ままちゃんのアメリカ

結婚42年目のAZ生まれと東京生まれの空の巣夫婦の思い出/アメリカ事情と家族や社会について。

赤いお鼻の

2019-12-17 | アメリカ事情

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ルドルフーあの驚くべきトナカイ

 

何年も前のシカゴの12月の夜、幼い娘が父親の膝に上り、質問をした。それは子供らしい好奇心からの簡単な質問だったが、父親のロバート・メイにとっては、悲惨な気持ちでいっぱいだった。「パパ」と4歳のバーバラは尋ねた。「どうしてママは他のママのようではないの?」

 

ボブ・メイは、古びた二間のアパートを見渡した。ソファの上には彼の若い妻エヴェリンが伏せていて、彼女は癌を患い、この二年間ほとんど寝たきりだった。その二年間でボブの収入と少額の貯金は妻の膨大な医療費に消えていった。

 

この辛い試練は、妻の、夫の人生を粉々にしてしまったのだ。そしてボブはこの幼い娘の幸せもそんな危険にさらされているのを気づいた。娘の柔らかい髪を撫でながら、ボブはこの娘への答えを祈っていた。

 

娘が言う「違う」ことがどんなことなのか、はっきりと知っていた。子供の頃、彼は虚弱で繊細な子供で、子供独特の罪のない残酷さで他の子供たちはボブを遊び仲間にいれなかった。ボブは絶えず悲しい涙を流していたものだ。やがて入学したダートマス大学では、1926年に卒業するまで、その非常に小柄な体つきの為に、彼は常に誰かの弟のように間違われていた。

 

成人してからの生活でも、ボブは幸せを感じたことが少なかった。同窓生の多くのように、ダートマスを出ても、華々しい職につけたわけではなく、シカゴの大きな通信販売会社、モンゴメリ―・ワードの控えめなコピー・ライターだった。そして今彼は33歳にして多額の借金があり、妻は重病で伏せ、悲惨な状態にあった。

 

膝の上のいたいけない幼い娘に、ボブがその時与えた答えが、その後、彼を名声と幸福へ導くとは、想像だにしないことだった。彼の答えは、バーバラのような子供たち多くに喜びをもたらすことでもあった。この貧しい父親は、12月の夜、シカゴのおんぼろアパートで、ある物語を答えの代わりに話したのだった。


「昔々、ルドルフという名のトナカイがいました。世界で唯一、大きな赤い鼻を持ったトナカイでした。」ボブは続けてルドルフについて語り、バーバラに、神の創造された生き物の一部分は奇妙で他と異なっていても、そうした生き物はなかなか大した能力を持っていて、人々を幸せにすることさえあるのだ、と言い聞かせた。


「ルドルフは、」とボブは続けた、「自分の風変わりな鼻をひどく恥ずかしいと思っていたんだ。他のトナカイは彼のことを笑った。ルドルフのお父さんもお母さんも姉妹も辱められたんだよ。だからルドルフも、自分がかわいそうだ、と思っていたんだ。」


「どうして僕はこんな鼻で生まれたんだろう、とルドルフは嘆いたんだ。」とボブは語った。「するとね、あるクリスマスイブ、サンタクロースは、たくましいトナカイのチーム、それぞれの名前は、ダッシャー、ダンサー、プランサー、そしてヴィクソン、って言うんだけど、そのトナカイ達と毎年恒例の世界を回る旅に出る準備をしていたんだ。 大勢のトナカイ仲間はこれらのトナカイたちを偉大なヒーローと見ていたんだよ。でもその夜ひどく濃い霧が地球を覆ってしまったんだ。これではどの煙突を見つけられないのをサンタは知っていたんだ。」


「すると突然、そこにルドルフが現れた。彼の赤い鼻はこれまで以上に明るく輝き、サンタはこのルドルフが問題解決の答えだとすぐわかって、ルドルフをそりの先に連れて行き、ハーネスで固定して、そりに乗り込んだのさ。その夜、ルドルフはサンタをすべての煙突に案内できたんだよ。雨や霧、雪やみぞれにもめげず、ルドルフの赤く光る鼻は、まるで濃霧の中の灯台の明かりのように働いたというわけさ。」


「それでルドルフはすべてのトナカイの中で最も有名でみんなに愛されるようになったんだよ。恥ずかしいと思って隠そうとしていた大きな赤い鼻は、今や世界のみんなの憧れになったんだ。サンタクロースはクリスマスを救った、とさえ言った。そしてそのクリスマスからルドルフは恥ずかしく思わないで幸せに暮らしたんだよ。」


小さなバーバラは、父親が話し終えた時、大喜びで笑った。それ以来毎晩バーバラは眠る前に父親にその話を何度も何度もせがんだ。ボブはやがてこの話を「クリスマスの前夜」という題の詩にして、バーバラに贈るために粗雑ではあったが、そう良く撮れてはいない写真で本の形にした。

 

ボブはそれから毎晩バーバラが寝付くとその話の詩を書いた。娘にプレゼントを買う余裕がなくとも、質のいい贈り物をしたかった。そのボブがルドルフの詩の最後の仕上げをしようとした時、妻のエヴェリンが亡くなった。

 

愛妻の死は彼の希望を打ち砕き、悲壮な面持ちのボブが唯一正気を保てたのは、愛娘のバーバラがいたからだった。その後彼は涙を浮かべながら、ルドルフを執筆した。クリスマスの朝、バーバラは父親の手作りの贈り物を泣いて喜んだ。その後でモンゴメリー・ワード社の従業員クリスマスパーティに招待され、気の進まないボブはその場で皆へのプレゼントとして自作の詩を読んだところ、最初はさんざめいていた会場で人々はその話を気に入り、最後には拍手が鳴りやまなかった。1938年のことであった。

 

1947年のクリスマスには、約六百万冊の冊子が配布あるいは販売され、赤い鼻のルドルフは世界で最も広く配布された本の一つになった。この話の需要は非常に多様にあり、教育者や歴史家はこのルドルフがクリスマス伝説となるだろうとさえ予告したのだ

 

当初このルドルフの版権はボブがコピーライターとして勤務していたモンゴメリー・ワード社が持っていたが、後日それは彼に還された。不幸な年月や妻の死という悲劇を後にして、赤い鼻のルドルフの究極の大成功を通して、ボブはとうとう安らぎを得た。


ロバート(ボブ)・L・メイが娘のバーバラに彼の作品を読み聞かせている。


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12月17日のクリスマス・キャンペイン・チャレンジ:今日は積極的になると心に決めよう。そして出会う人みんなに笑顔であいさつしてみよう。 







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