラス宇宙港はえてして辺鄙な場所に置かれているため、武器の所持規則は緩い傾向にあります。辺境では自分の身は自分で守るのが当たり前であり、宇宙港職員も訪問客がよほど不審な行動を取らない限りは黙認します。

Dクラス宇宙港 Class D Starport
 誰の目にも明らかに「宇宙港」だとして認識される最小規模のものが、このDクラス宇宙港です。EクラスとDクラスの差は、適切に舗装された着陸床と低純度のみとはいえ燃料補給設備の存在です。着陸床は世間で思われているよりもずっと大きく、十数個ある着陸床の少なくとも1つは2000排水素トンまでの宇宙船を着陸させ、格納庫に収容することができます。残りは200トン以下の小型宇宙船用と500排水素トン以下の中型宇宙船用のものが混在していて、いくつかには格納庫も付いています。また、反重力化されていない(垂直離着陸できない)機体のために滑走路が用意されていることもあります。
 Dクラスからは宇宙港の外観も管理もしっかりしたものとなり、金属製フェンスやコンクリートの壁などで明確にXT線を示すようになります。着陸を希望する宇宙船は接近時に宇宙港に連絡を入れた上で管制に従わなくてはならず、停泊料も必ず課せられるようになります。一般的に荷役を担当する宇宙港職員はいても1人か2人のため、大型・大量の貨物を下ろす(上げる)には臨時で経験者を雇わなければ遅延が発生するかもしれません。
 宇宙港内では簡単な修理を行うことができますが、大抵整備員は1名しかいないので発注してすぐ作業に取り掛かってもらえるとは限らず(むしろ自分でやった方が早いかもしれません)、修理費は1割ほど高くつきます(Eクラスのように屑鉄を積んでいる所もありますが、避けた方が懸命です)。なぜならDクラス宇宙港は建設目的からして特定の目的(観光や工業)のために特定の定期便(客船や貨物船)を扱うことに特化している場合が多く、不意の需要に対応できるとは限らないからです。同様に、港内施設が特定の観光客や企業関係者専用に作られていて、一般客は立ち入れない場合もあります。
 このクラスの宇宙港には軽食や立ち呑みの施設が付属していることが多いですが、宿泊に関しては(近隣にあれば)宙港街の安宿か最寄りの街まで出向く必要があります。

Cクラス宇宙港 Class C Starport
 このクラスになると随分「宇宙港らしく」なってきます。Cクラス宇宙港は小さいながらも定期的な流通・交通があり、輸送商船から自家用ヨットまであらゆる船に対応する設備を備えています。前述の小規模港よりも遥かに堅固で賑やかな印象があり、商人や地元住民たちの基本的需要を満たす以上のことができ、雇用を求め、会議を開き、取引を行う場でもあります。宇宙港の質の当たり外れがなくなり、安心して頼ることができるようになるのがこのCクラスからです。
 典型的なCクラス宇宙港には50~100の着陸床があり、そのうちのいくつかは5000排水素トン級の船を扱える大きさです。ほとんどの着陸床には格納庫があり、異種大気の世界ではそれらは密閉されて船と乗組員の双方が安全に出入りできるようにエアロックが装備されています。そして大気のある世界では滑走路が併設されていることもあります。
 このクラスの宇宙港には正式な管理施設が用意され、飛行・交通管制や税関業務など重要な職務が担われています。そして港のより進歩した通信網とレーダー網によって複数の宇宙船の同時管制が可能となっています。XT線の管理はより厳格になり、警備部門によって常に監視されています。
 Cクラス宇宙港では低純度燃料が無制限で供給されます。高純度燃料を入手できることもありますが、在庫には限りがあります。貨物の取り扱いは効率的になりますが、危険物を扱う際には遅滞することがあります(※経験のある作業員不足や安全対策で港外での作業を強いられるためです)。修理施設は5000トンまでの宇宙船の予備部品を在庫を切らすことなく保持していますし、仮に切らしていても数日後には入荷されます。
 約半数のCクラス宇宙港には軌道港が備えられていますが(※TL8未満の星には無いようです)、これらは単なる非流線型宇宙船用の補給・修理施設に過ぎません。恒久的な軌道上施設ではなく、タンカー船が周回している場合もあります。いずれにせよ地上港とは連絡シャトルで結ばれていて、行き来が可能です。
 旅行者の増加に伴い、Cクラス宇宙港は民間業者にとって魅力的な場となっています。通常は何かしら必要十分な宿泊施設や飲食店、乗組員向けの娯楽施設が併設されています。また、大手との競合を避けたい星域規模程度の運輸・流通企業は、Cクラス宇宙港に支社や営業所を置いていく傾向があります。
(※宇宙船の修理に関する設定が基本ルールから変更されていることに注意してください。おそらくCクラス以下で修理する術がないというのは厳しすぎるからではないかと思われます。また、最近ではCクラス宇宙港でも小艇の建造を可とする設定も見受けられます)

Bクラス宇宙港 Class B Starport
 この規模の宇宙港は、星系・惑星経済の中核となっていることが常です。Bクラス宇宙港の多くはその星の主要都市(たいてい首都)に近接し、そこには様々な形や大きさの着陸床が置かれて、それぞれに専用の荷降ろし施設を備えた格納庫があります。Bクラス宇宙港はそれ自体が一つの街と言うに十分な大きさで、地元住民に加えて多数の訪問客が行き交う場となります。
 Bクラスに分類されるためには、少なくとも高純度燃料を実質無制限に供給できる必要があり、非恒星間宇宙船や小艇を建造できる造船所も備えていないとなりません。これは同時に優れた(補修部品の在庫を気にしなくていい)修理・整備施設があることを意味し、大規模な改造を除けばあらゆる修繕に対応します。敷地面積に規定はありませんが、一般的なBクラス地上港は少なくとも10平方キロメートルはあり、様々な地下施設も存在します。さらに地上港と大体同面積の宙港街も周辺に形成されています。一般的な恒星間運輸企業は、このBクラス以上の宇宙港に営業所や支店を構えています。
 Bクラス宇宙港には9割方軌道港も付随していて、地上との間で定期連絡シャトルが運行されています。軌道港は大型船が補給や修理を行い、乗組員がわざわざ地上に降りなくて済むような娯楽施設をも含む規模があります。高度な衛星通信網を駆使して絶えず出入港する船と連絡を取り合い、管制官と交通管制システムの組み合わせによって安全性と信頼性が高められています。
 C・Dクラスの小規模港と異なってBクラスともなると、宇宙港自体が様々な商業活動の拠点となりえます。これは地元経済(と港務局)の大きな収入源となるだけでなく、訪問客が単なる通過点としてではなくより多くの物事を行うようになります。高級な宿泊や食事の施設、カジノや劇場といった娯楽設備を備えたこの規模の宇宙港は、それ自体が観光や休暇の目的地となりえるのです(ただし旅客数の少ない工業世界ではそういった要素を省いて運搬の効率化を優先しているかもしれません)。
 一方で経済規模の大きさゆえに組織犯罪に悩まされる宇宙港も存在します。収益性が高い上に安定した「カモ」の供給があるため、あらゆる違法行為にとって魅力的な環境でもあるのです。よって宇宙港の警備部門は、違法行為の抑止と摘発のために日夜様々な努力を重ねています。

Aクラス宇宙港 Class A Starport
 艦隊をも収めることができるAクラス宇宙港は、まさに星間交通の結節点です。実際、多くのAクラス宇宙港はその主要世界よりも有名であり、毎日何千何万もの旅行者や商人が訪れる主な理由にもなっています。そしてここは、乗り換え便待ちの旅行者だけでなく、船上での仕事を求める者や、未知に挑もうとする冒険者たちが出会う場でもあります。
 宇宙港がAクラスに認定されるためには、軌道港と地上港の双方を備え、高純度燃料を無制限に供給し、恒星間宇宙船を建造できる造船所を備えなければなりません。必然的にそのような重厚な施設を収容・維持するためには、膨大な量の貿易と旅客を扱えるだけの組織と財源が必要となります。Aクラスともなると、その星系の経済規模すら越えることもあります。
 巨大なAクラス地上港の輝きは、まるで星々に掲げられた燭台のようだと詩的な旅人たちに称され、冷たく果てのない宇宙空間から異邦の人々を招き入れているのだと言います。地上港には必ずと言っていいほど宙港街が付随し、旅客や商品の流通によって支えられている企業や住民が多数入居しています。そして宇宙港を中心とした巨大な都市づくりが成されていることも珍しくありません。
 何百もの大小様々な宇宙船がひっきりなしに出入りしているAクラスの巨大軌道港は、一見の価値ある光景です。そして最先端の管制制御システムがこれら無数の船に正確な情報を提供し、事故や長時間の滞留とは全くの無縁です。考えうるあらゆる形や大きさに合わせた着陸床が完備され、格納庫とエアロックも当然あり、危険な貨物の積み下ろしでも素早く安全にできるよう対応されています。
 Aクラス宇宙港の修理施設では補修部品の供給はほぼ無制限かつ安価なのですが、これは熾烈な事業者間競争と際限のない需要の相互作用によるものです。宇宙港内の民間造船所では小艇から巨大軍艦までありとあらゆる宇宙船が建造され、新造船だけでなく再整備船や中古船の売買も盛んです。また、船主の好みに応じた改造にも応じられます(そして船主への活発な売り込みも――)。
 宇宙港内の施設は大都市に匹敵するどころか時に凌駕します。派手できらびやかな演劇から歓楽街の怪しげな酒場まであらゆる種類の娯楽が提供されていて、探し方さえ知っていれば驚くほど色々なものが見つかります。宿泊施設も充実していて、質の割に意外と安価だと言われるのですが、これは多くのホテルが巨大カジノを併設していてその利益から部屋代を割り引くことができるからです。もちろん一泊で1万クレジット以上もするような最高級の部屋もあり、旅行客はそこでは銀河交易の中心ならではの料理に舌鼓を打ち、格別なサービスを受けることができます。商店も高級店から量販店まで様々です。
(※何事にも例外はあります。『トラベラー・アドベンチャー』のアラミスや『黄昏の峰へ』のフューラキンのように軌道港を持たないAクラス宇宙港もありますし(宇宙港の設定が整備されてない時代の作りなのでやむを得ませんが……)、地上港と軌道港に等級の格差がある設定も、全く問題はないのです)

Xクラス Class X
 主に無人惑星などで規定された着陸地点がない場合は、分類上「Xクラス」とされます。また、既存の宇宙港が何らかの理由で長期的に閉鎖されたり、完全に機能停止に陥っている場合もXクラスと表記されることがあります。いずれにせよ、Xクラスは「立入禁止星系」であることとほぼ同義です。

■様々な宇宙港
地方港 Spaceport
 星系内の主要世界以外の惑星に建設された、系内交通を扱う宇宙港を「地方港」と呼び、その規模や質を「F・G・H」の3段階で表します。設備内容はFクラス地方港がCクラス宇宙港相当、GがD相当、HがE相当と考えると目安になります。
(※F・G・Hクラスを用いずに初めからC・D・Eで表記している星図もあります)
 地方港は港務局の管轄外であり、運営は星系政府(や企業)が担っています。そのため本来は規約や質は千差万別のはずですが、帝国内では港務局管轄宇宙港と大差ないと考えて構いません。
 恒星間宇宙船は通関の都合上、緊急時でもなければ星系外から直に地方港には乗り入れないため、地方港に向かう旅客や貨物は一旦主要港で乗り換えることになります。なお、主要世界内に複数の宇宙港があっても、それが地方港であるとは限りません。テラ星系(ソロマニ・リム宙域 1827)のように港務局が複数の宇宙港を管轄していることもあるのです。一方で人口が各地に分散して居住している星系の場合、軌道主要港を中核拠点として、各地方港が地上港の役割をしていることもあります。

私設宇宙港 Private Starport
 一個人や一企業が宇宙港を所有するには多額の資金が必要なため、一般的に困難ではありますが不可能ではありません。現実に、有力貴族が邸宅から出仕するためだけに専用の宇宙港を建設したり、(庶民との交流を望まない)超富裕層のみの住宅区域に併設されたり、機密保持のために企業研究所関係者のみが出入りを許される宇宙港もあります。いずれにせよ、広く一般に開放されている宇宙港は私設宇宙港とは呼ばれないのです。
 私設宇宙港の規模はEクラス相当がほとんどで、Dクラスすら珍しいです(稀に惑星環境の保護などの理由で軌道上に置かれる例外はあります)。ただし、私設宇宙港の周辺警備はその規模に似つかわしくなくBクラス相当にまで引き上げられていることが多いので、不用意に近づけば警告の後で発砲を受けるかもしれません。
 当然ながら私設宇宙港は港務局の管轄外であり、一般的な星図やUWPコードに記されることはまずありません。

経由港 Transit Port
 主に経由港は貿易の旨味に乏しい低人口星系に置かれ、主要航路を行く貨物や乗客の移動を円滑にするために存在します。経由港は大量の船の往来をさばいていますが、通過点に過ぎないその星とやり取りされる貨物や乗降客はほとんどありません。
 余談ですが、労働力は人口密集地からの出稼ぎに頼らざるを得ないため、運用経費は高く付く傾向があります。

外縁港 Farport
 経由港の別形態で、有人惑星から遠く離れた空間に設置された軌道複合体です。燃料源となる巨大ガス惑星の周回軌道や、主要惑星のない伴星系に置かれたものを指します。
 超光速航法の仕組み上、巨大恒星(や複数の恒星)がある星系では宇宙船は遠く離れた空間にジャンプアウトを強いられます。そこから主要世界まで長い時間をかけて移動するのが(物理的に・経済的に)無駄に感じられる際に、この外縁港が建設されます。

深宇宙施設 Deep Space Station
 恒星のない深宇宙空間(※つまり星図に何も書かれていないヘクス)に置かれた宇宙港施設のことです。ジャンプブリッジとも呼ばれ、通常の手段では結ぶことのできない2星系間を行き来するための補給拠点(Calibration Point)となっています。歴史的には、恒星間戦争初期に地球連合がジャンプ-3を要した「シリウスの空隙(Sirius Gap)」を突破するために設置し、ヴィラニ帝国に衝撃を与えたものが有名です(※そもそも地球人はバーナード星への初飛行の際にも同様の手段を使用しています)。
 この種の補給拠点は戦略的に重要なため、存在自体が秘匿されたり、暗号コード等で許可された宇宙船のみ寄港させることがあります。一方で公に利用されているものとしては、プレトリア星域(デネブ宙域)の33星系をジャンプ-1で結ぶために設置された2か所の「ブリッジ」があります。

■基地
 軍事基地も一種の宇宙港と言えます。海賊行為を抑止して「安全地帯」を作り出す軍事基地の存在は、宇宙港と同様に貿易にとって必須のものです。さらに、帝国が海軍や偵察局の基地を設置することは「帝国がこの星系を重視している」という意味で、地元住民からの誇りと好感を引き出すものでもあります。地元の人々は兵士たちを我が子のように思い、様々な飲食店や小売店が基地関係者向けに提供されています。
 基地司令官と宇宙港港長はたいてい密接な協力関係にあり、それを維持するための連絡係を設けています。なお、自給自足が大前提である軍基地の中でも造船能力だけは宇宙港に依存しており、他国との緊張が高まったり紛争状態に陥った際には、海軍基地司令官は民間造船所を管轄下に置いて軍艦艇を建造させる権限を持っています。
 海軍と偵察局は独立した基地だけでなく、宇宙港内に常設施設を持っていることもあります。そこでは専用の燃料補給施設や、軍人がくつろぐための娯楽施設が置かれています。また、平時では最寄りの宇宙港に物資を供給する役割も基地は担っています。

偵察局基地 Scout Base
 偵察局基地は、偵察艦の燃料補給や修理・定期整備を行う場であり、命令で危険な任務に挑む局員たちの安全で快適な帰還場所でもあります。偵察局基地はCないしDクラス宇宙港の開発途上星系に置かれる傾向がありますが、AやBクラス宇宙港の星系にもあります。基地は初めのうちは設置と撤去が容易になるように工場製の仮設施設が置かれますが、長い年月を経て恒久化されると現地で入手できる資材で増改築が繰り返され、各基地独特の個性が生まれていきます。
 現場の「最前線」に赴いた偵察艦はしばしば損傷して帰還するため、全ての偵察局基地は小さくとも修理施設を軌道上に持ち、そこには地上からのシャトル(や物資)が到着するまで乗組員を待機させる設備があります。

 一方でXボート施設(Xboat Station)は同じく偵察局管轄の基地ですが、星系外から来たXボートを受け入れ、それが運んで来た通信を受領しては惑星に送信し、補給と簡単な整備の後にまたXボートを送り出すために存在しています。通常、Xボート施設は恒星や巨大惑星の重力井戸を避けて星系端に置かれ、そこから無線や光線で多数の通信を主要惑星上の支局とやり取りしています。この支局は多くの場合宇宙港にありますが、宇宙港が星系の外れにある場合はその星系の中心都市に置かれます。
 また、大規模なXボート施設として「整備施設(Way Station)」があります。ここではXボート自体に決して不具合が起きないよう徹底した整備が行われています。
(※Way Stationは従来「中継基地」と訳されていましたが、用途が整備のみであることと、これ自体がXボート航路から外れた星系に置かれることもあり、「中継」では誤解を招くと判断して訳語を変更しました)

海軍基地 Naval Base
 海軍が軍艦の維持・給油・修理のための施設を欲したのなら、AないしBクラス宇宙港のある世界に海軍基地は建設されます。このクラスに限られるのは、大規模宇宙港は戦略的に重要であることと、造船所などの軌道港施設を併用するからです。そして基地があることで、地元住民の安心感(と帝国への忠誠心)がさらに高まることも期待できます。
 海軍基地は自前で食料貯蔵・燃料弾薬補給・艦艇の修繕・訓練・兵員宿舎などの機能を持っていますが、造船能力だけは機能の重複を避けて宇宙港の民間造船所に委ねています。これにより造船所は平時でも安定した受注が見込めますし、戦時には基地司令官が造船所を直接管理下に置くことで対応もできるのです。ちなみに海軍基地にはバーや社交場があって関係者がくつろげるようになってはいますが、できることならより多くの娯楽がある地元宇宙港に足を運びたいと兵士は考えています。
 全ての海軍基地は防御兵装を備えていて、番号艦隊以外にも予備艦隊が控え、常に哨戒を怠りません。さらに重要なことは、攻撃を受けた基地は(※ジャンプ-6連絡艦で)すぐさま救援を呼び、宙域各地から増援が駆けつけることです。帝国海軍は帝国で最高峰の存在であり、多くの市民にとって海軍の存在こそが帝国そのものです。そのため、海軍の艦艇や基地を攻撃した者は、誰であれ迅速かつ無慈悲な報復を受けることになります。名誉と誇りは守られなければならないのです。

 この海軍基地が星系規模にまで巨大化したのが海軍兵站基地(Naval Depot)です。兵站基地はたった一つで宙域全ての軍艦を支え、仮に宙域が孤立しても数年間持ち堪えられるだけの物資を製造・貯蔵する能力を持っています。その重要度から、兵站基地の存在自体を隠蔽できないまでも、星系への立ち入りは厳しく制限されます(※「迷い込んだ」宇宙船を曳航して送り返すための補給港が用意されてもいます)。
 また、士官教育を行う海軍兵学校はこの兵站基地に置かれますし、士官に限らず兵士の訓練や保養のための施設も用意されています。
(※スピンワード・マーチ宙域には設定上兵站基地がないのですが、1130年以降にメイシーン(2612)が兵站基地となるので、1105年時点でも実質的に兵站機能を持っていた(実際ここには戦術大学校(Tactics College)があります)、もしくはモーラ海軍基地と分散して担っていたと考えるべきでしょう)

■帝国外の宇宙港
 帝国領外の独立星系の宇宙港は当然港務局の管轄下にはなく、主に現地政府が管理を行っています。運営手法は(※人類であるなら)港務局と大体似たような感じで行われてはいますが、所によっては公平・公正さを欠いていたり、地場産業の保護目的とはいえ理不尽な関税を掛けてきたりすることもありえます。よって旅人や商人は予期しないトラブルに巻き込まれる可能性があります。
 ちなみに将来的に帝国が中立星系を併合するなら、まずは港務局管轄宇宙港を「現地政府の了解の下で」建設するところから始めます。やがてその宇宙港は帝国の流通網に取り込まれ、地元の産業は徐々に帝国のやり方に染まっていくのです。
 また、一部の友好星系(帝国属領)には帝国政府が基地を設置することがあります。

 アスラン領内の宇宙港は治外法権の飛び地であり、地元氏族から土地を借りた企業によって運営されています。その企業は土地を所有する氏族と関係が深い場合が多く、直系親族だけでなく重臣や同盟氏族の女性が運営しています。貿易航路も同じく、まず企業が所有し、その上に氏族があります。
 宇宙港の外(に限らずアスラン領の全て)は即何かしらの氏族の土地である以上、出入りするにはその氏族の許可が必須となります。認証を与える代理人は宇宙港など交通の要所に必ず居ます。
 アスラン社会には港務局に該当する組織はなく、全て運営企業(を支配する氏族)の裁量次第です。多くの宇宙港は支配氏族に便宜を図るように設計されているため、アスラン領内での旅は部外者にとっては非常にもどかしいものとなりがちです。

 ヴァルグルの宇宙港もほとんどが、星系政府と契約を結んだ民間企業によって運営されています。統一政府のある星系では単一企業が独占契約を結びますが、小国が乱立している星系では複数の企業が競合施設を建てている場合があります。星系政府は企業に対して一定の質の保証を求めますが、それが履行されるとは限らず、そもそも保証を求めることすらできない力関係もありえます。その結果ヴァルグルの宇宙港は、企業利益の最大化を求めて極力安価に建設され、安価に維持される傾向があります。
 ヴァルグルの宇宙港には当たり前のように海賊も入港しますが、彼らは宇宙港内では極力礼儀正しく努めます。なぜなら海賊が宇宙港の株主であることも多く、そうでなくても宇宙港の価値を落とすことが損であるとわかっているのです。それどころか、宇宙港に雇われている海賊すらいるのです。

 ソロマニ連合の宇宙港は、帝国に比べれば別の意味で「自由」な所です。連合政府には港務局のような組織はなく、宇宙港の管理は各加盟星系に委ねられています。連合政府は宇宙港運営に関して統一した規約を公表していますが、それが守られるかどうかは現地政府のやる気次第です。多くの世界では帝国にも劣らない宇宙港がありますが、一方で管理への関心が欠如した宇宙港もあります。ソロマニ連合への渡航は、安全が確認された交通量の多い航路で行うことが推奨されます。
 ソロマニ連合内での星系間旅行には常にソルセック発行のパスポートが必要で、貿易にも帝国では不要な各種許可証が求められます。連合政府は安全保障のためとしていますが、反体制派は人々と思想の自由な移動を抑圧するためだと非難しています。

 ゾダーン社会は帝国よりも中央政府の役割が重いため、宇宙港の運営には複数の政府機関が携わります。各機関は自己の権限を守りながら、他の部署ともなるべく連携を図っています。帝国と同様にゾダーンの宇宙港も利潤を追い求めませんが、可能な限りの自活も求められます。
 一般的なゾダーン人は他種族を疑いの目で見がちであり、特に対超能力装備を施してきた者は必ず警備員に尾行されます。「後ろめたい気持ちがないのなら、なぜ隠そうとするのだ?」というのがゾダーン人の当然の心情だからです。その一方で犯罪を「内心で企てた」だけで拘束・処罰されるため、ゾダーンの宇宙港では犯罪が全くないのも事実です。また、訪問客は適正価格で誠実な扱いを受けることでも定評があります。


【ライブラリ・データ】
XT線 Extrality line
 「治外法権」の略語であるXTとは、星系政府の自治権と帝国法が及ぶ区域の境界を示した法的概念のことです。帝国の宇宙港にはこのXT線が必ず存在し、主権の範囲を明確に規定しています。XT線の帝国側では商品は免税で購入でき、現地では違法とされた「犯罪者」も捕らえられることはありません(ただし帝国法でも違法となる殺人犯など重犯罪犯は拘束の上、現地政府に引き渡されます)。
 XT線は基本的に地上港の土地境界線上にあり(※港内の税関や検疫所が境界となることもありえます)、それを示す形は現地政府の性格によって単純な金網から聳え立つ障壁まで様々です。


【オプションルール】
 基本ルールでの宇宙港の停泊料は、便宜上一律で「100クレジット(6日間)+延長1日につき100クレジット」とされていました。しかし、停泊料にも現実味を求めるレフリーは以下の案を検討してみてください。
 停泊料はいずれも6日分で、1日延長するごとに同額が請求されます。また、無人化されているEクラス宇宙港は無料とします。

 Aクラス:船のトン数×50クレジット
 Bクラス:船のトン数×20クレジット
 Cクラス:船のトン数×10クレジット
 Dクラス:船のトン数×1クレジット
 Eクラス:船のトン数×0.1クレジット

(※面倒ならGURPS版ルールに基づいて、全て「トン数×0.2クレジット」でもいいと思います(安いようですが倉庫の利用料が別途かかります)。上記のルールはマングース版ルールとの中庸を狙ったものです)


【付録】
 宇宙港で働いている従業員の人数は、GURPS版『Starports』にて計算式が公開されていますが、これはまず宇宙港の経済規模と物流量を求めてから必要とされる人員数を割り出すという複雑なもののため、大雑把な目安として以下を提示します。この人数は「総従業員数」なので3交代かつ予備の雇用者を含み、(大きな宇宙港では)実際に同時に働いている人数はその5分の1と考えてください。

 Aクラス:数万~十数万人
 Bクラス:数千~数万人
 Cクラス:百数十~千数百人
 Dクラス:十数~数十人
 Eクラス:0~数人


【参考文献】
・GURPS Traveller: Starports (Steve Jackson Games)
・Starports (Mongoose Publishing)
・Universal World Profile (Zozer Games)

星の隣人たち(8前) 接触!アスラン

2020-12-24 | Traveller
「若き戦士のロホルは、負傷して気を失っている間に味方が撤退し、戦場に取り残されてしまいました。しかしロホルは立派に戦ったので、敵氏族は彼を救助して傷を治してやり、休戦したら解放する約束をしました。
 ところが、その前にロホルの氏族が彼の今いる郷に攻めてきました。ロホルは敵から受けた恩を返すために自分の氏族と戦い、自分の兄弟すら殺し、そして深傷を負って死んでしまいました。
 両方の氏族は彼の勇敢さを讃え、故郷の兄は新たな郷を賜り、子々孫々までロホルの栄えある名は語り継がれましたとさ。めでたしめでたし」
――アスランが高潔な行いの手本とする昔話


 アスランはよく「ライオンのような」と人類に例えられますが、当然ながらテラ原産のライオンとは全く異なる種族です。しかしそもそも「アスラン」という呼び方自体が、彼らと初接触したソロマニ人が古代トルコ語でライオンを意味する「アスラン」と名付けたと言われるぐらいに(※諸説あります)、人類は何かにつけ彼らをライオンに結び付けたがる傾向があります。
 加えて、彼らの勢力圏を「神聖アスラン国(Aslan Hierate)」と全く実態にそぐわない呼び方をするのも、やはり接触当初のソロマニ人が彼ら独特の風習や社会構造を「宗教」と誤認して、古代ギリシャ語の「神聖(Hieros)」から造語したのが定着してしまったからです。
 このように、人類は彼らに対してたくさんの誤解を繰り返してきました。だからこそ我々は、彼らについてたくさんの事を学ぶ必要があるのです。




■「フテイレ」とは
 アスランは自らを「フテイレ」と称します。これは種族の名であると同時に、彼らの哲学、生き方全てを表しています。フテイレとは「名誉に生きる者」であり「唯一無二の道」なのです。
 フテイレは致命的になりがちな暴力沙汰を減らすために編み出された行動規範で、自制心を大いなる美徳とします。質素に生き、正直に話し、伝統を重んじて先祖を敬い、家族や氏族に対する義務を果たし、そして恐れずに敵に立ち向かうことが大切です。義務よりも自身の安全や快楽を優先することは不名誉なことで、特に上に立つ者にはこの模範であることが求められます。
 アスラン社会で普遍的に見えるフテイレの掟ですが、氏族ごとに解釈が異なる部分もあります。例えば、捕虜への拷問を不名誉と考える氏族もあれば、情報を得て戦争に勝つための必要悪と考える氏族もありますし、捕虜に痛みに耐える勇気を示す機会を与えられるのでむしろ名誉なことと考える氏族すらあります。
 彼らは、フテイレを学びたいと願う他種族を拒むようなことはしませんが、教えを説いて回るようなことは決してしません。いつか皆が自然とフテイレに従ってくれると信じているのです――「唯一無二の道」なのですから。

■アスランの身体的特徴
 かつてのアスランは母星クーシュー(ダーク・ネビュラ宙域 1226)の樹上で暮らしていた四足歩行の肉食獣でしたが、約180万年前の気象変動で広大な森林地帯がほぼ消失して草原に出ざるを得なくなりました。その草原には個人では敵わない大型動物や天敵が生息しており、結果的に彼らは単独行動をやめて家族単位で集団狩猟をするようになりました。やがて作戦を立てるために会話という知恵を付け、狩りの効率を上げるために女性が開発した武器を手にした彼らは、天敵すら絶滅に追いやるほどの存在となりました。
 こうして知的種族となったアスランは、平均身長約2メートル、平均体重約100キログラムで、温血の直立二足歩行生物です。つま先歩きをし、柔軟性がありながら丈夫な手足をしています。
 男性と女性の二性があり、男女で身長差はあまりありませんが、男性の方が筋肉質で重くなります。そして男性のみに象徴的なたてがみがあります。男女比は1:3と女性に偏っており、特に(元々双子出産がめったにない種族なのですが)三つ子や「男の双子」に関しては記録が見当たりません。
 アスランの手には3本の指とそれに対向した親指があり、それぞれの指には出し入れ可能な爪が、更に親指の根元には鋭い特殊な「狼爪(dewclaw)」が角質に隠されています。この構造によってアスランは人類と比べれば不器用で、かつ人類の装備品の転用を難しくしていますが、その分彼らは筋力・持久力・瞬発力・聴覚・嗅覚に優れ、「素手」での接近戦に長け、暗視能力も持っています。
 歯は28本あり、正面には犬歯が、側面には剪断歯が発達していますが、臼歯はありません。よって彼らの咀嚼は、食べ物を噛み切って飲み込むだけとなります。別に舌に棘があるわけではないので、毛繕いは手や爪を使用します。目は人類と比べて大きめで、捕食型動物共通の縦型の瞳孔をしています。
 アスランの毛皮は通常は茶色の濃淡ですが、灰がかっていることもあります。人類と同じく血統によって毛並みに違いがあり、たてがみの大きさや膨らみ具合、毛の滑らかさや模様などに差が出ます。尾は、進化の過程で特段の機能を持たなくなりました。
 アスランはクーシューの1日(約36帝国標準時間)に合わせて、24~25時間起きては11~12時間眠る、という周期で活動します。寝不足は人類と同じく翌日の活動に大きな影響を及ぼしますが、昼夜逆転生活は意外と苦にしません。というのも、元々彼らは狩りに有利な夜行性動物だったのが、文明(特に農耕)の発達で昼行性になったからです。
 実はアスランは呼吸器系の病気にかかりやすいのですが、彼らにとって嗅覚は食べ物の評価に不可欠なため、鼻の感染症にかかったアスランは完全に食欲を失う可能性があります。なお、種の壁を超えてアスランの病気が人類に感染することは(その逆も)ありません。
 妊娠期間は人類と同じく(以下は帝国の暦で)約40週間ですが人類よりも早熟で、誕生時で既に4~6キログラムあり、生後10週前後で歩けるようになり、約半年で喋り始めます。アスランは14歳で成人しますが、40代を過ぎると急激に老化し、平均寿命は60歳程度(女性の方が若干短命)です。この寿命の短さには種族の特性以外に、彼ら自身が長寿に無関心で延命医学の研究が進まなかったことも影響しています。

■アスランの食事
 彼らの主食は言うまでもなく肉類です。新鮮な肉を好みますが、消化器官が強いため多少傷んだものでも問題ありません。そして肉食に頼る彼らは、人類よりも多くの水を欲します。
 木の実は調味料として、果物は飲料として食しますが、根菜や穀物といった植物類は「動物の餌」だと軽蔑しています(そもそも消化できません)。実際、アスランの農業技術は古代からずっと食肉用の家畜をより多く飼うために進歩しているのです。
 今や彼らは合成肉を生産する技術を持ってはいますが、それは最貧困層か、食料入手が困難な未開発星系でのみ消費されています。文明的なアスラン家庭や食堂ではその場で屠殺された肉が提供され、富裕層は趣味を兼ねて私有地で獲物を追っています。
 獣一頭を捌いたら成人男性でも食べきれない量の肉が取れるため、夕食は家族と、できるなら客人も招いて食事をするのが基本です。アスランは1日1食で、食後すぐに睡眠を取ります(そのため、寝不足よりも消化不良の方が翌日の体調に影響を与えます)。
 小さいなら生肉でも食べますが、大きな肉は軽く調理して香辛料をよく効かせて食べます。彼らは香辛料に関しては、自然のもの・化学的なもの双方で驚くべき数の知識を持っているのです。
 アスランは宇宙旅行中でもこういった食生活を守ろうとしており、生きた獲物を模したロボットに肉を纏わせて船内に放ったり、家畜の群れごと冷凍睡眠させたりしています。

■アスランの心理
 彼らの心理は特有の男女比や、縄張りを決めて制御するための古くからの本能に影響されています。それは大まかに分けて以下の4つです。

縄張り意識:
 根強い縄張り本能により、男性は自分の土地=「郷(landhold)」を得ることに執着し、生涯で最高の目標とします。郷の所有権は男性にしかありませんが、これは男女差別ではなく、あくまで種の本能に基づいたものです。

性の違い:
 性別はアスランの行動を定義する上で、人類よりも遥かに重要です。男性は指導者で戦士であり、相続や褒賞でまず自分の郷を持ち、持ったなら名誉を追い求めます。女性は貿易と学術に興味があり、技術者や学者や経営者になります。アスランにとって女の生きる道は、より良い結婚のために資産を作り、結婚後は夫を支えながら夫の郷を富ませていくことです。

名誉:
 知的生物学者の考えでは、アスランの誇りは彼らの縄張り意識を反映したものとされています。原始アスランは強さを見せつけることで自分の家族と縄張りを守り、他者の攻撃を抑止していました。これは無駄な怪我を避ける知恵でもありました。
 現代では、己は死しても我が名が家族や氏族の記憶に残るように努めたいと考えています。そのためには自分の評判を汚さないようにしなければならず、必要があれば血をもって不名誉を雪がなければならないのです。

忠誠心:
 アスランの祖先が森から平野に移動した際に、敵に対して共同防衛をする必要からこのような心理が生まれたと考えられています。戦いの中でお互いを暗黙のうちに信頼しあえる集団は、進化面で優位に立っていました。そしてより強い男は群れの主導的存在となり、その家族がより良い食べ物、睡眠場所、水飲み場を得られたのです。
 この忠誠心は血縁の絆を強固にした一方で、惑星や国家といった地縁的な絆を薄めていきました。彼らには自分の氏族や家族が全てであって、アスランという種族全体のことはどうでもいいのです。
 なお、フテイレは忠誠心の大切さを説きますが、一方で彼らは名誉と大義を秤にかけて敵方に寝返ることもあります。

■家族・部族・氏族
 アスラン社会は2~12名程度の「家族(エッホー)」を最小単位としています。これには、男性家長とその妻(と妻たち)、子供たち(実子や貰われた孤児)、家長の血縁者(未婚の兄弟姉妹、別居していない高齢の両親、養子縁組した孤児)、場合によって同盟先や征服された氏族の一員(鍛錬を共にしたり、裏切りを防ぐ人質として)が含まれます。アスランは母親を区別せず、家長の子は全て家長の妻たちが平等に世話をします。つまり、アスラン社会では家系こそが重要なのです。家長が亡くなった場合は長男が家長を継ぎますが、その際に弟たちを家族に残す義務はありません。
 複数の家族が寄り集まるとその中の1家族を長とした「部族(ロリー=群れ)」が形成され、そして部族が寄り集まって「氏族(ヒュイホ)」を形成し、最も強大な氏族長に部族長たちが忠誠を誓うのです。氏族長は部族を守り、部族に施し、部族間の揉め事を諌め、氏族の資産をより賢く管理することが求められています。そして氏族は、特に血縁関係のある場合は、より強大な氏族に忠誠を誓うことがあります。しかし、約4000あると言われているアスラン氏族の中でも傑出した29大氏族ですら、それらに直接的・間接的に忠誠を誓う氏族は意外にも少数派で、ほとんどの氏族は独立しています。
 アスランは神や運命を信じてはいませんが、祖霊信仰めいた精神性を持ちます。彼らの家には必ず英霊の祠があり、偉大な先祖の遺物が収められています。

■アスランの社会
 社会におけるアスランの地位は、彼(または彼女の夫)が持つ郷と、所属氏族が(直接または家来を通じて)管理している郷の総計によって決まります。
 一般労働者である平民は郷を持ちませんが、もちろん社会に不可欠な存在です。郷を所有しているアスラン(社会身分度9+)は全て「豪族(貴族階級)」とみなされ、総家族の約3%が100万ヘクタール以上、約8%が10万ヘクタール以上、約17%が1万ヘクタール以上、約28%がそれ未満の郷主です。大氏族ともなるとその規模は複数星系にまたがりますが、このような大規模な郷は長だけでは管理できないため、一部を親族や家来が氏族長の名代として治めます。

 アスラン男性が郷を手に入れるためには以下の手法があります。
 一番手っ取り早いのは、父から郷を相続することです。かつては息子たちが相続権を賭けて決闘をし、敗者は勝者の家来となるか家を出るかしていました。
 また、氏族や部族の長から郷を恩賞として分け与えられることがあります。これは戦争での英雄的な活躍や、集団への多大な貢献の対価です。武勇に優れた戦士に郷(や娘や妻)を提示して氏族に勧誘することもあります。
 そして、戦争を起こして力ずくで他氏族の郷を奪うことです。戦争で獲得した郷は参加した戦士で分配することが通例でした。このため、アスランは守勢よりも攻勢を好みます。守備一辺倒では戦費がかさむだけで何も得られないからです。
 有史以来何千年もの間、男性が採りうる手段はこれらだけでした。母星の大地に限りがある以上、増え続ける男性に見合った土地はなく、郷を欲する本能は各地で戦争という形で流血を呼びました。
 しかし、ジャンプドライブの開発は彼らに新たな選択肢を与えました。星の海の向こうには無限にも思える大地が広がっていたのです。相続人争いは平和的な「長子相続制」に姿を変え、次男から下の男子は故郷から何光年離れていても次々と未開拓の星に入植しては自分の郷を得て、それがアスラン領全体の拡大を押し進めたのです。

■アスランと決闘
 その誇りの高さゆえに短気と思われやすいアスランですが、それは群れの中で優越性を求めた闘争から生まれたもので、彼らの人格の中核を占めています。とはいえ時を経てアスランの決闘は、「天然の凶器」による無駄な怪我を減らすために非常に儀礼的になっていきました。
 アスランは自分に対する侮辱を無視することはできません。彼らは他種族の無知ゆえの侮辱についてはある程度までは寛容ですが、度を越せば決闘に至ります。
 アスラン社会では一般的に、「無遠慮」「無作法」「無礼」の3つが侮辱とされます。「無遠慮」とは社会的な上下関係を弁えない言動のことであり、許可なく相手に触れることも含まれます。「無作法」とは躾が足らずに、敬語を誤ったり、公共の場で粗暴に振る舞ったり、氏族の伝統に反したりすることが該当します。「無礼」とは意図的な誹謗中傷です。これらの行為を指摘された際にはすぐに謝罪(口頭で、もしくは相手に自分の喉を差し出すなど服従の姿勢を見せる)が求められ、謝罪がなければ決闘の大義名分となります。
 決闘は侮辱や不和を解決するための一般的な手法であり、他の手段ではその場を収めることができない場合に用いられます。決闘は儀礼に則って行われ、死闘になることは稀です。その儀礼は男女によって厳密に区別されていて、特に異性同士で決闘することはありえません。また、子と親(もしくはその先代)の決闘も絶対にありえません。
 決闘は当然本人が臨むべきものですが、場合によっては代理人が立てられることがあります。異性間の侮辱は、互いの名誉に無知であるからと受け流されるのが基本ですが、それが度を越したなら侮辱された側の(決闘可能な性別の)近親者が代理人として応じます。また、双方にあまりにも実力差がある場合も(当然近い実力の)代理人が許可されます。
 負傷や病気などの理由でも代理人を立てられますが、この場合は回復するまで決闘が延期されることが多いです。特徴的なのは、延期された決闘は債権のように親族に相続されることです。本人が決闘前に死亡してしまったなら、その子や兄弟が本人に代わって決闘に応じます。天災や戦争などの事情で決闘の延期が繰り返された結果、双方の子孫同士が決闘を行うことすらありえるのです。
 決闘を申し込むには、非公式でいいなら爪をむき出しにして唸り声を上げるだけで十分ですが、公式にとなるとまず相手の氏族長に決闘を申し入れないといけません。氏族長は決闘の可否を判断し、当事者双方に決闘の場所と日時を告げます。
 決闘は素手と爪のみで常に1対1で行われ、一方が負傷すると決着がつきますが、重大な侮辱の場合は意識不明になるまで続けられることもあります(死ぬまでやるのは余程の事です)。鎧類や薬物は使用できません。そして勝者は名誉を得、敗者は(仮に侮辱された側であっても)相手に謝罪を強いられます。
 また、両者が同意すれば決闘は他の手段(それこそ賽の目勝負でも構いません)に置き換えることもできますが、一般的には惰弱だと眉をひそめられます。ですが、女性学者同士の決闘が論文の討論で行われるようなことはよくあります。
 決闘は決して軽々しくは行われませんが、決闘を拒むことは弱虫とみなされ、ほとんどのアスランがそうは思われたくないと考えています。逆に言えば、異種族がアスランの尊敬を得る近道は決闘から逃げないことです。彼らは戦闘の腕前を高く評価しますし、自分たちの文化を受け入れない者を「蛮族(トヒウィテァホタウ)」と見下していて、彼らにとっての礼儀正しい振る舞いは自分が無知な蛮族ではないことを示すことになるのです。
 基本的に決闘は些細なことであり、その勝敗が社会的地位に影響することはありません。しかし世間から注目されるような決闘の場合は、同格か格上に勝利した者は社会身分度が+1され、敗れた者は社会身分度が-2されます。

■アスランと名誉
 アスランの名誉の概念は、以下の3つの柱から成ります。
 第一の柱は「尊敬」、具体的には他者の領分を尊重することです。この場合の領分とは、郷や財産や妻も含めた所有物全ても指します。そして征服する意図もなく、他者の領分を犯したりはしません。お互いの領分を尊重するこの概念から、アスランは封建的社会を構築してきました。
 第二の柱は「伝統」です。先祖や英雄たちのやり方こそが正しい振る舞いとされます。ただしこれは彼らが古い作法に縛られることを意味せず、新技術が導入されれば適応しますし、新しい星の環境に合わせた新しい伝統を築きます。
 古の偉人や詩人の(特に戦争や決闘に関する)教えにも従います。尊敬に値するアスランは先祖からの伝統を守り、家長の指示に従い、決闘を公正に戦い、同胞を助け、誓約を守って戦争を行います。
 第三の柱は「調和」ですが、これは他種族には解釈が難しい概念です。人類のものに置き換えて一番近い単語は「禅」でしょうか。アスランの概念では、宇宙は流れ行く思考を持ち、完璧な行動とはその思考と一致して動くことと考えています。つまり「調和」を達成したアスランは、宇宙の意志を体現しているのです。この「調和」はどのような状況や行為でも到達できますが、一般的には武術や詩吟、瞑想などで成されます。

 これらを極め、皆から慕われる存在を「フテイラコー(名誉の具現者)」といいます。フテイラコーは所属する氏族が実践しているフテイレを、膨大な歴史的事例の中から倫理と現実の狭間で正しく適用するための知見を持つ存在です。名声の誉れ高く、氏族文化を細部まで理解しているため、「調停者(エァレァトライゥ)」に選ばれることが多いです。

 アスランは他者から恩情をかけられたり施しを受けることを恥とは思いませんが、受けた恩は必ず何らかの形で返さねばなりません。自分の代では無理なら兄弟や子孫にそれを託しますし、権力者同士の取引材料になることすらあります。こういった恩義の「貸し・借り」の複雑な連鎖が、アスランの封建社会を強固にしているのです。

■成人の儀式と追放者
 成人を迎えたアスランは通過儀礼を受けなくてはなりません。この儀式は氏族ごとに、また男女間でも違いがあります。まず男女ともに、氏族の長老から名誉と伝統について試され、叙事詩の暗唱や先祖の功績を語ることで応じます。
 男子は氏族最強の戦士と決闘をします。当然勝てることはまずありませんが、困難に立ち向かう勇気を試しているのです。また多くの氏族では若い男性に適性試験も受けさせています。女子は決闘こそ免除されますが、企業への就職や技術者としての能力を見るために、男子よりも多くの適性試験を課せられます。
 そして男女ともに、最後は各氏族固有の秘密試験を受けます。この内容を異性に明かすことは禁じられています。
 通過儀礼が終わると、若者たちは氏族内で雇用先を探します(豪族の長男は家に残って父親の死を待ちます)。しかし通過儀礼に失敗することもありますし、雇用先が見つからないこともあります。そのようなアスランは、償えないほどの不名誉を負った恥ずべき者と同じ「追放者」となります。
 追放者は氏族内や社会での全ての地位を剥奪されます。そんな追放者はどこの共同体の片隅にもある「隔離街(ルーホトホ)」に集まり、飼料の栽培など「不浄」とされる仕事に就きます。隔離街は低治安地域であり、追放者らは生きるためなら犯罪に手を染めることも、逆に名誉回復のためなら命懸けの使命も厭いません。そして追放者の子も追放者とみなされます。

■アスランと性
 アスラン社会では男女の役割は明確に区別されます。男性は郷の獲得、軍事、政治、運動にかまけます。一方女性は学術、産業、商売、蓄財に興味を持ちます。企業は常に女性が経営しています。上流階級の男性は特に金銭感覚がほぼなく、女性の助けなしには現代社会を生き抜くことができません。そんな彼らの側には常に、妻や女性親族など誰かが控えています。
 彼らは他種族に対して、解剖学的分類や見た目ではなく、その者の「役割」で性別を判断しがちなことに注意が必要です。人類の女性砲手はアスランからは男性に思われますし、男性の仲買人は女性と捉えられます。問題は、アスランは「異性」からの侮辱は受け流せても、「同性」からだと他種族であっても決闘になりかねないのです。

 アスラン社会は一夫多妻が伝統です。全ての男性には一度は結婚し、郷の規模が許す限り多くの妻を養うことが期待されています。平民だと妻は居ても1人ですが、多くの豪族男性は複数の妻を持ちます。3人の妻を持つのが平均的とは言われていますが、4人も5人も娶る者は逆に珍しいです。なお、近親交配を避けるために、男性は別氏族から妻を娶る傾向があります。
 女性には夫を支え、夫の子を産み、郷や家来を管理して、先祖に仕えることが求められますが、現代では仕事や学問に専念したい女性が非婚を選ぶことも珍しくありません。とはいえ、社会階層が低くなるほど結婚を望む女性も多くなり、そんな彼女らは蓄財の腕を磨きながら、広大な郷を持つ理想の男性と結ばれる日を夢見ています。
 未婚のアスランは自由に異性と性関係を結べますが、妊娠すると周囲から結婚が望まれます。ただし男性の方が極端に身分が低い場合は中絶させられるか、子供は既婚の親戚の養子となります。
 意外かもしれませんが、アスラン女性の間で同性愛は珍しくありません。夫は、妻が女性の友人と食事に行こうが同衾してようが気にしません。別にその二人の間に自分以外の子ができるわけではないからです。
 婚外恋愛も珍しくなく、既婚男性は未婚女性と自由に交際できますが、妻や妻たちが夫の郷ではこれ以上「新妻」を養えないと判断したら、夫に経済的圧力をかけて交際をやめさせるのが通例です。逆に既婚女性も、夫の許可があって妊娠が不可能であれば未婚男性と交際することができます。
 アスラン社会では離婚は認められています。かつては妻の親族男性と夫が決闘することで離婚の可否が決まっていましたが、今は夫が相手の親族に従属するか財産分与で決着します。

■アスランの衣服・芸術
 何よりも名誉と郷に価値を置くアスランは、人類より持ち物が少ない傾向があります。贅沢をせずに浮かせた費用は生活必需品の質を高めるために使うので、アスランが持つ道具や武器は、英雄叙事詩の場面や伝統的装飾が刻まれた豪華で見栄えの良い「一点物」となります。それが家宝であるなら尚更です。安物は誰も欲しがりませんし、職人も作りません。
 よって、アスラン社会では「自動化」は稀なことです。機械が大量生産した服では恥ずかしくて外を歩けません。器用な愛妻や家来の名工が刺繍した手織りの伝統装束こそ、着る価値があるのです。

 毛皮のあるアスランは服に保温性を求めず、薄くて軽くて動きを妨げない、ゆったりとしたチュニックやキルトを着用します。どちらも煌めく糸で精巧な刺繍が施され、宝飾品も飾り付けられます。布の素材や装飾は着る者の地位や職業を示し、氏族の外では服は信用情報代わりとなるのです。豪族の男性の間では、(ヴァルグルほど派手にではなくても)富と権力の誇示は非常に重要と考えられています。
 男性は小さなお守りをたてがみにつけ、自身の氏族や郷の規模を示す編み込みをします。彼らは宇宙服等の環境対応服を除いて、帽子や手袋や靴は身に着けません。

 アスランの建築様式やデザインは効率よりも芸術性を重視し、有機的で丸みを帯びたものが好まれます。直線はほとんどなく、廊下ですら曲がりくねっています。

 アスランの芸術において重要とされるのは直観と伝統です。彼らは「試行錯誤した」ものに芸術性を感じません。一つの絵に何週間もかけるような画家には才能はないのです。
 アスランの有名な伝統芸術には、即興で詠まれる詩の(俳句に似た)ウィホヒールや、そのウィホヒールの心を字形の運びで表現するトフーホキールがあります。ちなみにアスランの宇宙船の外装にはほぼ、古の叙事詩をトフーホキールで表現したヨーイョーホテフが書かれていますが、この文様は彼らにとっては詩と書の複合芸術であり、目と心に訴えかけてきます。
 他には宝飾品作りや彫刻などがあり、これらは全て遥か昔からほぼ同じ形が守られてきています。

■アスランの「都市」
 縄張り意識の強いアスランは、人類のように「都市」に密集して住むということがありません。「都市」と訳せなくもないヒューフテイレリェという単語はありますが、これは本来「会合所」の意味合いで、行政の中心が置かれているわけではありません。ある意味では氏族全体の領土が一つの都市圏と言えます。そして氏族はそれぞれ、裁判所と決闘場と公文書保管庫を兼ねたようなフトヒュー(根源の地)と呼ばれる場所を持っています。
 そして逆説的に、密集地に住むアスランは郷を持たない低い身分の者であることがわかります。とはいえ例え安い集合住宅であっても、住民は自分だけの「縄張り」をより良くしようと心掛けています。

■アスランの娯楽
 彼らにとって娯楽の多くは、するものと言うより見るものです。そして放送や記録媒体を通じてよりも、現地で生鑑賞するのを好みます。彼らは自宅で立体映画を見るよりも、著名な吟遊詩人が歌い上げる叙事詩の朗読会や、女性舞踊団の公演会に出向くのです。
 スポーツは、模擬決闘や射的術のような武道が中心です。また、素足でも騎乗でも搭乗でも競争は人気があります。人類とアスランのスポーツに対する捉え方の違いとして、アスランはスポーツを賭け事の対象にしないことが挙げられますが、その分彼らは試合観戦中に大声で常に展開を予想し合います。
 そして一番手軽な娯楽は、過去の自慢と将来の夢について他者と語り合うことです。それこそ夜を徹してでも。話の内容は僅かな誇張は許されていますが、明らかな嘘は無礼とされています。

■アスラン領内の旅行
 旅人は野宿をしなくても、地元氏族から無料の食事、宿、医療を期待することができます(だから宿屋という商売もありません)。出身氏族やその家来や同盟氏族の勢力圏内ならそれもわかりますが、フテイレの興味深い点で、氏族の伝統次第とはいえ敵氏族から施しを得られることすらあるのです。なぜなら強くて健康な敵を倒すことこそが名誉であって、弱った敵を単に見殺しにするような安っぽい勝利はいらないのです(もちろん、どんな状態でも敵は敵と見る氏族もあります)。
 客人は氏族から饗しを受ける権利があると同時に、その氏族の者を侮辱したり決闘を挑んではなりませんし、たまたま外部から攻撃があれば共に戦わなくてはなりませんし、なるべく氏族の困り事の助けにならなければなりません。「一宿一飯の恩義」は必ず返さなくてはならないのです。

 旅人は現地の最新情報を常に入手すべきです。ただでさえアスラン領内は氏族の勢力圏が入り乱れており、それは戦争や婚姻や譲渡や下賜で常に変化します。現地の郷主の許可なく土地に立ち入ると殺されても文句は言えませんが、情報が古いとそういった事態になりかねないのです。ちなみに、訪問の取り次ぎをする代理人は宇宙港や貿易センターなどに常駐しています。
 また、アスラン領内では定期便はありません。各氏族は自前の交易路を持ち、必要に応じて商船を運航させるからです。一般的な氏族交易路は、その氏族に属する主要星系(高人口・高技術)同士を結び、その間のA・Bクラス宇宙港を経由します。

■アスランと政治
 よく誤解されていますが、アスラン社会は封建的とはいえ帝政ではなく、中央政府すらありません。それどころか種族としての統一目標も理念も掟もありません。彼らにとって政府に該当するものは、氏族と部族と家族の繋がりだけです。
 家族長は家族内の揉め事を調停します。誇り高き部族長(もしくは長に委任された男性)は部族内の揉め事を調停します。氏族間の揉め事は特定の規則に基づいた戦争によって解決されます。
 氏族長は所有郷を分割してそれぞれ家来に割り当てます。家来は自分に付き従う部族に郷を割り当て、各部族は構成する家族間で郷を細分化します。そして最底辺には郷を所有するのではなく、ある意味で郷に所有されている労働者たちがいます。彼らはその郷から公共事業の恩恵を受けながら、戦争や婚姻同盟や贈与によって郷主が変わる度に忠誠を誓う先を変えています。
 そしてこの家族から氏族への繋がりの頂点が「トラウフー」です。この言葉はクーシューに集う29の大氏族こと「29選(the 29)」との同義語になっています。この29選入りの基準は(曖昧とはいえ)戦力と郷の総計であり、人口・軍事力・産業力が考慮されて相対的地位が序列化されます。29選のうち、トラウフーの結成当初から残っているのは19氏族で、10氏族は後から成り上がったか、後継者不在となった氏族を継承した存在です
 29選の氏族の長(か代理人)は、紛争の仲裁や互いの氏族の利益のためにクーシューで頻繁に会合を持っています。建前上そこでの決定に29選以外は拘束されませんが、当然ながらその影響力は他氏族にも及びます。しかし、だからといって29選はアスランを代表する統治評議会ではありません。29選は法律を定めず、序列を揺るがすような問題を解決せず、国軍や中央集権的な官僚機構も持たず、どの氏族に対しても一切の権限を持ちません。各氏族は独自の領土、独自の軍、独自の慣習、独自の法律を持つ、それぞれ独立した「小帝国(Pocket Empires)」なのです(大氏族に臣従する場合を除く)。

■氏族の役割と義務
 人類が政府と考えるような機構を氏族が担う以上、道路工事や消防や学校といった公共事業は全て地元の氏族から提供されます。これらは氏族直営か企業に委託され、利用者が支払う料金や氏族からの資金提供で賄われています。
 宇宙港はたいていの場合、どの氏族にも属さない治外法権とされます。施設は地元氏族から運営企業に土地を貸与して建設され、維持されています。ただし宇宙港内の軍事基地は、基地を所有する氏族の管理下に置かれます。

 長と家来は互いに義務を負っています。通常は各々が相手の防衛のためにいつでも出撃できる体制を保つことが求められます。
 家来は割り当てられた郷を長に代わって管理します。家来は秩序を保ち、一定水準の農工業生産を確保し、自分の郷(と長)を守り切れるだけの戦士を養う責任があります。アスランにとって最高の美徳は、例えそれが自身や家族を苦しめる結果となろうとも氏族に貢献することです。実際、アスランの物語で最も人気の題材は、主人公が家族への思いと氏族への忠誠の板挟みとなって葛藤する姿です。
 長は家来を守り、家来を養い、家来間の諍いを公正と名誉をもって解決することが求められます。長は家来の郷の安全を担保し、征服などで獲得した郷を分け与えることで家来に報います。
 長はまた、家来の不始末に対する責任も負います。ある家来が他氏族の家来と揉め事を起こした場合は、その家来を罰しなくてはなりません――その家来を庇って氏族間の対立をより深める気がなければ。大氏族が家来同士の代理戦争をすることもなくはないですが、それは大氏族としての矜持と名誉に疑問符が投げかけられます。

■アスランと法律
 何よりも名誉を尊ぶアスランが犯罪に走ることは稀ですが、それでも罪と罰は存在します。警察機構のないアスラン社会での民法や刑法に該当するものは、法律体系と言うよりは先人の知恵の集合体に似ていて、各氏族によってそれは異なります。
 決闘を誘発する「侮辱」とは別に、3種類の罪があります。
 「激情」は怒りなどで自制心を失う罪のことで、決闘以外での暴行、(薬物使用も含めた)泥酔、挑発といった悪行を指します。
 「加害」は被害者のいる犯罪のことで、窃盗や詐欺や恐喝、誘拐や海賊行為が含まれます。
 「不名誉」は儀礼に反する行いで、決闘の規定違反、待ち伏せ、責任放棄、虚偽発言、背信行為が該当します。殺害の罪は人類の基準では「加害」だと思いがちですが、アスランはこの「不名誉」と考えます。
 かつて犯罪は全て、関係する氏族や部族の長が裁いていましたが、時代を経てそれは変化しました。激情の罪はかつてと同じく、被告の氏族や部族の長が裁きます。量刑は罪の重さと悪評を考慮した精緻な判例で決められます。控訴を望むなら、一度だけより高い地位の長が審判を行う場合があります。罰則は、初犯の場合は軽く、累犯は刑罰が重くなっていきます。一般的に初犯は謝罪で十分とされ、それ以降は罰金や相手への無償奉仕が課せられます(※アスラン社会での無償奉仕は誇りを傷つけるため、重い罰を意味します)。
 加害の罪については、現在の慣行では調停者が検察役となって証拠と先例に則り公正に罰を提示し、多くの場合は被害額の2~3倍の弁償(もしくは無償奉仕)が命じられます。被害者が負傷したり死亡したりした場合の扱いは、氏族次第ではありますが基本的には応報刑(「目には目を」)です。金銭が絡む事件では、男性の責任能力を問わない傾向があります。なお、重犯罪の場合は追跡者が任命されて犯罪者を追い、審判の席に連れてくることがありますが、軽犯罪に対しては被害者は自分でどうにかするか、追跡者を雇うしかありません。
 不名誉の罪に関しては、犯罪の重大性に応じて氏族や部族の長が判断します。不名誉はアスラン社会で最も重い罪であり、罰則は最低でも追放で、手などの切除、焼印を押す、全財産没収、死刑と多岐に渡りますが、実際には審判にかけられることなくその場で死を賭けた決闘によって「処分」されます。
 アスランの法体系は、個人や家族が自己の行動だけでなく互いの行動にも責任を持つことが強調されています。よって、犯罪者となったアスランが罪を償わないなら、その罪と悪評はその親族にも及びます。ほとんどの犯罪において、家族や氏族が更生させ、必要に応じて償いをし、当事者間で問題を解決します。

■アスランと企業
 氏族が男社会なら、企業は女社会です。男性は宇宙船の操縦士や傭兵、(平民なら)労働者として雇われることもありますが、企業経営は全て女性の手に委ねられています。
 妻の資産は夫の物となる以上、中小企業は経営者の結婚によって氏族から氏族へと受け渡されてしまいますが、大企業ともなると非婚を誓った女性(シーアイハォロ)を経営者に据える安全策が講じられます。非婚は撤回することも可能ですが、その際は社内の別の(主に近親の)非婚女性に会社を譲らなくてはなりません。
 企業買収の手法として縁組みが用いられることも多いです。縁組みによる企業流出で氏族が大きな損害を出してしまうのなら、相手氏族の同規模企業を別の縁組みで等価交換して解決します。
 経営者がどこかの氏族に属するからには、企業と氏族には何らかの結びつきがあります。氏族長が妹の会社のために関税を免除したり、競合他社を自領から締め出してしまったりするのはよくあることです。
 複数氏族から女性が集まる共同経営の企業では、氏族の影響力はその企業内での女性の立ち位置に比例します。ただしこの手の企業の設立目的は氏族間の平衡を保つためなので、特定氏族の色が強くなりすぎないように人事面で配慮がなされます。

 「血盟(Kinship)」とは、人類社会のギルドや社交界に似たもので、特定の産業や技能ごとに集う組合です。血盟は氏族の間柄を越えることができ、交戦中の氏族の数少ない平和的交流と情報交換の場にもなっています。
 最古の血盟は、特定分野の専門家集団でした。治療者血盟は、休戦の旗の下に集った十数氏族の医師たちで構成され、医療の知識や秘密を交換し合いました。他に、武術を鍛え高め合う指南所のような血盟もありました。
 そして、歴史上最も重要な血盟が「星の同胞団」です。アスラン製ジャンプドライブはイェーリャルイオー氏族とホーウヘイス氏族が共同開発したもので、その技術は両氏族の極秘とされていました。当初、他の氏族が恒星間宇宙船に乗るためにはその2氏族に上納金を払わなくてはなりませんでしたが、星間航行の需要が増すに連れて2氏族だけでは宇宙船の建造が追いつかなくなっていったのです。そこで彼らは「星の同胞団」を作り、血盟の外に秘密を漏らさないことを条件に、他氏族の技術者にジャンプドライブの製法と操作法を教えたのです。このようにして2氏族は影響力を失うことなくジャンプ技術をアスラン全体に広め、ジャンプの秘密を巡って全面戦争が起きることを回避したのです。
 現代の血盟は、帝国のトラベラー協会に近い存在です。血盟の構成員は他の構成員に助力や保護を求めたりすることができます。血盟の加入権は金銭では購入できません。

■アスランの通貨
 男性のアスランにとっての金銭は、人類ほどには重要ではありません。彼らが戦ったり探検をするのは郷や名誉のためで、その代価が金銭だと侮辱に感じるかもしれません。全ての氏族長は男性なので、氏族間の交渉事は郷の贈与や奉仕の誓約で解決されがちですが、これは氏族長の妻同士で既に妥結している支払い額の符丁にすぎないかもしれません。
 女性(と平民でも少数派の男性)は交易に興味があり、そのために通貨を欲しています。ほとんどの氏族は独自通貨を発行しており、その名前や形状は様々です。その通貨価値は全て、通貨発行者が持つ郷とその住民が産み出す総生産額に裏付けられています(言わば「土地本位制」です)。
 一般的に、氏族内ではその氏族の通貨と家来や上位氏族が発行した通貨が流通しますし、多くの氏族は29選発行の通貨も受け入れます。なお、両替の繰り返しは無駄が多いため、アスラン領内での貿易は主に近隣氏族間で行われています。

(後編に続く)

星の隣人たち(8後) 接触!アスラン

2020-12-24 | Traveller
 砲手ウォフトーウイーの乗った護衛艦は激戦の末に航行不能となり、退艦命令が出された。全員が脱出できるだけの救命艇も戦闘で失われていたので、伝統に従ってまず艦長が残された救命艇に乗り、上級士官が続いて席を埋めていった。残る席に船員の誰が座るかを決闘で決める時間もなかったので抽籤が行われ、幸運にもウォフトーウイーに権利が回ってきた。しかし外れた船員の一人がそれでも席を奪おうと暴れたため、ウォフトーウイーはこう言った。
「お前が誇りを捨ててでも生き残りたいというのなら、俺の席を取れ」
 こうしてウォフトーウイーは爆発する艦と共に命を落としたが、その気高き名は今でも知られている。一方、恥知らずの臆病者は生還こそしたものの氏族から追放され、その不名誉な名を覚えているものは誰もいない――


■アスランと戦争
 氏族間の、領有権や権力や交通利権などを巡る争い事は、決闘と同様に非常に儀礼的に行われます(場合によっては死を伴いますが)。戦争では、中立氏族が調停者として監視を行います。この指名は非常に名誉なことであり、細心の注意と客観性を持って審判を下して、無意味に戦争が激化するのを防ぎます。
 戦争を起こすには、調停者を加えた全ての当事者が明確な交戦規定に事前合意する必要があります。一般的には、より抑制的な戦争を提案した側がその後の交渉で優位に立ちます。
 アスランの戦争には数多くの種類がありますが、大まかな分類は交戦規模が抑制的な順に以下の通りです。

・戦力の誇示
両陣営が総戦力を指定された戦場に集結させ、より多く強く見えた方が勝利。
・一騎討ち
集結した戦力の中の代表者が1対1で決闘を行う。
・模擬戦(捕獲戦)
荒野や無人衛星を戦場にして、勝利条件(敵陣の旗を奪うなど)を目指して戦う。
・刺客戦
氏族を代表する「刺客」が、指定された目標(敵氏族長など)を襲撃か誘拐できたら勝利。基本的に護衛を含めて殺してはならず、目標を「いつでも殺せた」ことを証明するだけで良い(ただし事前合意があれば本当に殺害することもある)。
・限定戦争
戦場が1星系に限られる戦争。戦闘員の殺害は基本的に認められる。星系内での宇宙船への攻撃も許可されるため、私掠戦術に発展することもある。
・小規模戦争
複数星系にまたがる戦争。重火器や戦艦の使用が許可される。小規模戦を選ぶことは、本音では双方が大きな損害を受けなくないことを意味するため、まめに特使を派遣しては停戦を探る。
・大規模戦争
2氏族以上が大規模戦争を行うことは稀で、数々の戦争儀礼はこれを避けるためにあると言ってもいい。大規模戦争では敵氏族の軍事・産業基盤の(人員も含めて)全てが攻撃対象となり、敗れれば領地や権力を致命的に失うこととなる。
・殲滅戦
勝利目標は敵氏族を焼き尽くし、男子を根絶やしにすることである。氏族が宇宙規模となった現代では、殲滅戦はほぼ不可能と考えられている。

■アスランと軍
 アスラン領ではそれぞれの氏族が独自の宇宙軍(Space Force)や地上軍(Ground Force)を構え、総称して「郷の守護者(トレッヒュイール)」こと氏族軍と呼ばれます。また、企業が軍を組織している場合もあり、一般的にそれは傭兵部隊と呼ばれます。
 氏族軍は文字通り、氏族全ての郷と権益を守るため「だけ」の組織であって、アスラン領全体を守るわけではありません。種族同士の戦いになったアスラン国境戦争の時ですら、交戦氏族以外は我関せずの態度を貫きました。
 アスラン領内では小競り合いは日常的で、氏族の勢力図は刻一刻と変化します。アスランは郷を得るために戦い、名誉のために死にます。戦争は非常に儀礼に則ったものですが、それでも時に命の奪い合いをすることに変わりはありません。
 他の社会と同じく、どの軍内の役職にも性差は影響しています。指揮官や操縦士や砲手は身分の高い男性がなります。なぜなら「正しく戦闘の指揮を執る」とか「正しくボタンを押す」程度で済む役職だからです。また、戦場で立身出世を狙う男性が戦闘員になります。アスラン男性は兵装の動作原理を理解しているわけではなく、そのため他種族では考えられない事故も起きますが、それでも平均的な戦闘力は上回ります。
 副官や情報士官といった技術的な知識を必要とする士官職は女性が担います。女性士官は男性指揮官を補佐し、平時は指揮官に代わって部隊をまとめ、補給を切らさないようにし、戦闘計画を管理することで作戦の成功を支えます。
 整備補給部隊や艦船の機関士といった後方支援役には女性(や身分の低い男性)が配属されます。非戦闘職の部隊には戦闘で名誉を得る機会はほとんどありません。

 アスランが他種族と戦う際に悩みとなっているのが、敵がアスランの提案した交戦規則を守ってはくれないことです。それに気づくまでアスランは不利な戦いを強いられますが、ひとたび気づけば過剰に反発し、無慈悲な報復を行います。とはいえ、彼らが最後に他種族と大規模な戦争を行ったのはもう700年も昔です。

宇宙軍:
 アスランの宇宙軍は、帝国における海軍と偵察局(と場合によっては商船会社)の機能を併せ持った組織で、艦隊戦や惑星降下といった通常の軍事作戦以外にも、氏族の人員輸送(主に入植のため)、探査や偵察(主に新天地を求めるイホテイのため)、旅客や通信や貨物の運搬など、氏族全体の領地を守り、豊かにするためにあらゆることをします。複数星系に入植地を持つ氏族にとって宇宙軍は「文化の架け橋」であり「忠誠の絆を深める」役割があるのです。
 惑星の一部のみしか支配していない氏族には、基本的に宇宙軍がありません。このような氏族は宇宙軍を持つ別氏族と同盟を組むか、その家来になるか、企業宇宙軍と契約をするかします。
 1惑星もしくは1星系を支配する氏族は、自領を守るために「惑星宇宙軍」を持ちます。これはジャンプ能力のない貨物船や惑星防衛艦で編成されますが、数隻の小型恒星間商船を含む場合もあります。
 「氏族宇宙軍」は複数星系を支配する氏族が持ち、ほとんどのアスラン宇宙軍がこの規模です。そしてこれが29選ともなるとより規模も大きくなり、より熟練した人員とより進歩した兵装が配備されています。

 男性が格闘戦を好むことと、主力艦の高額な建造費維持費を考慮に入れると、人類の艦隊に比べて氏族宇宙軍はより少数で小型の艦艇で編成されます。巡洋艦や大型軍艦に遭遇することは稀です。
 バトル・ライダー艦(ジャンプドライブを持たずにテンダー艦で運ばれる軍艦)は、氏族の軍艦調達問題の解決策として人気が高いです。平時はライダー艦は惑星防衛艦として、テンダー艦は大型貨物船として運用されるため、維持費の捻出の意味でも助けになるからです。
 なお、商船はほとんどが武装されています。宇宙船の操縦は男性のみの仕事なので、彼らは非武装の船を操るのが不安で仕方ないのです。

 アスラン領内で大型軍艦を建造できる造船所は珍しく、たいていは29選のどれかが所有しています。ほとんどの氏族は29選から軍艦を購入していますが、その多くは中古艦です。また、アスランが扱えるように改装された人類の中古艦に遭遇することもあります。
 というのも、アスランは「魂の入っていない」新造艦よりも、栄光で彩られた歴戦の中古艦を好む傾向があります。戦士が誇らしげに古傷を見せるのと同じように、外装の損傷は名誉の印なのです。

 氏族の勢力圏内を行く軍艦は基本単独行動ですが、勢力圏外での活動や特定の軍事作戦の際には戦隊や艦隊に編成されます。
 ラーヨ(意味は「六」で、通常は「戦隊」と訳されますが「機動部隊」の方が近いです)には一般的には文字通り6隻の軍艦が配属され、その構成は同種艦同士で編成する人類とは真逆で、ここでは例を示せないほどに氏族や目的によって千差万別です(編成数すら2~12隻と幅があります)。ラーヨは氏族長が任命した司令官の名前で呼ばれます。
 アイコーホー(「沢山の船」=「艦隊」)も規模や編成はまちまちです。アイコーホーは特定の任務のためだけに編成され、それは戦闘だけでなく移民輸送や貨物貿易のこともあります。
 「戦闘艦隊」は氏族の世界を防衛したり、戦争時に同盟氏族に派遣する際に編成されます。それぞれの艦隊は艦隊提督が指揮を執り、氏族提督の指揮下に置かれます。
 「通商艦隊」は商船団と護衛艦で構成され、アイコーホー・シーロホトという女性指揮官(軍人ではなく官僚)が率います。護衛戦隊はその規模と戦力次第で艦隊提督か艦長が率います。
 「移民艦隊」は「イホテイ船団」とも呼ばれ、氏族の余剰人口を新天地に送り込むために編成されます。艦隊は氏族提督に指揮され、氏族の勢力圏を出てからは提督が事実上の長となります(ただし氏族の伝統には縛られます)。船団には護衛戦隊と入植者や物資を運ぶ通商戦隊が同行します。このイホテイ船団に関しては後述します。

私掠船(アオフェーオ):
 アスラン領内では、人類社会と比べて宇宙海賊に遭遇する確率が遥かに低いです。彼らにとって海賊行為は不名誉なことで、まずそんな職業に就きたいとは考えません。しかし理屈をこねて納得さえできれば、彼らとて全くやらないわけではないのです。それが私掠船戦術です。
 非常に激しい氏族間戦争の際には、一定の規則の下で氏族は私掠赦免状を発行することができます。これは身内の企業に対して、どこであろうとも敵氏族の宇宙船への攻撃を許可するものです。企業はまず利益を求めますから、撃沈してしまうよりは無力化してから拿捕をし、積荷や船自体を売り捌きます。
 拿捕された船内の人員は、所属氏族次第で対応が変わります。単に居合わせた乗客など敵氏族でない者は安全に解放しなくてはなりません。敵氏族なら殺害しても構いませんが、基本的には捕虜にして身代金を要求します。

地上軍:
 アスランの地上軍は、帝国における海兵隊と陸軍・水軍・空軍の機能を併せ持った組織で、戦場の花形です。多くの氏族は男子の1割を常備軍の戦士に割いていると言われています。名誉のためには決して死を恐れず、「命と命を交換する」ような戦術を採るアスランは他種族には理解し難く、そして非常な脅威です。
 ちなみに、アスランは接近戦を好みますし、一般的な氏族の軍事費は乏しいため、編成は軽歩兵主体です。

傭兵部隊:
 私掠船と同じように傭兵も立派な職業であり、古から男性傭兵は己の力で戦果を勝ち取り、女性は富を産む源として部隊を営んでいました。傭兵部隊は何らかの理由で自力で戦士を養えない氏族の助け舟ともなり、平民男性やイホテイらが名誉と郷を求めて入隊を志願します。一般的に、氏族が賄える以上の余剰の戦士は傭兵となります。
 アスラン領内外に出向いている傭兵部隊は通常、裕福な女性や企業によって組織されています。経営者本人もしくは代理人が部隊司令部に同行して、傭兵チケットの交渉を行い、雇用に関して最終的な決定権を握り、事業全体の監督をします。しかし実際には、彼女は男性指揮官に戦場での判断を任せており、男性ならではの視点が部隊の利益に反すると判断した時のみ現場に介入します。

刺客(サイ・イーソ):
 アスランの刺客たちはよくテラの昔話の「ニンジャ」に例えられますが、実際には人類における特殊部隊に近いです。彼らは選び抜かれた精鋭戦士であり、個人戦と小隊戦の戦術に精通し、味方に尊敬され敵に恐れられます。氏族地上軍と傭兵部隊のどちらも刺客を抱えていますが、彼らの報酬は高額で、刺客戦になること自体も少ないので出撃は稀です。
 秘密裏に活動する人類の特殊部隊と異なり、刺客は作戦前に計画を相手に告げ、作戦後に誇らしげに戦果を公表します。しかし刺客の凄みは、事前に襲撃を知らせていても成功させられる点にあります。
 そもそも刺客に狙われるということは、その雇い主から畏怖されていたのと同義なので名誉なことと考えられます。仮に刺客に敗れたとしてもその名誉は語り継がれますし、逆に刺客の予告から逃げることは非常に不名誉なことなのです。
 不名誉の罪の償いとして刺客になることもあります。罪人は追跡者や決闘代理人となり、逃亡者を追っては決闘を申し入れるために雇われます。こうして雇われて(主に死を賭けた)決闘を生き延びた罪人は晴れて名誉を回復するのです。

■イホテイの「侵略」
 父親からの土地の相続が望めない第二子以降の男子(イホテイ)は、伝統的に自分の郷を求めて移住してきました。そうしなければ、他の誰かから奪うしかないからです。
 かつては辺境の野営地に各地からイホテイが集まり、夜な夜な焚き火を囲んでは自らの野望を語り合い、やがて単独で未開地に向かったり、見込みのありそうな男の下に集って集団で旅立ったり、夢破れて戻ってきたりする牧歌的な光景がありました。しかし宇宙時代となった今は、イホテイは船団を組んで新天地に向かうのが一般的です。
 氏族は定期的にイホテイ船団を編成し、郷を求める男たちや、職を求める平民や、名誉回復の機会を求める追放者が加わります。船団内での地位は、その者の技能と名声に加えて親の財力を示す装備具合に比例します(※そしておそらく氏族長の子が氏族提督になると推察されます)。また、氏族で余剰となった輸送船や護衛艦を寄贈するのもよくあることなので、イホテイの遠征隊はまちまちな技量ながら士気だけは異様に高く、時代遅れの船に乗っているのが常です。
 遠征は色々な意味で氏族に恩恵があります。身内の口減らしをしながら遠方の同盟氏族に変えられ、遠征の準備によって地場経済が潤います。そして遠征隊を次々と送り出すことが、周辺氏族に己の勢力を見せつける良い機会にもなります。

 理想的な新天地とは、資源が豊富で、近隣に良い市場がある、環境の良い手つかずの惑星です。もちろんほとんどのイホテイにとってそれは夢物語に過ぎず、既に入植している他の氏族や部族が無視した、あまり環境の良くない余剰地に定住せざるを得ません。とはいえこれは必ずしも悪いことではなく、他の入植者は資源を売り買いする相手にもなりますし、緊急時には助けを求められますし、何よりもその星が永住可能である証拠なのです。
 未踏星域に入る船団は、まず適した星を見つけるために女性の偵察隊を派遣します。目的地が見つかれば、29選から派遣された女性の「艦隊調停官(アイコーホー・エァレァトライゥ)」が船団員に郷を割り当てます。この時、どうしても大氏族の子弟により良く広い郷が充てられるのは否めません(彼らの親はそれだけ船団に多く投資しているのですから)。しかし、建前上29選の指示は29選の氏族(とその家来)にしか及ばなくても、船団員が調停官の決定に異議を唱えることはまずありません。また、現地民に入植を通告するかどうかは、彼女に一任されています。
 偵察隊が入植可能な土地や既存の入植地を調査している間に、船団は軌道上に入ります。ほとんどの入植者は輸送効率化のために冷凍寝台で眠っていて、第一陣がこの時点で起こされます。そして新植民地が開拓されるにつれて次々と入植者たちが覚醒され、船から降りていきます。植民者は船団の主の家来となり、氏族に尽くす見返りに庇護を得られます。
 一方軌道上の船団は、護衛艦は軌道上で哨戒を続け、後の惑星宇宙軍の礎となります。輸送船は商船に改装され、近隣世界との通商路を確立します。
 こうして入植地に誕生した新氏族は送り出した氏族と強い結びつきを持ちますが、とはいえ通常は故郷から遥か遠くに入植するので、時間が経つにつれて独立氏族となったり、近隣の他氏族と手を結んだりすることもありえます。やがて入植開始から数世紀を経て惑星上の全てが誰かの物になると、その星では新天地を求めるイホテイ船団が結成されます。

 アスラン国境戦争の記憶から、人類はアスランやイホテイを暴力的な征服者と考えがちです。しかし実際には、彼らは土地を欲する衝動に駆られてはいても、征服は手段の一つに過ぎないと考えています。
 アスランはしばしば、星系統治者から未開拓地を購入して定住します。何百年かかっても現地住民が開発しきれないような人口疎密な星であれば、その方が安上がりな手段だからです。代金は現金もしくは税金や賃料の形で支払うか、あるいは傭兵として駐留することで代わりにするかします。
 また、アスランは空き地に勝手に居座るかもしれません。典型的な辺境星系では、彼らを追い出すだけの人口も軍事力も政治的な熱意も欠けている場合が多いからです。そもそも住民が長い間、アスランが入植しているのに気づかないことすらありえます。
 国境沿いの世界では、イホテイの到来はもはや恒例の行事となっています。彼らが価値あると睨んだ星には、いくらでも雲霞の如く群がってくるのです。

 イホテイはアスラン文化の中でも興味深い位置を占めています。彼らは放浪の英雄であり、無頼漢であり、尊敬されなくとも立派な存在です。事実、アスランの人気娯楽の多くはイホテイ戦士とその家来を題材とします。
 イホテイに政治的影響力はなく、氏族から命令されることもありませんが、氏族の外交政策の一環としてイホテイを扇動したり、逆に抑え込んだりすることはあります。また、氏族の拡大はイホテイとなった息子への資金援助の額に比例するのも現実です。

■アスランの言語と名前
 彼らの共通語は「トロール」と呼ばれ、人類に限らず他種族で会話を極めた者はほとんどいません。学習が困難なほどその発音は複雑で、アングリック話者には美しく聞こえると同時に不協和音に苦しみます。彼らが人類の早口言葉よりも早く喋られるのは発声しながら呼吸ができるからで、そのために横隔膜を素早く動かす必要があります。実際、トロールとは「腹」を意味すると同時に、発声中のアスランの胃の動きも表しています。
 トロールは非常に厳格な言語であり、単語を並べただけでは全く通じません。学習者に救いがあるとすれば、トロールは4000年前から全く変化しておらず、地域特有の方言や訛りもないことです。ただしトロールにも性別があることを除けば。
 女性が話すトロールは科学・経済用語などを扱えるよう大幅に拡充されており、男性はすぐに会話についていけなくなります。一方で、法曹界や政界でのみ使われる男性専用の格調高いものもあります。そして異性の言葉を口にするのは恥ずかしいこととされています。
 トロールの単語はそれぞれが幅広く複数の意味を持つため、正確にアングリックに訳すのは困難です。「テレーイホーイ」はアスランの有名な傭兵部隊の名ですが、訳語として「夕闇の兵士達」「日没の騎士団」「宵星の戦士隊」のどれもが正解となります。

 トロールの筆記法は「トオー」といい、数百もの表意文字で構成されています。ただし一般的な文章であれば、数十個を知っていれば理解可能です。トオーは絵文字や爪痕から洗練されていったもので、男性体のトオーは伝統的かつ装飾的で曲線を多用し、複数の文字を組み合わせて新たな文字を作れる柔軟性があります(音楽+集団=楽団、金銭+戦士=傭兵)。女性のものはより正確な意味を読み取れるよう近代的に再設計され、活字も女性体しかありません。

 全てのアスランは(隔絶した入植地でない限り)共通の文化と言語を持ちます。しかしこの文化は非常に複雑で窮屈なため、個人名や言葉は理解が困難になる場合があります。
 独立した氏族長は、長本人が氏族の全てを表すことから氏族名で呼ばれます(文脈上の理由で氏族名と氏族長名を区別する必要があるなら、長は末尾に「コー」を付けます)。よって、ルーエァウィ氏族の長はルーエァウィもしくはルーエァウィコーと呼ばれます。
 家来の豪族は続柄がどんどんと付加されて長くなります。ルーエァウィ・オローオイェイ・ウォトイ・ロイェイウォフェーリロリテイテヤーホットテイシユー(ルーエァウィ氏族に仕えるオローオイェイ氏族に仕えるウォトイ氏族の家来で、イウォフェール川の分かれ目の谷間を治める誇り高き部族長たる祖父の三男の未婚の長男)のように、最高位の氏族から順に名乗り始めて個人で終わります。
 平民は仕える豪族の、女性は最も身近な男性の名の末尾に今の役目が付加されます。つまり「Xの船の次席機関士」「Xの二番目の、Y氏族から嫁いだ妻」となるわけです。

 このような本名は公的な場(儀式や決闘など)でのみ使用され、普段は短い「二つ名」で呼び合います。二つ名は「伝説の爪(イローイオァハ)」「星の智者(テアウエァス)」「六拾四(テウレァール)」のように個人の信念や功績を表し、いつでもつけたり捨てたりできます。イホテイが新たな郷を得て新氏族を興した際には、自分の子孫が誇りを持って名乗れるように気高く派手なものに変える傾向があります(氏族名=氏族長の名だからです)。
 トロールの性質上、二つ名の意味は曖昧になっています。結局どういう意味なのかを知りたければ、礼儀正しく本人の聞くのが一番早いです。そうすれば、どのような業績によってこの名を選んだか詳しく説明してくれるでしょう。
 本人の仕事や家庭環境の変化どころか気分次第でも名前は変わってしまいますが、呼び名を間違えると侮辱に取られる可能性もあるので、アスラン同士が再会した際には、例え仲の良い友人であっても現在の本名や二つ名から名乗り始めるのが礼儀とされています。

■アスランの数学と単位
 4本指であるアスランは、ごく自然に8進法(0,1,2,3,4,5,6,7,10,11…)の数学を発展させました。ですから彼らにとって8は切りのいい数となり、「多くの」や「たくさん」という比喩に64や4096が使われます。クーシューに集う氏族が「29選」なのに「トラウフー(参拾五)」と呼ばれるのも、10進法の「29」は8進法で「35」だからなのです。
 数学にも性差の影響はあり、男性でも四則演算ぐらいはできますが、平方根ともなるともはや女性の領分です。

 アスラン領内共通の時制は、母星クーシューの公転と自転の周期を基準に定められました。1年(フトヘァ)は212.2日、1日(エァホウー)は16時間です。アスランは人類における「分」の概念を「止(ホウオアオ)」と「走(オレイオアオ)」に割ったので、1時間(テッホオアオ)は8止、1止は64走、1走は8秒(ウーエァロアオ)となります。
 公転周期に端数があるため、5年に1度、第213日を挿入して調整が行われます。アスラン暦は最初のトラウフーが開かれた年を0年とし、帝国暦と同じように紀元前は負の数字で表します。
(※クーシューの1日は帝国標準時で約36時間なので、1日の長さが帝国の1.5倍あることに気をつけてください)

 長さを表す最も短い単位はオイーフタ(「親指の幅」=約3cm)で、続いてホウフィオ(「男の身長」=約2m)」、オレイオアオフタ(アスランが1走の間に駆ける距離=約140m)、エァホウフィオ(アスランがクーシューの1日で歩ける距離=約70km)となります。
 重さはフィーフトッホウ(「一片」=約110g)、トルーフトッホウ(「肉の重み」=約1.8kg)、フテフトッホウ(アスラン1人分の重さ=約100kg)で表されます。

■アスランの技術水準
 アスラン領内の技術水準は人類社会より一歩劣っていて、最高TLは14です。これは主にアスランの守旧志向によるもので、古のヴィラニ人のように技術的進歩に価値を置かないのです。ただし、自分たちの恩恵になると思えば他種族の進んだ技術を導入(もしくは複製)することは躊躇しません。
 多くの氏族ではTL9~11の物品が流通し、時にはTL12~13の、主に軍事装備や宇宙船を29選から購入することがあります。29選はTL12~13の物品を製造し、氏族内で流通させるか外部に輸出します。TL14のものはクーシューなど極々限られた星系でしか製造できず、一般にはほぼ流通しません。

■アスラン社会の人類
 帝国領内にアスランがいるように、アスラン領内でも人類を見かけることがあります。その多くは帝国やソロマニ圏からの駐在員や訪問客ですが、中にはアスラン文化を受け入れて氏族の家来となった人類や、アスラン領内に母星を持つ群小人類もいます。彼らは種族差別をせず、多くの氏族では非アスランの社会参加は認められていますが、アスランの名誉と伝統に従わない者は「蛮族」として差別します。
 アスラン領行きの観光業は開拓途上の分野です。企業は随行員付きの旅行商品を販売していますが、一般的には神経質なアスランの危険性を考慮して領内全域がアンバー・トラベルゾーン扱いとなっています。旅人が心掛けるべきは、アスランの習慣を理解して尊重すること、現地の氏族長の指示に従うこと、何よりも名誉のために戦うことです。これさえ守ることができれば、振る舞いが立派であり、礼儀正しく敬意を払って行動する限り、アスラン領内で何も恐れることはありません。そして、周囲に影響力を持つ後援者(豪族や重役)を得られれば、アスラン領内での取引や通行で何かと便宜が図られますし、他者に紹介状も書いてもらえるでしょう。

■人類社会のアスラン
 故郷を飛び出して人類社会に定着したアスランは、国境沿いの宙域では人口の約3%を占めます。そんな彼らは3つの種類に分類されます。
 「純なるアスラン(True Aslan)」は、定住先でもアスランの伝統文化と生活様式を守る者たちです。この場合は人類社会とは溝が生まれがちで、差別と貧困に苦しむ例が少なくありません。そして時とともに共同体は風化していきます。
 「彼方のアスラン(Other Aslan)」は、伝統を守りながらも共存のために現地の支配者(帝国なら皇帝)に忠義を誓った者たちです。中には帝国貴族の地位を手に入れた者もいますし、キャピタル皇宮のアスラン近衛連隊(Aslan Guard Regiment)はその忠誠心の高さと勇猛果敢さで知られています。
 伝統を捨て去った者たちは、本流のアスランからは蛮族扱いです。ダリアン連合やソロマニ連合(※)に帰化したアスランがこれに該当します。
(※ソロマニ自治区制定時にソロマニ圏内に取り残されたアスランのことです。彼らの一部は後のソロマニ・リム戦争でソロマニ軍の一員として戦いました)
 また当然のことながら、訪問者としてのアスランも多く見かけられます。観光客や研究者だけでなく、傭兵部隊は頻繁に雇われますし(装備の都合上、アスラン傭兵は部隊ごと雇用しなくてはなりません)、国境間貿易企業ティエーヨー・フテァラオ・ヨーはスピンワード・マーチ宙域やトロージャン・リーチ宙域に交易路線を持っています。

■ジャンプ技術についての疑惑
 自力でジャンプ航法を開発した種族を「主要種族(Major Race)」や「六大種族」と呼び、ドロイン、ヴィラニ人、ゾダーン人、ハイヴ、ククリー、ヴァルグル、ソロマニ人、そしてアスランの順に銀河に飛び出していったことは現在では常識とされています。しかし、アスランに関してだけはそれを疑う歴史学者(やソロマニ主義者)の声が少なくありません。
 事実としてアスランは六大種族の中で唯一、重力操作技術を確立させる前にジャンプ航法に辿り着いた種族です。開発年とされる帝国暦-1999年当時、アスラン文明はTL7でしかなかったと考えられており、しかも歴史的に常にいがみ合っていたはずの2氏族が突然裏で手を結んでジャンプドライブを極秘裏に共同開発しているのです。
 そして、初期のアスラン製ジャンプドライブが不思議とソロマニ製のものに似ているのも指摘されています。母星クーシューのあるダーク・ネビュラ宙域には当時ソロマニ人の探査隊が幾度となく訪れており、それらの全てが無事に帰還したわけではないのです。
 墜落した宇宙船を回収した説や、ヴェガン商人がドライブを密売した説など色々唱えられてはいますが、そもそもソロマニ人のジャンプ技術開発にすら同様の陰謀説が存在する以上、論議は不毛でしょう――確固たる証拠が出てくるまでは。

■アスランと超能力
 一般的にアスランには超能力の才能がないと考えられています。また、フテイレの教えは口から発した言葉に重きを置くため、テレパシーは他者を信用しないのに等しくて不名誉だと捉えられます。よって、アスラン領内での超能力研究は低い地位や悪評を覚悟せねばならず、使用者がいたとしても追放者や、人類の特殊部隊など「不名誉な敵に不名誉な手段で報復する」目的のみでしょう。
(※とはいえ何事にも例外はあって、「裂溝の向こう(Transrift)」のトロージャン・リーチ宙域やタッチストーン宙域には、超能力使いの刺客を抱える氏族があるそうです)


【ライブラリ・データ】
クーシュー Kusyu 1226 A8769H6-E U 高人・工業 703 As G4V D 国家首都
 ここはアスランの母星であり、選ばれし29の大氏族(29選)が集う「トラウフー」が開かれる「大会合所(Greet Meeting Hall)」があります。そのため星図上では「首都」と記されてはいますが、厳密には異なります。
 アスランはこのクーシューの大地を特に価値があると考えており、29選だけでなく約300もの氏族がここを一部分でも領有して権勢を見せつけています。
 クーシューの観光名所としては、フィールァフォヒール中央宇宙港の上空2kmに浮かぶ「空中庭園(ラッイハトーイ)」が挙げられます。ここは宇宙港の管制機能と集客施設(宿泊所・食事処・酒場・土産店など)を兼ねており、人類の居住区もここにあります。他に、スタウシェーオソレレァホ山頂街の眼下には息を飲むような絶景が開けています。
(※クーシューの位置については長年様々な資料で全く違う情報が提供されて混乱を極めていましたが、討議の末に「ダーク・ネビュラ宙域 1226」とすることで決着しました)
(※政治形態Hは「氏族分割統治」、基地コードUは「29選および氏族基地」を意味します。ちなみに現在の標準世界書式(UWP)では基地Uは廃止されていて、T(29選基地)かR(氏族基地)を使用することになっていますが、設定との整合性を鑑みてあえてUを採用しました)

アスラン国境戦争 Aslan Border Wars
 帝国暦-1118年から380年に渡って繰り広げられた、人類とアスランの一連の戦争のことを指します。
 主要種族の中で一番遅く宇宙に出たアスランは、すぐに人類の勢力圏と接触し、領土争いをする関係になりました。当時の人類には統一政体はなく、「小帝国」や星系単独政府がそれぞれアスラン氏族の攻勢に耐えなくてはなりませんでした。最盛期のアスランは旧帝国の領域を約40パーセクも侵食していました。
 しかし帝国暦200年にもなると〈第三帝国〉が伸長してきて、進んだ技術で秩序立った反撃が可能となりました。それでもアスランは氏族ごとにしか行動ができず、各個に撃破されていきました。
 最終的に、380年に帝国と4大氏族との間で「フトホァーの和約(Peace of Ftahalr)」が結ばれ、両者の間に約30パーセクの中立緩衝地帯を設けることで境界線が確定しました。それ以降人類とアスランの間に戦争は起こっていませんが、ソロマニ自治区(後のソロマニ連合)は和約に反して境界を越えて領土を得ており、問題となっています。

アスラン近衛連隊 Aslan Guard Regiment
 帝国皇宮を守る近衛軍団(Imperial Guard)の中の一つで、その名の通りアスランのみで編成されています。380年に帝国とアスラン氏族の間に結ばれた「フトホァーの和約」を受けて、友好と信頼の証として同年に帝国領内のアスラン(※)から兵員を選抜して設立されたのが起源です。
 この部隊が勇名を轟かせたのが、606年の帝国内戦です。プランクウェル大提督率いる突入部隊が皇宮を襲撃した際に、最後まで降伏せずに抵抗を続けたのがアスラン近衛連隊でした。結果的に部隊は壊滅し、皇帝殺害の阻止はできませんでしたが、その忠誠心と練度の高さは今に受け継がれています。
(※帝国領の拡大によって、勢力圏沿いの多くのアスラン居住星系が帝国に取り込まれました。彼らは自分の土地を捨てず、そのまま帝国市民になったのです)

ティエーヨー・フテァラオ・ヨー Tyeyo Fteahrao Yolr
 アスラン国境戦争の終結後、アスランは自分たちの嗜好に合った香辛料「塵胡椒(ダストスパイス)」が、裂溝の彼方のスピンワード・マーチ宙域にあることを知りました。ティエーヨー・フテァラオ・ヨー(恒星間塵胡椒輸入社。ティエーヨーとはクーシューの主星名であり「恒星」の意味も持つ)はこの塵胡椒をアスラン領に輸入するためにイハトエァリョー氏族が設立した国境間貿易会社です。そしてイハトエァリョー氏族はこの事業の成功によって勢力を拡大し、トラウフーに名を連ねる大氏族となりました。
 同社は現在ではモーラ~クーシュー間航路で、両国の価値ある様々な産品を取り扱う商社として発展を遂げています。

塵胡椒 Dustspice
 乾燥砂漠地帯の低木樹の樹皮から採取されるこの香辛料は、人類やヴァルグルは果物にかけますが、アスランは肉にかけるか、単体で食します。人類には軽く酩酊感を与える程度ですが、アスランやヴァルグルに与える多幸感は強烈で病みつきになるため、かつては高額の金銭で取引されていました。現在では安価な合成品が普及しましたが、美食家の間では未だに天然物を求める需要があります。
 生産地としては、原産地のロマー(スピンワード・マーチ宙域 2140)の他にキーノウ(同 2411)が有名です。


【参考文献】
・Journal of the Travellers' Aid Society #7 (Game Designers' Workshop)
・Alien Module 1: Aslan (Game Designers' Workshop)
・Rebellion Sourcebook (Game Designers' Workshop)
・Solomani & Aslan (Digest Group Publications)
・GURPS Traveller: Alien Races 2 (Steve Jackson Games)
・Alien Module 1: Aslan (Mongoose Publishing)