宇宙の歩き方

The Astrogators' Guide to the Charted Space.

星の隣人たち(8前) 接触!アスラン

2020-12-24 | Traveller
「若き戦士のロホルは、負傷して気を失っている間に味方が撤退し、戦場に取り残されてしまいました。しかしロホルは立派に戦ったので、敵氏族は彼を救助して傷を治してやり、休戦したら解放する約束をしました。
 ところが、その前にロホルの氏族が彼の今いる郷に攻めてきました。ロホルは敵から受けた恩を返すために自分の氏族と戦い、自分の兄弟すら殺し、そして深傷を負って死んでしまいました。
 両方の氏族は彼の勇敢さを讃え、故郷の兄は新たな郷を賜り、子々孫々までロホルの栄えある名は語り継がれましたとさ。めでたしめでたし」
――アスランが高潔な行いの手本とする昔話


 アスランはよく「ライオンのような」と人類に例えられますが、当然ながらテラ原産のライオンとは全く異なる種族です。しかしそもそも「アスラン」という呼び方自体が、彼らと初接触したソロマニ人が古代トルコ語でライオンを意味する「アスラン」と名付けたと言われるぐらいに(※諸説あります)、人類は何かにつけ彼らをライオンに結び付けたがる傾向があります。
 加えて、彼らの勢力圏を「神聖アスラン国(Aslan Hierate)」と全く実態にそぐわない呼び方をするのも、やはり接触当初のソロマニ人が彼ら独特の風習や社会構造を「宗教」と誤認して、古代ギリシャ語の「神聖(Hieros)」から造語したのが定着してしまったからです。
 このように、人類は彼らに対してたくさんの誤解を繰り返してきました。だからこそ我々は、彼らについてたくさんの事を学ぶ必要があるのです。




■「フテイレ」とは
 アスランは自らを「フテイレ」と称します。これは種族の名であると同時に、彼らの哲学、生き方全てを表しています。フテイレとは「名誉に生きる者」であり「唯一無二の道」なのです。
 フテイレは致命的になりがちな暴力沙汰を減らすために編み出された行動規範で、自制心を大いなる美徳とします。質素に生き、正直に話し、伝統を重んじて先祖を敬い、家族や氏族に対する義務を果たし、そして恐れずに敵に立ち向かうことが大切です。義務よりも自身の安全や快楽を優先することは不名誉なことで、特に上に立つ者にはこの模範であることが求められます。
 アスラン社会で普遍的に見えるフテイレの掟ですが、氏族ごとに解釈が異なる部分もあります。例えば、捕虜への拷問を不名誉と考える氏族もあれば、情報を得て戦争に勝つための必要悪と考える氏族もありますし、捕虜に痛みに耐える勇気を示す機会を与えられるのでむしろ名誉なことと考える氏族すらあります。
 彼らは、フテイレを学びたいと願う他種族を拒むようなことはしませんが、教えを説いて回るようなことは決してしません。いつか皆が自然とフテイレに従ってくれると信じているのです――「唯一無二の道」なのですから。

■アスランの身体的特徴
 かつてのアスランは母星クーシュー(ダーク・ネビュラ宙域 1226)の樹上で暮らしていた四足歩行の肉食獣でしたが、約180万年前の気象変動で広大な森林地帯がほぼ消失して草原に出ざるを得なくなりました。その草原には個人では敵わない大型動物や天敵が生息しており、結果的に彼らは単独行動をやめて家族単位で集団狩猟をするようになりました。やがて作戦を立てるために会話という知恵を付け、狩りの効率を上げるために女性が開発した武器を手にした彼らは、天敵すら絶滅に追いやるほどの存在となりました。
 こうして知的種族となったアスランは、平均身長約2メートル、平均体重約100キログラムで、温血の直立二足歩行生物です。つま先歩きをし、柔軟性がありながら丈夫な手足をしています。
 男性と女性の二性があり、男女で身長差はあまりありませんが、男性の方が筋肉質で重くなります。そして男性のみに象徴的なたてがみがあります。男女比は1:3と女性に偏っており、特に(元々双子出産がめったにない種族なのですが)三つ子や「男の双子」に関しては記録が見当たりません。
 アスランの手には3本の指とそれに対向した親指があり、それぞれの指には出し入れ可能な爪が、更に親指の根元には鋭い特殊な「狼爪(dewclaw)」が角質に隠されています。この構造によってアスランは人類と比べれば不器用で、かつ人類の装備品の転用を難しくしていますが、その分彼らは筋力・持久力・瞬発力・聴覚・嗅覚に優れ、「素手」での接近戦に長け、暗視能力も持っています。
 歯は28本あり、正面には犬歯が、側面には剪断歯が発達していますが、臼歯はありません。よって彼らの咀嚼は、食べ物を噛み切って飲み込むだけとなります。別に舌に棘があるわけではないので、毛繕いは手や爪を使用します。目は人類と比べて大きめで、捕食型動物共通の縦型の瞳孔をしています。
 アスランの毛皮は通常は茶色の濃淡ですが、灰がかっていることもあります。人類と同じく血統によって毛並みに違いがあり、たてがみの大きさや膨らみ具合、毛の滑らかさや模様などに差が出ます。尾は、進化の過程で特段の機能を持たなくなりました。
 アスランはクーシューの1日(約36帝国標準時間)に合わせて、24~25時間起きては11~12時間眠る、という周期で活動します。寝不足は人類と同じく翌日の活動に大きな影響を及ぼしますが、昼夜逆転生活は意外と苦にしません。というのも、元々彼らは狩りに有利な夜行性動物だったのが、文明(特に農耕)の発達で昼行性になったからです。
 実はアスランは呼吸器系の病気にかかりやすいのですが、彼らにとって嗅覚は食べ物の評価に不可欠なため、鼻の感染症にかかったアスランは完全に食欲を失う可能性があります。なお、種の壁を超えてアスランの病気が人類に感染することは(その逆も)ありません。
 妊娠期間は人類と同じく(以下は帝国の暦で)約40週間ですが人類よりも早熟で、誕生時で既に4~6キログラムあり、生後10週前後で歩けるようになり、約半年で喋り始めます。アスランは14歳で成人しますが、40代を過ぎると急激に老化し、平均寿命は60歳程度(女性の方が若干短命)です。この寿命の短さには種族の特性以外に、彼ら自身が長寿に無関心で延命医学の研究が進まなかったことも影響しています。

■アスランの食事
 彼らの主食は言うまでもなく肉類です。新鮮な肉を好みますが、消化器官が強いため多少傷んだものでも問題ありません。そして肉食に頼る彼らは、人類よりも多くの水を欲します。
 木の実は調味料として、果物は飲料として食しますが、根菜や穀物といった植物類は「動物の餌」だと軽蔑しています(そもそも消化できません)。実際、アスランの農業技術は古代からずっと食肉用の家畜をより多く飼うために進歩しているのです。
 今や彼らは合成肉を生産する技術を持ってはいますが、それは最貧困層か、食料入手が困難な未開発星系でのみ消費されています。文明的なアスラン家庭や食堂ではその場で屠殺された肉が提供され、富裕層は趣味を兼ねて私有地で獲物を追っています。
 獣一頭を捌いたら成人男性でも食べきれない量の肉が取れるため、夕食は家族と、できるなら客人も招いて食事をするのが基本です。アスランは1日1食で、食後すぐに睡眠を取ります(そのため、寝不足よりも消化不良の方が翌日の体調に影響を与えます)。
 小さいなら生肉でも食べますが、大きな肉は軽く調理して香辛料をよく効かせて食べます。彼らは香辛料に関しては、自然のもの・化学的なもの双方で驚くべき数の知識を持っているのです。
 アスランは宇宙旅行中でもこういった食生活を守ろうとしており、生きた獲物を模したロボットに肉を纏わせて船内に放ったり、家畜の群れごと冷凍睡眠させたりしています。

■アスランの心理
 彼らの心理は特有の男女比や、縄張りを決めて制御するための古くからの本能に影響されています。それは大まかに分けて以下の4つです。

縄張り意識:
 根強い縄張り本能により、男性は自分の土地=「郷(landhold)」を得ることに執着し、生涯で最高の目標とします。郷の所有権は男性にしかありませんが、これは男女差別ではなく、あくまで種の本能に基づいたものです。

性の違い:
 性別はアスランの行動を定義する上で、人類よりも遥かに重要です。男性は指導者で戦士であり、相続や褒賞でまず自分の郷を持ち、持ったなら名誉を追い求めます。女性は貿易と学術に興味があり、技術者や学者や経営者になります。アスランにとって女の生きる道は、より良い結婚のために資産を作り、結婚後は夫を支えながら夫の郷を富ませていくことです。

名誉:
 知的生物学者の考えでは、アスランの誇りは彼らの縄張り意識を反映したものとされています。原始アスランは強さを見せつけることで自分の家族と縄張りを守り、他者の攻撃を抑止していました。これは無駄な怪我を避ける知恵でもありました。
 現代では、己は死しても我が名が家族や氏族の記憶に残るように努めたいと考えています。そのためには自分の評判を汚さないようにしなければならず、必要があれば血をもって不名誉を雪がなければならないのです。

忠誠心:
 アスランの祖先が森から平野に移動した際に、敵に対して共同防衛をする必要からこのような心理が生まれたと考えられています。戦いの中でお互いを暗黙のうちに信頼しあえる集団は、進化面で優位に立っていました。そしてより強い男は群れの主導的存在となり、その家族がより良い食べ物、睡眠場所、水飲み場を得られたのです。
 この忠誠心は血縁の絆を強固にした一方で、惑星や国家といった地縁的な絆を薄めていきました。彼らには自分の氏族や家族が全てであって、アスランという種族全体のことはどうでもいいのです。
 なお、フテイレは忠誠心の大切さを説きますが、一方で彼らは名誉と大義を秤にかけて敵方に寝返ることもあります。

■家族・部族・氏族
 アスラン社会は2~12名程度の「家族(エッホー)」を最小単位としています。これには、男性家長とその妻(と妻たち)、子供たち(実子や貰われた孤児)、家長の血縁者(未婚の兄弟姉妹、別居していない高齢の両親、養子縁組した孤児)、場合によって同盟先や征服された氏族の一員(鍛錬を共にしたり、裏切りを防ぐ人質として)が含まれます。アスランは母親を区別せず、家長の子は全て家長の妻たちが平等に世話をします。つまり、アスラン社会では家系こそが重要なのです。家長が亡くなった場合は長男が家長を継ぎますが、その際に弟たちを家族に残す義務はありません。
 複数の家族が寄り集まるとその中の1家族を長とした「部族(ロリー=群れ)」が形成され、そして部族が寄り集まって「氏族(ヒュイホ)」を形成し、最も強大な氏族長に部族長たちが忠誠を誓うのです。氏族長は部族を守り、部族に施し、部族間の揉め事を諌め、氏族の資産をより賢く管理することが求められています。そして氏族は、特に血縁関係のある場合は、より強大な氏族に忠誠を誓うことがあります。しかし、約4000あると言われているアスラン氏族の中でも傑出した29大氏族ですら、それらに直接的・間接的に忠誠を誓う氏族は意外にも少数派で、ほとんどの氏族は独立しています。
 アスランは神や運命を信じてはいませんが、祖霊信仰めいた精神性を持ちます。彼らの家には必ず英霊の祠があり、偉大な先祖の遺物が収められています。

■アスランの社会
 社会におけるアスランの地位は、彼(または彼女の夫)が持つ郷と、所属氏族が(直接または家来を通じて)管理している郷の総計によって決まります。
 一般労働者である平民は郷を持ちませんが、もちろん社会に不可欠な存在です。郷を所有しているアスラン(社会身分度9+)は全て「豪族(貴族階級)」とみなされ、総家族の約3%が100万ヘクタール以上、約8%が10万ヘクタール以上、約17%が1万ヘクタール以上、約28%がそれ未満の郷主です。大氏族ともなるとその規模は複数星系にまたがりますが、このような大規模な郷は長だけでは管理できないため、一部を親族や家来が氏族長の名代として治めます。

 アスラン男性が郷を手に入れるためには以下の手法があります。
 一番手っ取り早いのは、父から郷を相続することです。かつては息子たちが相続権を賭けて決闘をし、敗者は勝者の家来となるか家を出るかしていました。
 また、氏族や部族の長から郷を恩賞として分け与えられることがあります。これは戦争での英雄的な活躍や、集団への多大な貢献の対価です。武勇に優れた戦士に郷(や娘や妻)を提示して氏族に勧誘することもあります。
 そして、戦争を起こして力ずくで他氏族の郷を奪うことです。戦争で獲得した郷は参加した戦士で分配することが通例でした。このため、アスランは守勢よりも攻勢を好みます。守備一辺倒では戦費がかさむだけで何も得られないからです。
 有史以来何千年もの間、男性が採りうる手段はこれらだけでした。母星の大地に限りがある以上、増え続ける男性に見合った土地はなく、郷を欲する本能は各地で戦争という形で流血を呼びました。
 しかし、ジャンプドライブの開発は彼らに新たな選択肢を与えました。星の海の向こうには無限にも思える大地が広がっていたのです。相続人争いは平和的な「長子相続制」に姿を変え、次男から下の男子は故郷から何光年離れていても次々と未開拓の星に入植しては自分の郷を得て、それがアスラン領全体の拡大を押し進めたのです。

■アスランと決闘
 その誇りの高さゆえに短気と思われやすいアスランですが、それは群れの中で優越性を求めた闘争から生まれたもので、彼らの人格の中核を占めています。とはいえ時を経てアスランの決闘は、「天然の凶器」による無駄な怪我を減らすために非常に儀礼的になっていきました。
 アスランは自分に対する侮辱を無視することはできません。彼らは他種族の無知ゆえの侮辱についてはある程度までは寛容ですが、度を越せば決闘に至ります。
 アスラン社会では一般的に、「無遠慮」「無作法」「無礼」の3つが侮辱とされます。「無遠慮」とは社会的な上下関係を弁えない言動のことであり、許可なく相手に触れることも含まれます。「無作法」とは躾が足らずに、敬語を誤ったり、公共の場で粗暴に振る舞ったり、氏族の伝統に反したりすることが該当します。「無礼」とは意図的な誹謗中傷です。これらの行為を指摘された際にはすぐに謝罪(口頭で、もしくは相手に自分の喉を差し出すなど服従の姿勢を見せる)が求められ、謝罪がなければ決闘の大義名分となります。
 決闘は侮辱や不和を解決するための一般的な手法であり、他の手段ではその場を収めることができない場合に用いられます。決闘は儀礼に則って行われ、死闘になることは稀です。その儀礼は男女によって厳密に区別されていて、特に異性同士で決闘することはありえません。また、子と親(もしくはその先代)の決闘も絶対にありえません。
 決闘は当然本人が臨むべきものですが、場合によっては代理人が立てられることがあります。異性間の侮辱は、互いの名誉に無知であるからと受け流されるのが基本ですが、それが度を越したなら侮辱された側の(決闘可能な性別の)近親者が代理人として応じます。また、双方にあまりにも実力差がある場合も(当然近い実力の)代理人が許可されます。
 負傷や病気などの理由でも代理人を立てられますが、この場合は回復するまで決闘が延期されることが多いです。特徴的なのは、延期された決闘は債権のように親族に相続されることです。本人が決闘前に死亡してしまったなら、その子や兄弟が本人に代わって決闘に応じます。天災や戦争などの事情で決闘の延期が繰り返された結果、双方の子孫同士が決闘を行うことすらありえるのです。
 決闘を申し込むには、非公式でいいなら爪をむき出しにして唸り声を上げるだけで十分ですが、公式にとなるとまず相手の氏族長に決闘を申し入れないといけません。氏族長は決闘の可否を判断し、当事者双方に決闘の場所と日時を告げます。
 決闘は素手と爪のみで常に1対1で行われ、一方が負傷すると決着がつきますが、重大な侮辱の場合は意識不明になるまで続けられることもあります(死ぬまでやるのは余程の事です)。鎧類や薬物は使用できません。そして勝者は名誉を得、敗者は(仮に侮辱された側であっても)相手に謝罪を強いられます。
 また、両者が同意すれば決闘は他の手段(それこそ賽の目勝負でも構いません)に置き換えることもできますが、一般的には惰弱だと眉をひそめられます。ですが、女性学者同士の決闘が論文の討論で行われるようなことはよくあります。
 決闘は決して軽々しくは行われませんが、決闘を拒むことは弱虫とみなされ、ほとんどのアスランがそうは思われたくないと考えています。逆に言えば、異種族がアスランの尊敬を得る近道は決闘から逃げないことです。彼らは戦闘の腕前を高く評価しますし、自分たちの文化を受け入れない者を「蛮族(トヒウィテァホタウ)」と見下していて、彼らにとっての礼儀正しい振る舞いは自分が無知な蛮族ではないことを示すことになるのです。
 基本的に決闘は些細なことであり、その勝敗が社会的地位に影響することはありません。しかし世間から注目されるような決闘の場合は、同格か格上に勝利した者は社会身分度が+1され、敗れた者は社会身分度が-2されます。

■アスランと名誉
 アスランの名誉の概念は、以下の3つの柱から成ります。
 第一の柱は「尊敬」、具体的には他者の領分を尊重することです。この場合の領分とは、郷や財産や妻も含めた所有物全ても指します。そして征服する意図もなく、他者の領分を犯したりはしません。お互いの領分を尊重するこの概念から、アスランは封建的社会を構築してきました。
 第二の柱は「伝統」です。先祖や英雄たちのやり方こそが正しい振る舞いとされます。ただしこれは彼らが古い作法に縛られることを意味せず、新技術が導入されれば適応しますし、新しい星の環境に合わせた新しい伝統を築きます。
 古の偉人や詩人の(特に戦争や決闘に関する)教えにも従います。尊敬に値するアスランは先祖からの伝統を守り、家長の指示に従い、決闘を公正に戦い、同胞を助け、誓約を守って戦争を行います。
 第三の柱は「調和」ですが、これは他種族には解釈が難しい概念です。人類のものに置き換えて一番近い単語は「禅」でしょうか。アスランの概念では、宇宙は流れ行く思考を持ち、完璧な行動とはその思考と一致して動くことと考えています。つまり「調和」を達成したアスランは、宇宙の意志を体現しているのです。この「調和」はどのような状況や行為でも到達できますが、一般的には武術や詩吟、瞑想などで成されます。

 これらを極め、皆から慕われる存在を「フテイラコー(名誉の具現者)」といいます。フテイラコーは所属する氏族が実践しているフテイレを、膨大な歴史的事例の中から倫理と現実の狭間で正しく適用するための知見を持つ存在です。名声の誉れ高く、氏族文化を細部まで理解しているため、「調停者(エァレァトライゥ)」に選ばれることが多いです。

 アスランは他者から恩情をかけられたり施しを受けることを恥とは思いませんが、受けた恩は必ず何らかの形で返さねばなりません。自分の代では無理なら兄弟や子孫にそれを託しますし、権力者同士の取引材料になることすらあります。こういった恩義の「貸し・借り」の複雑な連鎖が、アスランの封建社会を強固にしているのです。

■成人の儀式と追放者
 成人を迎えたアスランは通過儀礼を受けなくてはなりません。この儀式は氏族ごとに、また男女間でも違いがあります。まず男女ともに、氏族の長老から名誉と伝統について試され、叙事詩の暗唱や先祖の功績を語ることで応じます。
 男子は氏族最強の戦士と決闘をします。当然勝てることはまずありませんが、困難に立ち向かう勇気を試しているのです。また多くの氏族では若い男性に適性試験も受けさせています。女子は決闘こそ免除されますが、企業への就職や技術者としての能力を見るために、男子よりも多くの適性試験を課せられます。
 そして男女ともに、最後は各氏族固有の秘密試験を受けます。この内容を異性に明かすことは禁じられています。
 通過儀礼が終わると、若者たちは氏族内で雇用先を探します(豪族の長男は家に残って父親の死を待ちます)。しかし通過儀礼に失敗することもありますし、雇用先が見つからないこともあります。そのようなアスランは、償えないほどの不名誉を負った恥ずべき者と同じ「追放者」となります。
 追放者は氏族内や社会での全ての地位を剥奪されます。そんな追放者はどこの共同体の片隅にもある「隔離街(ルーホトホ)」に集まり、飼料の栽培など「不浄」とされる仕事に就きます。隔離街は低治安地域であり、追放者らは生きるためなら犯罪に手を染めることも、逆に名誉回復のためなら命懸けの使命も厭いません。そして追放者の子も追放者とみなされます。

■アスランと性
 アスラン社会では男女の役割は明確に区別されます。男性は郷の獲得、軍事、政治、運動にかまけます。一方女性は学術、産業、商売、蓄財に興味を持ちます。企業は常に女性が経営しています。上流階級の男性は特に金銭感覚がほぼなく、女性の助けなしには現代社会を生き抜くことができません。そんな彼らの側には常に、妻や女性親族など誰かが控えています。
 彼らは他種族に対して、解剖学的分類や見た目ではなく、その者の「役割」で性別を判断しがちなことに注意が必要です。人類の女性砲手はアスランからは男性に思われますし、男性の仲買人は女性と捉えられます。問題は、アスランは「異性」からの侮辱は受け流せても、「同性」からだと他種族であっても決闘になりかねないのです。

 アスラン社会は一夫多妻が伝統です。全ての男性には一度は結婚し、郷の規模が許す限り多くの妻を養うことが期待されています。平民だと妻は居ても1人ですが、多くの豪族男性は複数の妻を持ちます。3人の妻を持つのが平均的とは言われていますが、4人も5人も娶る者は逆に珍しいです。なお、近親交配を避けるために、男性は別氏族から妻を娶る傾向があります。
 女性には夫を支え、夫の子を産み、郷や家来を管理して、先祖に仕えることが求められますが、現代では仕事や学問に専念したい女性が非婚を選ぶことも珍しくありません。とはいえ、社会階層が低くなるほど結婚を望む女性も多くなり、そんな彼女らは蓄財の腕を磨きながら、広大な郷を持つ理想の男性と結ばれる日を夢見ています。
 未婚のアスランは自由に異性と性関係を結べますが、妊娠すると周囲から結婚が望まれます。ただし男性の方が極端に身分が低い場合は中絶させられるか、子供は既婚の親戚の養子となります。
 意外かもしれませんが、アスラン女性の間で同性愛は珍しくありません。夫は、妻が女性の友人と食事に行こうが同衾してようが気にしません。別にその二人の間に自分以外の子ができるわけではないからです。
 婚外恋愛も珍しくなく、既婚男性は未婚女性と自由に交際できますが、妻や妻たちが夫の郷ではこれ以上「新妻」を養えないと判断したら、夫に経済的圧力をかけて交際をやめさせるのが通例です。逆に既婚女性も、夫の許可があって妊娠が不可能であれば未婚男性と交際することができます。
 アスラン社会では離婚は認められています。かつては妻の親族男性と夫が決闘することで離婚の可否が決まっていましたが、今は夫が相手の親族に従属するか財産分与で決着します。

■アスランの衣服・芸術
 何よりも名誉と郷に価値を置くアスランは、人類より持ち物が少ない傾向があります。贅沢をせずに浮かせた費用は生活必需品の質を高めるために使うので、アスランが持つ道具や武器は、英雄叙事詩の場面や伝統的装飾が刻まれた豪華で見栄えの良い「一点物」となります。それが家宝であるなら尚更です。安物は誰も欲しがりませんし、職人も作りません。
 よって、アスラン社会では「自動化」は稀なことです。機械が大量生産した服では恥ずかしくて外を歩けません。器用な愛妻や家来の名工が刺繍した手織りの伝統装束こそ、着る価値があるのです。

 毛皮のあるアスランは服に保温性を求めず、薄くて軽くて動きを妨げない、ゆったりとしたチュニックやキルトを着用します。どちらも煌めく糸で精巧な刺繍が施され、宝飾品も飾り付けられます。布の素材や装飾は着る者の地位や職業を示し、氏族の外では服は信用情報代わりとなるのです。豪族の男性の間では、(ヴァルグルほど派手にではなくても)富と権力の誇示は非常に重要と考えられています。
 男性は小さなお守りをたてがみにつけ、自身の氏族や郷の規模を示す編み込みをします。彼らは宇宙服等の環境対応服を除いて、帽子や手袋や靴は身に着けません。

 アスランの建築様式やデザインは効率よりも芸術性を重視し、有機的で丸みを帯びたものが好まれます。直線はほとんどなく、廊下ですら曲がりくねっています。

 アスランの芸術において重要とされるのは直観と伝統です。彼らは「試行錯誤した」ものに芸術性を感じません。一つの絵に何週間もかけるような画家には才能はないのです。
 アスランの有名な伝統芸術には、即興で詠まれる詩の(俳句に似た)ウィホヒールや、そのウィホヒールの心を字形の運びで表現するトフーホキールがあります。ちなみにアスランの宇宙船の外装にはほぼ、古の叙事詩をトフーホキールで表現したヨーイョーホテフが書かれていますが、この文様は彼らにとっては詩と書の複合芸術であり、目と心に訴えかけてきます。
 他には宝飾品作りや彫刻などがあり、これらは全て遥か昔からほぼ同じ形が守られてきています。

■アスランの「都市」
 縄張り意識の強いアスランは、人類のように「都市」に密集して住むということがありません。「都市」と訳せなくもないヒューフテイレリェという単語はありますが、これは本来「会合所」の意味合いで、行政の中心が置かれているわけではありません。ある意味では氏族全体の領土が一つの都市圏と言えます。そして氏族はそれぞれ、裁判所と決闘場と公文書保管庫を兼ねたようなフトヒュー(根源の地)と呼ばれる場所を持っています。
 そして逆説的に、密集地に住むアスランは郷を持たない低い身分の者であることがわかります。とはいえ例え安い集合住宅であっても、住民は自分だけの「縄張り」をより良くしようと心掛けています。

■アスランの娯楽
 彼らにとって娯楽の多くは、するものと言うより見るものです。そして放送や記録媒体を通じてよりも、現地で生鑑賞するのを好みます。彼らは自宅で立体映画を見るよりも、著名な吟遊詩人が歌い上げる叙事詩の朗読会や、女性舞踊団の公演会に出向くのです。
 スポーツは、模擬決闘や射的術のような武道が中心です。また、素足でも騎乗でも搭乗でも競争は人気があります。人類とアスランのスポーツに対する捉え方の違いとして、アスランはスポーツを賭け事の対象にしないことが挙げられますが、その分彼らは試合観戦中に大声で常に展開を予想し合います。
 そして一番手軽な娯楽は、過去の自慢と将来の夢について他者と語り合うことです。それこそ夜を徹してでも。話の内容は僅かな誇張は許されていますが、明らかな嘘は無礼とされています。

■アスラン領内の旅行
 旅人は野宿をしなくても、地元氏族から無料の食事、宿、医療を期待することができます(だから宿屋という商売もありません)。出身氏族やその家来や同盟氏族の勢力圏内ならそれもわかりますが、フテイレの興味深い点で、氏族の伝統次第とはいえ敵氏族から施しを得られることすらあるのです。なぜなら強くて健康な敵を倒すことこそが名誉であって、弱った敵を単に見殺しにするような安っぽい勝利はいらないのです(もちろん、どんな状態でも敵は敵と見る氏族もあります)。
 客人は氏族から饗しを受ける権利があると同時に、その氏族の者を侮辱したり決闘を挑んではなりませんし、たまたま外部から攻撃があれば共に戦わなくてはなりませんし、なるべく氏族の困り事の助けにならなければなりません。「一宿一飯の恩義」は必ず返さなくてはならないのです。

 旅人は現地の最新情報を常に入手すべきです。ただでさえアスラン領内は氏族の勢力圏が入り乱れており、それは戦争や婚姻や譲渡や下賜で常に変化します。現地の郷主の許可なく土地に立ち入ると殺されても文句は言えませんが、情報が古いとそういった事態になりかねないのです。ちなみに、訪問の取り次ぎをする代理人は宇宙港や貿易センターなどに常駐しています。
 また、アスラン領内では定期便はありません。各氏族は自前の交易路を持ち、必要に応じて商船を運航させるからです。一般的な氏族交易路は、その氏族に属する主要星系(高人口・高技術)同士を結び、その間のA・Bクラス宇宙港を経由します。

■アスランと政治
 よく誤解されていますが、アスラン社会は封建的とはいえ帝政ではなく、中央政府すらありません。それどころか種族としての統一目標も理念も掟もありません。彼らにとって政府に該当するものは、氏族と部族と家族の繋がりだけです。
 家族長は家族内の揉め事を調停します。誇り高き部族長(もしくは長に委任された男性)は部族内の揉め事を調停します。氏族間の揉め事は特定の規則に基づいた戦争によって解決されます。
 氏族長は所有郷を分割してそれぞれ家来に割り当てます。家来は自分に付き従う部族に郷を割り当て、各部族は構成する家族間で郷を細分化します。そして最底辺には郷を所有するのではなく、ある意味で郷に所有されている労働者たちがいます。彼らはその郷から公共事業の恩恵を受けながら、戦争や婚姻同盟や贈与によって郷主が変わる度に忠誠を誓う先を変えています。
 そしてこの家族から氏族への繋がりの頂点が「トラウフー」です。この言葉はクーシューに集う29の大氏族こと「29選(the 29)」との同義語になっています。この29選入りの基準は(曖昧とはいえ)戦力と郷の総計であり、人口・軍事力・産業力が考慮されて相対的地位が序列化されます。29選のうち、トラウフーの結成当初から残っているのは19氏族で、10氏族は後から成り上がったか、後継者不在となった氏族を継承した存在です
 29選の氏族の長(か代理人)は、紛争の仲裁や互いの氏族の利益のためにクーシューで頻繁に会合を持っています。建前上そこでの決定に29選以外は拘束されませんが、当然ながらその影響力は他氏族にも及びます。しかし、だからといって29選はアスランを代表する統治評議会ではありません。29選は法律を定めず、序列を揺るがすような問題を解決せず、国軍や中央集権的な官僚機構も持たず、どの氏族に対しても一切の権限を持ちません。各氏族は独自の領土、独自の軍、独自の慣習、独自の法律を持つ、それぞれ独立した「小帝国(Pocket Empires)」なのです(大氏族に臣従する場合を除く)。

■氏族の役割と義務
 人類が政府と考えるような機構を氏族が担う以上、道路工事や消防や学校といった公共事業は全て地元の氏族から提供されます。これらは氏族直営か企業に委託され、利用者が支払う料金や氏族からの資金提供で賄われています。
 宇宙港はたいていの場合、どの氏族にも属さない治外法権とされます。施設は地元氏族から運営企業に土地を貸与して建設され、維持されています。ただし宇宙港内の軍事基地は、基地を所有する氏族の管理下に置かれます。

 長と家来は互いに義務を負っています。通常は各々が相手の防衛のためにいつでも出撃できる体制を保つことが求められます。
 家来は割り当てられた郷を長に代わって管理します。家来は秩序を保ち、一定水準の農工業生産を確保し、自分の郷(と長)を守り切れるだけの戦士を養う責任があります。アスランにとって最高の美徳は、例えそれが自身や家族を苦しめる結果となろうとも氏族に貢献することです。実際、アスランの物語で最も人気の題材は、主人公が家族への思いと氏族への忠誠の板挟みとなって葛藤する姿です。
 長は家来を守り、家来を養い、家来間の諍いを公正と名誉をもって解決することが求められます。長は家来の郷の安全を担保し、征服などで獲得した郷を分け与えることで家来に報います。
 長はまた、家来の不始末に対する責任も負います。ある家来が他氏族の家来と揉め事を起こした場合は、その家来を罰しなくてはなりません――その家来を庇って氏族間の対立をより深める気がなければ。大氏族が家来同士の代理戦争をすることもなくはないですが、それは大氏族としての矜持と名誉に疑問符が投げかけられます。

■アスランと法律
 何よりも名誉を尊ぶアスランが犯罪に走ることは稀ですが、それでも罪と罰は存在します。警察機構のないアスラン社会での民法や刑法に該当するものは、法律体系と言うよりは先人の知恵の集合体に似ていて、各氏族によってそれは異なります。
 決闘を誘発する「侮辱」とは別に、3種類の罪があります。
 「激情」は怒りなどで自制心を失う罪のことで、決闘以外での暴行、(薬物使用も含めた)泥酔、挑発といった悪行を指します。
 「加害」は被害者のいる犯罪のことで、窃盗や詐欺や恐喝、誘拐や海賊行為が含まれます。
 「不名誉」は儀礼に反する行いで、決闘の規定違反、待ち伏せ、責任放棄、虚偽発言、背信行為が該当します。殺害の罪は人類の基準では「加害」だと思いがちですが、アスランはこの「不名誉」と考えます。
 かつて犯罪は全て、関係する氏族や部族の長が裁いていましたが、時代を経てそれは変化しました。激情の罪はかつてと同じく、被告の氏族や部族の長が裁きます。量刑は罪の重さと悪評を考慮した精緻な判例で決められます。控訴を望むなら、一度だけより高い地位の長が審判を行う場合があります。罰則は、初犯の場合は軽く、累犯は刑罰が重くなっていきます。一般的に初犯は謝罪で十分とされ、それ以降は罰金や相手への無償奉仕が課せられます(※アスラン社会での無償奉仕は誇りを傷つけるため、重い罰を意味します)。
 加害の罪については、現在の慣行では調停者が検察役となって証拠と先例に則り公正に罰を提示し、多くの場合は被害額の2~3倍の弁償(もしくは無償奉仕)が命じられます。被害者が負傷したり死亡したりした場合の扱いは、氏族次第ではありますが基本的には応報刑(「目には目を」)です。金銭が絡む事件では、男性の責任能力を問わない傾向があります。なお、重犯罪の場合は追跡者が任命されて犯罪者を追い、審判の席に連れてくることがありますが、軽犯罪に対しては被害者は自分でどうにかするか、追跡者を雇うしかありません。
 不名誉の罪に関しては、犯罪の重大性に応じて氏族や部族の長が判断します。不名誉はアスラン社会で最も重い罪であり、罰則は最低でも追放で、手などの切除、焼印を押す、全財産没収、死刑と多岐に渡りますが、実際には審判にかけられることなくその場で死を賭けた決闘によって「処分」されます。
 アスランの法体系は、個人や家族が自己の行動だけでなく互いの行動にも責任を持つことが強調されています。よって、犯罪者となったアスランが罪を償わないなら、その罪と悪評はその親族にも及びます。ほとんどの犯罪において、家族や氏族が更生させ、必要に応じて償いをし、当事者間で問題を解決します。

■アスランと企業
 氏族が男社会なら、企業は女社会です。男性は宇宙船の操縦士や傭兵、(平民なら)労働者として雇われることもありますが、企業経営は全て女性の手に委ねられています。
 妻の資産は夫の物となる以上、中小企業は経営者の結婚によって氏族から氏族へと受け渡されてしまいますが、大企業ともなると非婚を誓った女性(シーアイハォロ)を経営者に据える安全策が講じられます。非婚は撤回することも可能ですが、その際は社内の別の(主に近親の)非婚女性に会社を譲らなくてはなりません。
 企業買収の手法として縁組みが用いられることも多いです。縁組みによる企業流出で氏族が大きな損害を出してしまうのなら、相手氏族の同規模企業を別の縁組みで等価交換して解決します。
 経営者がどこかの氏族に属するからには、企業と氏族には何らかの結びつきがあります。氏族長が妹の会社のために関税を免除したり、競合他社を自領から締め出してしまったりするのはよくあることです。
 複数氏族から女性が集まる共同経営の企業では、氏族の影響力はその企業内での女性の立ち位置に比例します。ただしこの手の企業の設立目的は氏族間の平衡を保つためなので、特定氏族の色が強くなりすぎないように人事面で配慮がなされます。

 「血盟(Kinship)」とは、人類社会のギルドや社交界に似たもので、特定の産業や技能ごとに集う組合です。血盟は氏族の間柄を越えることができ、交戦中の氏族の数少ない平和的交流と情報交換の場にもなっています。
 最古の血盟は、特定分野の専門家集団でした。治療者血盟は、休戦の旗の下に集った十数氏族の医師たちで構成され、医療の知識や秘密を交換し合いました。他に、武術を鍛え高め合う指南所のような血盟もありました。
 そして、歴史上最も重要な血盟が「星の同胞団」です。アスラン製ジャンプドライブはイェーリャルイオー氏族とホーウヘイス氏族が共同開発したもので、その技術は両氏族の極秘とされていました。当初、他の氏族が恒星間宇宙船に乗るためにはその2氏族に上納金を払わなくてはなりませんでしたが、星間航行の需要が増すに連れて2氏族だけでは宇宙船の建造が追いつかなくなっていったのです。そこで彼らは「星の同胞団」を作り、血盟の外に秘密を漏らさないことを条件に、他氏族の技術者にジャンプドライブの製法と操作法を教えたのです。このようにして2氏族は影響力を失うことなくジャンプ技術をアスラン全体に広め、ジャンプの秘密を巡って全面戦争が起きることを回避したのです。
 現代の血盟は、帝国のトラベラー協会に近い存在です。血盟の構成員は他の構成員に助力や保護を求めたりすることができます。血盟の加入権は金銭では購入できません。

■アスランの通貨
 男性のアスランにとっての金銭は、人類ほどには重要ではありません。彼らが戦ったり探検をするのは郷や名誉のためで、その代価が金銭だと侮辱に感じるかもしれません。全ての氏族長は男性なので、氏族間の交渉事は郷の贈与や奉仕の誓約で解決されがちですが、これは氏族長の妻同士で既に妥結している支払い額の符丁にすぎないかもしれません。
 女性(と平民でも少数派の男性)は交易に興味があり、そのために通貨を欲しています。ほとんどの氏族は独自通貨を発行しており、その名前や形状は様々です。その通貨価値は全て、通貨発行者が持つ郷とその住民が産み出す総生産額に裏付けられています(言わば「土地本位制」です)。
 一般的に、氏族内ではその氏族の通貨と家来や上位氏族が発行した通貨が流通しますし、多くの氏族は29選発行の通貨も受け入れます。なお、両替の繰り返しは無駄が多いため、アスラン領内での貿易は主に近隣氏族間で行われています。

(後編に続く)
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