想い事 家族の記録

難病の父と生きる
鬱病
ふたり暮らし

レスパイト入院、2.

2013-10-18 19:15:37 | 日記

やっと二か月が経った。
妹が出て行って二か月。
その部分はあっという間に感じたが、
介護の方は、長かった。
本当に長かった。
で、まだどれだけ続くかわからない…。
まるで、父の死を望むような言い方になってしまうが、
在宅に戻る日を考えると、死にたくなる。
今回、ギリギリだった。
しばらく発熱はしていないが、
白血球はどうなってるのだろうか。
過食も意識してたから、おさまっていたが、
ODを毎日のように繰り返してしまった。
夜になると吐き気がしたり、
耳鳴り、幻聴、…なんか色々あった。

こんなんじゃいけない。

とにかく、一週間くらい眠っていたいところだが、
カメラの仕事がようやく多くなってきて、
父のいないうちに、
働けるだけ働かないと…。
幸い、今日の生協で「バカか…」ってくらい食材が届いた。
当分買い物はいい。
半月はふたりで食べていける量だ。

で、レスパイト。
今回は南病棟の上の方。
山が差し迫っていて、素晴らしいロケーションだ。
これは山が染まったら圧巻だろうな。
地滑りは怖いけど。
消防署のひとがいろんなところを点検して回っていた。
先日、惨い惨劇が病院であったからだろうか。
病棟のひと、自力で動けるひといないだろう。
父みたいに微動だにできないところに、
火災や地滑りがあったら、…どうなるんだろう。
なんか涙出てきた。
死の恐怖はできれば知らないまま逝ってほしい。
眠るように、自然に心臓が止まる。
苦しむことも、怖いことも、何もなく。
そうであって欲しい。
明日を迎えたらもう天国で、そこで母が待っていて、
「俺、死んだのか? おーい、ショウ、世話になったな」
って、母と手をつないで笑っていて欲しい。
そんな想像にふけって、何度も泣きそうになった。
で、疲れて早めのバスで隣町まで戻り、
時間的に里の循環タクシー最終便に間に合って、
家の前まで送ってもらえた。

介護部屋のカーテン全部閉めて、
空っぽのベッド。
父の加齢臭…。
うるさい言葉もない家。

どっと、涙が出た。
ひとりだったので、うわあああって泣いた。

なんか負けた気がする。
私たちが太刀打ちできない難病。
父ではない。病気になった父が憎い。
なんで、私たちなんだよって、悔しかった。

お願いだから、みんな元気でいて下さい。
私より先に死なんで下さい。
いつも元気で、毎日が希望の連続でありますように。

奇跡のなかに、とどめたい、愛するひとたちを。

永遠に。
コメント
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