Pieces~私の独り言(HN緑茶猫)

※メンヘラブログにて閲覧注意

ときどき
いろんな気持ちを
勝手に書いてます

食べれなくて思うこと

2010-12-28 01:17:43 | 独り言
先日風邪を引いてからお腹の調子が悪くて、吐き気もひどくて、毎日の食事を抜いた。
今日はお昼に食パンを2枚だけ食べた。

私は過食じゃなくて拒食タイプ。
食べない方が調子がいい。
だけど、私の周りの人は無理やり私に食べさせる。

小学生の頃からお腹の調子が悪くて、28才の頃には入院したこと(腸炎起こした)もあるのに、
医者から色んな注意ももらってるのに、
「お医者さんから言われたから食べない」と伝えただけで激怒されることばかり。

小さい頃は祖母から拷問のように食べさせられてて、
今は旦那からある意味責められる(笑)

祖母は、戦時中に満州で子供を栄養失調で失ってるから、だから仕方がない面もあると思うけど、
でもね、おばあちゃん、私はお腹の調子が悪くて食べないんだよ。

何度も説明しても分かってもらえずに、
結局、おばあちゃんも怖いから
痛いお腹に無理やりご飯を詰め込んで、
挙げ句の果てには夜中までお腹が痛くてのたうちまわって、なんてしょっちゅうだったよ(笑)

お医者さんからは
「お腹が痛い時には食事をしなくてもいいよ。お薬を出しておくから、それは飲んでね。」と言われていたのに、
保護者がお医者さんの言うことを無視しちゃあ、何のための保護者なのか分からない(笑)

いまかかってる風邪は胃腸風邪なのかな。
本気で食欲不振(苦笑)。
でも、旦那は優しくなった。無理やり食べさせなくなった。
助かる。やっと信じてくれた。

考えたんだ。
説得する力が私にあるなら、私が私を守れるのかな、って。

説得って。
相手の人が私を好意的に思ってくれるように仕向けないと始まらないような気がする。
カウンセラーさんみたいに、私を肯定的に見てくれる人がいたなら、
説得なんか必要ないと思うけど、
何故か私の周りには、私を責める発言をする人が多いんだ。
つまりそれは、肯定的に見てくれていなくて、
私を「批判的にみたい人」ばっかり、って意味じゃないかな。

なんだか笑えるよね、
批判的に見るか肯定的に見るかは個人の自由かもしれないけど、
される側からしたらたまったもんじゃないよ。

とはいえ、子供の頃から肯定的に見てくれる人なんかいなかったから
批判的に見る人ばっかりだったから、
慣れてるっちゃあ慣れてるんだけどね(笑)

批判的に見る人に対して説得するのは面倒くさい(笑)。
でも、説得する方法を取らないと、批判的に見る人と同じ穴のムジナになっちゃいそう。
『この人、合わない、イコール嫌い、批判しちゃえ』じゃあ、同じ穴のムジナだと。

合わないのは当たり前、人間なんだもん。十人十色。
みんな違うんだから。違いがあるからこそ刺激を受けて力が生まれてくるんじゃないかな。

食べられない、だから食事を抜く、
そういう事さえ「初めから理解する気がない人」と、
「お医者さんに行って言われたならそうして大事にしなよ」と私を大切に扱ってくれる人といるなら、
私は後者の人になりたいな。

実家は今でも容赦ない食事量を出してくる。
妹の旦那さんたちも私の旦那も、最初は信じなかった。
でも(笑)実際に体験してみてダウンしてる(笑)。
これさえも、私が口で伝えただけだと信じなかった。

お腹を壊して絶食すると、色んな事を思い出して笑えてくるよ。


夢を見た

2010-12-27 17:55:33 | 見た夢記録
夢を見た

※これは実際に寝ているときに見た夢のメモです。
もちろんフィクションです。念のため。



大学の夢
私は念願かなって大学院生になっている

(中盤カット)


私は生命の神秘を研究している学部に進む
バイオテクノロジーについての授業に参加する

そこは階段教室
大勢の生徒が集まっている
私は教室の後ろの方に歩いて行った
そこは段々高くなっていて
最後は山のように高くなっていて
私は山のように高くなっているところにいく
そこにはかつて私がお世話になった大学院生の皆さんが集まっている
懐かしい顔ぶれに胸のつかえが降りた気がした

私は振りかえって
山のように高くなっている場所から黒板を見た
何とか見えた

ふと下を見ると穴がある
階段教室の下の席にいく穴がある
それはいくつもいくつもあって入り口には色分けがしてあった
私は黄色の穴に飛び込んだ

そこは普通の道だった
未舗装だったけど普通の道だった
ふと左側の横をみれば
横の水色の穴に入った人は岩だらけの道になっていた
右側の穴に入った人は垂直落下したみたいだ

穴は階段教室の横一列の数と同じ数だけある
私が入った穴は大丈夫みたいだった

ここを滑り降りたら道路だった
道路には昔ながらのオバチャンがやっている雑貨屋があった
私は店に入った
オバチャンは私をジロリと見た
「あんたは辞めないのかね?」と言われた
私がキョトンとしているとオバチャンは
「まぁ、あんたなら辞めないだろうよ(笑)」と笑った

私はお店の外を振り返った
そこにはゾッとするような気配に包まれた先輩がいた
私に大学院に入るよう、勧めてくれた先輩

オバチャンは言った
「ああ、あの人はおかしいんだよ。気にするな」
オバチャンの話によると先輩は
あまりにも生命の神秘を追求しすぎて道を誤り
マッドサイエンティストになってしまったのだそうだ
私はまだ院生になってから日が浅いから
そんな噂話など聞いたこともなかった

ダークな気配に包まれた先輩の背中が
なんだか寂しそうだった

私は店を後にして階段教室の前の方に歩いて行った
そこには大学時代の恩師が何名もいた
笑いながら私に声を掛けてくれる
「元気だったか!懐かしいなぁ。いま何処で何やってんだ♪」
親のように暖かく笑顔で私に会えたことで嬉しそうにしているのを見ると
なぜだか心が暖かくなる

同じ大学からこの大学院にやってきた他の学科の連中の顔も見える
真っ直ぐに明るく未来を信じてペンを走らせている横顔

夢見る力

2010-12-26 04:45:49 | 独り言
眠っているときに見る夢ではなく

夢を見て叶えるためには力が必要
自分が何をしたいかを自覚できるスキル
自分が何になりたいか探す努力

そのためには探す力が必要
出会いを求める力が必要

色んな物に出会って
色んな人に出会って
そんな努力を惜しまない力が必要

色んな物や人に出会って
何かがスパークして涙して

夢を叶えるために
夢見る力が必要

どうしたら夢が叶うか考えて工夫して
知らぬ間に大きな自分になっていく

夢を叶えてはいけないと思わせるのが
大人が子供に与えてはいけない一番の罪

大人の道具にして
使えなくなったら容赦なく捨てるのは
大人の一番の罪

生まれたての子供はピュア
無限の可能性を持って生まれる
夫婦は神様からの宝物を預かる

それを人間の悪しき欲望を叶えるために使うのは
神様だって涙する

何のために宝物を預けたのか
幸せな子供を1人でも多く見たいから預けたのに
神様だって涙する

人は神様からの宝物をもらうから親になれるというのに
親になれることは特別なことなのに
当たり前のように感謝もなく子供を道具にして

昨日旦那が言った
テレビで子供の虐待死のニュースをやってた時
「子供を殺すな!殺すならうちの奥さんに分けてくれ」

神様からの宝物
神様からの宝物

私を見て神様は泣いているだろうか
私が知らないだけで泣いているだろうか

神様、笑ってよ
私は息をしているよ
神様、私は生きてるよ
大丈夫、きっと幸せになるから笑ってよ

気がついたから
難しいけど幸せになるから

神様、笑ってよ
きっと何とかなるよ

神様は笑顔が好きなの?
じゃあ、笑うよ
だから神様、笑ってよ

頑張るから、私、諦めないから
生きることを諦めないから

ね、神様、笑ってよ

操り人形

2010-12-26 04:21:16 | 独り言
遅まきながら年賀状をプリントし始めた。
パソコンを新しくした後に年賀状ソフトをいじらなかったから、ソフトに住所を手打ちしながら1枚1枚プリントアウトしている。

最初は右側に古いパソコンを持ってきて、立ち上げてデータを見ながら新しいパソコンに手打ちしていたが、さすがに首が痛いから辛くなって、数年前にもらった年賀状自体を出してきて入力し始めた。

古い年賀状を見ながら気がついたこと。

仲の良い友人は家族が増えていく。
ある友人は夢を実現させていく。
ある友人は親が亡くなり親の経営していた会社の跡を継いだ。

私だけ時間が止まっている、そんな気がする。

夢は、叶えるための夢がある、そんな風に私は思う。
「幾つになったら結婚して、結婚して2年したら子供ができて、子供が大きくなったら○○して遊ぶんだ」
こんなことを言っていた私の小学生時代の親友は、夢を叶えた。

私と付き合っていた男性の1人は、私の前に付き合っていた女性と結婚して今では2児の父親だ。
気づけば私の所属していたバンドのリーダーは、結婚を機に家を建てたのだが、その家の地下に録音スタジオを作ったそうだ。奥さまの理解があるからこそ、いや、きっと奥さまも音楽をやっているのだろう、だから夢が叶うのだろう。

私は、どうなんだろう。
わざわざ自分の夢を潰す様な人にばかり引き寄せられていないだろうか。

趣味を継続したかったら、趣味に理解がある男性と付き合えばいいのに、もしくは同じ趣味を持つ男性と付き合えばいいのに、それを、わざわざ自分の夢に反対しそうな男性と付き合ってこなかっただろうか。
無意識にそういった男性に引き寄せられてしまうのかもしれない、これはアダルトサバイバー故の特性のひとつかもしれない。

唄いたい、私のその夢…歌を奪った最初のDV男。
命と唄とどちらが大切だったのか迷っただろう、当時は。その迷いに漬け込まれてしまった。
命を失っても唄を捨てたくないと思っていたならきっとバンドを辞めなかっただろう。バンドを続けるために命懸けでDV男と別れる選択をしただろう。

夢を叶えたい、そう思う力も足りなかった。
夢を叶えてはいけない、夢を叶えることは罪なのだ、私は幸せになってはいけない、私が幸せになると周りが不幸になってしまう、
私が我慢すればみんなが幸せになる、私が幸せになってしまったらみんなが不幸せになる、だから私が幸せになることは罪なのだ、

跡継ぎ娘で妹を守り、大好きな18才の時の彼に嘘を吐いて別れ、妹に同じような思いをさせるもんかと彼と別れ、
好きでもない人と一緒になってでも子供をつくって、親のオシメを換える生活と墓参りをする役目を私がやらなければ妹が好きな人と一緒になれない、

私が夢を叶えてはいけない、

……………………………。


もらった古い年賀状には友達の夢が具体化した写真が写っている。
私は自分の夢がたくさんありながらも自ら潰して生きた。しかも自ら潰して生きたにも関わらず、親は私を腫れ物に触るかの如くに扱い、たまたま素直に育った一番下の妹ばかりに優しくする。

私はこの先、どう生きたらいいのか。誰のせいにもしたくない思いと、私の過去の時間を返して欲しいと叫ぶ思いが交錯する。

間違いだった、何もかも。もっとワガママに生きて良かったのだ、子供のクセに親の願いを叶えるために必死に人生を捧げなくて良かったのだ、

私はなんだったのだろう。要らなくなった操り人形なのだろうか。ふ、答えはもう、無意識の私はわかっているらしい。ならばいい、私はいずれ理解するだろう。

とりあえず今は年賀状を出さなくては。

木刀を素振りしていて考えた

2010-12-24 12:46:53 | 独り言
こうして毎日木刀や竹刀を素振りしていたら、案の定、首から来る痛みと右腕右手のしびれと痛みが出てきた。
全身の筋肉がしっかりしていた頃はカバー出来ていたのだが、やはり3年も倒れていると筋肉の衰えは仕方がないのだろう。
股関節に負担が少ないし、首や右腕右手の痛みが出てきてもやりたくて堪(たま)らない。楽しい。

最初のDV男の事を思い出すとき、最初に思い出すのは、夜、暗い部屋の隅に追い詰められて怯えているシーン。
すごい剣幕の男は木刀を握って怒っている。私の目の前に木刀が振り下ろされる。
ここでこのシーンのフラッシュバックは終わる。
奴は、剣道なんかやったことがない。木刀は護身用に買ったのだと言っていた。

私は思う。

力あるものに愛があるならば、木刀や拳(こぶし)は大切な人を悪者から守る盾となり城壁になるだろう。
しかし自分の思い通りに支配するためだけに誰かに力任せに振り下ろすなら、それはただの悪になる、と。

ただ単に力を誇示したくて力をつけるのと、精神修養を兼ねた武道をするのはどちらがいいか。
まだ人生の駆け出しならば力を誇示するために力をつけるのもいいと思うが、それではいつか自分が折れる。
上には上がいるのだと思い知らされた時に目覚める体験をして洗練されていくとは思うが、その時に、それまで失った大切なものを思って腹の底から激しい自分への怒りが湧いてきてしまう事がある。
だったら初めから、力のみを求めるのではなく、力をつける事と精神修養を同時進行するのがいいと考えている。

小さい私が妹を4人の巨人から守るときには力じゃなかった。知恵が武器だった。
いかに大人の鼻を折るか、いかに大人が大人たちのワガママを子供に押し付けているのかを悟らせるか、それを考え分析し判断してどう叫ぶか、それを考える知恵が武器だった。武器であり同時に盾だった。
憎たらしい鼻持ちならない性格が助長されたのは、こういった環境がもたらした面が大きいのかもしれない。
小学2年生から5年生まではこんな感じだったと思うが、5年生以降はお笑い芸人さんを真似て大人相手に笑いを取ることも始めた。
笑いは攻撃性を弱める。これを身を持って知った。元よりプライドなんか無かったから、何でも出来た。

昔話はこの辺りにしておいて、

昔は木刀が怖かったのだが今は筋トレ道具になった。いや、怖いからこそ無意識に握るのかもしれない。

私は、木刀が喜んでくれるように使ってみたい。何かを守るため、健康になるため、私が木刀だったらこんな風に使って欲しいと思うだろう様に使ってみたい。
そう思う。