1日1話・話題の燃料

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著書『芸術家たちの生涯』
『ほんとうのこと』
『ねむりの町』ほか

8月18日・伊藤左千夫の野菊

2018-08-18 | 文学
8月18日は、仏国の映画監督、マルセル・カルネが生まれた日(1906年)だが、小説家、伊藤左千夫の誕生日でもある。小説『野菊の墓』を書いた人である。

伊藤左千夫(元治元年)は現在の千葉、山武で生まれた。本名は伊藤幸次郎。家は農家だったが、父親は漢学と和歌に通じた教養人で、母親は武家の流れをひく女性だった。
日本、中国の書をよく読んだ幸次郎は、18歳のとき「富国強兵に関する建白書」を書いて、元老院に提出。不平等条約に怒り、西欧の列強に対して対等に渡り合える日本を建設するべく、富国強兵の策を論じた熱い論文だった。
政治家を志した幸次郎は、東京に出て法律学校に入学したが、目を悪くして帰郷。20歳のころは失意の日々をすごしていた。
22歳のとき、家出し、ふたたび上京。今回は実業家を目指しての上京で、彼は牧場に勤めだした。重労働の末、26歳で独立し、牛乳搾乳事業をはじめ、これが軌道に乗った。
30歳のころから、茶の湯や、和歌を学びだし、35歳のころから正岡子規に師事し、写生を重んじた短歌を作った。
36歳のころから「左千夫」と号し、40歳のとき、短歌雑誌「馬酔木(あしび)」を創刊。
43歳で処女小説『野菊の墓』を発表。
45歳のとき、「馬酔木」やめ、新短歌雑誌「阿羅々木(アララギ)」を創刊。
1913年7月、脳出血のため没した。48歳だった。
小説作品に『隣の嫁』『春の潮』などがある。

伊藤左千夫の小説『野菊の墓』は夏目漱石も褒めた傑作である。松田聖子主演の映画など、テレビや映画で観た方も多いかもしれない。

『野菊の墓』とよく比較された小説に片山恭一の『世界の中心で愛を叫ぶ』があるけれど、以前、二つの作品をたてつづけに読んで、読み比べたことがある。
どちらも恋愛小説で、女のほうが病気で死ぬ病気ものだという点は共通しているけれども、それ以外の部分はまったくといっていいほどちがう話である。
時代的、因習的な制約のあるなしのほか、両作品でいちばん異なるのは、主人公の男の人物造形である。
『野菊の墓』のほうの主人公の男は、自己犠牲の精神をもっていて、背筋がぴんとしていて、男らしい。
一方の『世界の中心~』のほうの主人公の男は、欲望だけがある男で、ひたすら女々しい。でも、この本の帯には有名女優の「こんな恋がしてみたいです」という宣伝文句がついて売れに売れ、それまでトップだった村上春樹の『ノルウェイの森(上巻)』をぬいて、日本史上最大の発行部数を記録したのである。320万部も売れたらしい。
作品としても『野菊の墓』のほうが断然立派なのだけれど、現代日本人は女々しいのが好きなのだろう。こう書くと、カチンとくる人も多いかもしれない。
伊藤左千夫の歌にこういうのがある。

「秋草のいづれはあれど露霜に痩せし野菊の花をあはれむ」

(2018年8月18日)


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