ぽせいどんの今日の一枚

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沖縄不安ダイブ & Cカード取得ツアー 1993秋

2021-11-19 12:03:08 | 写真 海

             四度沖縄へ 

  前回、パラオ空港で荷が出てきたときにバッグが無残にもペシャンコになっていた。
 実害は無かったものの、次も無事とは限らない。帰国してからすぐにプロテックスを発注した。

  パッキング。ダイビング用品は浅い蓋部にウェットスーツを除くすべてが収まった。

 ハウジングは大きさと重量を考えると機内持ち込みは流石に躊躇われる。
 ほどよい大きさの発泡スチロールの箱。加工。さらにそれに合う木箱を作り保護。
 また水中撮影用のアクセサリーの収納はタッパーを数個用意した。
 ※見出し画像
 これだけでプロテックスの底部の半分が塞がった。

 残りの半分にウェットスーツとスピードフラッシュ。
 着替えなどはフィンのソックス部分、マスクの中などの隙間に押し込む。
 パズルのように最小必要限度をどうにか詰め込んだ。
 ロックをして持ち上げた。ずっしりと重い。
 プロテックスのみで8kg。相当の重量になっていることは想像できる。
 試しに体重計の上に載せてみた。30kgを越えていた。
 機内持ち込みのカメラバッグ(Nikon F4・アクションファインダー・24-50mmズーム・105mmマクロレンズ・
 F4用スピードフラッシュ・NIKONOS-V・Nikonカリブ・フィルム。そのほか・・・)が10kgほど。
 総重量は40kg。制限重量の倍であった。水中ビデオどころではない。気が重くなってきた。

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  1993秋、恒例となった沖縄ファンダイブ&Cカード取得ツアーである。
 今回のメンバーはファンダイブ四名、講習十五名の総勢十九名である。
 まずはともに夏を過ごしたT大学(東大では無い)のメンバー。男子学生九名。女子学生三名。
 K女子大の三名。以上が講習。
 ファンダイブはパラオで出会った丸ポチャ。その友人の架純。昨年Cカードをこのツアーで取得したT村。そして私である。
 ツアーと記しているが私に利益は無し。むしろ持ち出しが・・・。

 昨年が八名であったから倍以上に膨れ上がったわけである。
 そして来年はさらに増えそうな気配がある。
 パーティを二つに分けなければ到底対応できそうもない。

 ・・・・・・

         十月ニ十六日 羽田空港

  リムジンバスは予想より早く羽田新空港に到着した。
 プロテックスの上にカメラバッグを載せてゆっくりと押しながらロビーに入って行った。

 旧空港とはだいぶ様子が異なる。とりあえず団体受付カウンターを捜す。すぐに見つかった。
 用意してきたチェーンでベンチの脚にプロテックスとカメラバッグを固定した。
 ※現在これをして離れると騒動になります、たぶん。

 身軽になって清涼飲料水の自販機を捜す。ベンチに戻り烏龍茶で喉を潤す。
 「そのバッグはカメラが入ってるんですか?」
 隣に座していた初老の男が話しかけてきた。
 「ええ、まあそんなところです」
 適当に受け答えをしていると三年生が前を通った。あらぬ方向を視ている。

 「おい、ここだ」
 「あっ、ぽーさん!・・・全然気づかなかった」
 「全員揃ってるのか?」
 「T大はT村以外は揃ってます」
 「とりあえずこの辺に荷物を置いておけ」
 次々に知った顔が現れた。一年生のN山とO竹はブレザー姿で精いっぱいめかしこんでいる。
 「なんだその恰好は?」
 「いや、・・・飛行機に乗るから・・・」
 「初めてか?」
 「はい」とO竹。N山は国際便の経験があった。
 「そうか、ではO竹、お前の席は俺の隣だ」
 「このバッグにボンベが入ってるんですか?」
 「タンクとウェイトは向こうで借りるんだ」
 「そういうものなんですか?」
 ・・・・・・
 「見学してきていいですか?」
 「田舎者め」・・・他人のことは言えないが。
 丸ポチャと架純の二人がバッグを引きずって現れた。
 「モノレール、上りと下り間違わなかったか?」
 「間違えませんでしたよ」と丸ポチャ。相変わらず素直ないい子だ。
 間際に届いた旅行日程表を配布。T大の面々はすでにあちこちに散っていたので十通ほどをN山に預けた。
 「あの・・・」二十代半ばころの男に声を掛けられた。
 「なんでしょう?」
 「このツアーですか?」同じ旅行社の日程表を持っていた。
 代表者名は『イトウ』となっている。
 「違いますね」私たちのグループにそんな男はいない。
 ・・・T村が現れた。
 「K女子大の三人(T村がバイト先で知り合って参加することになった)が、まだなのだが・・・一緒ではないのか?」
 「ええ、特別に待ち合わせはしませんでした。・・・あっ、来ました」

 いかにも今どきの女子大生と云った感じの三人。その一人が型通りの挨拶。
 「はい、楽しくやりましょう」
 N山とO竹が帰って来た。
 「おい、みんな揃ったから日程表を配れ」
 N山がポケットを探った。
 「落としたんじゃないのか?」とO竹。 
 「一通くらいならともかく、あんなにたくさん落とせば気づくよ」
 「・・・無かったら、まずいですか?」
 「まあ、俺の作った注意書きの方が詳しいから困りはしないが、だがそう言うものではないぞ」
 「探してきます」二人が走った。
 ・・・・・
 団体カウンターに旅行社のプレートが掛かった。
 「航空券を受け取って来るからな」そう言ってカウンターに向かった。
 「・・・沖縄の・・・」
 「十九名様ですか? ちょっとお待ちください。はい。これ」N山に預けた日程表の束だった。
 「これ、どこにありました」
 「落ちていたそうです。先ほど届きました」
 「ありがとうございます。・・・あの莫迦が!」

 「航空券を配るぞ。窓際が欲しい者?」
 数人が挙手。
 「千円高いけれどいいか?」手が下げられた。
 「他に希望があれば・・・?」
 「喫煙席にしてください」と架純。
 「全部喫煙席だ」※この時代は喫煙OKだった。
 「ではどこでもいいです」
 チケットをシャッフル。裏返しにして扇型に開く。
 「さあ、どれでも一枚引け。隣が気に入らなかったら乗らなくてもいいぞ」
 ・・・・・
 「チケットを受けっとたら荷物をそこのカウンターに預ける。半券を受けとったら無くすなよ。
  機内持ち込みの手荷物チェックが終わったら八十六番ゲートに再集合。
  俺はオープンチェックで時間がかかるから先に行く」殆ど添乗員だ。
  (私の重量級のバッグは団体の総重量内なので問題なくOK)
 ゲートに辿り着いた。丸ポチャ・架純の二人は既に到着していた。
 燥ぎ声。女子高生の一団がぞろぞろ。修学旅行か。嫌な予感。
 
 定刻をやや遅れて離陸。
 ※後に知ったのだが、飛行機の出発時刻は離陸した時間ではなく車輪のストッパーを外した時だそうだ。
  もしかしたら定刻通りだったのかもしれない。
 
 想像していた通り女子高生達が非常に喧しい。引率の教師は何も言わない。
 眠れそうにない。
 ・・・・・・

 ※ 往路は撮影していないので、賑やかしに慶良間の水中をフライング掲載


 高度が下がって来た。機窓から沖縄北部が視えた。
 それから暫くして機は大きく右旋回を始めた。間もなく着陸だ。
 後ろの席は引率の教師らしい。訛りのある声が聞こえた。
 「さっき見えたのが沖縄かと思ったがこんなに時間が掛かるんでは違うな。・・・あれは宮古島だったんだな」
 『大丈夫か?このセンセイ。宮古島は本島よりも更に南だ』 
 「おい、O竹」前の席に声を掛けた。
 「なんですか?」
 「着陸したら全員で機長に拍手だ。それが礼儀だ。分かったか」
 「はい」
 無事着陸。しかし誰からの拍手も無かった。

 つ づ く

  ※掲載順位がランダムなのでダイビング記事の目次を作りました。
   年代順となってます。

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