はい
勇者は目を覚ました。目を覚ました原因のけたたましくなる鈴と時計が合体したもののボタンを押した。鈴の甲高い音が止まった。勇者の仕事は今日は休みなのだ。目覚まし時計のモード切り替えを失念したのだ。勇者はポジティブシンキングで再び寝ることが出来る喜びを感じて二度寝する。五分後、鈴の音が鳴った。スヌーズの呪いが時計と鈴の合体したものにかかっている。勇者は根本的に機械おんちだった。スヌーズの呪いモードの解除の仕方が寝ぼけた頭と暗い室内では分からない。打ち倒しても何度でも立ち上がるタフな相手と対戦するボクサーの恐怖を勇者は感じた。タイムリミットは五分後。奴は再び鈴を鳴らすだろう。蒼きヘッドレスト(勇者が眠るときには欠かさない海をイメージした伝説の神具(しんぐ)を用いて覆いかぶせるか。勇者は考えた。いや、それでは解決にならない。
勇者は二案を自らに提示した。設定した目覚まし時間をずらすのはどうか。一時的にはそれもいいだろう。しかし、忘れた頃に再び自らが呪いに驚かされるのは容易に想像できる。
三案を考えた勇者だったが、マジックポイントを消費して、禁断の技を発動させた。勇者は裏蓋をこじ開けて、電池をすばやく叩き出した。これでゆっくりとバイトを休める。
fin
タツオは愛犬のシロを散歩させていた。てくてくと歩いているとターバンを巻いたじいさんが絨毯の上で座禅を組んでいた。絨毯は地面から一メートルくらいのところで浮いている。ヨガじいさんは絨毯の上からしっかりと地面に杖をついている。杖めがけてシロが走り出した。いつものマーキングの場所だ。タツオは慌ててリードを引いた。
「もし、そこの旦那さん」
ヨガじいさんが話しかけてきた。タツオは出来るだけ目を合わさないように返答した。
「なんでしょうか」
「この空飛ぶじゅうたん買わないか」
「その空飛ぶ絨毯の種は僕知ってますよ。買いませんよ」
「そうか残念じゃな。じゃあちょっとここからわしが降りるの手伝ってもらえないか。足がしびれて動けない」
タツオは困った人を見ると放ってはおけない性格だった。ヨガじいさんの手を持って絨毯から下ろした。
「助かったよありがとう。お礼にこのピクルスをやろう」
じいさんは懐から瓶に入ったピクルスを出してきた。
「いやいいですよ」
タツオは必死に断ったが、じいさんは押しつけるように手渡すと足を引きずりながら消えていった。
いったい何だったのだろう。タツオはそう思いながら、シロの散歩を再開した。しばらく歩いていると後ろから肩をつかまれた。びっくりしてその場にしゃがみこんだ。サングラスとつけひげを付けたじいさんが立っていた。
「あんた、魔法のピクルス持ってないか」
「変装したってさっきのじいさんだろ。ピクルス持ってるよ」
「ちょっと何言ってるか分からないが、魔法のピクルスを持っているのか。それはありがたい。ワシに分けてはくれないか」
「あげますよ。いや返しますよ」タツオは座ったまま瓶を手渡した。
「まさにこれじゃ。ありがたい。お礼に魔法の絨毯を貸そう」
「やっぱりあんた、さっきのヨガじいさんだろう」
「いや、何言ってるか分からないが。何でもいい、空飛ぶ絨毯をあんたに貸す。一日三千円でどうじゃ」
「いりませんから」
タツオは無視して散歩を続けた。
しばらく歩くと空とぶ絨毯にのったじいさんが遠くに見えた。タツオはスマホをとりだして、110を押した。
禁煙マラソン
カズオは舌打ちしながら喫煙所を探していた。数キロ歩かないと喫煙所自体が無い状態になっていた。二五世紀に突入した世界ではタバコは吸うものではなく、ニコチンだけを抽出したタブレット状の舌下錠として販売されていた。カズオの様に紙に巻かれたタバコに火をつけて、肺からニコチンを吸収する行為は少数中の少数になっている。
喫煙の主流がタブレットになって良くなったことは、ニコチンの量を操作しやすくなり、禁煙の成功率が飛躍的にあがったことだ。しかし、シガレットを吸っているカズオにはその恩恵は受けられない。そしてカズオは何度と無く禁煙には失敗している。カズオの悩みの一つでもあった。そんなときカズオはネットで見かけた文章に目が止まった。
「百パーセント成功させます。禁煙マラソン」
カズオは絶対的な自信を感じて申し込みボタンを押していた。
後日指定された日時と場所にカズオは出向いた。都内の公園だった。しかし普通の状態では無い。ゼッケンを付けた沢山のランナー達がウォームアップを行っている。
(まさかな)カズオはいやな予感を感じていた。ジャケット姿の場違いな格好でうろつくカズオをめがけて男が話しかけてきた。
「禁煙マラソンでエントリーされたカズオさんですね。代表の岡野です」ちょびひげの男が握手の手を差し出しながら近づいてきた。岡野の体格は鍛え上げられたアスリート、規格外の体格だった。ますますカズオにいやな予感しかしなくなった。
「もしかしてこの大会にエントリーしたのですか?」
「そうです。マラソンお好きなんでしょう」
「私の目的は禁煙であって、マラソンは言葉のあやかと思いましたが」
「いえ!」
ちょびひげの岡野はきっぱりと断定した。
「言葉のあやではありません。今から強制的にフルマラソン走ります。走っている間はもちろん禁煙百パーセントです」
岡野がスタッフに目で合図を送った。カズオをがっちりと両脇から押さえつけて、骨格だけのパワードスーツにカズオを押し込み手足を固定し始めた。
「これは」カズオは岡野に聞く。
「アシストスーツです。タバコの欲求を感じると、スーツが強制的に走り出します。あなたがタバコを吸う事をあきらめるまで走ることを止めません。我が社のクライアントの禁煙率は百パーセントです」
岡野の説明を聞き終わる前にスーツを着たカズオは叫び声だけを残して走り出していた。