ご訪問ありがとうございます→←ポチっと押してください
歌そのものの背景について考えてみます。
そもそも、何故ゆうちゃんは事故を起こしてしまったのでしょうか。
歌では、配達帰りの雨の夜、疲れていたために人影への反応が遅れて、被害者を轢いてしまったことになっています。
では何故、ゆうちゃんは疲れていたのでしょうか。また、夜にもかかわらず、配達の仕事を続けていたのでしょうか。
勿論、前日の夜遊びが過ぎて疲れていたとか、昼間にサボってて夜になってしまったとかいうのなら論外ですが、おそらくそうではなく、毎日、夜にまで食い込むほど仕事が忙しく、ゆうちゃんには連日の疲労が蓄積していたに違いありません。
そうであれば、ゆうちゃんの会社は、一体、どういう運行管理をしていたのでしょうか。
従業員が過労運転をしていると知りながら、さらに過労運転を強いるような業務命令を下し続けた会社の責任は、どう問われたのでしょうか。
事故を起こしたのは確かにゆうちゃんの過失ですが、その過失を誘発ないし原因を作った会社の責任こそ、厳しく追及されて然るべきで、一個人に全ての責任を負わせていい問題ではありません。
ゆうちゃんでなくとも、ゆうちゃんと同じ状況に置かれた普通の人間なら、誰でもゆうちゃんになってしまう可能性があります。いや、必然性があります、と言ったほうが適切でしょう。
そして事故後、ゆうちゃんは被害者の奥さんに賠償金の仕送りを続けています。
しかし、従業員が仕事中に起こした事故であれば、遺族は会社に対して損害賠償を請求できますし、自動車には強制・任意の保険がかかっているのが普通で、賠償金の大部分は保険で賄えるはずです。
それともゆうちゃんの会社は、社用車に保険もかけないようなところだったのでしょうか。
事務的な言い方ですが、保険や会社としての賠償で、賠償問題はおおむね解決されるはずで、ゆうちゃんの気持ちは気持ちとして、ゆうちゃん個人が「薄い給料袋の封も切らずに」毎月仕送りを続けなければならないはずはありません。
断言しますが、ゆうちゃんは、会社から無理を強いられ、事故の、全ての責任まで負わされた被害者です。
何故そんなことにされてしまったかといえば、そうなることで、最も都合の良い誰か(一人とは限りません)がいるからで、その誰かさんにとっては、被害者の命、遺族の悲しみやその後の生活、狂ってしまったゆうちゃんの人生なんか眼中になく、それよりももっと好きで、守りたいものがあったのです。
それが誰だったか、それが何だったかは、言うまでもないでしょう。
歌そのものの背景について考えてみます。
そもそも、何故ゆうちゃんは事故を起こしてしまったのでしょうか。
歌では、配達帰りの雨の夜、疲れていたために人影への反応が遅れて、被害者を轢いてしまったことになっています。
では何故、ゆうちゃんは疲れていたのでしょうか。また、夜にもかかわらず、配達の仕事を続けていたのでしょうか。
勿論、前日の夜遊びが過ぎて疲れていたとか、昼間にサボってて夜になってしまったとかいうのなら論外ですが、おそらくそうではなく、毎日、夜にまで食い込むほど仕事が忙しく、ゆうちゃんには連日の疲労が蓄積していたに違いありません。
そうであれば、ゆうちゃんの会社は、一体、どういう運行管理をしていたのでしょうか。
従業員が過労運転をしていると知りながら、さらに過労運転を強いるような業務命令を下し続けた会社の責任は、どう問われたのでしょうか。
事故を起こしたのは確かにゆうちゃんの過失ですが、その過失を誘発ないし原因を作った会社の責任こそ、厳しく追及されて然るべきで、一個人に全ての責任を負わせていい問題ではありません。
ゆうちゃんでなくとも、ゆうちゃんと同じ状況に置かれた普通の人間なら、誰でもゆうちゃんになってしまう可能性があります。いや、必然性があります、と言ったほうが適切でしょう。
そして事故後、ゆうちゃんは被害者の奥さんに賠償金の仕送りを続けています。
しかし、従業員が仕事中に起こした事故であれば、遺族は会社に対して損害賠償を請求できますし、自動車には強制・任意の保険がかかっているのが普通で、賠償金の大部分は保険で賄えるはずです。
それともゆうちゃんの会社は、社用車に保険もかけないようなところだったのでしょうか。
事務的な言い方ですが、保険や会社としての賠償で、賠償問題はおおむね解決されるはずで、ゆうちゃんの気持ちは気持ちとして、ゆうちゃん個人が「薄い給料袋の封も切らずに」毎月仕送りを続けなければならないはずはありません。
断言しますが、ゆうちゃんは、会社から無理を強いられ、事故の、全ての責任まで負わされた被害者です。
何故そんなことにされてしまったかといえば、そうなることで、最も都合の良い誰か(一人とは限りません)がいるからで、その誰かさんにとっては、被害者の命、遺族の悲しみやその後の生活、狂ってしまったゆうちゃんの人生なんか眼中になく、それよりももっと好きで、守りたいものがあったのです。
それが誰だったか、それが何だったかは、言うまでもないでしょう。