1日1話・話題の燃料

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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

8月1日・宮本常一の視座

2017-08-01 | 科学
8月1日は、ファッションデザイナー、イヴ・サン=ローラン(1936年)が生まれた日だが、民俗学者の宮本常一の誕生日でもある。

宮本常一は、1907年、瀬戸内海に浮かぶ、山口県の周防(すおう)大島で生まれた。父親はオーストラリアのフィジーへ渡り、風土病にかかって逃げ帰ってきて、レンガ工場に勤めた後、郷里にもどり農業につき、養蚕や柑橘類の栽培をはじめた人物だった。
貧しい環境で育った常一は、親が元気なうちに他人の釜の飯を食ってくるように言われ、
16歳の年に、大阪に出て、逓信講習所に入った。翌年卒業して、そのまま大阪の郵便局に勤めだした。その後、師範学校へて、大阪の小学校の教師になった。
23歳のころ、結核にかかり、帰郷。療養しながら万葉集や近松、長塚節を読んだ。
子どものころから、自分の住む土地を徹底的に歩きまわり、土地の様子や人々の暮らしを観察することに、強い関心をもっていた宮本は、そのころから、民俗学の雑誌に、郷里の民俗についての論文を投稿しだした。それから民俗学への興味に拍車がかかり、つねにあちこち歩きまわり、人に話を聞き、ノートをとるようになり、これは生涯続いた。
28歳のころ宮本は、民俗学者の柳田國男と知り合い、また大蔵大臣を務めた渋沢敬三と知り合って、民俗学の全国組織「民間伝承の会」を作り、機関紙を発行しだした。
その後、渋沢敬三の家の居候となったり、郷里へもどって農業をしたり、学校教師をしたり、農林省や文化庁など中央政府、あるいは大阪府や奈良県など地方行政府の嘱託を受けて、さまざまな役職についたりしながら、生涯を民俗学研究の旅に費やした。
著書に『忘れられた日本人』『家郷の訓』『民俗学の旅』『日本文化の形成』『ふるさとの生活』『庶民の発見』などがある。
1981年1月、胃ガンにより東京で没した。73歳だった。

宮本常一の著作はどれもおもしろいけれど、いちばん印象強かったのは『忘れられた日本人』である。この本の、愛知県の名倉村の記録に、こんなやりとりがある。
「小笠原 (中略)わたしは嫁にもらわれた。家やしきだけで、何一つ財産もない、それでもしうとめも小じうとめも居らんから気らくだろうと親も人も言うので、わたしもその気になったが、それから六十年一しょにおりました。無口で、一日中ろくにものも言わずに暮しました。ただ人の二倍も仕事をするのがとりえで……。
金田金 よう働いた人じゃ。わしもたいがいの人にはまけんが、あんたのおやじには一目おいた。からだの小さいくせに、仕事のはやい人であった。
小笠原 わたしら貧乏だったし、それがあたりまえと思っていたから、別に不幸もなかったが、いま思うと、よう辛抱したもんであります。」(「名倉談義」『忘れられた日本人』岩波文庫)

宮本常一のすばらしいところは、庶民の目線からものを見、考える態度である。
「一つの時代にあっても、地域によっていろいろの差があり、それをまた先進と後進という形で簡単に割り切ってはいけないのではなかろうか。またわれわれは、ともすると前代の世界や自分たちより下層の社会に生きる人々を卑小に見たがる傾向がつよい。それで一種の悲痛感を持ちたがるものだが、御本人たちの立場や考え方に立って見ることも必要ではないかと思う。」(「あとがき」同前)

宮本常一を読み、人生に対する考え方が変わり、生き方も変わった。
(2017年8月1日)



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『誇りに思う日本人たち』(ぱぴろう)
誇るべき日本人三〇人をとり上げ、その劇的な生きざまを紹介する人物伝集。宮本常一、松前重義、緒方貞子、平塚らいてう、是川銀蔵、住井すゑ、升田幸三、水木しげる、北原怜子、田原総一朗、小澤征爾、鎌田慧、島岡強などなど、戦前から現代までに活躍した、あるいは活躍中の日本人の人生、パーソナリティを見つめ、日本人の美点に迫る。すごい日本人たちがいた。


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