田万川散歩

都会に伝えたい田舎の空気

川の流れのように

2018年05月10日 01時12分08秒 | 日記
僕が母親のお腹で生命を授かったとき、同時に僕は人を幸せにできる魔法を授かった。
10ヶ月間その魔法を使うときを楽しみしていた。
そして生まれ出た時、“それ今だ!”
「んぎゃーっ!」と泣くと、みんな笑顔になった。

みんなを笑顔するためにまた僕は泣いてみると、
みんなは「泣かないで」と僕を泣き止まそうとした。
そのうちに「もう泣かないで!」と困った顔をするようになった。
せっかく授かった幸せにする魔法はすぐに使えなくなった。

僕はもう一つ、とっておきの魔法を持っていた。
「ケラケラ」と笑った。
すると、みんなも笑顔になった。
この魔法はいつになっても、誰に対しても使うことができた。

そして時が経ち、僕は父親になった。
子どもが生まれ出た時、「んぎゃーっ!」という泣き声に喜び、笑顔になった。
まー坊、もこりこがケラケラ笑うと僕も笑った。

僕が父親になったとき、僕も魔法の言葉を授かった。
子どもたちが泣いたときや寂しそうなときに僕は子どもを抱きしめて言った。
「だいじょうぶ、だいじょうぶ」
子どもたちは泣き止み、笑顔になった。


昨年の2017年11月、僕の父さんは天国へ旅立った。
いつでも支えてくれた父さん。多くは言わないが、励ましてくれた。
最期は突然に病気でその声を失った。
「お前はもっと頑張れよ」とよく言われたもんだ。それがこの父さんなりの魔法の言葉。
きっと伝えたいことがもっとあったと思う。話したかったこともたくさんあると思う。
聞きたいこともたくさんあったし、教えて欲しいこともまだまだある。
突然に、その機会を失った父さんだけれど、最後まで笑っていた。子供の前では決してつらい顔を出さなかった。
「父さん、また来るね」と言うと、病室のテレビを見ながら僕をちらっと見て
うなづいた。意識のある父さんとの最後のやりとり。
意識を失い死を臨む時、父さんはそれぞれ離れて暮らす僕ら家族を集め、自分の生き様をしっかりと見せてくれた。
初めて父さんの手を握ったし、頬を撫でた。真っ暗な病室でこれまで話せなかったことや思い出を伝えた。
おでことおでこを合わせ、ありがとうと言った。
迷惑と心配ばかりかけてごめんよと言った。
俺はもっと頑張るよと言った。意識があるときにしていればよかったと後悔した。
やっぱり父さんには勝てないな、と思った。

「あんたバカねオホホ」「当たり前だのクラッカー」「パパちゃんは強いのだ」・・・
僕ら子どもに「くだらねー」と一蹴されながらも、笑いながらくだらないことを言う父さんの声がまた聞きたい。


長い間、子どもたちやカイ君と散歩をしてきた田万川。
たくさんの“はじめて”を一緒に経験してきた。
でももうそれができそうもない。
夕暮れ時に抱っこをしながら散歩をしていたリコが歌ってくれたな。
♫うえをむーいて あーるこーおおお なみだが こぼれ ないよぉぉに♫
その声はとってもキレイだった

カイ君、
九州からもらって来た君は初日に脱走し、僕は一晩中、近所に探し犬の張り紙を貼りながら探した。
臆病だから雷の日は血だらけになるほど玄関を噛み砕いたね。
一度人間に裏切られた君と、僕は最後まで一緒に過ごしたかった。
子供と愛犬を一緒に育てるという僕の夢、続けられなくなっちゃった。
また君をひとりぼっちにしてしまう。悲しいよね。寂しいよね。
絶対にまた会いに行くよ。一緒に走ろう。

全てが僕から離れた。突然に。
だから田万川散歩はこれでおしまい。

僕は魔法の言葉を使う機会が減ってしまったけれど、
遠くへ行ってしまった子どもたちへ届くように、これまでよりもっともっと大きな声で伝えてあげたい。
「だいじょうぶ。父さんは近くにいるよ」
子どもたちよ、どうか笑顔を忘れないで。
父親や子どもたち、カイ君と離れてしまったけれど、みんな心の中で繋がっています。

〜おわりに〜
長い間このブログを読んでくださった皆様、コメントをくださった方々、ありがとうございました。
昨年は激変の年となり、同時に色々と考える機会となりました。
失ったものも多々ありますが、得たものも多くあります。
「転ばぬ先の杖」ではなく、「転んだ先の杖」。
つまづいて立ち上がれそうにない時に、つかまって良いよ、支えてあげるよ、と助けてくれたみんな。
そんな仲間や家族に助けられました。

ブログを書いていると、思ってもいなかった近くの人から「ブログ見てるよ」と言われドキッとすることがありましたが
色々な人に子どもたちの笑顔と僕の拙い育児風景を伝えることができてとても嬉しかったです。
振り返って見ても、父親としてたくさん遊んだし、楽しい時間だったなと胸を張って言えると思います。
このブログはいつか子どもたちが大きくなった時の成長記として、大切に残したいと思っています。

また、新たにこのブログで僕を知ってくれた人へ若かりし僕の思いを伝えるため、
ザンビア滞在中の自称大人気ブログ「Jacarandaの木の下で」をリ・オープンしました。
あらためて読むと、なんとも幼い部分や書いてはいけないことも多々ありますが、若気の至りとご容赦ください。
システム上、写真がなくなってしまいましたが、ぜひご覧下さい。
https://blog.goo.ne.jp/tetsuyaself2


それでは、これまで大切な時間を本当にありがとうございました。
また気持ちや環境が「伝えたい」と向かうとき、新たな場を設けます。

♪知らず知らず 歩いてきた
細く長い この道
振り返れば 遥か遠く
故郷が見える
でこぼこ道や 曲がりくねった道
地図さえない それもまた人生


まー坊、小学生となる

2017年04月10日 21時32分06秒 | 日記


桜満開の中、長男まー坊、小学校入学しました。

「もう」なのか「やっと」なのか。
制服を着るとぐっと大きくなったように見えた。

早くに制服に着替えて待ちきれないまー坊と僕は
入学式前にカイ君の散歩に出かけたりした。

まー坊以外は皆同じ保育園から上がってくる子供達。
知っている子もいるけれど、やっぱり違う保育園では空気感が違う。
僕も小学校に上がるときは別の場所から引っ越してきたので
なんとなく彼の不安感はわかるところがある。

入学式。
そういえば、まー坊はおそらく保育園で「起立」や「礼」なんて一度も言われたことがない。
だから先生の号令をよくわかってなかったんじゃないかな。
「礼!」と言われれば、首を斜め前に傾けて会釈程度。毎回それだから見ていて笑ってしまった。
キョロキョロと周りを見渡しながら落ち着かない様子。
そういえば、まー坊は君が代なんて聞いたことも歌ったこともないんじゃないかな。
そんな全てわからない入学式。
体に合っていない大きな制服を着た子供たちはひょっこひょっこ並んで
退場していった。

次の日からは三軒隣のお姉さんと一緒に登校。
なんだか急に独り立ちだから心配ですが。
ま、遠くから見守っておこう。


手と手を

2017年04月08日 12時44分20秒 | 日記
毎日、寝る前に子供と握手をしていた。
今日1日お疲れさま。
父さん怒っちゃったな。これで仲直り。
妹に優しくしてくれたね、ありがとう。
また明日も楽しくしような。

1日を振り返り、ここにいることに感謝し、一緒に眠りにつく。









卒園

2017年03月26日 00時13分30秒 | 日記
『私の子供たちへ 〜父さんの子守唄〜』

♫生きている鳥たちが 生きて飛び回る空を 
あなたに残しておいてやれるだろうか 父さんは
目を閉じてごらんなさい 山が見えるでしょう
近づいてごらんなさい  コブシの花があるでしょう

生きている魚たちが 生きて泳ぎまわる川を
あなたに残しておいてやれるだろうか 父さんは
目を閉じてごらんなさい 野原が見えるでしょう
近づいてごらんなさい リンドウの花があるでしょう

生きている君達が 生きて走り回る土を
あなたに残しておいてやれるだろうか 父さんは
目を閉じてごらんなさい 山が見えるでしょう
近づいてごらんなさい コブシの花があるでしょう♫



まー坊の卒園式。
子供たちが入園以来毎日欠かさずやったリズム体操、一生懸命歌う姿、
この間まで飛べなかった5段の跳び箱をとても上手に飛んで喜ぶ姿、
あんなに小さかったまー坊がなんと立派に、たくましくなった。
その姿が眩しく、嬉しくて、誇らしかった。

式の最後で僕ら父親が前に立ち、子供たちへ『私の子供たちへ』の歌を贈った。
僕は歌い始めたとたん、たくさんの想いが涙になって溢れ出た。
今、置かれている環境の中で、僕はまー坊に何を残しておいてやれるだろうかと、
何かを残してやりたいと思いながら、歌い、贈った。
直前に駄々をこねて仕方なく抱いていたモモが片手を塞ぎ、
歌詞カードを持って片手が塞がり、
涙出てるのに拭けなくて恥ずかしいやら、モモが重いやら。

まー坊は2回転園し、この川登保育園が3番目。
初めて子供を預けた最初の保育園。
毎朝まだよく分からないお話をしながら車で30分もかけて送ったね。
大丈夫かな、寂しくないかなって心配しながら、迎えに行くと
すごい勢いで走ってきたね。
お母さんが出産で入院した一ヶ月、二人で過ごしたね。
甘えたい盛りなのに十分にさせてあげられずにごめんな。
炎天下の遠足では機嫌を損ねてしまって、父さんがずっと抱っこして
急な坂を登ったり降りたり。一度も地に足をつけなかったね。
初めて一緒に同じことをする仲間ができて、好きな女の子もできたね。
そして君は兄になったね。

転園してまた仲間ができた。
時には「行きたくない!」って車から出なかったり。
泣きじゃくる君を保育園の先生に任せて離れるときは
本当に辛かったよ。

そして辿り着いた最後の保育園。
新しいことだらけだったけれど、君は持ち前の負けん気と好奇心で
すぐに慣れて、とても生き生きと過ごしていたね。
妹たちも一緒になって、お兄さんらしくなっていった。
山を駆け、川へ飛び込み、草を食べ、虫を捕まえて
父さんが羨ましいくらい、『自然』と仲良くなっていった。
たくさんの歌を覚えて教えてくれた。
たくさんの話を聞いて教えてくれた。
仲間とたくさん喧嘩して泣いたけど、同じ数だけ仲直りしてきた。

そして、無事に卒園式を迎えた。
君は、はにかみながらも自信に満ち溢れ、満足した表情だった。

おめでとう、まー坊!

最後のお弁当

2017年03月15日 22時33分11秒 | 日記
まー坊の保育園生活も残り六日間。
その思い出は卒園した時にとっておくとして。

最後のお弁当の日。
保育園児のまー坊に贈る、最後のお弁当。
白いご飯を詰める代わりに、僕は色々な思い出と気持ちを込めて、おにぎりを握った。

これまで何度お弁当を作っただろう。
時には疲れて寝てしまい夜中に焦って起きて作り、時にはひどいキャラ弁にしてみたり。

他のお母さんが作ってくれるような、開けた瞬間に嬉しい、華やかなものは一度も作ってあげられなかったけれど、お父さんはどこのお弁当よりも気持ちは込めて、食べてるお前を想像しながらつくったんだよ。

毎回毎回残さず食べてくれたね。美味しかったって言ってくれたね。

あーホント、楽しかったな。
まー坊、ありがとう!