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【大阪】 未来をひらく 福澤諭吉展 (大阪市立美術館)

2009年08月29日 21時00分00秒 | 美術館・博物館・記念館・資料館

福澤諭吉の遺品、書簡、自筆原稿、門下生たちが収集した美術品などが並ぶ。
展示品の数は多く、終わりのほうは、閉館時間を気にしながら急いで見ることになってしまった。


福澤諭吉は写真好きだったらしく、沢山の肖像写真が残っている。
一万円札にも使われているこちらの写真は、明治24年(1891)頃に撮影されたもの。
福澤諭吉56歳の頃である。


早慶戦開始の挑戦状 明治36年(1903)
最初の早慶戦は、明治36年(1903)11月21日、綱町グラウンドで行われた。
結果は11対9で慶應の勝利。


20世紀を迎えた朝に揮毫した絶筆「独立自尊迎新世紀」 明治34年(1901)


おなじみ『学問のすゝめ』の原稿もある。


この乳母車は、慶応3年(1867)に渡米した際に、子どもたちのために持ち帰ったお土産。
日本で初めての乳母車といわれるそうだ。
福澤諭吉には子煩悩だったようで、そのことが伺える資料も多く展示されている。
けれど、「名前は符牒に過ぎない」と考え、名付けにはこだわりを持ってはいなかったらしい。


希少価値の高い展示品もある。
こちらのグーテンベルク印行『42行聖書』上巻(1455年頃)は、世界で48部、アジアでは唯一慶応義塾に所蔵されているのだそうだ。


野々村仁清「色絵金銀菱文茶碗」(重要文化財)江戸時代17世紀
最後の展示室には、「たしかめる共感」と題して、福澤諭吉の門下生の美術コレクションが並んでいる。
どれもこれも素晴らしい作品ばかり。
「色絵金銀菱文茶碗」の斬新なデザインに心惹かれる。


秋草文壺(国宝)平安時代(12世紀)
慶應義塾大学日吉キャンパスの東方600メートルの台地の裾から発掘されたもの。
ススキの穂が風に揺れるさまが美しい。

さて、展覧会のチラシには「大阪生まれ、適塾育ち。」うたわれているので、大阪市内の福澤諭吉ゆかりの地をいくつか。

福澤諭吉生誕地の碑
大阪市福島区堂島玉江橋北詰、朝日放送の社屋のそばに建っている。


適塾(大阪市中央区北浜3-3-8)


大阪慶應義塾跡記念碑(大阪市中央区北浜2丁目)


校章であるペンの記章の意匠

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