ままちゃんのアメリカ

結婚39年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦・つれづれなるアメリカ事情と家族や社会について。

今日の一考

2020-07-03 | 人間性

いつも歩くトレイルの端に集められたHope pebbles人々の願いを込めた小石の数々。

 

 

小さな町に引っ越して数か月後、ある女性は隣人に、地元のドラッグストアでの貧弱なサービスについて不平を言いました。彼女はこの新しい知り合いが薬局の所有者に彼女の不満を繰り返すことを望みました。

次にドラッグストアに行ったとき、その薬剤師は満面の笑みをたたえて彼女に挨拶し、店に再訪なさってくださり、どれほど幸せに思うかと彼女に話しました。彼は、この女性がこの町を好きになり、彼女と彼女の夫が落ち着くのを助けるために、彼にできることが何かあったらなんなりとお知らせてくださるよう望んでいます、と言いました。それからこの薬剤師は彼女の注文を迅速かつ効率的に満たしました。

後日女性は隣人に不可思議なほどの薬剤師の変化を報告しました。 「あなたが薬剤師に、私がサービスがどれほど貧弱であるかと不満に思ったのを言ったのでしょうか?」 彼女は尋ねました。

「そうね、でもちょっと違うの、」と彼女は言いました。「実際には、ーーあなたが気にしないことを願っていますけれどーー彼がこの小さな町にあのドラッグストアを如何にして建てたかにあなたが驚き、今までに訪れた最高のドラッグストアの1つだとあなたが思ったと彼に言ったのよ。」

 

 

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信じて希望すること

2020-07-01 | わたしの思い

自宅待機中、縫製プロジェクトや系図など以外に、はまってしまったのは、ポッドキャストである。ポッドキャストはいわばラジオ番組のようだから、学生時代よろしく聴きながら手作業ができるし、色々なジャンルがあり、私は科学・歴史などが好きだが、Coast to Coastのような未知のもの、現象に対しての興味もあるので楽しめる。もちろん系図関係のもあるし、神経を休める自然音、例えば水の流れ、鳥の鳴き声なども使って演奏される音楽も。

 

他にバロック音楽に使われるナチュラル・トランペットに惹きつけられ、何回か演奏を聴き、楽しんだ。ナチュラル・トランペットは、自然倍音のみを出し、現在のトランペットのようにバルブは付いていない、実に単純な作りの楽器である。奏者によっては直立し、片手のみで演奏するその姿が凛々しくて気にっている。吹奏者は音感が優れ、音を聞き分ける能力の高い耳を持つことが必要なのだと思う。日曜朝の番組、CBS・Sunday Morningの冒頭で必ず演奏されるトランペット曲は、おそらくナチュラル・トランペットである。軍隊やボーイスカウトが使用するBugleもこうした楽器の一つで、ナチュラル・ホルンと呼ばれ、やはりバルブは付いていない。5月最終日曜日は合衆国の戦没将兵追悼記念日で、今年は日の入り時刻に、Bugleやトランペットを持ち、吹奏できる人は全米中Tapsを一斉にやろう、と言う呼びかけ(CBSニュースのステイーブ・ハートマンの提唱)で、私の近所のどなたかが吹奏なさっていた。国民が心を一つに、ウイルス感染が収束することを願ってのプロジェクトだったが、それもつかの間、瞬く間に人種差別反対から暴動化するデモが多発、シアトル市中の一部は無法地帯化してしまった。

 

憂国を覚えつつ、思い出して9年前の映画を観た。The Helpと言い、この人種的混乱の時期再び観て、さらにうなづけるものを感じた。この映画は劇場では長い間興行はしていないが、興行収入は1億7500万ドルを超えたと言うから、成功作ということだろうか。まず物語が優れ、役者陣が非常に芸達者である。以前からヴィオラ・デイヴィスの演技が好きで、彼女の映画は大抵鑑賞したが、この映画でも決して期待を裏切らない。(Troop Zero:邦題:トウループ・ゼロ夜空に恋したガールスカウト、と言う昨年2019年の映画もなかなか面白かった。)エマ・ストーンも瑞々しく初々しい。ネットフリックスで視聴できるので、お薦めしたい。

 

下のヴィデオは性的虐待被害者へのメッセージだが、映画のThe Hopeを観てから、納得のできない迫害や差別を受けることも、このヴィデオの範疇に入るのではないかと思い、添付する。

 

 

Believe

Beneath an empty gaze
Hides the need I long to face
Somewhere between where I have been
And where I'm going my search begins
Deep in my veins I hear a ringing
Of a voice ever calling me on
Believe, there is an answer
And while you feel you're buried deep in a disaster
Believe, more hands are waiting
Ready to lift you up and carry you back to safety
You're not alone, keep holding on
And believe.
Without a key or compass
I take the lead into the darkness
A puzzle piece illuminates
The next few feet that lie ahead
Deep in my veins I hear a ringing
Of that voice ever calling me on
Believe, there is an answer
And while you feel you're buried deep in a disaster
Believe, more hands are waiting
Ready to lift you up and carry you back to safety
You're not alone, keep…

うつろな視線の下に
見つめければいけないことが隠れている
過去のどこかと
探し始める時との間に
血潮の奥深くに響く
呼び続ける声
信じて、答えはあるからと
大きな悲しみに深く埋もれていると感じている間にも
信じて、多くの手があなたを助けようと、待っているのを
あなたを掬い上げて安全なところへ戻そうとしているのを
あなたは一人じゃないから諦めないで
そして信じて
鍵やコンパスなしに
暗闇を抜け出せるように
パズルの一片が光るように導いてくれるのを
ほんのすぐそこであなたを待っていることを
血潮の奥深くで響く声が聞こえ、その声は
信じて、答えがあると、
大きな悲しみに深く埋もれていると感じていても
信じて、より多くの手があなたを持ち上げて安全なところへ戻そうと待っているのを
一人ぼっちではないのを、だから諦めないで

Gentri

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まあ、なんという事でしょう!

2020-06-28 | わたしの思い

まるで日常を失ったかのように、お針子さん三昧のこの三ヶ月!ペンを置き、医療関係者用の防護ガウンとマスク制作に追われ、ちょっとした暇があると、系図調査、家中の整理整頓、小さな果樹園は今夏、桃もネクタリンも杏も、イチジクさえ豊作のため、ジャム作りなどに励んでいる毎日。その間にオフィスと所属している2、3の団体とのズーム会議。通常通り出勤していた頃の方がずっとのんびりしていたような気さえしてきた昨今の私である。幸いになんとか健康を保ちつつ、また家族の誰も感染罹患もせずにいる。ありがたい。

そして今朝ふとカレンダーを何気なく目に止めて、二月以上も記事を書いていないことに愕然としたのだった。三日坊主というのはあっても、二ヶ月坊主と言うのはない。私の額には、「怠惰」と言うレベルが貼ってあるに違いない。大いに反省。

三月半ばに自宅待機・勤務に入った頃は、私の住む中央カリフォルニアのこの郡では、感染者はたったの3名で、死者数はゼロだったのに、今やおよそ五千名が感染、死者数は三桁となっている。先だって、ついに我がキャンパスコミュニテーにも感染者が。秋学期は実験や研修の必要なクラスはキャンパスで行われ、その他はオンライン、となるはずだが、今週の極端な感染者増加に、大学は州知事の「お言葉」次第でどうなるかわかってはいない。もしそのように秋学期が始まるとしても、週日1日キャンパスには、二千二百名がいることと限定されていて、スタッフだけでも千名を超すし、学生は二万五千名ほどである。それに教授陣もいる。こうした時は、誰がキャンパスに来て、誰が来れないか、などを緻密にスケジュールする役目がなくて、本当によかった、と思うし、いっそこの機会に人生楽しもうとさえ決断できる。

夫も自宅勤務になったが、この先、それがノーム(あたりまえ)となる様子である。元来自宅にいると言うことが好きな私は、全く構わないが、そして夫が一緒に在宅していても一向に差し支えを感じない。中には、相手の欠点ばかりが目につき、嫌になると言うこともあるようだが。そう言えば、この三月からよく聴くポッドキャストの一つ、George NooryのCoast to Coastと言う番組で、面白い話をしていた。それは普段勤務で昼は留守の人々が、24時間毎日在宅して、初めて気が付いた得体の知れない事象が思わぬ恐怖に似た感情を持たせる、と言うのだ。

それを聴いて、私は、あるある、と思った。ここ一月以上毎日のように、午後になると風が出てきている。庭のレッドウッドを始めとする樹木を揺らしている。ある昼過ぎ、夫がオフィスに残してきた書類を取りに出かけたのだが、下のダイニングルームで縫製プロジェクトに夢中だった私は、夫の「行ってきます」を上の空で聞いていたに違いない。しばらくして二階ロフトから夫の座る椅子がギイっと鳴ったので、ふと晩御飯何がいいか聞こうと、声をかけた。即答が通常なのに、何も言わない。もう一度上に向かって言った途端、すでに夫が出かけたのに気が付いた。やがて帰宅した夫に、この家にはキャスパー(昔の漫画・アニメの子供のお化け)がいるらしい、と告げると、夫は、「えー、また?」と言う。系図調査に時間を忘れるほど熱中する私がすでにない方々の霊を連れてくると思っているのだ。まさか。

するとある日、横庭果樹園の杏の木が今年はとても大きく成長し、しなう枝を精一杯四方八方伸ばし、風に揺れるのを目にした。その枝は窓ガラスをこする。ギシギシとガラスを痛めつけるように。時にはギイーとさえ。これだ!とここで我が家の怪現象の解決を見たが、ははは、こう言うことはあるものだ。それ以外何も身の毛がよだつことは見つからない。庭のちょっとジメッとした片隅で、小さなゲジゲジを見かけた時以外は。

世界中の人々が奇禍にいる今日、いつか暗闇の向こうに出口があると言い聞かせ、せっせとジャムを瓶詰めしている私は、そう祈っている。

 

 

 

 

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日常を恋う

2020-04-19 | わたしの思い

 

今週に入って、南部のある州で、オキュペイショナル・セラピストである甥が、感染して自宅隔離をしていると知りました。まだ31歳で、妻と二人自宅隔離しています。防護服に身を包み、マスクもシールドも付けて働いていたのに、感染したようです。まだまだ若いし、既往症もないので、症状が悪化せず、早い回復を望んでいます。ほとんどの甥や姪は、医師、歯科医師など医療関係者で、私たちの長男を含め、なかなか大変な時を過ごているのです。まるで戦時中の銃後の生活を守るように、私はマスクを作り、提供し、感染を避けるために自宅にこもる事が、前線の医療従事者を助けることになるのだ、と思い、そして1日も早くこの奇禍から抜け出す事ができるように、と祈っています。

 

コメントへの返信どころか、ブログさえなかなか毎日書く事ができない多忙さ、信じられません。返信コメントが即時にできないのは、無礼以外の何物でもありませんが、どうぞお許しください。依頼されたマスクは全品近辺の病院へ寄付され、フロリダの息子にも送りました。するとまた依頼があり、大量生産が始まりました。中にはオフィス仲間からのもあり、これは今週火曜日からの加州やこの市の要請で、エッセンシャル・オフィスで働く人は特に、マスク着用必須となったためです。こんな時、子供五人分の服を作ってきた過去のあまり布、それもほとんど綿生地が大量にある事が幸いです。不織布のインターフェイシングもあれやこれや残っていて、昔夜なべ仕事のまでして子供服を製作していた事を感謝するに至ります。子供の小さな頃は専業主婦・母でしたから、午後2時間の子供達の昼寝時間も大いに利用したものです。まさか今になってそうした端切れや残していた生地が役立つとは思いもしない事でした。

 

私が休職に入ったのは、先月半ばで、その頃はまだダウンジャケットを羽織って出勤していたのですが、今はすっかり若葉の季節。居間のピクチャーウィンドウから見える桑の大木は、その頃芽吹いたかどうかという状態でしたが、今では青々とした葉を茂らせ、隣家のチムニーが見えなくなるほどになっています。人間がどうであろうと、自然は巡り、人に見られようが見られまいが、花は咲き、桃やネクタリンは、小さな小さな青く固い実を付け始めています。縫い物に疲れた目を癒すために、あるいは気分転換に、時折夫がドライブに誘ってくれ、車窓から眺める山の麓の小高い丘に寄り添うようにある果樹園の様子を目にしては、それだけのことなのに、心が安まります。

 

お耳のようなのは、末娘のT-シャツの模様。偶然イースターバニーのようになった孫#7。

 

明日は、今日と同じでも、終息の日に一日近づいていると信じて。

 

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魂の安寧

2020-04-15 | アメリカ事情

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Horatio Spaffordホレイショ・スパフォードはシカゴで有望な弁護士であり、素晴らしい家族を持っていたが、たった4歳の息子を病で失くし、1871年のシカゴの大火災で家や財産の一部を一掃されてしまった。

 

深い絶望の中で、新しい出発をしなくては、と彼は考え、休養をイギリスで家族と共に過ごすことに決めた。ホレイショはまず彼の妻と娘たちを先に送ることにした。

 

ところが奇妙で皮肉な運命にあい、妻子の乗った船は別の船と洋上で衝突し、娘4人全員が失命し、妻だけが生き残った。

 

ホレイショは嘆きくれる妻を慰めるために直ちにイギリスに向けて出航した。 “It Is Well with My Soul”「わたしの魂は安寧」(邦題:安けさは川のごとく)という言葉を書いたのは、船が娘達の海難現場付近の洋上にいた時だった。。

 

数年後、スパフォード夫妻は、新しく生まれた子供たちと共に再び家族を持ち、アメリカのマスコミからThe Overcomers(克服者)と呼ばれるグループと一緒にエルサレムに引っ越した(2011年、Simon Sebag Montefiore著「Jerusalem:The Biography」を参照)。

 

スパフォード夫妻は、どんな宗教の徒(メソジスト教徒、ユダヤ教徒、イスラム教徒、末日聖徒イエスキリスト教会教徒、ヒンドゥー教、または異教徒などに関わらず)でも、苦しんでいる人を手助けるすることで伝説的な存在となった。

 

私の属する教会には、1846年4月にウイリアム・クレイトンによって作られた「恐れず来たれ聖徒」(当初の原題は、All Is Well「すべては善し」)という賛美歌があるが、これは日本基督教団の賛美歌集にも含まれた事がある。

 

人間としての苦悩が非常に似ているならば、それからの解放も同様という事だろう。メソジスト、ユダヤ人、イスラム教徒、末日聖徒イエスキリスト教会、ヒンドゥー教、異教の人々にとって、普遍的な慰めがIt Is Well With My Soulやその約50年前に作られたAll Is Wellにも見つけられ、人々は癒しを得るのだろう。

 

おそらく、クリスチャンの聖典では、聖霊が鳩として描かれているのはそのためであろうか。

 

これはCovid19奇禍にある世界中の人々のためにテネシー州ナッシュビルのスタジオ歌手たちが携帯電話でこの賛美歌を歌ったもの。

 

1. When peace like a river attendeth my way,
when sorrows like sea-billows roll;
whatever my lot You have taught me to say,
‘It is well, it is well with my soul.’

It is well with my soul;
it is well, it is well with my soul.

2. Though Satan should buffet, if trials should come,
let this blessed assurance control,
that Christ has regarded my helpless estate,
and has shed His own blood for my soul.

3. My sin – O the bliss of this glorious thought –
my sin – not in part – but the whole
is nailed to His cross; and I bear it no more;
Praise the Lord, praise the Lord, O my soul.

4. For me, be it Christ, be it Christ hence to live:
if Jordan above me shall roll,
no pain shall be mine, for in death as in life
You will whisper Your peace to my soul.

5. But Lord, it’s for You – for Your coming we wait,
the sky, not the grave, is our goal:
O trump of the angel! O voice of the Lord!
Blessed hope! Blessed rest of my soul.

1. 安けさは川のごとく 心ひたすとき
  悲しみは波のごとく 我が胸満たすとき
  全て 安し 御神共にませば

2. 悪しき者迫り来(く)とも 試みありとも
  御子イエスの血のいさおし ただ頼むわが身は
  全て 安し 御神共にませば

3. 見よ我が罪は十字架に 釘づけられたり
  この安きこの喜び 誰も損ない得じ
  全て 安し 御神共にませば

4. よし天地(あめつち)崩れさり ラッパの音と共に
  御子イエス現わるるとも などて恐るべしや
  全て 安し 御神共にませば

 
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