想い事 家族の記録

難病の父と生きる
鬱病
ふたり暮らし

ゆめの なかの ひと。

2015-08-16 16:52:07 | 日記

私の意識は また 混乱しはじめたらしい

最近 と云っても もう一か月は続いている

起き抜けの混乱

ここは 何処 いつの時代?

父は? 母は? 私 結婚したんだっけ?

それで 考えたくないよ 思い出したくないよ

あやふやな時間の中を 漂っていたいよ と 切実に想い

いつも母が現れる

「ほら しかりして 目を覚まして」 と 起こされる

そして 今は 父が難病 母はとうに他界 自分には娘がいて

離婚して 私自身の精神状態は 悪くないって感じで …

ホッとする

ここは 八王子じゃないってことに まず 安堵する

でも 亡くなったひとが こうも毎日夢に現れてはいけない気がする

私の何が 心配だ?

今はもう 怖い事はないよ? 安全な場所にいるよ?

娘と 楽しく生きているよ?

お母さん 何をしてほしいの? … お父さんの ことだよね

やはり それはまだ目覚めていないだけで 判らない

大きな 喪失感に つながるとでも云うのだろうか

ひと昔前も 頻繁に母が夢に出てくるときがあった

いつも 同じシチュエーションで 私の 隣の隣りに横たわっていて

顏だけ コトリと こちらを見ている ただそれだけの夢

「お母さんがいる もしかして 死んじゃったのは 夢なのかな」

いつも 同じこと考える

お母さんがきてくれて 嬉しい お母さん 私 苦しいよ 助けて

私の身体は動かない 心の中で 語りかける

安心していた

でも 霊感のあるひとに云わせれば それは「危険」なことだった

あまりに弱り切った貴女を心配しているのは確か

でも このまま苦痛が続くなら いっそ連れてゆこうかと 考えている

「連れて行かれちゃうよ」「気をつけて」

私は 泣いた 

連れて行ってよ お母さんと 天国で楽しく暮らしたいよ

でも 私には娘がいた 死ねるはずがなく 諦めては 泣いた

「心配かけてごめん 頑張る もう 心配しないで」

何日か そう 語りかけて いつの間にか 夢は見なくなった

母の存在は リアルだ

亡くなって20年以上はたつのに

ただ そこにいて ダイレクトに話が出来ないくらいだ

存在のしかたが変わっただけ と 私は思っている

ただ 後悔が消えない

亡くなった時 私は25歳

母を連れて 家を飛び出してしまえばよかった

母をさらって どこか静かな場所に行って 私が母を食べさせてあげればよかった

そうしたら 末期がんの苦痛を抱えてまで

働かされることもなかったのに

動けなくなるまで 立っていられなくなるまで 働かされることもなかったのに

余命を もっと 楽しく過ごせたのではないか

私にはそれだけの財力もあった

なのに 父には逆らえなかった

その 後悔は消えない

いつか 消えるのだろうか

それを抱えていきてゆくのが 人生なのだろうか

あの時 できなかった悔しさを 死ぬまで抱えて苦しんで 悔やんで 泣いて

この身がようやく終わったとき

私は 全力で母を探す 迎えに来てくれれば嬉しいけど

探して 見つけて 今度は私が護る

また 人として生きたいと望むなら 私が 貴女を産みます

そして 一生護るよ 





そんなことを考えながら お盆が終わった

平成6年 9月9日 重陽の節句

もう 21年が 経ちました。




















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