ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

隣人

2019-12-23 | アメリカ事情

 

 

 

 

 

南加に住んでいた頃、袋小路にある家に住んでいたが、隣人は、皆引退したお年寄りばかりで、我が家の五人の子供たちは、上が小学生で、下はまだ生まれたてだった。最初は上の四人の子供たちと一緒にあるプロジェクトを計画して遂行したが、下の子供が歩き始めるや否や、その子もこのプロジェクトに参加した。そのプロジェクトは、たいしたことではないのだが、ホームメイドのクリスマス菓子を作り、それをきれいに容器にいれて、手書きのクリスマス・カードを添えて、その袋小路のお年寄りの何軒かにお贈りしたのだ。


ホームメイドだから、衛生には極力注意して、手をよく洗い、髪の長かった娘にはきちんとバンダナで頭を覆わさせた。クリスマスのクッキーやブラウニーズを3,4種類作り、シュガークッキーには、アイシングで模様や色を付け、その作業は子供たちが大半担当した。そしたギフトを一軒づつ回って配った。小さな子供のいる家族はそこでは私たちだけだったので、訪問すると、喜んでくださることが多くてそれが子供たちにとっては、御褒美だった。帰宅してから、いつも子供たちは「おかあさん、来年もやろうね」と寒さから赤くなった頬をゆがませた笑顔で話していたものだ。やがて私たち一家が現在の街に越した頃には、そうしたお年寄りの隣人たちは皆逝去なさっていた。


こちらに越してきた家もやはり袋小路で、向かい合って七軒の御家族がある。越してきた当初はうちだけではなく、この通りには小さな子供たちがいたが、今や皆立派に成人し、残っているのは、すぐお隣の高校生の男の子だけだ。勿論いまでもこの七家族とは、クリスマスにクッキーやスイーツを交換している。独立記念日や誰かの引退祝いには家族同士で持ち寄りパーティを小さな袋小路であるが故、道路上で催す。気の置けない隣組というわけである。


クリスマスまであと二日。今年はチョコレート・ミント・ブラウニーを用意したので、このブログを書き次第お隣さんたちへ配りに行く。今年もみな無事に年を終えることができそうだ。


隣人とは、文字通りのお隣に住む人同士とは限らない。次の話をどうぞ。


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飛行機で旅をするのに十分なストレスがあることは誰もが知っている。クリスマスに8か月の子供を連れて一人で飛行機旅をしなければならないパパというシナリオは、ストレスが満載で、誰でもこれは大きなチャレンジだ、と思うことだろう。

小さな男の子は、生まれてから2回目の飛行機旅でその父親の膝に座っておとなしく遊んでいた。しかし父親のとなり、窓際の席に座っているお隣の女性に、とても興味があるらしいのは誰でも見て取れた。

「簡単な紹介をしている間も、息子は彼女の方へ行きたがるのを私は制していたのですが、彼女は腕を広げて息子に『あら、いらっしゃい!』と言ったんです。」と父親はFacebookに書いた。そして彼女の申し出はすぐに受け入れられた。

「60秒も経たないうちに、息子は頭を彼女の胸に当てて眠りについたんですよ!」

そして彼女は父親に、「私がこの子を抱きしめていますから、あなたも仮眠をおとりになれば。」と言ったのである。

たまたま続いた席に座っただけのお隣同士だったが、この女性は隣人としての愛を親切と優しさで示したのだった。


faithit.com

見知らぬ赤ちゃんがママ恋しさに、私に抱いて眠らせてほしかったら、それはとても光栄なことに思う私である。


 









コメント (1)
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