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日常観察隊おにみみ君

「おにみみコーラ」いかがでしょう。
http://onimimicola.jimdofree.com

◎本日の想像話「依頼人」

2014年03月23日 | ◎これまでの「OM君」
特別なトレーニングは、自分に課していない。
こちらには道具とチャンスがある。

人目を避けて生きてきた。
トランク3つにぎっちり入った全財産。
それさえ手元に置いておけば、十分だ。
定期的に住処は変えている。
持ち主不明の携帯電話。
これだけが、連絡を取る方法だ。
最後に仕事をしてから、もう4年経つ。
久しぶりに携帯電話の電源を入れた。
人恋しいのか…
メールが届いていた。
「依頼有り」
その後には、TEL番号が続いていた。

その夜、俺は都会の喧噪の中にいた。
公衆電話の受話器を上げ、番号を打ち込む。
呼び出し音。
一度
二度
三度目の呼び出し音で相手が出た。
覚悟と戸惑いの回数だ。
「はい」
「Aだ。あんたの名は?」
「安藤です」
「誰からあのアドレスを聞いた」
「シドから聞きました」
(シドは長年の相棒だ。教えたのならシドから連絡があっても良さそうなものだ)
「シドとはどういう関係だ」
「半年前に仕事をしました。その縁であなたのアドレスも聞きました」
「そうか…一度電話を切る。シドに確認する」
電話を切った。
シド。
車のブローカーだ。
足の着かない車を用意してもらっている。
シドと俺は同い年。
奴は車をいじる仕事柄、ワークウエアのオーバーオールをいつも着ていた。
色は青。
(ブルーカラーはやっぱりブルーを着なくちゃあな!)
そんな事を言いながら、シケモクを灰皿から拾い出し火を付ける。
さっぱりした奴だ。
ちょい上目線で物を言う。
こちらは真っ黒な人生を歩んでいる。
あいつはグレーゾーンの住人を気取っていた。
でも完全なカタギというわけではない。
本人はいたって真っ当な人生を歩んでいるつもりらしい。

「Aよ。老後の事は考えてるのか?」
「さあな。先の事を考えているのならこんな人生は送っていない」
「まあ、そうだな。
金は持っているのか?金さえ持っててくれりゃあ、俺がお前の面倒みてやるぞ」
「考えとくよ…」
苦笑いしながらそう答えた。
最後に会ったのは、4年前。
前回の仕事の時が奴にあった最後だ。
シドの番号を押す。
「はい」
女がでた。
「シドは?」
「Aですね。シドは2ヶ月前に死にました」
俺の人生で人が死ぬのは珍しい事ではない。
そうなのだが、思いがけず思考は停止した。
「死因は?」
「刺されました。一人オフィスに残って仕事をしているところに賊が押し入りそのまま」
「そうか…残念だ。君にちょっと聞くが、安藤という男は知っているか?」
「安藤…私は直接存じかねます。シドとは懇意にしていたみたいです」
「そうか…ありがとう」

振り返ると飲み屋があった。
いつも思う。
夜の町で見る飲み屋はどうしてこんなに美しく見えるのか。
酔ってふらふらになると電飾の美しさはさらに増す。
右に左に黄色、青、赤色が尾を引いてRを描く。
とにかく今はキツイ、アルコールが飲みたい。

いらっしゃっい!
威勢のいい店の若者の歓迎を聞きながらカウンターに座る。
「銘柄は何でもいい・ウイスキーをストレート、ダブルでくれるか」
出てきた酒を一気にあおる。
のど、胃に熱い刺激を感じる。
あいつが死んだのなら、もうどうでもいいか。
もう一杯、同じ物を飲み、外に出る。
先ほどと同じ公衆電話の受話器を持ち上げる。
安藤の携帯番号を押した。
「あんたの依頼、受けるよ。
俺の流儀は知っているか。
イヤならやめろ。今から言う私書箱に依頼内容の詳細をまとめたファイルと金を送れ。1件につき300だ、わかったか」
私書箱を伝え、電話を切った。
そのまま夜の町に足を向けた。
どうでもいい気分はさらに加速した。

後日、ファイルを取りに行った。
春先、なんだか人々は浮かれていた。
食事はコンビニですべて買い込んだ。
いい一日をなんて気軽に話しかけられる。
チェックインしたホテルでファイルを開封する。
100万の束3つ。
乱暴にテーブルに放り出す。
アルコールを飲み、チーズをかじりながらファイルを読む。
「利道(りどう)純一(じゅんいち)50歳」
殺す相手だ。
スキンヘッドの恰幅のいい男の顔写真と全身写真が入っていた。
住まい:板橋区
職業:無職
(特許にかかる不労所得を多数保持しており、働く必要の無い状態)
特許申請時、アイデアを盗まれた恨みによる殺害の依頼。
行動パターン:ほとんど外出しない。
なるほど。
明日、現場を確認する算段を考える。

利道(りどう)の住むアパートの見える位置に車を止める。
今日は作業員のユニホームを着ている。
電信柱に小型定点カメラを固定する。
自動販売機のコンセントから分岐させた電源をつなぐ。
その時、ネットスーパーの車が止まった。
独り身で、ほとんど外出しないとなれば生活必需品の調達はどうしているのか。
もしかして奴の注文かもしれない。
台車に乗せ終わった配達員と同じエレベーターに乗る。
奴の住まいは2階。
先に「2」のボタンを押す。
「何階ですか?」
「同じです」
配達員はそう答えた。
エレベーターが目的階に到着した。
「開ける」ボタンを押して、配達員を先に出した。
降りた方向と逆に足を向ける。
さりげなく振り返る。
スキンヘッドの男の顔がちらりと見えた。
奴だ。

2週間後、定点カメラを回収した。
特にトラブルは無かったようだ。
ホテルに戻り、動画を解析する。
別のコンビニで「いい一日を」と声をかけられる。
その挨拶は流行っているのか…そんな事を思いながら再生ボタンを押す。
週に2回、あのネットスーパーが配達にやって来ていた。
火曜日と金曜日の夕方5時。
これを利用するか…
安藤に電話する。
ほとんど外出しないこと、ネットスーパーを利用すること。

火曜日pm3:30
それらしい格好をしつらえエレベーターに乗る。
奴の住まいは201号室。
オートロック外のインターホンを押す。
「はい」
利道(りどう)が出た。
「ネットスーパーです。配達に参りました」
「…」
(やばい、注文してなかったか)
「どうぞ」
(なんだ今の沈黙は…)
ガチャリとオートロックのドアが解錠された。
2階につく。
エレベーターから降り、ドアの前のベルをもう一度鳴らす。
ドアチェーンのはずす音と鍵を開ける音の後、ドアが開いた。
ドアの隙間から体をねじ込み、室内に侵入する。
ナイフを抜く。
利道(りどう)に突き刺すため、ナイフを真後ろに引く。
刺す。
しかし、利道(りどう)の方が速かった。
すでに金属バットは振り上げられていた。
俺の後頭部めがけて振り下ろされた。
ヒットするポイントをずらすのが精一杯。
肩口に打ち下ろされる。
痛みが走る。
二度、三度とバットが振り下ろされる。
意識が遠のく。
俺は失敗したのか…

気付くと水槽が目の前にあった。
見慣れない魚。
肺魚かな…。
うしろ手に縛られ、さらに自分の足と結ばれて、床に転がされている。
見慣れない部屋。
ここはどこだ。
裸足の足が見えた。
見上げると、スキンヘッドの利道(りどう)が見下ろしていた。
「どうして分かった」
「ん~、どうしてかな」
生返事で返される。
「ところで、お前、車で来たのか」
「いや、この服の下はトレーニングウエアだ。そのまま走って逃げるつもりだった」
「そうか…そいつはいいや。車を移動させる手間が減った」
(やばい…時間を稼がなくては…)
「どうして分かった」
「ん~、まあ、巻き込まれたあんたの不運だな」
「巻き込まれたとはどういう意味だ?」
「ん~、安藤から頼まれたんだろうあんた」
「安藤?知らないな」
「とぼけるなよ。安藤が言ったんだろう。アイデアを盗まれたって…」
「……」
「安藤は存在しないんだよ。いや存在するのか。いやしないのか。まあ、どっちでもいいや。安藤も俺だ」
「なに?」
「アルジャーノンだよ。もう一人の俺。別人格だ。
安藤はよっぽど俺を殺したかったんだな。殺し屋をやとう為にある人物に近づきやがった。それまでは別人格なんて気がつかなかったんだ。でも俺が気付いたときにはあんたの連絡先を手に入れていやがった。仕方ないから口封じにそいつは殺した」
(シドのことか…)
「俺はどうなる」
「ん~、どうしようかな。殺人の事もしゃべっちゃたしな。さくっと殺す」
(やばい)

そのとき利道(りどう)の動きが止まった。
白目をむいて立ったまま固まっている。
数秒のフリーズ。
その後の動きはすばやかった。
落ちていた俺のナイフを取り上げまっすぐ俺めがけて刃先が動く。
(やばい、死ぬ)
手首と足首のロープを切った。
「逃げてください。あとはこちらでなんとかします。お金はとっておいてください」
「あんた安藤か」
そう聞いた。
「はい、もうだいたい事情は分かっていただけたでしょう。逃げてください」
(そう、わるいね)
とは言わずその場を後にした。

ジョギングを装い走る。
後ろから爆発音。
「なんだ、なんだ」
通行人が騒ぐ。
やつらの自殺騒ぎに俺たちは巻き込まれた。
アンドゥ、リドゥ。
ふざけた名前だ。

後日、シドの事務所を訪れた。
封筒を女に渡す。
あの金、300万が入っている。
俺にはシドの敵は討てなかった。
無言でその場を後にした。