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著書『芸術家たちの生涯』
『ビッグショッツ』
『ねむりの町』ほか

5月22日・コナン・ドイルの偏向

2015-05-22 | 文学
5月22日は、大作曲家ワーグナーが生まれた日(1813年)だが、作家コナン・ドイルの誕生日でもある。「名探偵シャーロック・ホームズ」の生みの親である。

アーサー・コナン・ドイルは、1859年、英国スコットランドのエディンバラで生まれた。両親はアイルランド系で、カトリックだった。父親はアルコール中毒で、変わり者だったが、母親は教養豊かな女性で、幼いアーサーによく物語を語って聞かせた。
親戚に学費を援助してもらい、アーサーは医学の道へ進んだ。
22歳のときエディンバラ大学卒業。捕鯨船の船医をへて、23歳のとき、ポーツマスで眼科の医院を開業した。しかし、患者が来ず、ドイルはひまを持て余し小説を書きはじめた。
小説を書いては、出版社に送り、ボツにされる、その繰り返しが続いたが、そのうちに一編の探偵小説が出版社に売れ、雑誌に掲載され、好評を博した。それが名探偵シャーロック・ホームズを主人公とする第一作『緋色の研究』で、ドイルが27歳のときだった。
ドイルは、もともと歴史、SF小説志向で、推理作家は本意ではなかったが、ホームズものが爆発的人気を博したため、医者をやめて作家業に専念することにした。そうして、長編4作、短編56作のホームズものを書き、ホームズもののほかに『勇将ジェラールの冒険』『失われた世界』などを書いた。
1902年、43歳のとき、ドイルはナイトの勲章を授与された。ただし、叙勲は当時英国が南アフリカで起こした侵略戦争「第二次ボーア戦争」を擁護する小冊子をドイルが書き、南アフリカで医師として勤労奉仕した貢献に対してのものだった。
ドイルは晩年は、妖精の研究に没頭した。捏造した妖精の写真をほんものとして発表して物議をかもした。1930年7月、ドイルはイーストサセックス州の自宅の玄関で、胸をつかんで亡くなっているところを発見された。死因は心臓発作とみられる。71歳だった。

ホームズ・シリーズの成功は、もちろん犯罪トリックや推理やストーリー展開もあるけれど、名探偵シャーロック・ホームズという魅力的な人物の造形による部分が大きい。
ホームズという人は、かなりの変人で、いつも暗い部屋に閉じこもって、たばこやアヘンを吸っていて、女性にまったく興味がなく、博識だけれど、その教養は、植物、毒薬、化学などに偏っていて、文学、哲学、政治などにはまったく無知である。
現代ならば、これはゲイのオタク物語だ、ヤオイ系探偵小説だ、などと分類されるだろうけれど、ガス灯の時代の霧の都ロンドンを背景にすると、その変人ぶりがまたちょうどいい具合に名探偵のアクセントになった。ホームズ以後、クリスティの「ポアロ」から、現代の東野圭吾の「探偵ガリレオ」にいたるまで、世界の推理小説に登場する名探偵は、かならず偏向した性格づけをされる約束になったけれど、これはドイルの発明である。

自分は、ホームズ派でなく、ルパン派だけれど、『バスカヴィル家の犬』『赤毛連盟の謎』『踊る人形の秘密』は惚れ惚れする傑作だと感服した。拙著『名作英語の名文句2』で取り上げた『ボヘミア王のスキャンダル』(短編集『シャーロック・ホームズの冒険』中の一編)は、魅力的な女性が登場する、ホームズ・シリーズ中では異色の作品で、自分がもっとも好きなホームズものである。
(2015年5月22日)



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