あのコルトを狙え

TOKYO2020 子供たちに負債を(笑)

W22H 3年目

2008-02-27 21:54:43 | Weblog
ブログを開設した頃に買ったAuのW22Hも三年が経ち電池の消耗が激しくなってきた。

AUからは買い替えを薦めるお得な特典付きのダイレクトメールが送られてきた。

そろそろ換え時かな。
もう3年か、長かったな~

W22Hは他のスライド式携帯と違う「スルッ」とスムーズな開閉
待ち受け画像をG-SHOCKにしているので懐中時計のようでとても便利

店頭に並ぶ新型の携帯電話を見てみると
「これ欲しい~!」
と思うような機種が無い。

ワンセグTVも観ないしヘッドフォンで音楽も聴かない

今の携帯が壊れている訳でもないし古いモノを長く使うほうが
私らしいかな

以前テレビでドコモの社長さんが
『携帯電話は本来高い物なので長く大切に使って欲しい(今までは安く本体を買ってもらい通話料を高くしていた)』
と話していた。

そこで
貯まったポイントで新しい電池を買い
miniSDカードを買い(今まで使った事がない)デジカメが無い時の
代わりに使う(当たり前)
充電機の接触面を綿棒に磨き粉を付けて磨いて充電台を復活

単純な事だが新しくなった気分(笑

よってW22Hは延命されましたとさ

 おしまい




ところで20年前のBestMOTORingを見ていたら普及し始めた
自動車電話とショルダーフォンが紹介されていました。




(講談社 ベストモータリング Vol.2 1988年1月号より)

この他に通話料が掛かるんですから高かったんですね

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逢えなかったけど嬉しかった事

2008-02-18 23:42:04 | 三菱コルト1100

昨日、都内に用事がありCOLT1100で出掛けました。
その帰りに時間があったので前から行きたかった所へ行く事にしました。

昨年、ネットで都内の三菱自動車ディーラーにコルト1100が展示されていた、というブログを見つけました。

画像のコルトのナンバーは不鮮明ですが記憶があった。

   あのコルトだ

今から数年前、ある旧車のサイトに管理人の方が都内で撮影されたという
コルト1100が掲載されていた。

品川5(シングルナンバー)という今では珍しい(羨ましい)ナンバーをつけた
そのコルトはとても痛んでいるように見えた。

都内に残るその姿を見たいと思ったが見ず知らずの管理人の方に場所を教えて
と聞くのもはばかれるのでそのままになってしまった。

それでも私の心の隅にはあのコルトがあった。

昨年発見した前述のブログは2005年に書かれたもの。
さすがにもう展示されていないだろうと思っていたが
その三菱店は渋滞の名所「環八」にあるので行くのも気が引けた。

もう無いだろう
でも車庫に置いてあるかも
しかしあの渋滞が!

そんな日が続いていたが今日こそハッキリさせようと
三菱を目指した。

お店まであと少し、というところで
「そのお店のお客でも無い私が乗り付けていいのか?」
と迷った。

しかしせっかくここまで来たのだから、と決心しハンドルを左に切り
その三菱自動車販売店に乗り入れた。

乗り付けた瞬間
多くのスタッフの方々が笑顔で迎えてくれた!
「いらっしゃいませ~♪」
 
(い、いやお客じゃないんですよ(汗
 お忙しい時に申し訳ない

過去にも何件か旧コルトで三菱に乗り付けたが特に反応は無かったので
今回は驚きました・・・

慌てて「あの~、以前にこの車と同じのを展示されてたと思うんですけど・・」
と質問する。

確かに展示していたが残念ながら今は無いとの事でした。

その間にもスタッフの方々は笑顔で1100を見ていた。
(その笑顔というのが優しい眼差しというか)
お邪魔をしては悪いので帰ろうと思ったら
「どうぞ、その時の事を店内でお話しを」

と店内に案内される

いいのかな~?

商談テーブルに案内されてコーヒーまで出して下さいました(涙

スタッフ「ニューイヤー(旧車イベント)とか出られてましたよね」
彩雲『へ?・・・あ、過去に・・・』
スタッフ「今年は出てませんでしたよね。それと雑誌にも何回か載られてますよね、お父様と」
彩雲『はぁ・・・』
スタッフ「通りから入って来る時に『あのコルトだ!』とすぐに分かりましたよ」

なんと私のコルト1100をご存知でした!!

かつて展示されていたコルト1100は
・世田谷に住む方がワンオーナーで持っていた
・走行距離は7万キロ(私の半分)
・高齢となり処分を三菱自動車販売に頼んできた
・車検も残っており(意外!)自走でここまでやってきた
・一ヶ月ほど展示されていたが三菱中古が引き取っていき
その後は不明

これかな~?

http://www.geocities.co.jp/MotorCity-Pit/7881/HTML/67.html

しばらく二人で車の話しをした。

もっと話しをしていたいと思ったがお邪魔をしては悪いので帰る事にした。

お店を出る時に他のスタッフも笑顔で見送ってくれたが
その笑顔は商売のそれではなく
「このお店の人達は車が好きなんだな」
と思える顔でした。

 家のコルト1500バン(コルトプラスの事)もここで買いたかったな・・・

誘導してもらい道に出たがバックミラーを見るといつまでも見送ってくれていた。

あのコルトに逢えなかったのはちょっと残念でしたが優しい対応に感動しました。

 

関東三菱自動車 世田谷店

http://www.kanto-mitsubishi-motor-sales.com/tenpo/CD/

販売サービス課のKUさん
お忙しい所ありがとうございました。






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異動して1年 スポーツクラブの事 

2008-02-01 21:44:07 | HOTEL
5年間を過ごしたスポーツクラブを去り前所属のベルサービスに戻って1年が過ぎました。
もっとも前所属とはいえベルボーイではなくドアマンです。
ベルボーイ時代に半年程ドアマンの経験もあるが年月も経っている

玄関に立ちお客様をお迎えしお見送りするのが私の仕事。

ホテルマンなんて人見知りで言葉数も少なく内向的な自分には決して向かない職業だと中学の頃にニュース特集で見て思っていた。

高校の時に進路指導の先生から
『お前ホテルマンが向いているんじゃないか?』
と言われた一言で先生がそう言うんならそうだろう!と
いい加減な気持ちで入ったホテル専門学校(笑)

一年目の現場実習で横浜の老舗ホテルでベルボーイとして働いたが
先輩から『この仕事は人を好きでなくてはやっていけない』と
忠告され「なんでこの世界に入ってしまったんだろう・・・」
と夜のロッカー室で立ちすくみ悩んだ事もありました。

不思議なもので卒業後、現在のホテルに勤めてからふと気付くと
人が好きになっていた。

入社時はバブル景気の崩壊初年。
『こんな会社すぐに辞めてやる』
という同僚の声を耳にしていたが私は
「せっかく自分なんかを雇ってくれたのだから定年まで勤めさせてもらう」
と返す度に
『お前変わっているな』
と笑われた。
同期は74人いたが残っているのは5人だけだ。

人間が嫌い?だった自分が明らかに変わったな、と実感したのは
5年前のスポーツクラブ異動時だった。

評判では「気難しい方が多いので大変」
と聞いていたが異動後の3日でその職場が楽しくなった。
職場が、というよりも会員制というシステムが自分に合っていた。
客室部のベルサービスは常連客も多いがメインは初めてのお客様。
同部のスポーツクラブは宿泊客もいるが殆どが常連のお客様。

私は昔から自分より遥かに歳上の人が好きだ。
自分では経験した事のない事をその人生の中で経験し
知っていているから。
そんな年上の人の話しを伺うのがとても好きだった。
普通なら「年寄りの昔話なんて聞いても面白くない」そうだが
私はそうは思わない。
書物には書かれない雑学や体験を教えて下さる。
本当にありがたい。

来館される人が決まっているので物覚えの悪い自分でも名前を覚え易かった。
話しのネタにその会員の方の会社の話しを新聞や出先でネタを仕入れて
話すきっかけにしてコミュニュケーションを取った。

もし若い人から「この(クラブの)仕事は何ですか?」
と聞かれたら私は
「人を好きになる事」
と答えるだろう。

どんな人間でも必ずいい所がある。
その人の良い所を見つけてその人を好きになる事だと思っている。

それでも退職したいと思った事があった。
大好きだった会員の方が二人ほど高齢の為に亡くなられた時だ。

年齢層が高い為に「お迎え」が早く来てしまうのがこのクラブ。
所詮は末端の社員なので葬儀には「私的」で参列させてもらった。

訃報を知り裏で独り泣いていたが表にいる先輩から直接言われた訳でないが
「なんでそんな事で泣けるんだよ。俺は会員なんてみんな嫌いだよ」と笑う声が聞こえた。

それでもその事がショックで信頼していたバイトの人に
「俺さ、~様の事が好きだったんだ」
と言ったらまたもや笑われた。

人の事を好きになるが故にそんな反動が来る
(異常と思う方もおられるだろう)

今でもフラっと影から現れるんじゃないか、と思い切なくなり涙をしてしまう事があった。
身内でも無いのにこれからもこんな思いを経験していくのなら辛すぎる・・・。
精神的にオカシクなりそうだ。
本当に辞めたいと思った。

幸いにして「特別に好きだった」お客様が亡くなる事はそれ以来無い。
静かになったクラブで一人でいるとあのお客様がフラっと現れるのでは、と思い泣いてしまうのは変わらない。

先日の事。とある黒塗りのセダンをお見送りした。

夕暮れ時の中。
去って行くセダンを見て思い出してしまった。

スポーツクラブ時代、大好きだった某光学器メーカーの相談役を車椅子に載せて玄関までお送りした。
黒塗りセダンの後部窓を開け手を挙げて去って行った。
心のどこかで「もうお会いする事はないかも」と思っていた。
結局あれが最後となってしまった

夕暮れ時だった事と車が似ていたので「最後のお姿」を思い出し切なくなった。

スポーツクラブを去って今日で一年が経過しました。
月日の経つのは早いです。

久しぶりに書いたら思わぬ長文になってしまいました。

ではまたいつか!

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