★~KIDのあれこれ雑記帳~★

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最終審査通過ならず…!

2006年03月17日 11時26分37秒 | 
昨日はアニメーション感想文(評論文)コンテストの一次審査通過の知らせを書いたのですが、残念ながら最終審査は通過出来ませんでした。(がっかり…)

それでも、自分の書いた作品が一次審査を通過しただけでもとても嬉しいく思います。実際には今年は何名の応募が有ったかは分かりませんが、この感想文コンテストは全国から数多くの作品が集まっているのはずなので、その中から一次審査通過者として14名の中に入る事が出来たのは、私が書いた作品がそれなりの評価をして頂いた証拠だと思うからです。

確かに残念な事は残念ですが、これで来年のコンテストへの参加への希望(野望)へと変りつつ有るのが自分でも良く分かります。来年、一次審査すら通る見込みと言うのはないけれど、来年はもっと良い作品が書けるように努力したいと思います。確かに欲張り過ぎるのはいけないのですが、人間ある程度欲がないと生きて行けないものです。

今の私の根底にある物、それは『欲』、『欲』、『欲』のオンパレードです。これは、良く言えば『希望』や『期待』、『達成欲』と言ったもので、決して悪い意味の『欲』ではありません。何かの作品を書き上げるのも、仕事をするにも『達成感』なしでは遣り甲斐が有りません。何か自分の目標になる物事や、これだけはやりたいと言うのがないと、生活にもハリがなくなってダラダラしまいがちになるので、普段から『欲』を満たす為の努力をして自分に鞭打つ、それが私の仕事であり生活なのです。




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アニメ感想文(評論文)コンテストで一次審査通過!

2006年03月16日 13時24分15秒 | 
 今日は何とも嬉しい事が有りました。それは私が応募した日本動画協会主催のアニメ感想文(評論文)コンテストで、私の書いた評論文『中国で観る中華一番!』が何と!何と!第一次審査を通過したのです!!
第4回アニメーション感想文(評論文)コンテスト(一次審査通過者リスト(私の本名で載ってます)
 
 実はこの論文を書いていた1月末は、中国はちょうど旧正月前の年末進行時だった為、イラスト集の翻訳やら出張やら、またまた版権関連の仕事など色々な仕事が重なってしまい、文章をあまり推敲する事も言葉を吟味している時間もありませんでした。なので、今回の文章はあまり出来が良くなかったかも知れないのですが、どう言う訳か私の書いた『中国で観る中華一番!』がちゃっかり一次審査を通過し、日本動画協会のWEBで名前が出ていました。私はてっきりダメだと思っていたので、今日の今日まで全然知らずにいたのですが、この一次通過者の発表は3月6日にWEB上で公開されていたようです。
しかし、今の所何の連絡も無い所を見ると最終審査は通過したのか、していないのか…この当りが本当に気になります。3月中旬までに主催者から直接通知…しますとの事なのだが、直接ってE-mailなのか、電話なのか、それとも手紙なのか…。私の様に海外に在住している者は、連絡手段にもかなり気を使います。何故なら、何か急な連絡の場合、国際電話をかけ慣れない相手の場合、掛け方が分からなかったり、国際電話と聞いただけで通話料金が高いので掛けたくないとか、緊張し過ぎで掛けられない人がいます。その場合、日本の実家に連絡が入って、それから私の所にやっと伝わって来る事になったり、手紙など国際郵便の場合にも日本から広州に付くまで普通の郵便物で5日程かかる為、EMSでもない限りとてつもなく遅い連絡手段の一つです。なので、普段はMSNやE-mail、電話、FAXなどを使いこなして、なるべく費用が掛からず、早く対応できる連絡方法を取っています。多くの人に同じ内容の事を連絡したり、知ってもらうのにBLOGやホームページと言ったものは、欠かせませんが、私の勤めている会社のHPは日本語に対応していないので、如何しても日本の会社には理解して貰えない部分が…。(中国語ばっかりですから)

 
 さて、評論文の話とは別に、この3月22~28日頃まで、私を含めて我社のトニー社長と中国の芸能関係者を引き連れて東京国際アニメフェアの取材に行く予定なのですが、今、この準備がとてつもなく忙しく、香港映画に関する本もまだまだ翻訳もあり、かなりてんてこ舞いしています。
この一週間、毎日夜の11時まで残業して、身も心もクタクタです
ここで、アニメ評論文が入賞なんて事(夢のような事)が有れば、疲れも打っ飛ぶのになぁ…。それで、賞金が入ったら自分のパソコンを買って…などと妄想を巡らしてしまいました。ぶっちゃけた話、私は中国で仕事しているので、年間の収入も日本で働いている私と同じ年代の人に比べれば1/2~1/3しか有りません。はっきり、言って貧乏暇なしとはこの事でしょう。私の今年の最低目標は自分のパソコンを買って、家に電話を引いて、ついでに家でインターネットをできる様にし、少なくとも家でも仕事出来るようにする事です。家庭に仕事は持ち込まない…等と言える方が羨ましいです。私の場合、テレビを観る事、映画を観る事、漫画や雑誌を読む事…、何でも仕事になってしまうので、寝ている時もどんな本の版権を買ったら良いかとか、私がコラムや記事を書いている文化芸術報『動漫週刊』、広州青年報などに、どんな文章を書いたら良いかを何時も考えているのです。

実はこのアニメ評論文やブログも、仕事の合間をぬって、こっそりと書きためているものなのです。
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『拿什麼拯救影芸圏』(何を以って銀幕界を救うのか)

2006年03月09日 16時30分54秒 | お仕事日記
『拿什麼拯救影芸圏』(何を以って銀幕界を救うのか)
この本は2005年に9月に出版されたもので、著者は香港映画界の重鎮にして、現在、香港電影金像賞董事局主席の文雋(本名:王文俊)。

彼は役者としても映画に登場しているが、それ以上に素晴らしいのが映画の脚本や監督、プロデューサー、小説家など製作者としての才能だ。
彼の作品についてパッと出てこない人もいるかも知れないが、作品名を挙げればきっと観た事が有るはずだ。

日本でも公開された作品を挙げると
告別紫禁城』(邦題:『中国最後の宦官』:91年 脚本、監督)
古惑仔』シリーズ全9作(96~98年 プロデューサー・脚本)
風雲雄覇天下』(98年 プロデューサー、脚本)
中華英雄』(99年 プロデューサー、脚本)
決戦紫禁城』(2000年 プロデューサー、脚本)
などなどのヒット作品の数々を生み出している。
また、文雋と言えば莫少聡(マックス・モク)や洪金寶(サモ・ハン)、劉徳華(アンディー・ラウ)、今は亡き林正英と共演した『中国最後の宦官』での汚職宦官の役が印象的だったが、私はこの方を見ると常日頃から日本の演出家の鴻上尚史さんにソックリだと思っているが、どうでしょうか?

鴻上尚史 氏 劇作家・演出家・映画監督


文雋:57生 脚本家、映画監督、プロデューサー等も務める。現・香港電影金像董事局主席。


何故、今日はこの本の話になったかと言うと、私の知り合いに広州電台の番組制作や司会、ラジオDJ、映画プロデューサーで、かつて譚詠麟(アラン・タム)、黎明(レオン・ライ)、任賢斉(リッチー・レン)のプロデューサーを務めた、鐘路明と言う人がおり、彼が制作に関わったこの本を頂いたのだ。
内容はと言うと香港映画界の裏事情やゴシップ、映画賞について、俳優、監督についての話題が盛り沢山であり、香港映画ファンなら喉から手が出そうな情報が満載されている
また、著名映画監督・王晶や俳優の姜文も一部執筆しており、何とこの本の題字は劉徳華が文字を担当している。(達筆)

この本の中で書かれている内容は、香港映画の裏事情にも精通した文雋だからこそ書けるあっと驚く内容となっている。
現在、この本の翻訳をして日本の映画関連の出版社へ売りにだそうかと考え中です。
何時になるかは分かりませんが(笑)


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『超級変!変!変!』と爆笑画像

2006年03月03日 21時21分08秒 | エッセイ
昨日の夜は広州の南方衛視TVSチャンネルで『欽ちゃんの仮装大賞』(中国語訳:『超級変!変!変!』)を観ていたので1時寝ました。
ここの所、毎日、南方衛視チャンネル6で放送されてる『欽ちゃんの仮装大賞』は、今から10年以上前の番組を中国語吹き替えにして放送しているので、司会者の萩本欽一さんや審査員の方々がやたらと若い事にビックリ!10年ってこんなにこんなに凄い歳月なのだなぁ、と驚きを隠せなかった。
そして、若者の髪型やら眼鏡やら服装やらがイモ臭い事この上なし!
当時はあんなトンボの眼鏡牛乳瓶の底みたいなデッカイ眼鏡をかけて、頭に微妙なパーマを当てた東京の高校生がいたんだなぁと思うと、10年ほど前が大昔に感じてしまった。
実物は観た事無いが、服装からはタケノコ族と思わしき登場人物もおり、絶対15年は経ってる映像だと思われる。

実際、中国の人はあの映像が何年前の物だか知らないはずなので、あの映像を観て最近の日本の若者の姿だと思われたりしないか心配だ。

さて、今日はこんな物を見つけたのでリンクしておく。
帝国版『無極』(動画)


超級変変変(20点満点の動画)

レスリー・チャンのペプシコーラのCM

今日一番笑った画像
『無極』饅頭殺人事件(原題:一個饅頭引発的血案)
中国語なので訳が無いと笑えないかも…。それにしても『無極』もこのくらい笑える話だったら良かったのに。
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もやもや病ブログ立てました

2006年03月02日 15時48分03秒 | モヤモヤ病
実は以前から公開しようか、すまいか迷っていたもやもや病に関するブログを今日から公開しようと思っています。

もやもや病と言うと、へんてこな名前の病気だと思われますが、実際は笑い事じゃない大変な病気です。

原因は未だ解明されておらず、頭を掻っ捌いて手術を受けるか薬を飲むかしかの治療の方法しか無い病気です。どう言う運命のめぐり合わせか、私はこのもやもや病と運命を共にする事になりました。生まれつきの病気なので、付き合って24年にもなりますが、病気の存在に気付いたのは19歳の頃でした。

2002年の3月、突然の脳内出血(発病)、日本への帰国、半年に渡る入院、二度の脳外科手術、リハビリ…を経て現在に至りますが、病気と付き合うようになってから現在までの事を冗談も踏まえてエッセイにしてみました。

この病気は根本的には治す事が出来ない病気ですが、死ぬかも知れなかった体験を経て、ここにもやもや病のエッセイを綴る事が出来るのは嬉しい限りです。

お時間が有れば、一度見てやって下さい。

細路希のもやもや病エッセイ




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