あのコルトを狙え

TOKYO2020 子供たちに負債を(笑)

東急ターンパイク 2022

2022-04-22 23:03:36 | 60年代

何度か取り上げている箱根のドライブウエイ「箱根ターンパイク」

イメージとしては早いスポーツカーがロケットみたいにすっ飛んで行く道路で

遅いクルマがいては大迷惑なのでは、と思い躊躇する。

平日の昼頃ならばそんな事も無さそうなのでドライブに行ってきました、その記録です。

早川駅近くの入口

よく見ると高架のガードレールが異なっています

 

週刊サンケイより

開通当初は小田原厚木道路をと繋ぐ道が未完成で開通した名残です。

ネーミングライツは今「アネスト岩田ターンパイク箱根」となっています。

料金所は片側2車線で4レーン。

この時は下り側の料金所で徴収されたのですが初めての事でした。

この道で4レーンの料金所は多い気がしますが開通当時は多くの自動車に対処出来るようにとの

考えだったのでしょうか。大観山側は2レーンなのに?

(ここに今回の目的があるんです)

速そうなクルマが通り過ぎた後を狙い2~3速全開で登坂開始!

スロットル全開~!にしても実際の速度は40キロ

常にバックミラーを注意し後続車が来たら道を譲るつもりで走ります。

幸いな事にこの日ロケットみたいなクルマは来ませんでした。

いつも気になるこの道路↓

かなり立派な造りですがクルマや人が通っているのを見た事がありません。

 

終点手前の展望台で小休止

エンジンを冷やす為にボンネットを開けているのですが

傍から見たらエンコしているかのようです。

『あんな古いクルマで来るから~』

と思われているのではと気になるのですが

これをやるかやらないかで始動性がまるで違います。

開業当初のパンフレットより

写真を撮れませんでしたが現在は道路の照明が減っているかと。

2006年に訪れた時は「ドライブイン大観山でした」

現在はアネスト岩田スカイラウンジ

そして開業時は

「大観山スナック」

 

今回はこのパンフレットを片手に往時を偲びたいと思いやってきました!

しかしレンズの違いかパンフレットと同じ角度で撮る事が出来ませんでした。

さらに言い訳をさせてもらえば強風でパンフレットが破損する恐れがあり対比しながら、と

いう事が出来なかったという

当時の建築学の粋を集めた設計なのかカッコいいです!

昔はこの正面に入口らしきものがあったのですね

あぁ、右側が切れているじゃん 見事に対比失敗…

 

【スナックのご案内】

一階にはゲーム場もあったとの事だ。

太閤出世そばコーナーというのは土産のソバなのか、その場で食べるソバなのか

とりあえず往時を偲び現在の軽食コーナーでかき揚げソバを頂きます(900円)

気になるのは「ビール180円」

 値段ではなくドライブインでアルコールが販売されていたのに時代を感じます。

1階売店コーナー

手前のチウインガムのケースが泣かせます。

そして現在

喫食スペースとなりました。

それでも

天井の蛍光灯や板は当時のものか古いです

【つづく】

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

離職者が止まらない

2022-04-21 12:52:47 | HOTEL

ホテルの離職率は高いと言われていたのですが

コロナ禍でその率が2年前の2~3倍に増加しています。

若い層が次々と去っていき残る正社員は40代中後半以降で30代は壊滅。

辞める理由はいろいろあるが一番はもちろん賃金。

他の業種より給料が安いけどなんとか今までボーナスも出ていたから

まぁいいか、だったのがボーナスも雀の何とかの小遣い程度

そりゃ辞めますよね 私も20代なら絶対に転職してます!

30代のいない会社はブラックと言われますが納得。

どこの会社も同じですが給料以外にもいろいろな事があり

辞めたい、と言われたら辞めて欲しくないけどこの会社にいてはダメだから

と「その方がいいよ」と涙で見送ります

 

前所属のハウスキーピングで過ごした時期やコロナ禍でスポーツクラブ休業時に

ヘルプで戻った時代にお世話になったハウスキーピングの若いスタッフが皆さん辞めてしまいました。

事務所の前を通る時や用があって訪れる時には仲良しだった仲間はもうみんないません‥‥

そしてハウスから別の部署に異動したスタッフも去りました

こんなおじさんと楽しく遊んでくれて本当に楽しかった仲間でした。

 

【思い出】

ヘルプ時代にインチャージ席に座っていると女子が二人近づいてきて

「私達、彩雲さんがヘルプに来てくれる前から彩雲さんの事知っていたんです~ねぇ」『ねぇ(笑)』

え?なんで??

「社内研修の時! (資料を読み上げた時の)声で! ウチの会社にはいない声だ、って

話していたんですよ(笑)」

そういえば私は電話の時や説明する場合に落ち着いて話すと普段とは声が変わる

昔から自分の声は嫌で嫌で仕方が無かった。ドアマンの頃は通りやすい声を出していたのだが

その後ハウスに行った際にも当時の女子から『声』の事は同様に言われていた。

 

あ、ああ。電話だとかしこまってしまうからね 

と、そんな時にお客様から入電!

「はい、〇〇様ハウスキーピングでございます」

女子二人『ヒュゥ~

よせやい(笑)

 

コンプレックスを無くしてくれた楽しいスタッフも想い出の中に・・・

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

酒を買いに対岸まで

2022-03-08 23:49:28 | Weblog

3月8日

140コロナさんと休みが合ったのでドライブがてら対岸の千葉まで

酒を買いに行く事にする。

酒とはもちろん腰古井の二級酒の事だ。

最近コルトは全く走らせていなかったがエンジンは一発で始動。

千葉へ渡るにはなんとかラインではなくマイカー族にとっては

海のハイウエイと呼ばれる東京湾フェリーを使う。

10:20 久里浜発

乗るだけで何故か楽しい東京湾フェリー

40分ほどで対岸の金谷港に到着

 

下船して、ちょっと寄り道をします。

今では珍しくなった背面板が付いた信号機がお出迎え

鋸山ロープウェイは検査の為に休止中でした。

ここの駅舎、改装前は60年代の雰囲気がありましたが今は普通の駅舎内となってしまいました。

次は車を置いてロープウェイにも久しぶりに乗りたいです。

さて、最近コメントを頂いたT.Aさんの思い出の宿

「鋸山観光ホテル」はどうなっている?と気になっていました。

車内からの画像ですが・・・

 

 

すっかり取り壊され新たに宿泊施設のようなモノを建設中でした

多くの人の夏の思い出を秘めた建物も無くなって…

凪のお暇ならぬ夕凪の間、という名前がステキ

どんなドラマがあったのでしょう・・

 

引き返しニコニコドライブインに向かいました。

念願の天ぷら定食をやっと食べられました!

フキノトウの天ぷらなんて贅沢です。季節を感じさせてくれるのが嬉しい。

いつか車ではなく来てみたい。ここでビールと酒を飲んだくれるのが夢。

電車で来て歩くかタクシーでしょうか。

そこから国吉へ向かいスーパー源氏で総菜と腰古井を買いました。

帰りには

大多喜の丸石油にて給油。まだ出光化されていませんでした。

出来る事ならシェルのままでいて欲しい。

さて金谷港に戻ります。

金谷港乗り場の切符売り場は数年前に改装されました。

その際に京浜急行の運賃案内や名所案内板も変わってしまいました。

レトロな案内板をここで見るのが好きだったが何故か写真を残していなかった事を後悔。

 

唯一撮っていたのが(ピンボケ)こちらだけ。

川崎レジャーセンターって何だったのでしょう?検索しても出てきません。

それにしてもいつも「今度ちゃんと撮ろう」と思い撮影しなかったのは何故?

    いつまでもあると思うな古きモノ

何故かタグボート?が併走していました。

いつか旧車数台で東京湾フェリーに乗り込みたい。

 

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ブレーキでした

2021-12-14 11:44:35 | 三菱コルト1100

トラブルは左側から異音がする、というものでした。

走行中にシャー、とかゴー、とかの音が左に壁やガードレールがあると反響してきたのです。

クラッチを切っても変化なし。当初はブレーキペダルを軽く踏むと音が消えていたのですが

しばらくすると踏んでも変わらなくなる。

村山自動車さんに持ち込み同乗してもらい軽く走り

「ブレーキみたいだね」となりジャッキアップし左前輪を手で回すと引っかかる。

ドラムのカバーを外すと部品が外れて落ちてくる

(自分で外してみよう、なんてしなくて良かった【汗】)

シューを固定するピンが折れたのか外れて無くなっていました。

因みに以前にブレーキホースを作製して頂きましたが

その時は前輪ブレーキを村山さんではバラシておりません。

手持ちのピンで使えるのがないか、代用出来ないかその場で手を尽くしてくれましたが

見つからずお預けする事となりました。因みに当然製廃です。

(↑ 18番の部品です)

私も実家に戻り物置に25年以上前に廃車から外した部品にあったような

無かったような記憶をたどり捜索するも見つからず。

しかしその夕方に代替え品を加工し取り付け修理終わりましたとの連絡が!

早い!

お話しによると一つのスプリングだけ固いものが入っており右をバラしていると

そちらは普通の固さ。いつかどこかの修理で付けたそのスプリングが固く破損したのでは?

スプリングは削り負荷が掛からないようにして下さいました。

ありがとうございました(涙)

引き取りエンジンも快調に回り帰途に着く。

都内の環八通りを南下し信号待ちをしていると

『治ったんですかー?』と外から声が?

右を見ると隣の車線の白いBMWの運転手さんが

『ブログ見てますよ~!』とスマホの画面を向け見せてくれたのは前回の投稿!

『村山自動車さんの帰りですか』

な、な、なんとブログを見て下さっている方でした!!

イベント以外で声をブログ見てます、と声を掛けられたのはたぶん初めてで

嬉しさのあまり「ありがとうございます」と答えるのが精いっぱいでした。

あの時の沼津ナンバーのお兄さん 

本当にありがとうございました!とても嬉しくてそれからの帰り道は更に快適でした。

 

さて・・・人生最大の失敗ネタを書こうと思うもバ〇過ぎて書けません・・・

 

 

 

コメント (9)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

その帰り道

2021-12-04 01:00:02 | (旧車)

横浜ヒストリックカーデイが無事終了し(今年も崎陽軒の弁当を買えなかったが)

帰路は三菱ミニカ360のマチイさんと途中まで一緒に走る事となった。

すっかり日も暮れて夕焼けのキレイな日でした。

横浜税関を通り過ぎた頃バックミラーに見慣れない車が写った。

会場で写真を撮りたかったが常に人だかりが出来ていて撮れなかったヤヌスだ!

慌ててスマホのカメラを向けたのでピンボケ、税関のクイーンの塔が切れてしまった。

ライトアップされた建物の雰囲気と相まって異国のような雰囲気だった。

そしてその後

ミニカとコルトの脇をBMWイセッタ、メッサーシュミットが連なって走る。

夕暮れの横浜開港資料館ジャックの塔との組み合わせに夢をみているかのような世界だった。

右折して走り去って行きましたが最後にいいものを見せて頂きました。

その後私達は鎌倉街道を南下し弘明寺交差点で停車をすると

左に先のBMWイセッタが!後ろに羽根ミニカ。

信号待ちだったので車を降りて撮影。この場所はかつての横浜市電弘明寺電停付近。

路上なのにコルトに運転手がいないのを見て誰もが、おそらく9割の方はジャンボーグA(エース)の

20話の場面を再現したのか?と思った事でしょうが違います。

(残り1割の方はこちらをご覧ください。6:55辺りからです)

BMWイセッタが走る姿をコルトの車内から見られてラッキーでした。

その後まちいさんのミニカとコンビニで並べて写真撮影会。

隣にデボネアがいたら更に良かったなぁ

このテールレンズがいい!!。

まちいさんと別れて無事に帰宅。

左からの異音が心配でしたが参加出来て良かったです。

コメント (10)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

横浜ヒストリックカーデイ2021

2021-11-27 00:45:27 | (旧車)

遅くなりましたが横浜ヒストリックカーデイに行ってきました。

今回指定された駐車?場所はブルーバードP411さんの後ろでしたので話しやすくて助かりました。

数日前にタイヤをデッドストックのバイアスタイヤ「スカイウェイH」に変えたばかり。

細部やパターンを撮ってくるのを忘れました。いすみ鉄道の夏は楽しかったですね~。

 

ダッシュボードやリヤトレイには今回も「ダッシュボード劇場」のステキな世界が展開

「出雲」「松江」のドライブガイドですか

 

ブルーバードP410ですが高性能のSSS。速いんでしょうね

 

彩雲号の隣はホンダシビック。で、その隣に三菱ミニカ360がおりました。

何故三菱同士で隣にならなかったのが最大の謎

会場に着いた時に見当たらなかったので今年は不参加?かと思いきや特別枠のようで赤レンガ倉庫の真ん前の角というベストな場所におられました。

言わずと知れたトヨペットクラウンRS41!

希少な初期型ゆえの涙目テールはずっと見ていられます。

 

 

車高も落とさずなどノーマルなのが嬉しいです。

そして本部前に鎮座さされておられたのが・・・

プリンスグロリア6ワゴン。電光ナンバーに珍しくなった品川57ナンバー。

 

いい色です!

中の座席もビニールレザーでスタンダードな雰囲気もあり

タイヤもバイアスです。オーナーさんに色々聞けて楽しかったです。

 

オースチンA50のナンバーが凄かった!地名無しの東京ナンバーです。

意外にもタイヤが大きく15インチでした。

 

同じ年式だと分かったカローラ1100

どうやったらこの新車のような状態を保てるのか・・・

いや~・・・

同じ1100CCですが売れた車は違うという事を痛感した整備性の良さそうなエンジンルーム

 

コルトをそのまま縮小したようなフロントグリルが泣かせる三菱ミニカ360

 

あぁ~、隣に並べたかった!なぜ一台置いてコルトだったのかが【略】

いろんな方に見て頂きました。

ブログ見てます、という方も来て下さり嬉しかったです。

でもその時に「次回のブログは~」とお伝えしたのですが横浜ヒストリックカーデイに

なってしまいました。予定していた内容が人生最大な失敗なので保留です。

 

さて、そのお会いした方の中で熱心、というか懐かしそうに撮影される方がおられたので

「車内も撮りますか?」と声をお掛けしたところ

私の大好きな

『昔、親が乗っていました』

おお~!来た来た!待っていましたよ!そんな方!

じゃあ後ろ席に乗っていたんですか?

ほぼ強引に「では後ろに乗ってみません?」と後席のドアを開けて車内へ。

『うわ、懐かしい~!そうそうこの四角いラジオの見え方!』

お話しを伺うと3人兄弟で後ろ席で大暴れだったそう。

それ私と全く同じじゃないですか(涙)

既にお父様は他界されているとの事ですが

『父も生きていたら喜ぶと思います。さっそく兄弟にこの写真を送ります』

その後、写真を見たご兄弟はどう思ったかなと今でも気になっています。

コルトはあまり多く売れた車ではないので「昔乗っていた」方に出会う事は

あまりありません。だからたまに巡り合うそんな方に出会えるのが嬉しいのです。

 

さて、ブルーバードP411さんと同様に私のダッシュボード劇場は

子供の頃にコルトに積んであった横浜市内地図。もうボロボロですが私もこの地図を読むのが大好きでした。

コインホルダーには首都高¥150時代の領収書と横浜新道の領収書と伊藤博文の千円札

父のショートホープに復刻版のロッテジューシーフルーツガム。

皆さん覗き込んで懐かしそうに見てくれていました。

横浜ヒストリックデイの楽しさは普通の旧車イベントと違って車目当てで来た方よりも

普通に観光で赤レンガ倉庫地区に来た方々が多いので雰囲気が違います。

彩雲号はこの時にちょっと不調を抱えておりましたが無理して来て良かったです。

コロナ禍の中に開催を企画して下さった関係者の方々に感謝です。

 

 

 

コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

投稿1000回記念!に合わせてトラブル発生でエンコの巻(涙)

2021-11-05 13:21:01 | 三菱コルト1100

お陰様で小生のブログも1000回の投稿となりました。

初期の投稿を見ると恥ずかしくなる事もありますが

それでも書いておいて良かったなと懐かしくなります。

いろんな所に行って残した記録もあれば

書こうと思いながらも面倒くさくなり埋もれてしまった事も

多くあり残していく事の大切さを感じます。

 

さて、タイトルにもありますように久しぶりにコルト1100トラブル発生です。

先日の事です

都内から帰り実家の駐車場に入れようとしたのですが

ガソリンの5円割引があり近所の給油所に立ち寄りました。

給油を済ませてキーを捻るもパイロットランプは点きますが

スターターの音がしません。

マズい(汗)

ボンネットを開けて今までのトラブル経験を総動員で思い出し点検するも状態は変わらず。

とにかく落ち着こう、と冷静に対処する事を念頭にします。

昔なら給油所なので点検、修理が出来て安心するのですが

現代の給油所はそうもいきません。

スタンドマンにトラブル発生を告げご迷惑をお掛けする事をお詫びします。

たぶんセルモーター本体だろうから工場へ持ち込みとなるだろう。

東京海上日動保険会社さん手配のロードサービスが到着しましたが

ここでの復帰は不可能と判断。

ブレーキ修理作製でお世話になった三鷹市の村山自動車さんに架電。

夕方に突然電話し持ち込んでいいか、なんて伺うのもためらったのですが

村山自動車さんは優しく聞いて下さり「うん、うん。いいですよ」と

と到着は遅くなるだろうに受け入れをしてくれました。

いつもこちらが不安になり相談すると優しく対応して安心させてくれる。

あらためていい人だなぁ、と目頭が熱くなっている所に

先ほど待ち時間にLINEした140コロナタクシーさんが登場!?

心配して観に来てくれました。

更に積載車で遠く離れた村山自動車さんまで行こうと思っていたら

ロードサービスの方から『今は積載車の同乗は禁止と保険会社様から固く言われておりますので』

という事となり唖然とすると

140コロナさんが「ではコロナで送って行きますよ。帰りも大変でしょうから」

その瞬間ムラヤマ自動車さん140コロナさんの優しさに鼻の奥がジーン、となり

目頭も熱くなった。

別の友人から「彩雲さんはいろいろな事に恵まれていますよ」と

言われて考える事があり改めて私は幸せものだな、と痛感。

雨の中、前を走る積載車に乗るコルトの後ろ姿を拝みながら140コロナに

乗せてもらいムラヤマ自動車さんに到着した。

ムラヤマ自動車さんも『たぶんセルモーターだね』と予想されコルトを預かってもらい

再び140コロナで引き返す。

普段なら運転を変わる所なのだがとても運転する気になれず後部座席に収まっていました。

アパートまで送り届けてもらい走り去る140コロナの後ろ姿。

人の優しさを身に沁みて感じ見送りました。

翌日の事

布団に入っていたらふと思い出した。

給油所で止まる前にエンジンを掛けた最後の場。第三京浜SAでキーを捻ったら

最後に「チュリン♪」と今まで聞いた事が無い音がして違和感があったのだ。

あれがスターター最後の音で何かの原因だったのだろう。

その後連絡があり

バラシた写真があり

経年劣化で破損。スターターのリペアキットにも入っていない面倒な部品のようです。

リビルト品も無いとの事。

あ、思い出した。今から30年程前に父がスターターを分解修理した際に

「本来は2つある内の1つで支えているからまた壊れるかもしれない」と

警告されたんだ。

それからしばらくはスターターを見つけたら手に入れなくてはなぁ、と思っていたが

忘れていた。

部品取りのコルトは

エンジン下部に付いていたスターターは見た目の外見が

劣化しており「これも外して」と言うものはばかられてそのままスクラップ…

あぁ、これなら外してもうらんだった。中の部品は使えたかもしれないのに(涙)

しかしムラヤマ自動車さんは電装屋さんに問い合わせ当時の部品をかき集めてもらい

作製してもらったそうで修理無事完了と連絡がありました。

これで来週11月13日に開催される赤レンガ倉庫のイベント

横浜ヒストリックカーデイ10thに

今年も参加出来ます。

横浜ヒストリックカーデイ 10th|イベント|横浜赤レンガ倉庫 (yokohama-akarenga.jp)

 

その後の報告が書いておりませんでしたが

夏にハンドルのリングホーンが外れた件です。

リングホーンの取り付けにはハンドル中央のナットを外さなくてはならないのですが

十字レンチを使っても外れません。無理に力を掛けると壊れそうでいろいろ試しました。

父が生前の残しておいた延長用の鉄パイプ(レンチを延長しテコの力で外す)も

無意識に捨ててしまったようで今になり後悔。

困った時の「タイヤセンター戸塚」さんにお願いすると

不在だったがスタッフさんに伝えておくから持ち込んで、との事。

エアーツールでいとも簡単に外して下さいました。

リングホーンの接合部3つのネジをはめなおしていると

タイヤセンター戸塚のご主人が帰還。

いろいろ話して締め直してもらい作業代金を支払おうとすると

「外しただけで料金取っていたらウチは今頃ビルが建っているよ(笑)」

本当に私は恵まれているんだな。

タイヤセンター戸塚さん ありがとうございました。

 

滅多に更新も無く 旧車乗りからすると役に立たないネタばかりのブログですが

皆様今後ともよろしくお願いいたします。

 

 

 

コメント (14)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

東京オリンピック1964 コカ・コーラ

2021-10-10 23:47:51 | Weblog

子供の頃私の家では滅多にジュースやコーラを買ってもらえませんでした。

もっとも冷蔵庫に常備されていなかった、という位でたまには買ってもらえました。

 

父はあまり、というか殆ど酒を飲まなかった。

月に一度程度のすき焼き(豚肉)や餃子の時にキリンラガーの大瓶を一本飲む位だった。

 

元々は飲める口だったが家のローン等生活があり控えていたようで

定年近くなってからほどほどに飲むようになっていたが。

 

月1のキリンラガー時に私達子供はコーラを1Lビンで兄姉の三人で飲むのだが

「お父さんもコーラ飲まない?」と勧めても

『いや、いらない』と素っ気なく断られ決して飲もうとしなかった。

子供にしてみれば「なんでこんなに美味しいものを飲まないのか」が

理解出来なかった。

キリンビールの王冠の裏(昔はコルクが貼ってあった)やビールの泡を舐めさせてもらう

と苦くてと『大人は何が楽しいのか?』と不思議だった。

 

それでも何度か「コーラ飲まない?」と聞いても飲まなかった。

ある時に何で飲まないのか?と聞くとその理由を答えてくれた。

 

父はNHK職員だった。

「東京オリンピックの時だ。出来たばかりの(NHK)放送センターには

オリンピックの協賛企業だったのかコカ・コーラから『皆さん自由に飲んで下さい』と

コーラが大量に置いてあった。でも冷房も無い所にドン、と置いてあるだけで冷えてないわけ。

放送局にはクーラーがある、と思われていたようだけど放送局の冷房施設は

放送機器を冷やす為にあるので職員の為じゃなかった。

夏が終わった時か秋だったかまだ暑い時に初めて置いてあったそのコーラを

飲んだら生ぬるくて飲めたものじゃなかった。なんだこれ?色からして醤油なのか?

と思った位だ。それ以来コーラを飲んだ事はない』

 

子供心には「コーラ飲み放題」が羨ましかったが『生ぬるい』コーラを想像すると

父の気持ちも分る

その話しを聞いてからコーラを薦める事はありませんでした。

今年のオリンピック選手村でコカ・コーラの自販機の値段が高いと話題になった時に

父のコーラの話しを思い出した。

今日10月10日は昭和39年の東京オリンピックの開会式でした。

右の組織委員会報は先日、古本屋で見つけました。

せっかくなので10日の予定だけでも載せてみます。

 

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「逮捕状を握りつぶす男」が警察トップに!

2021-09-22 21:54:47 | Weblog

ドラマみたいな事って本当にあるんですね

警察庁長官に中村格(いたる)氏が就任されました。

警察庁長官といえば日本の警察機構のトップ。

思い返せば6年前

伊藤詩織さんに対する暴行事件で逮捕状が下り捜査員が逮捕をしようと

帰国する男を空港で待ち構えている所に逮捕状の執行を電話で止めたのが

当時警視庁刑事部長だった中村格氏。

止めた理由は明らかにしていない。

逮捕状が発行されて被疑者を確保できず期限が切れて執行出来ないとか(また裁判所で請求できます)聞きますが

警察の上層部が「止めた」なんて異常。

そんな人間が警察機構のトップ「警察庁長官」になってしまった・・・

伊藤詩織さんは

「逆に今後(中村氏の判断次第で)逮捕ができてしまう、もしくはされない、同じようなことが繰り返される危険があると思います」

これ本当に怖い。

権力者と繋がりがあればこれからも起こりえるのだ。

これで警察を信じろ、ご協力をと言われてもねぇ。


中村警察庁長官「他事を考慮して捜査上の判断をしたことはない」

配信 毎日新聞

中村格(いたる)警察庁長官(58)が22日、就任記者会見に臨み、「先見性、発想力、創造性をフルに発揮し、AI(人工知能)等の先端技術を積極的に取り入れたい」と抱負を述べた。2022年に新設予定のサイバー隊については「諸外国の捜査機関の共同オペレーションに参画し、国境を超えたサイバー事案に対処できるようにする」と意気込みを語った。  会見では、ジャーナリストの伊藤詩織さんが2015年に性的暴行を受けたとして訴えた元TBS記者の男性に対し、警視庁が逮捕状を執行しなかった点についても質問があった。当時、中村長官は警視庁刑事部長だった。中村長官は「捜査の過程に具体的に言及することは控える」としたうえで、「捜査指揮にあたっては常に法と証拠に基づいて適切に判断してきた。法と証拠以外の他事を考慮して何らかの捜査上の判断をしたことは一度もない」と述べた。  また「現行の我が国の刑罰法規に抵触しないのであれば立件できないのは当然。適正捜査を進めて収集した証拠を十分吟味し、強制捜査への移行は十分慎重を期すべきことも当然だ」と語った。  この問題では、男性は準強姦(ごうかん)容疑で書類送検されたものの、容疑不十分で不起訴処分となった。検察審査会も17年に不起訴相当と議決した。伊藤さんは男性に損害賠償を求めて提訴。1審・東京地裁は19年に「性行為には合意がなかった」として伊藤さん勝訴の判決を言い渡した。男性は控訴している。【町田徳丈】

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ジェミニの忘れ形見

2021-09-21 00:11:58 | 三菱コルト1100

父のコルトの次はまたまた中古のPF60いすゞジェミニ(ディーゼルよ。ZZ-Rではない)となった

いきさつや話しは以前に書いた(と思うが・・・。書いてないか?)

父はワイパーに「ワイパースタンド」を付けていた。

あまりワイパースタンドを装着しているクルマを見た事が無いが

他のクルマのワイパーをそれ程見ないだけなのか。

「ワイパースタンド」はワイパーを使用しない時はワイパーブレード(ゴム)がガラスに接触して

型が崩れるのを防ぐ為に使う(だと思う)

走行中でも雨が降り始めワイパースイッチを入れるとバネの作用で浮かしていたワイパーが倒れ窓を

拭き始める。

それをコルトやジェミニも付けていた。あまり余計なモノを付けたくない私だがワイパーブレードの

劣化が遅くなるので今も父が付けていたワイパースタンドが備わる。

ジェミニの次の三菱ギャランは付けていなかったが、その理由は分からない。

忘れていたか合うのが無かったのか。

旧車になるとワイパーブレードも町の量販店では扱いが無くなり入手が面倒な事となるので

付けている訳です。

一年程前に助手席側のワイパースタンドが突然壊れた。樹脂の部分が経年劣化で割れてしまった。

考えれば最低でも35年は使っていたので天寿を全うされたのだろう。

では新しいのを探そうとするが売っているのは当然現代チックなものばかり。

そもそも付けているクルマも無いのだろう。オークションで同じなのが売っていたが

その値段は無いだろう、というものだった。

そういえばジェミニを廃車にする際に父が外したであろうワイパースタンドをどこかで見たなと

探したが私自身が「なんでも取っておくのは止めて」と処分したのかしなかったのか見つからない。

そして一年が過ぎて先日、実家の居間がホコリだらけだったので掃除をしていたら

かつてあのジェミニに使っていたであろうワイパースタンドが現れたのだ!

左 破損品 右 今回発見のスタンド

 

「なんでも取っておいてくれてありがとう(笑)」

現金な奴だ。

非常時となり「出掛けません勝つまでは」となってしまいすっかり動かなくなってしまった

コルトの車体カバーを外し付けてみました。

スタンド無しの状態 ワイパーブレードがガラスに絶賛接触中

 

ワイパースタンドを装着した状態

 

まさかかつてのジェミニで使っていた部品をここに来て装着するとはな。

もう遠くなってしまった青少年期とディーゼルエンジンの音を思い出していた。

(冒頭の画像はジェミニ最終日、実家前で撮影)

 

 

 

コメント (13)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

あのときのシウマイ弁当

2021-08-09 16:38:56 | ヨコハマ

ヨコハマ産まれでヨコハマ育ちの私が「横浜名物は?」と聞かれたら迷わず挙げるのが

崎陽軒のシウマイ弁当です。

駅弁として日本一だと思うその理由は観光客ではなく地元の人が頻繁に買っていく駅弁なんて

他にあまり無い。あったとしても数量が違い過ぎだろう。

食事にしても酒の肴としても言う事無しな逸品!

その日は実家の母から仕事帰りに京浜デパートの地下で崎陽軒の弁当を買って来てと依頼があった。

たまにはシウマイ弁当ではなく別なものを、と思い赤飯とチャーハンを選んだ。

会計が済み受け取ろうとした時にチラシのような広告が目に入った。

1964年のシウマイ弁当復刻版。

大げさなようだが「心の中で」奇声を上げていた。

『これだよ、これぇえええ!! 僕が食べてみたかったのはこんなシウマイ弁当なんだよおお!!』

 

動揺し、これに変更したいと思っても支払いは終わった後。

幼少期で覚えている崎陽軒シウマイ弁当は小学1年の頃に祖父の葬儀の際に火葬場で出された

黄色い掛け紙の弁当だった。その前にも食べているのだろうが何故かこの時に黄色いシウマイ弁当が記憶に残っている。

いつだったろう

サクランボのシロップ漬け?がアンズに変わったのは

そうなるとかつてのシウマイ弁当の中身は変わってきたのか?

鶏のから揚げではなくエビフライの時もあったな

 

簡単に撮影が出来る現在と違い駅弁の中身を撮影している人も見当たらない。

なので過去のシウマイ弁当の中身を知りたかったし機会があれば崎陽軒にかつてのシウマイ弁当を

復刻して欲しいと嘆願したかった。

 

翌日、夜食にしようと出勤前に売り場に行ったが見事に売り切れ…

その翌々日の休みに2店を巡っても売切れで「入荷待ち」の札。

次の入荷は13:30から14:00頃との事だ。それだけ売れている、というのは嬉しいものだ。

 

やっと入手しました。

オレンジがかった現在の掛け紙と微妙に違う黄色い掛け紙の「色」

以前はもっと色が違ったと思っていたがやはり変わっていたのだ。

こちらが現在☟

そして復刻版☟

 

調製の日付はあえて東京五輪の文字を入れずに1964.10.10とあるのがいい。

左下には「崎陽軒」ではなく

 

「横浜駅」の文字が泣かせる

昭和38年の東海道ロードマップには横浜駅の目印にシューマイビルが記されていたほど

駅前にあった旧崎陽軒ビルはシンボル的な役割だったのだろう。

左下の横浜駅前案内図拡大

東京タワーみたいなマリンタワー。昭和感に溢れています。

 

龍のイラストも今では赤いが昔は違ったのね。龍自体も変わっている。

 

青い水晶玉の中には常にヨコハマを象徴する建物をイラストにしてきたが

この頃は今では高層ビルに埋まってしまった感のあるマリンタワーがそびえ立つように描かれ

隣の船は氷川丸だろうか。真ん中は神奈川県庁と横浜税関かな。

古いクレーンを付けた船舶が多く描かれているのは海運が盛んだった当時を物語っている。

一番右の銅像のようなモノはなんでしょう?

先にご紹介した横浜駅前のかつてのシウマイビルです(たぶん)

ペンギンのように見えるのは

屋上にあった「ひょうちゃん」のネオンサインだと思います。

細かいマニアからすると左の「毎度ありがとうございます」の文字の脇に

御願い 時期柄なるべくお早目に~ 国鉄構内営業中央会員、崎陽軒の社名下には住所と電話番号が…と

ツッコむ方がいるかと(いないか)

それでは紐を解き開けてみましょう

そういえば昔のオシボリは白フチでオレンジ色の紙袋に入っていた。昔、実家に大量にあったのだが

捨ててしまった事を今頃後悔しています。駅弁にオシボリを付けたのは崎陽軒が初と聞いています。

現行品と比べると

シウマイの数が一つ少ないし色が地味です。

横浜蒲鉾のカマボコが赤くなく白一色でアンズのオレンジが無いだけで華やかさがまるで違う!

 

卵焼きの黄色も無いか

カマボコの赤って華やかだったんですね

 

「1964年に思いを馳せ、当時の内容を再現したシウマイ弁当。「きんぴら蓮根」「豚天」「セロリの塩漬け」「福神漬け」「大根漬物」といった、“あのとき”のおかずが復活しました。」

崎陽軒のHPより転載

食べた感想は唐揚げと甘い玉子焼き、甘酸っぱい杏子が好きなので現行品に軍配を上げます。

あと華やかさの大切さを痛感。

それでも1964年の駅弁を食した、という幸福感に満たされました。

昔の時刻表を見ると当時の商品や値段を見るにつけ

どんな内容だったのだろう、と想像していました。

昭和39年10月の時刻表の駅弁案内

当時は¥150でした。

 

さて、昭和39年のシウマイ弁当にタマゴ焼きが入っていない理由ですが

昭和38年にこのような出来事がありました。

 

 

 

たまご焼きの火入れが足りなかったようです。

それがあり一年後の昭和39年にも玉子焼きは入っていなかったのではないでしょうか。

崎陽軒さんには触れられたくない出来事でしょうがこれも歴史の一コマとして載せてみました。

あのときのシウマイ弁当は9月5日まで販売されます。

明日の遅番の前にまた買うつもりです!

崎陽軒のサイト

 

 

 

コメント (8)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ドライブ 後編

2021-07-30 22:17:03 | (旧車)

燃料はまだあるがガソリンを入れる

大多喜駅近くにあるシェルの給油所に立ち寄り燃料を補給

旧車でいすみに行ったら是非とも訪れて欲しいのがこの「丸石油」大多喜SSです。

 

SHELLのマークが入った貝殻は年代物

昭和シェルと出光の合併によりいつかは給油所の塗装も変わってしまうのでしょう。

給油所のおじさんはフレンドリーな方で珍車の来訪を喜んでくれました。

因みに日曜日はお休みのようです。ハイオクもあります。

 

 

上総中野駅では小港鉄道の災害による部分運休中。

やってきたバスはツーステップ車で方向幕が「幕」だ。

 

夏の夕暮れという雰囲気満点の上総中野駅では国鉄時代の塗装をまとった

新型のヂーゼルカーが来ていたのでそれを見送る

これも鳥塚社長の置き土産 嬉しくもあり切なくもある

別道で帰るP411さんとはここでお別れとなりコルトは単独で山を越えて金谷港を目指す。

エンジンはすこぶる快調で心憎い程のうなりを上げる

先週に引き続きハードな長距離走行にも音を上げないコルトの走りに感謝したが

「まずお父様に感謝でしょう」BY 特急みちのくさん

そうですね普通の家庭なら次期車両が入ったら廃車ですから

感謝の念を忘れかけていました。

次はいついすみ鉄道に行けるだろうか

できれば国吉駅周辺でイベントの開かれている時に訪れたい

どこか寂しい雰囲気の東京湾フェリー最終便にギリ間に合った。

この日から夏の風物詩「東京湾フェリー納涼船」が始まりました。

(特急みちのくさん撮影)

 

この雰囲気がいいのよ。でも今回は運転があるのでまたの楽しみとします。

さて、帰宅し翌日の事

洗車を済ませ駐車場に入れると…

いきなりハンドルのリングホーンがポロっと外れました。

走行中じゃなくて良かったです。

 

更に先日

「非常事態宣言」が出て東京湾フェリー納涼船も21日をもち

中止となり言葉を無くしました…

夏終わったな(笑)

 

おわり

コメント
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ドライブ 2021.7.17 

2021-07-26 22:40:06 | (旧車)

先々週の事ですが140コロナタクシーさんと何の目的も無しに

コルト1100でいすみ鉄道沿線へとドライブに行った。

イベントが開かれている訳でもないし日帰りのドライブだった。

ただ走るだけだったが何故か楽しく翌日にまた走りに行きたいと思ったほどだ。

その一週間後

昭和41年式のブルーバードP411さんのブルとコルトで再びいすみ鉄道付近を走る事になった。

今回も目的は無い

「不要不急な~」と言われてもオリンピック出来るんだからいいでしょう

先週もだが今回も当日の朝は早く起きてしまった

なんと前日からこのドライブの為にホテルを取り横浜入りした特急みちのくさんを駅で待ち合わせ

横須賀PAでP411さん夫妻と合流しフェリーボート乗り場を目指した。

フェリーボート乗り場まで移動

東京湾フェリーに乗る、というだけでもう楽しいのは何故?

かつては久里浜港近くにもドライブインがあったそうな。

(ハイウエイ料理って何?)

普段は甲板に出て船旅を楽しむのだが今回はクーラーの効いた船内でくつろぐ。

(特急みちのくさん撮影)

話しの半分は何故か小田急ロマンスカーの事。

(特急みちのくさん撮影)

 

金谷港から北上し15分程走りニコニコドライブインで食事

ブルーバードのラインがキレイだ

 

(特急みちのくさん撮影)

いつもここに来るとミックスフライ定食を頼んでしまう

前回140コロナさんが「てんぷら定食」を頼み絶賛していたので次回はそれにしよう、と

思っていたのにまたもやミックスフライを注文

特急みちのくさんが「てんぷら定食」を注文し,やはり絶賛…

(特急みちのくさん撮影)

次回こそは!しかし常連の方の多くが「ラーメンとライス」を注文されているので

それも気になる

残念だったのが入口の公衆電話 

会社に電話を入れる必要があり

「ちょっと社に電話してくる」と小銭を出しおもむろに立ち上がり外へ出たが

普段使われてないのだろう公衆電話はクモと虫だらけ… それでもめげずに使おうとしたがテレカも硬貨も使えませんでした。

しかたなくスマホで架電 

使わないと無くなってしまう公衆電話。災害時に困るのでなるべく使うようにしています。

 

梅雨も明け強い日差しに夏を感じながら渋滞も無い道を快調に走り

バックミラーに写るブルーバードP411の小さな姿にも昭和を感じる

そういえば初めてのいすみ鉄道ドライブは念願のバイアスタイヤを履いた時だった

(特急みちのくさん撮影)

初めて訪れた時は地図帳を観ながら集落を抜け時間も掛かったがトンネルや道路整備が

進み所用時間も短縮されている

有料だった房総スカイラインも今は一般道路となり料金所は跡形もない

 

上総中野駅で国鉄時代のキハ52を見るか

途中で並走するか

併走を選び田園風景の中を走る姿を記録する事にして待機していると

「ボンネット開けて、エンコしたの?」

農家のおじさんに話しかけられましたがエンジン冷やしているだけです(笑)

しばし歓談となり絶好の撮影ポイントを教わり走った

しかし動画なのでここでは載せられないのが残念(笑)

と、書いたら特急みちのくさんが動画をyoutubeに上げてくれました。

https://youtu.be/bLCW-Mg0waU

いすみ鉄道のキハは車両の延命処置で急行の運用を一本にしてしまったのが

ちょっと残念だが仕方がない

(特急みちのくさん撮影)

↑今回も私は見事にタイミングをずらしてしまいました。間の悪い男だ

(特急みちのくさん撮影)

 

いすみ名物のポッポの丘へ皆さんを連れて行ったが私はその間に1人で国吉駅近くの

スーパーに向かった。

国吉駅近くにあるスーパー源氏

ここの総菜が目当てだ。「源氏」の名物メンチカツを買い千葉の名酒「腰古井」の二級酒を買う為に。

しかし到着すると閉まっていた!

 

どうやら7.17日は閉店との事で愕然とする

商店街もそれに合わせ開いていなかった。

定休日に来てしまったので仕方がないがここ数年のいすみ鉄道は

鳥塚前社長が去って(いすみ鉄道筆頭株主の某町が追い出して)から

「観光客が減り祭りの後の寂しさのような空気がずっと続いてる(sanada_doさんのインスタより引用)」

感じがします。

えちごトキめき鉄道はいいなぁ

ポッポの丘に戻り卵と銚子電鉄のぬれ煎餅を買い帰路につく

(特急みちのくさん撮影)

【つづく】

腰古井…千葉県吉野酒造さんの地酒です。数年前に140コロナさんに教わってから私も好きになりました。子供の頃に舐めた日本酒の味というのか。

「仕事休み?酒買いに行こうか?」と二人で横浜からドライブがてら買いに行く程好きな酒です。

特級よりも二級の「推奨」です!

 

コメント (2)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

気になるコルト

2021-06-14 22:29:36 | 三菱コルト1100

現存するコルト1100は何台位なのだろう?

時折コルト1100を探すと中古車で販売している個体を見かけるが

売れた、というのはあまり無いようだ。

人気のスポーツカーでもなくゆったりした2Lクラスのセダンでない

地味なファミリーカーで当時も人気車、という訳でもないクルマが売れないのは

旧車世界となっても変わらないようだ。

そんな中で新しい出物を見つけた

goo 自動車&バイク

 

昭和41年式の前期型となる。

グレードはデラックスとなっているが一つ下の「デラックスポピュレール」

ホイール以外はノーマルのようです。

オーバーライダーの無いのがポピュレールの外観の特徴ですかね

(オーバーライダーが無いとぶつけられた時に…

メーターパネルのヒビ割れが気になる。しかも二か所。

真ん中の時計パネル上がそっているように見えるのですが

最近気づいたデラックスとポピュレールの差。グローブボックスに鍵が無い。

かといって今まで鍵を掛けた事はないが。

内気と外気切り替えレバーの取っ手が欠損。メーターや

ラジオパネルを外す時に必ず外す個所なので

紛失しやすいのだが手に入らないから気になる個所

シートに破れは無い。張替えたようで後部座席の灰皿が無いように見える。

ドアの内張りが変えられている。

内張がダメになってしまったのか?

 

色といい九州の自動車歴史館にある個体かと思いました。

当初は88万円だったが今は77万円だそうです。

ここ数年は旧車が高騰しています。旧車は入手してからが大変。

コメント (10)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

キングセイコー その後 3

2021-06-01 00:00:00 | Weblog

赤い快速特急の二人掛けのシートに収まり

修理から戻った父のキングセイコーを見ると違和感があった

以前に見た時よりなんだかみすぼらしくなっていた。

風防は父が日常使いしていたので傷だらけだったのだが

何かが違う、って

針が!

一度も開けてなかったのでキレイで黒いラインの入った針が

傷だらけになりラインも消えかかっていた

(見辛いので分かり難くてゴメンナサイ)

納得の行かない金額と対応

修理に出して傷付いて戻ってくるっていったい何?

ていうか これ父の形見なんだよ!!時計屋なら形見の時計がどういうものか分るでしょ!

数十年ぶりに会えて嬉しくて嬉しくて…

なんでこんな事に…(涙)もう本当に泣きたい…

老夫婦だから文句も言えないし…

ここは黙って気にしないように…すれば…

腕に巻いてみて時間を読むと傷だらけになった針が目についてしまう

しばらくしても慣れる事はないだろう

 

時計を分解し針をピンセットか何かで「表面」を掴んでしまったのだろう

高齢で細かい作業が出来ないのだろうと思う

 

通勤途中だがたぶん初めて「会社に行くのが辛い 帰りたい」と思った。

しかし仕事をしていて忙しくなり気もまぎれたので出勤で良かったのだ。

それでも終わった後に仮眠室に行っても頭の中はあの傷だらけになったキングセイコーで一杯。

しばらく眠れなかった。同僚に話したり特急みちのくさんに相談し

「いや、それは文句言わなきゃダメですよ!おかしいですよ!」

と説得され鬼になる事を決心。

 

翌日に今までの愛想のよい客?の姿は封印し

ちょっと大きな声と勢いで「父の形見の時計、修理してもらったんだけどさ」と

文句を言いに行きました。それでも抑えていましたけど。

「針を交換しますのでまたお預かりいたします」

申し訳無い感は無い・・・(怒)

それからまた暫くして連絡があり取りに行った。

痛みの激しかった長針だけ交換されており軽傷だった短針はそのままだった。

普通の時計だったらまたここで文句なのだが

形見の品なので針を交換されるのも本当は嫌でたまらなかったから

そのまま引き取った。

気にするタイプなので文句を言いたかったけど今回は我慢。

 

その後 

東大阪にあり56KSのカレンダー日送り機能の部品を作り修理しているという

大野時計店さんに送りました。

『文字盤が上の時と、下の時の精度に姿勢差があり、当店にてオーバーホールを行いたいところですが、
最近に他店でオーバーホールを行ったようですので』

先のオーバーホールも今一つだったようで…

戻ってきた父のキングセイコーは一段竜頭を引くとしっかりと日送りが出来て

その感触も良い。お値段も満足だった。

大野時計店 (ohnotokeiten.jp)

 

長い時間が掛かってしまったが幼少の頃に見た父の腕時計が

やっと本来の調子を取り戻し使う事が出来ました。

特急みちのくさん、色々とありがとうございました。

【終わり】

実績と安心の技術かぁ・・・

 「味自慢」と書かれた暖簾の文句を信用する人もいないしなぁ

 

コメント (11)
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする