あのコルトを狙え

TOKYO2020 子供たちに負債を(笑)

熱海の戦争被害

2011-08-15 00:04:14 | 熱海

今日は8月15日。

熱海はB29 による爆撃は受けていませんが昭和19年にこんな悲劇があったのです。

熱海新聞 昭和43年(日付失念)より


19年に入っての春、今の福地医院の下にあった三兄堂という陶器店から出火
福島屋旅館、大伊豆、うろこや、万人風呂(今の小松銘菓のところ)
聚楽(現 富士屋ホテル)など八十余戸が焼けた。

資材不足で再建出来ず戦時中福島屋 万人風呂は温泉熱を利用して
製塩工場となっていた。
終戦後富士屋が買収するまで聚楽外大半が空地であった、焼夷弾爆撃を
喰ったような残骸をさらしていた。

水谷市長の長男明治大学在学中の輝之君(現山形病院長の親友)が
学徒動員で戦死したのは同年8月15日である、当時水谷市長は頑健な体が
一回り小さくしぼんだような傷心ぶりであった。
実姉の守子さんは、旦那様は外交官勤めをしているが、お母さんを助け
水口園の経営をしている、支配人の水谷磯雄さんは守子夫人の叔父である。
熱海遺族会長高塚賢三氏(高塚医院長)の嗣子久軍医大尉はフィリピンで
山形病院長実弟弓雄さんは中国で20年戦死している。

19年も押しつまった12月、玉の井旅館が日本の新兵器
無人飛行機焼夷爆弾の体当たりによって全焼した誤爆事件である。
女中頭1人が死亡、1人が負傷した経営者の野田倭雄氏(慶大経済卒)は
敵機でなかったのがせめてもの慰めといっていたが、
補償弔慰金4万園と物置き程度の資材特配だったので、
熱海の旅館で戦時中最大の被害者といえるだろう。

私は当時付近を歩いていた、怪物が体当たりの瞬間を目撃したが、
轟音と共にたちまち黒煙に包まれ、アッという間に焼失した、木造三階建、
800坪什器一切焼盡した。

現在のお札に換算すると何十億の単位に上がると思う、この怪物は
『特攻機体当たり』『人間魚雷』にかわる新兵器で機体は黒くグライダー型、
中に自然爆破装置の油脂を入れた直径三十センチ位の薄い鉄の玉が入っていた
網代沖方面から真鶴岬先の小さな岩礁を敵仮装艦の命中目標に発射したものらしかった、
実験操作の誤りでコースが外れた誤爆事件である。

玉の井旅館は、玉家一家の総本家と呼ばる熱海の名家、新かど旅館、玉進楼 
新玉旅館、林屋、廃業したが第一ホテルの前身玉久旅館、玉の井別館(元市会議長)
隠居玉旅館などその人脈である。

またこの誤爆の犠牲者 玉の井旅館の女中頭 澤木あささんは中央町の
澤木ブリキ店主と市議高橋利勝さんの叔母、夫と生別し今は東京で
夫と燃料店を営んでいる娘さんタツさんを育てるため働いていたお母さん女中であった。
娘さんや親族が集り、この彼岸に二十三回忌を営むという、
あささん以って瞑すべし。


現在の福島屋旅館は戦時下の火災で焼失し戦後に建替えられております。

それは「本町大火」と呼ばれるもので昭和25年の「熱海大火」とは別のものです。

福島屋旅館は戦後に再建されるまで製塩工場だったそうです。

 

さて本題ですがここに出てくる無人飛行機焼夷爆弾とは

「イ号一型乙無線誘導弾」空対艦ミサイルの事。

双発の爆撃機より切り離しロケット推進で目標へ無線誘導させる。

それの実験を熱海の沖で行っていた。

>>真鶴岬先の小さな岩礁を敵仮装艦の命中目標

これ真鶴の三石の事なのでしょうか?さすがにそんな罰当たりな事はしないでしょうけど。

 

現在「玉の井本館」は廃業し空地は更地となっております。

しかしこの地でこんな悲劇があった事を通り過ぎる事があったら思い出してください。

 現在の玉の井本館跡。

以前に訪れた事があります。ここも泊まってみたかったな。

 

『事件』 ジャンルのランキング
コメント (4)   この記事についてブログを書く
« 『トロンプ・ルイユ』 感想 | トップ | 佐川係長が・・・ »
最近の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
イ号誘導弾・・・・ (flingscottomomi)
2011-08-15 07:37:23
こんな事件があったんですね、知りませんでした。
このイ号誘導弾は何かの本で読んだ事があります、二枚の垂直尾翼が特徴の飛行兵器、銀河か一式陸攻から発射したものと思われます。「トマホーク」の元祖みたいなヤツですよ。
今こんな事があったら大事件ですが、戦時中でうやむやになった感じです。軍としてもこんな面倒な事をするより、「特攻」の方が話しが早いと言う事になったのでしょう・・・・。
悲惨な過去 (三州小僧)
2011-08-16 06:56:08
彩雲さん、盆休みを利用して熱海に行ってきました。   熱海の町も悲惨な過去があったんですね。
      戦争は本当に悲惨です。
  どれだけの人命や歴史建造物が喪失したか…
    二度と起こしてはいけません。
毎年、この時期は東京で戦争で亡くなった方々に哀悼の意を表してから熱海滞在となります。今回は金城館さんにお世話に成りました。
毎度ながらいい宿で癒されましたよ。
製塩 (WG)
2011-08-16 15:53:42
福島屋の塩は三島の連隊に納められていたそうです。
拙サイトと掲示板に大戦関連の画像などを少し掲載しました。
Unknown (彩雲4号)
2011-08-17 19:15:21
F先生
私は過去に聞いた事があるかな、という程度で
数年前に福島屋のご主人さん(WGさん)に改めて
教えてもらいました。

>>戦時中でうやむやになった感じです。
そうなのでしょうね。

三州小僧さん
お盆は熱海でしたか!私も13日に日帰りで福島屋入浴後に駅前の居酒屋で遅くまで飲んでいました。

>>今回は金城館さんにお世話に成りました。
そこも行きたいのですが来年位になりそうです。

WGさん
先日はお世話になりました。
敵機識別の本はとても興味深かったです。
今度は薬莢も見せてください。

>>三島の連隊に納められていたそうです
軍用だったのですか!

コメントを投稿

ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。

熱海」カテゴリの最新記事

関連するみんなの記事