「科学」を考えるシリーズ。
前回の続きです。
コペルニクスの提案した地動説モデルは、現実世界を正確に描写できなかったが故に、世間一般には受け入れられませんでした。遠洋航海に必要な惑星の位置予測の役に立たないわりに、地球が回っている、な~んて嘘くさい仮説を持ち込んでまで無理矢理価値観をひっくり返す必要はありません。
ついでに、地球が自転しているのなら、
・人間がジャンプすれば自転の分だけ着地点がずれるだろう
・地球が公転しているのなら、地球の周りを公転している月が置いてけぼりをくらうんじゃないか
・地球が公転しているのなら、恒星との距離が変わるから、見える星の大きさが変わるはずじゃないか(年周視差)
といった疑義も解決できていませんでした。
さて、前回のこぼれ話にも書きましたが、コペルニクスの太陽中心モデルで惑星位置予測が正確にならなかった理由は、惑星が太陽を中心とした円運動をしているという仮説を採用していたためでした。
それでも地動説に興味を持ったヨハネス・ケプラーは、師匠のティコ・ブラーエが遺した精密にして膨大な天体観測記録を詳細に解析し、コペルニクスのモデルを訂正しました。
太陽を中心とした円軌道から、太陽を焦点の一つとする楕円軌道。
このモデルを採用して作成されたルドルフ星表は、惑星位置予測精度が桁違いに高いものでした。その現実を前にした人々はかなりあっさりと地動説を前提としたルドルフ星表を利用し、宗教的な背景を忘れて行きました。役に立つものは、たとえ神の意向を無視したとしても利用する、そんな姿勢です。
現場の人間はともかくとして、地球の自転や公転でジャンプした人や月が置いてけぼりをくらうことや、年周視差を説明できない限り、学者たちは地動説を正しいと認めませんでした。疑わしい点が残っている限り、新しい理論に飛びつくことはしない、という姿勢です。
この未解決問題を解決していったのがガリレオやニュートンでした。
次回はガリレオやニュートンについて触れてみます。