とある昼下がり。801号室で中年夫婦がテレビを見ている。
「お父さん、この人知ってる?」お母さんは煎餅をかじる音と一緒に、もごもご言った。
「ああ、気になるな。誰だか分からないけれど、どの番組でも右下の小窓に映っている。でも、番組の内容と関係の無いことばかりしゃべるんだ。今だって、煎餅は一日五枚とか何とか言ってるぞ」
お父さんは読んでいた新聞を折り畳んでテレビを見た。画面の男は、真ん中分けした長髪を細いヒモで鉢巻き止めしている。やせてひどく不健康そうに見える。
「煎餅って、母さんの事言ってるのかもしれないぞ。それで何枚目だ」
「六枚目だけど。いたっ」
「どうした」
「口の中を噛んだわ。おまけに歯の詰め物が外れたみたい」
「五枚目でやめていたら良かったな…」
テレビの男が口を開く。
「お父さんは株を今すぐ売りなさい」
テレビの男に話しかけられたお父さんはびっくりしながらも思わず答える。
「売った方がいいですかね」
「ああ、売った方がいい。猶予は一週間」
「手元にまとまったお金があってもいいじゃありませんか。お父さん」
お母さんも乗り気になっていた。
そのころ、お隣の802号室では、一人暮らしのタダシがテレビを見ていた。タダシには最近気になっている事があった。テレビ画面の右下に映るどす黒い顔色の男が、タダシに話しかけるようになった事だ。酒、たばこを推奨し、不摂生を勧めてくる。
「おいタダシ」
とうとう名指しで話しかけられたタダシは室内を見回した。
「カメラなんて無いぜ。お前、金に困っているだろ」
現在、タダシは無職。家賃も滞納するほどお金に困っていた。
「俺のカンでは、近日中にお隣さんの家に金が転がり込むぞ。確実な日時は俺が教えてやるから、盗れよ」
タダシはぼんやりと男の声を聞きながら、自分の心が導かれるように固まっていく感覚を感じていた。
数日後、夫婦の間ではテレビの男をいつの間にか神と呼んでいた。タンスの角に足をぶつける事や、鴨居に頭をぶつけるなどの、日常に潜むちょっとしたアクシデントを回避する助言に、神がかった予言めいたものを感じていた。神の助言に従い、何の疑問もなく、こつこつ買い集めた株はすべて売り払った。手元に現金がやってきた。
現金化が完了した直後、株の暴落が始まった。老夫婦は手を取り合って喜んだ。
その夜。老夫婦の隣人がベランダから転落死した。遺書は無く、自殺もしくは事故として処理された。
テレビの右下に映っていた神様は本当に神だったのか。老夫婦が見ていた男とタダシが見ていた男は同じ男だ。どす黒い顔色の男が神に化けていた。この男は悪魔。同僚の悪魔に声高に自慢する。
「どうだ。悪い魂を一つ手に入れたぞ」
「タダシは悪い魂では無かったが、悪い悪魔にそそのかされた」
「俺はリアリティにこだわる悪魔だ。たしかにあの夜、現金はあった。俺は嘘はついていない。ベランダに足をかけたタダシにちょいと声をかけただけだ。突然声をかけたんでちょいとびっくりさせちまったかもしれない。タダシには悪いことしたな。俺を神様と信じて疑っていない夫婦は、今でもテレビ画面に俺が出てくるのを首を長くして待っている。あの老夫婦にも悪いことをした」
悪魔は悪びれる様子もなく、次の案件にとりかかりだした。
「お父さん、この人知ってる?」お母さんは煎餅をかじる音と一緒に、もごもご言った。
「ああ、気になるな。誰だか分からないけれど、どの番組でも右下の小窓に映っている。でも、番組の内容と関係の無いことばかりしゃべるんだ。今だって、煎餅は一日五枚とか何とか言ってるぞ」
お父さんは読んでいた新聞を折り畳んでテレビを見た。画面の男は、真ん中分けした長髪を細いヒモで鉢巻き止めしている。やせてひどく不健康そうに見える。
「煎餅って、母さんの事言ってるのかもしれないぞ。それで何枚目だ」
「六枚目だけど。いたっ」
「どうした」
「口の中を噛んだわ。おまけに歯の詰め物が外れたみたい」
「五枚目でやめていたら良かったな…」
テレビの男が口を開く。
「お父さんは株を今すぐ売りなさい」
テレビの男に話しかけられたお父さんはびっくりしながらも思わず答える。
「売った方がいいですかね」
「ああ、売った方がいい。猶予は一週間」
「手元にまとまったお金があってもいいじゃありませんか。お父さん」
お母さんも乗り気になっていた。
そのころ、お隣の802号室では、一人暮らしのタダシがテレビを見ていた。タダシには最近気になっている事があった。テレビ画面の右下に映るどす黒い顔色の男が、タダシに話しかけるようになった事だ。酒、たばこを推奨し、不摂生を勧めてくる。
「おいタダシ」
とうとう名指しで話しかけられたタダシは室内を見回した。
「カメラなんて無いぜ。お前、金に困っているだろ」
現在、タダシは無職。家賃も滞納するほどお金に困っていた。
「俺のカンでは、近日中にお隣さんの家に金が転がり込むぞ。確実な日時は俺が教えてやるから、盗れよ」
タダシはぼんやりと男の声を聞きながら、自分の心が導かれるように固まっていく感覚を感じていた。
数日後、夫婦の間ではテレビの男をいつの間にか神と呼んでいた。タンスの角に足をぶつける事や、鴨居に頭をぶつけるなどの、日常に潜むちょっとしたアクシデントを回避する助言に、神がかった予言めいたものを感じていた。神の助言に従い、何の疑問もなく、こつこつ買い集めた株はすべて売り払った。手元に現金がやってきた。
現金化が完了した直後、株の暴落が始まった。老夫婦は手を取り合って喜んだ。
その夜。老夫婦の隣人がベランダから転落死した。遺書は無く、自殺もしくは事故として処理された。
テレビの右下に映っていた神様は本当に神だったのか。老夫婦が見ていた男とタダシが見ていた男は同じ男だ。どす黒い顔色の男が神に化けていた。この男は悪魔。同僚の悪魔に声高に自慢する。
「どうだ。悪い魂を一つ手に入れたぞ」
「タダシは悪い魂では無かったが、悪い悪魔にそそのかされた」
「俺はリアリティにこだわる悪魔だ。たしかにあの夜、現金はあった。俺は嘘はついていない。ベランダに足をかけたタダシにちょいと声をかけただけだ。突然声をかけたんでちょいとびっくりさせちまったかもしれない。タダシには悪いことしたな。俺を神様と信じて疑っていない夫婦は、今でもテレビ画面に俺が出てくるのを首を長くして待っている。あの老夫婦にも悪いことをした」
悪魔は悪びれる様子もなく、次の案件にとりかかりだした。