アメリカの大統領選挙の報道が盛んになってきました。他の国の事ながらアメリカは憎しみで分断された今でなく、私どもが若い頃憧れた他の国の見本になるような民主主義の国に戻って欲しいと思います。
一方日本は最近世間が狭くなり住み難くくなっていて。50年も前の誰もが貧乏だった時代が優しかったかと聞きますが、あの頃はあの頃で悲惨であったと子供ながらに見知っています。

ここ3年くらい連句を始めています。数人で575の句を作ると次の人が前の句の世界を想像し77と付けて行き、次の次の人が再び575と付けて、それをいくつか続けてゆく遊びです。中世は俳諧と言って人の集まるところではよく行われていたらしい。それを文芸化したのが芭蕉や蕪村・一茶といった人達です。様々な取り決めや縛りがありますが基本的には句を重ねるごとに新しい世界を想像・創造することです。
前の句をどの様に想像するかは人様々で、作られた句はその人らしさが出ます。それを尊重しその次の人は前の人の句からその場や人を想像し新しい句に仕上げます。俳諧(連句)の場では参加している人達の人となりを知る機会になり、自分を知ってもらう機会になります。
参加している人達は前の人の句を想像し付けてゆき「その様に見ましたか」とか「如何にも貴方らしいとか」と商売仲間だったりご近所だったり、それぞれの人となりを知る事により信頼を深めていたのでしょう。また新しい仲間との信頼・知るための手段だったのかもと思います。
人の距離が遠くなった現在、人との関係を築くのが難しい人が多くなりました。前の人の考えを想像して作る連句はこの難しいバラバラの社会を少し距離を短くしてゆけるのかもと想像しています。
人はそれぞれ様々な理由で違っています。だから想像するものも違います。互いがそれを知り尊重し合うことが基本かと思います。
言い換えれば人それぞれにそれぞれの正義を持っている事を知る。本邦に1億あまりの正義があり、世界には40億あまり、それよりも自分が知らない世界はもっと広いと。思っています。