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もんく [とある南端港街の住人になった人]

スペインかポルトガルの港町に住みたい
日本→インドネシア→台湾→マレーシア→日本
since Oct. 2004

才能あるじゃん

2009-11-26 22:47:09 | まさか、マレーシア!
今日、技術者の女性(たぶん若い、インド系)とある技術的なことについて話していたら「そんな対策やっても無駄よね!」と軽く言う。

わかってるじゃん!まさかそう思っているとはちょっとも想像してなかったのでその一言にはかなりびっくりさせられてしまった。それが無駄だと分かるには座って仕事していては絶対に無理だ。実際にそれが外部に出るまでのプロセスを良く知っていて、その限界がどの部分にあるのかを細かいところまで把握していないと無駄だとはわからないはず。

その人はいつも机のところにいてパソコンとにらめっこしているのだと思っていたから技術的な事でそこまで分かっているとは想像できなかった。実際に同種の仕事をしている他の人にはそれが無駄かどうか分からなかったのだろうから、きっと才能あるんだろうなあと思う。

今まで日本人の技術系の人と一緒に仕事をする事が多かったけれども、こう言う部分についてすぐに把握できる人は最近はかなり少なかった。そっちの方のショックもかなり受けた記憶があるけれど、こう言う逆のショックは久しぶりでかなり心地良い。

(あまりにも抽象的でわからない文章でした。)



この土地

KLの周辺をスランゴールと言う。今のここは右を見ても左を見ても住宅地か工場か大きなショッピングセンターのようなものばかり。そこをたくさんの高速道路がつないでいる。建築の本にある”スプロール”が進んだ街そのもの。時々モスクの屋根が見えるけれどもそんな感じ。

どうしてこうなってしまっているのだろうと思って人に聞いてみたところ、以前1960~70年代までは錫(スズ)を掘っていたのだそうだ。そう言えばマレーシアは錫製品のお土産物が有名で、その名もズバリ、ロイヤル・スランゴールと言う。

70年代までにこのスランゴールの錫を掘りつくしてしまいその余った土地を地主が売ったために住宅開発されたとの事。錫以外にはゴムやパームのプランテーションもあったらしい。ゴムと言えばマレーシアにこんなにインド系の住民がいるのはそのゴムのプランテーションで働くために移住してきたからだと歴史の本には書いてある。

偉いことに、実際それから30~40年ほどしか経過していないのだけれど、そのゴム農園で働いていた人たちはお金をためて子供に高度な教育を施したのだろう。今、インド系の人たちは技術系や医療系の仕事を多くしている。(そう言われているし、周囲を見てももそうだ。)もちろん政策的なことや時代も後押ししたのだろうけれど、稼いだお金を人間に投資したのだなあと思うと、前記の「才能あるじゃん」のような人が存在するのも納得できる。


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