昭和41年
日産自動車は大衆車サニー1000を、トヨタはカローラ1100を発売した。
両車は今となっては地味な存在だが日本自動車史の記念すべき車だ。
その一方の初代サニー1000が交通博物館に展示されている。
それもただの展示ではなくて車の構造がよく分かるカットモデルだ。
このサニー1000(B10)を初めて見たのがいつの頃だったのかはっきりとした記憶がない。
交通博物館を初めて訪れたのは小学校の社会科見学だったと思うが
このサニーを見たという記憶は無かった。
それでも中学か高校の頃に同館を訪れ写真を撮っていた。
正確な撮影日は不明
サニー本体に変化は無いがよく見ると床や背景、柵、説明板等に変化が見られる。
実車のカットモデルというと私は中学1年生の時に神奈川県青少年センターで見たフェアレディSP310の事が忘れられない。
授業で青少年センターを訪れた時にその存在を知ったのだが、半分に切られたフェアレディに釘付けだった。
こんな所にこんな名車があるなんて・・・。いつか写真を撮りに行こう!と思っていたが数年後に訪れた時はフェアレディ300ZX(Z31)に代わっていた。
無くなってしまった事は悲しかったがその後、別の場所で保管されている事が分かり安心したものだ。
今、どれほどの旧車のカットモデルが存在しているのだろう?
中をよく見るとチョークレバー、メーター脇のタンブラー型のスイッチ、窓のレギュレーターハンドル、ドアレバー、ルームランプが欠損している。
なんでこんな事をするんだろう・・・・(号泣)
気を取り治してタイヤを見る。当然というか、なんとバイアスタイヤ!
私はバイアスタイヤが大好きなんよ~♪コルトも数年前までバイアスタイヤを履いていたのだが、さすがに在庫が無くて泣く泣くラジアル化している。
安定性は良いがハンドルが重たくなってしまった。
バイアス欲しいな~。そういえばトランク下に眠っているスペアタイヤは「ホワイトリボン」付きのバイアスタイヤだ。今度、点検しなくてはな~。(腐っているかもしれん)
サイズは5.50の12インチでメーカーは「TOYO」タイヤ。
トーヨータイヤといえば・・・・
「アメリカのハイウェイを突っ走る日本の自信!!」
素晴しい!60年代ですな~♪『ハイウェイ』ですって『突っ走る』んですって♪
ちなみにこれは切符の裏の広告なのですが表はもっと60年代しています。
表↓
この「絵」の中で残っているのはホテルエンパイアの建物だけ。
ドリーム交通モノレールも、ドリームランドもみんな消えてしまったな・・・
(『感傷に浸っていないで早くエンパイア再びの続きを書けよ!』という声が聞こえてきそうだが、他に書きたい事がたくさんあり過ぎて書けないんよ。)
エンジンルーム内のプレートを見ると車体番号は「B10-000207」と刻印されているので、かなり初期の固体とみえる。
交通博物館が埼玉に移転されると「鉄道博物館」となるので、ここにある船舶模型、自動車、航空機エンジン等は通常展示されないそうだ。
それでもいつか「特別展示」で出会う事があるだろう
それまでさようなら
再び逢うその時に、私はまだコルトに乗っているのかな・・・
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子供ながらにどんな車が出る楽しみにしていたのですが、新聞に発表になったサニーを見て、横に流れるフロントグリルのデザインが「今ひとつだな~」と思ったのを思えています。すぐ後に出たカローラの方がデザインが明らかに洗練されていました。
「1000プラス100の余裕」と言うカローラのキャッチフレーズは、明らかのサニーを意識したもので、サニーよりカローラの方がもの凄く売れたのは言うまでもありません。今に続く「日産の負け犬体質」は、このとき確立されたと言って差し支えありません!。
ちなみに、日産は名前を公募と言うのが好きで今は無き「チェリー」も公募です。その時中学ぐらいだった私は「エクスレイ」と言う名前を応募したのを思えています。
ところが唯一日産が勝った対決があるのです、それが「チェリーVSターセル、コルサ」なのです、チェリーは日本初の横置きエンジンFF車として開発した気合の入った車、「超えてる車です」とのキャッチフレーズにも技術の日産の自信がみなぎっていました。
対するトヨタのターセル、コルサは、縦置きエンジンFFで、これは新たに横置きエンジンを開発するより安く済むと言うトヨタらしい考え方の産物でした。
「百恵の赤い靴」これがコルサのキャッチフレーズです、そうあの山口百恵をイメージキャラクターにしての宣伝、チェリーが新技術をイメージにしていたのに比べると全く対象的でした
。エンジンは縦置きを使えると言っても補機類の位置は変えなくちゃいけないし、ミッションは専用の新設計、冷静に考えれあまり得なやり方ではありませんでしたね、「負け犬」に唯一トヨタが負けた例です。
あっそうそう、他にも日産が勝った事がありましたね!、「R380~382VSトヨタ7」の戦い、こちらはすべて日産の圧勝です!!。
ただチェリーも公募だったとは知りませんでした。あれは良い車でしたね。確か初期型はA10エンジンの横置きに伴いなんとラジエータまで横についてましたね。確かにミニもそうなっていましたが、いささか乱暴のような....。
初代ターセルは知人が買い込んだので運転させてもらいました。当時のFFですのでシフトがぐにゃぐにゃで何回かシフトミスをしたのも良い思い出です。確か高校生の時だった様な。
それから30年、今や5ナンバーの国産車は全て横置きFF車となってしまいました、世の中の進歩なんてどうなるものかわかったものではありません!。これからドンドン石油の高騰が続けば、意外と蒸気機関車が復活すかもしれませんよ?!?。
チェリーやターセルにすぐ反応するあたり、ZUBEBIBO氏もやはり同年代ですね・・・・・
は間違いです、インプレッサ、レガシーは、縦置きエンジンでしたね!忘れていました・・・
数年前、ドリモノカテで「麻田奈美のりんご」というF先生の餌に見事に食らいついてしまった事を思い出しました。
久しぶりにE-10の事を色々と調べたら、やはり当初はバック専用で作られた車体のようですね、昔の記憶なんてあてにならないのが良くわかりました。確かE-10のプラモデルがあって、近所の模型店で売っていたのですが、高くて買えなかったのが思いでです。死ぬまでに一回は青梅鉄道公園に行って見たいものですね・・・・。
>死ぬまでに一回は青梅鉄道公園に行って見たいものですね・・・・。
なんとオーバーな。周りは自然に溢れた綺麗な場所です。奥方とお出かけになられたらいかがざんしょ。