前回のお話の続きです。
ブラック・ショールズ方程式を基礎とする金融工学は、正確な状況分析を前提とした上で、金融商品に適正な価格を付けることを可能としました。モデルで説明しますと、「真水」(キチンと帰ってくる債権)の中に何パーセントの「不純物」(貸し倒れる債権)が混じっているかを計算できるようになったのです。
その計算結果を元に、不純物を沈殿させ、飲める水と不純物とを分離します。そうしておいて、濃縮され不純物だらけの水を、高い値段を出して引き取ってもらう。こうして銀行は、誰かにお金を支払う代わりにリスクを肩代わりさせる(金融派生商品、デリバティブ)システムを使うことによって、ほぼリスクなしでお金を貸すことができるようになったのです。
リスクを背負う側としても、銀行から高い利回りの金融商品を買えて、なおかつ景気がいい時は担保が元本と同等以上の値段で売れ、ほぼリスクなしで銀行からお金をもらってるのに等しい状態になりました。
こんなウマイ話に乗らないでどうする!世界中のお金が金融工学のメッカ・ウォール街に集まってきました。俺にもデリバティブを売れ!
そんな状態になっちゃいまして、本来は銀行がお金を貸した時に生まれる金融"派生"商品なんですが、「無理矢理でもいいから金を貸してデリバティブを作って俺に売れ!」という要求が出てくるに到り、銀行は低所得者に住宅ローンの形で金を貸し始めました。はい、「サブプライムローン」の完成です。
先ほども述べましたが、住宅バブルで担保が元本と同等以上の値段で売れてるうちは良かったんですが、もちろんそんなバブリーな状況はいつまでも続くわけがなく、住宅の値段が下がり始めました。
そうなるともうパニック。元から帰ってくるアテのない金貸しですから、債権者は破産、銀行・投資家もあぼーん。こうしてみるみる銀行や証券会社の資産が目減りしていって、恐慌が発生したわけです。
何でこんなことになっちゃったか?
冒頭部分にも書きましたが、金融工学が効果を発揮するのは正確な情報を盛り込んだ上での話です。金融工学の手法をバブル景気みたいな不安定極まりない状況に適用すれば、誤った答が導き出されて当然だったのです。
そしてもう一つ、人間は「リスクなしでリターンが帰ってくる」という状況で自制心を失っちゃったんでしょうね。そんなにうまい話は世の中に転がってませんよ、と。
物理学者は核兵器を生み出したことによって世間から指弾されました。同じく金融工学者はサブプライムローンという核兵器を世に送り出し、批難の集中砲火を浴びています。
正しく運用すれば人間に素晴らしい恩恵をもたらす技術ですが、一度失った信用を取り戻すことは並大抵ではありません。