「ミノムシが“呑む”って云った気がした春」
再び、本の出版が近づいてきた。
Kindleに原稿をアップロードしようとした。
ここまでは、毎回の儀式。
もう、慣れているはずだった。
なのに。
エラー。
……え?
わりとすぐ崩れた。
何かが、内側でバキッと音を立てて折れた。
表示された謎の説明文に眼を通す。
「ファイルに問題があるので出版はできません。ただし、出版に支障はありませんので無視してください」
……はい?
どっちですか?
何ですか? あなたは誰ですか?
混乱のあまり、自分がKindleなのでは? という気持ちになってきた。
それでも思い出した。
先月のあの忌まわしき告知。
「mobiファイル、死ぬから! 今後はKPFでよろしくな!」
みたいな軽薄な口調だった。
関係ないと思ってた。
違った。直撃だった。
Kindle Create をダウンロード。
やれと云うならやるよ。
素直にインストール。立ち上げる。
ファイル選択、インポート。
……エラー。
何故だ。
英語のエラー文に脳が焼けた。
「Your file is invalid」とか云われた。
知ってるよ、自分がinvalid(無効)なことくらい!
Wordファイルの何がいけないんだ。
どこをどうしたらこんなにも拒絶されるんだ。
そもそもおまえ、何様だよ。
私の原稿だぞ。魂だぞ。血と汗と、あとちょっとの涙だぞ。
適当にチェックボックスにチェック入れる(読めない)。
送信(どこへ?)。
その直後、iPhoneが鳴る。番号、USA。
アメリカから、来た。
刺客か?
CIAか?
Kindleの中の人か!?
「ひっ」って声が出た。実際に。
電話、取れない。無理。むしろ逃げたかった。
身体を小さくして。家の角にでも収納されたい。
怖い、無理。もう、ムリ!!
……助けて!!
その日は全てをやめた。
仕事は休まず、吐き気を抱えながら働き、
花桃の開花に精神を削られた。
「花が咲いてる……あああ……散る……!」
こんなつまらない問題を抱えたまま、
あの花の前には立てない。
見下ろされるに決まってる。
「乗り越えられなかった人間の顔、してるね」
「貴女って、いつもそう」
「また、負けたのね」
生き急ぐ花の前で、出版エラーに打ちのめされた人間が立ち尽くす地獄絵図。
花は、待たない。
誰も待ってくれない。
原稿も。自然も。胃が。
胃が死ぬ。
店長の顔を見る。
何故か、不安になる。
何かをされる前からダメージを負う。
何かがこみあげてきた。
胃の奥から、何かが。
帰宅しても、癒しなどない。
迎えてくれるのはファイル。ファイル。ファイル。
向き合う。仕方ない。
KDPのご指導(読んでなかった)を熟読。
トラブルシューティングを見つけた。
WordファイルをPDFに変換してからインポート?
……成功!
やった。涙が出た。いや、泣いた。ガチで。
プレビュー画面が美しい。
もうこれで終わりで良くない? って思いながらチェックすると……
出た。「ミ呑むシ」。
殺意。
違うんだよ、ミノムシだったんだよ!!
なんでだよ、なんで「ミ」と「呑む」と「シ」が融合して昆虫の名を名乗ってんだよ!?
私がしたのは「のむ」→「呑む」の置換作業。
だけど、置換、バカみたいに「ノム」まで呑んだらしい。
怒りで喉が焼けた。
「察して」って叫んだ。
誰に? わからない。
でも叫んだ。虫に? KDPに? 未来の私に? もう全員だ。
けれど、一番の地獄は越えた。
明日は、花桃を撮りに行く予定。
多分、笑顔は死んでる。でも行く。咲いてるうちに、撮る。
咲ききる前に、散る前に。
出版より、刹那が美しい。