◆「ますます愛されない」首相の「驚くべき優柔不断」と米紙(gooニュース・JAPANなニュース) - goo ニュース
今回はこのコラムのある部分のみ感想を述べたい。
(引用)
けれども同紙いわく、結局は日米共同発表の中に、「沖縄を含む日本における米軍の堅固な前方のプレゼンスが、日本を防衛し、地域の安定を維持するために必要な抑止力と能力を提供することを認識」という文言が含まれたことを、米政府関係者はとりわけ歓迎しているのだそうです。「沖縄に米軍がそんなにいる必要があるのかと疑っていた鳩山氏や民主党関係者のそれまで発言を」覆すものだったからだと。
○ もう少し戦略の話を
そこで、社民党です。「普天間問題は社民党にとってメガトン級の政策」(辻元清美氏)だから、普天間問題で連立を離脱するというのは、確かに筋は通っているでしょう。亀井静香氏の言うようにそれが社民党にとっての「美学」なのかもしれません。ただ、「美学」だけで国は統治できるのでしょうか? 亀井静香氏の発言に自分が同意する日が来ようとは、若い頃は夢にも思っていませんでしたが。
確かに日本の世論は「筋を通す」ことをすごく重視しがちで、それが悪いこととは私も思いません。そこにはもしかしたら、日本人の伝統的な美意識が関係しているのかもしれません。しかし、筋を通すだけで国が治められるのか。国が守れるのか。筋を通しながらも、現実をきちんと見据えて戦略的に国と国民を守るということ、理想と現実の両立という困難な作業を担うことこそが、政治の役割でないのか。
前にも書いたように、日本と東アジアの安全をどうやって守るべきなのかという戦略議論が、日本ではあまりに不十分なのではないかと私は思っています。もっと言えば、自分も含めた多くの日本人が、あまりに戦略マインドを欠いているのではないかと。自分たちの状況を戦略的に考えるという訓練を、あまりにされていないのではないかと。なぜここを私が強調するかというと、軍事大国になるつもりのない(だろう)日本がアメリカに依存せずに国の安全を守るためには、超一級の情報収集と戦略分析能力が必要なのではないかと思っているからです。政府にもメディアにも国民にも。
社民党がどういう安全保障政策を掲げているのか、改めて読んでみました。
軍事力ではなく対話重視、いわゆる「ソフト・パワー」重視の安全保障を掲げるこれを読みながら私がしきりに思い出していたのは、オバマ米大統領がノーベル平和賞を受賞した際の演説でした。国を守り世界の平和を守るということを、抽象理念ではなく現実問題として考えざるを得ない人の言葉だったと、改めて思います。
(引用終わり)
日本が情報に弱いのはたしかにそのとおりであるし、国家戦略たる理念も持ち得ないことについても日本の歴史を振り返ればわかること。その意見は自分も同じですし、以前からこの日記でも述べていたことですので支持もできます。
しかし…もっともらしいことを述べているようだが、その根幹たる"中身"が語られていないのはいただけない!
曰く「軍事大国になるつもりのない(だろう)日本がアメリカに依存せずに国の安全を守るためには、超一級の情報収集と戦略分析能力が必要」。
それを阻害するは一体何ですか?"日本国務憲法であり、憲法9条"ではないのか?
そんなことも語らなくて、よくも"超一級の情報収集"を述べられるものだ。自身からして情報を制御しているのだから話にならない。その前のコラムの末文を見ても実にいい加減に思う。いつに「絶対善のテーマ」を国民が望んだのか!貴方が勝手にそう思っているだけだろうに。
(引用)
沖縄に、米軍基地があるのか。東アジア安全保障の枠組みの中で、日本や沖縄はどういう役割を果たしているのか。もっと言えば、日本が実現すべき抑止力とは何か。沖縄の負担と苦しみを軽減すべしという絶対善のテーマと切っても切り離せないこの戦略議論を、私たち日本人は十分に尽くしてきたでしょうか?
それを十分にせず、むやみに「どこがいいか」と移設先探しの議論ばかりが先行 した(と私は思っている)普天間移設問題。レディー氏の主張には必ずしも全て賛成するわけではありませんが、東アジアを戦略的にとらえているアメリカ国防関係者の冷静な視線として、参考になると思います。愚行と呼ばれようが。
(引用終わり)
日本のことを想うならば。日本がアメリカに依存せずに国の安全を守るためには、超一級の情報収集と戦略分析能力が必要と本当に思っているならば、素直に"電通"について触れていただきたいものだ。大風呂敷を広げるならば、せめて「電通は日本最大の広告代理店でマスコミは電通に逆らえません」と述べてくれないと自分は納得はできない。