日光東照宮には猫の彫り物があるので、この頃には猫は居たのだろうが、この猫は奈良時代には居なかったはずである。それは鼠返しなんぞという物を使っているからだ。
欧米の、いやエジプトにも、この手の仕組みは見ていない。何故なら5000年前のシュメールの太陽活動、極大期には猫は家畜化されており、鼠の害から守っていてくれたのだ。
我々は猫を見て、昔から居ると思っている様だが、実は違う。昔から犬と狼は居た。かわうそもいたのだ。狼とかわうそは全滅したが…。
多分猫は室町時代前後にやってきただろうと思われる。居たとしても、多分博多か神戸(福原)の近傍ぐらいだろう。
実は、この頃猫よりも、農作物の渡来種が入ってきてる。実は小麦は奈良時代に、入っていた。それは大仏法要のお品書きに大徳寺納豆みたいなものと並んで「素麺」があったのである。
だが、笑ってしまうのは、素麺が奈良時代に来ていたのに、それが「うどん」になるのには時間がかかっている。ちょっと太くするぐらい、やればいいだろうと。伸ばす手順をサボればいいだろう!と言うのがダメだったんだなぁ~と思うと、結構、ちょっとした変更でいろいろと変わるのは残って居ると思っている。
さて長崎では長崎猫という「地域種」が存在している。それは尻尾の先が微妙に曲がっているのである。昔コミックモーニングに「右曲りのダンディー」と言うのがあったが、長崎では猫の尻尾が曲がっているのだ。これが短い尻尾も長い尻尾も先端が曲がっているのである。
岩合光昭氏の話では「オスは流浪するからね…」と言う所を見ると、江戸時代から400年前後かかって、まだ地域種と言うのは、やっぱり上陸後の交配が進まない結果だろうと思う。
そんな猫が、長崎には居るので、それを見るのも一興かと「宮崎あおい」さんに御助言申し上げます。
また「宮崎あおい」さんにビッグな情報!長崎市花園町の蕎麦新おかみさんは「宮崎あおい」さんの大ファンです。ついでに、そこの手打ち蕎麦は絶品です。ですが、増税後も値段を上げないと言うカツ丼や、そうそう、夏場では「冷やし五目蕎麦」がお勧めです。
いや、なに「嵐にしやがれ」に出ていたもので。
ちなみに「蕎麦新」には駐車場がありませんので、公共交通機関を使ってお寄り下さい。因みに「福山雅治」は、ここの味を知りません。稲佐の出身なのに…。
それとお帰りの時には「カステラ」もいいですが「固くてでかい」方のカンコロ餅が良いと思います。柔らかいカンコロ餅は、後で温めて食う楽しみがありません。
ちなみに「福山雅治」がカンコロ餅を宣伝した話を聞いた事が無い。
って事でとりとめのない話をしてしまいました。