小牧の役、前回の続きです。
秀吉と対決することを決意した織田信雄は、羽柴方への謀反の疑いがある松島城主・津川義冬、星崎城主・岡田重孝、苅安賀城主・浅井長時という3人の重臣たちを粛清しました。おそらく家康と計らっての計画的な犯行(?)ですね。
それを聞いた秀吉は、待ってましたと言わんばかりに行動を開始します。3人へは調略工作を行っていたでしょうから。
自らは動員令を出した後に京に入り、家康の構築した秀吉包囲網への対抗策を次々と打っていきます。越後の上杉景勝には越中の佐々成政と信濃の真田昌幸を牽制させ、加賀・能登の防衛には丹羽長秀と前田利家を当てました。長宗我部元親の備えには淡路の仙石久秀に任せ、紀伊の根来・雑賀には和泉の中村一氏、蜂須賀正勝、黒田孝高を派遣。
この防衛体制はほぼ完璧と言っていいものですが、これによって秀吉は国境防備だけに全兵力の6割を費やすこととなりました。まさに家康の目論見どおりですね。
家康も秀吉が動き出すとほぼ同時に行動を開始します。8000の兵を率いて吉田から岡崎、さらには尾張に入りました。
そんな家康に凶報が飛び込んできます。美濃の池田恒興が尾張に侵入し、犬山城を攻略したというのです。
秀吉と対決することを決意した織田信雄は、羽柴方への謀反の疑いがある松島城主・津川義冬、星崎城主・岡田重孝、苅安賀城主・浅井長時という3人の重臣たちを粛清しました。おそらく家康と計らっての計画的な犯行(?)ですね。
それを聞いた秀吉は、待ってましたと言わんばかりに行動を開始します。3人へは調略工作を行っていたでしょうから。
自らは動員令を出した後に京に入り、家康の構築した秀吉包囲網への対抗策を次々と打っていきます。越後の上杉景勝には越中の佐々成政と信濃の真田昌幸を牽制させ、加賀・能登の防衛には丹羽長秀と前田利家を当てました。長宗我部元親の備えには淡路の仙石久秀に任せ、紀伊の根来・雑賀には和泉の中村一氏、蜂須賀正勝、黒田孝高を派遣。
この防衛体制はほぼ完璧と言っていいものですが、これによって秀吉は国境防備だけに全兵力の6割を費やすこととなりました。まさに家康の目論見どおりですね。
家康も秀吉が動き出すとほぼ同時に行動を開始します。8000の兵を率いて吉田から岡崎、さらには尾張に入りました。
そんな家康に凶報が飛び込んできます。美濃の池田恒興が尾張に侵入し、犬山城を攻略したというのです。