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四本目 黒島
慶良間諸島の北東の端。ぽつんと離れて小さな島があった。黒島である。
慶良間最後のポイントはこの島の北側に決まった。
エントリー。アンカー位置から少々離れるといきなりのドロップオフだ。
シマの話によれば四十メートルほど落ち込んでいるらしい。
が、暗くて底はよく視えない。潮の流れはかなり速い。脚力の弱い者には少々辛いポイントであろう。
パーティはこの先にあるはずの小さい瀬に向かってフィンキック。
いつもなら最後尾についてゆっくり進むのだが潮がキツイ。ピッチを上げた。
それにしてもネクサスが重い。・・・漸く全員が渡りきった。
『センセイ』登場。『休息』垂直な壁に掴まって呼吸を整えた。
『カメラ重くないですか?』
「大丈夫だ」と言うようにOKサイン。
瀬を時計回りに迂回。反対側に向かった。
クマササハナムロが群れをなしている。この魚は沖縄ではグルクンと呼ばれている。食用である。唐揚げにすると美味い。
※これ以外にも数種の魚がグルクンと呼ばれている。唐揚げになって皿の上に乗っているのは別のタカサゴの可能性が大である。
更に移動。東シナ海の潮がパーティを洗って行く。
ハウジングで片手を塞がれての匍匐前進は辛いものがある。うっかりするとそのまま潮にも持って行かれそうになる。
すぐ隣を架純が這っている。潮に押されて私に擦り寄るように近づいてきた。脇腹が触れ合った。腕を廻せば抱きしめられるほどだ。
タンクを背負っているので物理的には無理であるが。
本人は全く気付いていない。ハウジングを持ち替えた。一メートルほど浮上。流れに逆らい架純の背を越えて反対側に。
私の身体が潮流をブロックして、架純は多少ではあるが移動が楽になったはずである。
イトウは余裕が無い。やっとの思いで進んでいる。深度を一定に保つことができないようだ。
午前の野崎でもそうであったが突然ぶつかって来る。やんわりと回避することがしばしばあった。
T 村は流石に体育系だった。黙って視ていても心配は無さそうだ。
丸ポチャは?・・・周囲を視廻した。私より二メートルほど下を進んでいる。
進行速度が以上に遅い。『大丈夫か?』(後に本人が言うには細かな物をウォッチングしていたそうだが)
進行速度を合わせた。突然浮上してきた。タンクのバルブ部分を掴み誘導するように回避。
シマが彼方の魚の群れを指さした。イソマグロだ。
だが距離を考えるとフラッシュ光はとうてい届かない。無理にシャッターを切っても紺色の世界におぼろげなシルエットが浮かぶだけだろう。
ほぼ瀬を一周。『休息』
移動が主でフィルムは殆ど消費していない。被写体を探した。
オーバーハングにハナミノカサゴが一匹。
※英名はライオンフィッシュ。獅子の猛々しさは持ち合わせていないがその代わりに優雅さを纏っている。
壁を一つ越えパーティに合流。
昼食の残りで餌付けをしていた。小魚が群っていた。
架純が枝珊瑚に何かを被せている。近寄ってみると稲荷寿司の油揚げ。紅生姜の跡がくっきりと着いていた。
シマが腕を伸ばして新工法苦を示した。一団となってドロップオフを越える。
かけ上がりリュウキュウハタンポを眺め艇の下へ。水深は五メートルほどだ。
フリータイム。エアがなくなった順にエキジットすればよい。
大物はいないが種類は豊富だ。できればまだ撮影していないものを・・・。
枝珊瑚の上にちょこんと乗っている魚が目に入った。
愛嬌たっぷりのメガネゴンベだ。 ※スズキ目ゴンベ科、種は撒かない。
名前の通り眼球の周囲に縁取りがある。カメラを近づけると一メートルほど逃げる。
再び枝珊瑚の上でこちらを視ている。
外海だけあって波はやはりきつい。揺れが激しい。T 村が気になった。残圧チェック。二十ほどだ。
野崎でもそうだったが私よりも消費量は激しい。親指を上げて浮上のサイン。
T 村を見送って残りのフィルム消化に専念することにした。
丸ポチャと架純が寄り添って珊瑚の隙間を覗き込んでいる。
伊豆をホームゲレンデにしているとどうしても細かいものを視る癖がつくらしい。
慶良間まで来てもそうなるのか。
架純が顔を上げた。二人を視ていると周囲に気を配るの率は架純の方がはるかに多い。
年齢がそうさせるのか、それとも人種の違いか。
ネクサスを向けた。二人に「寄れ」と合図。
架純はレギを外してその気になっている。だが丸ポチャはいっこうに顔を上げない。
「隣を突け」と合図。漸く顔を上げた。閃光。
架純が手招きをした。「?」
顔を上に向け、指で輪を作り口元に持って行った。
ここで「バブルリングを作れ」と言うのか?。流れがきつすぎるが。
・・・挑戦してみた。・・・やはり上手くできない。
フィルム残量無し。残圧三十。エキジット。
艇が動き出した。胃がムカついている。船酔い?。
・・・波に揺られ続けたからそれが原因だろう。
こんな場合は我慢は禁物である。スターンデッキから艇の外へ二度嘔吐。すっきりした。
うがいをして煙草を咥えた。風が心地よい。
シマがフライブリッジから声を掛けた。ステップを昇った。暫くしてT村がキャビンから出てきた。
「T 村ぁー!」シマが叫んだ。T 村も上がって来た。
右手に砂州が視えてきた。
「往路とコース取りが違うのかい?」やはり自分が操船をしているとそんなことが気になる。
「風が変わりましたからね。南風の時はこちら側を走りますね」とシマ。
「T 村、明日はあそこだ。凪ていればな」と私はチービシを指さした。
・・・・・・
艇速が落ちてきた。泊港が眼の前だった。
「ちょっと失礼」艇長だった。港内は視界の良いフライブリッジで操船するのだ。
デッキに降りた。スターンを覗いた。スイミングステップに吐瀉物が少々付着していた。
波で洗い流されてしまうかと想ったがプレー人ぐ状態の艇は安定していてスプレーが回り込むことも無かった。
このまま放置しておくのはヨットマンとしては恥ずかしい事である。
バケツにシャワーの水を満たして洗い流した。
「いい心がけじゃない」ステップを降りて来たシマが笑ながら言った。
「うちの艇は自分でするのがルールだからね。まして他人の船なら猶更だよ」
ダイビングサービスに到着。
講習組はまだ帰っていなかった。T 村の顔に疲労が浮かんでいた。ソファに蹲る様に座りこんでいた。
イトウと女二人が何やら話している。
黙って聴いていると、いっぱしの口をきいている。
が、あの潜行姿勢と水中移動を視た限りではビギナーであろう。
そうでなければ『才能無し』のどちらかだ。
何しろ初ファンダイブのT 村が上級者に視えるくらいだったから。
「一人で参加しているとつまらないでしょう。夕べは夕食を一緒にどうかと誘おうと思ったんですよ。でも車から降りるとさっさと行っちゃうし」
「イエイエ。夜は忙しいでしょうから」淫靡な笑いを浮かべた。
確かに昼は講習の十五名とは別行動だ。見ようによってはツーカップルと想えなくもない。しかし・・・。
「機会があったらまたどこで一緒に潜りましょう」と社交辞令。
が、できれば同じパーティにはいて欲しくない奴だった。
つ づ く
※掲載順位がランダムなのでダイビング記事の目次を作りました。
年代順となってます。
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