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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

8月2日・中上健次の日本語

2022-08-02 | 文学
8月2日は、弁護士、中坊公平が生まれた日(1929年)だが、作家の中上健次の誕生日でもある。

中上健次は、1946年に和歌山の新宮で生まれた。彼は被差別部落のなか、血のつながり方が異なるきょうだいがあちこちにいるという複雑な環境で育った。
母親に土地に伝わる昔話を聞いて育った中上少年は、サド、セリーヌ、ジュネを愛読する文学青年となり、高校時代から小説を書いていた。
19歳のとき、大学予備校入学のため上京。同人誌に参加し、そこで知り合った文学仲間の女性と結婚。羽田空港で荷物の積みおろしなどの肉体労働をしながら小説を書きつづけ、『十九歳の地図』などで注目され、30歳の年に『岬』で芥川賞を受賞。初の戦後生まれの芥川賞作家の誕生だった。
以後、故郷の紀州を舞台にした小説群を発表した後、1992年8月、腎臓がんのため、和歌山県内の入院先で没した。46歳だった。
作品に『邪淫』『枯木灘』『鳳仙花』『千年の愉楽』『地の果て 至上の時』『重力の都』などがある。

どの作品だったか、いつか中上健次の作品が谷崎潤一郎賞の候補にのぼったとき、審査員の作家のひとりが、中上の小説中の一節の揚げ足をとって、
「完璧な文章で知られた谷崎の名の賞を、こんな文章を書く作家にやるわけにはいかない」
という意味のことを言っていた。結局、中上は受賞できなかった。
ひどい理屈である。その審査員は、自分の文章は完璧だと思ってるのか? 谷崎の文章は完璧だと思っているのか? 過去の谷崎賞作品の文章は完璧なのか? そもそも完璧な文章が、完璧な日本語が、この世に存在していると思っているのか?
中上健次は、文壇の先輩たちにはうとまれがちで、落とすためのへ理屈をこねられ、生前は文学賞から縁遠かった。谷崎賞作家の多くは、没すると忘れ去られる人が多いが、中上は没後にかえって評価が高まってきた「ほんもの」である。

『岬』をはじめとして、中上健次の文章は、概して一文一文が短い。だから、一つひとつの表現が強い。だから、長く読み進むのには体力がいる。
「文学のゴッホ」という感じがする。ゴッホは強い原色の点描画の人で、絵の具を分厚くキャンバスの上にたたきつけたが、中上健次の日本語もそれに似ている。
中上健次は強烈な個性のもち主で、その作品が彼にしか出せない、ある独特の強さをもっていた。
(2022年8月2日)



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