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二十一世紀はどんな時代になるのだろうか <64> H14.12.24

2010年08月18日 | じんたん 2002


 21世紀はどんな時代になるっていわれても…もう10年近くたちますが…どんな時代になったんでしょうか?
 それほどいい時代ってわけでもなさそうですが、いい時代にできる気もしています。ちょっと楽天的かなあ~。あんまりまわりが悲観的なものでねぇ~。


二十一世紀はどんな時代になるのだろうか

 宗教にしても、言語にしても、慣習にしても、文化というものはそれぞれに型をもっている。その文化的風土に生まれ育った人間は、その型の中で自己自身のアイデンティティを形成する。そのことによって、人は、社会の不安定性や不確実性に耐える精神的支柱をもつことができる。

 ところが、多くの文化が混在し、文化相対主義が蔓延するところでは、人々は、自分が拠り所とする文化の型や支柱を失い、自己喪失に陥り、不安な状態に投げ出される。価値の相対性を主張することは、それなりに正しいことであるが、それがあまりに行き過ぎると、人々はバックボーンを失い、信念をもてなくなる。あらゆる文化が地理的風土を離れて地球上を飛び交う二十一世紀は、文化の混在からくるアイデンティティの喪失の時代になりかねない。

 この悪しき相対主義が行き過ぎると、人は極端な価値相対主義に陥ってしまう。それは、あらゆる価値体系は相対的であって、いかなる真理も疑われてしかるべきであり、不変の善や美など何一つ存在しないと考える。これは一種のニヒリズムである。本来は、閉じた共同体の中で、切り崩されることのない価値や信念の中で生きることが望ましいが、価値相対主義は、伝統的な道徳規範をも蝕み、何が善であるかという信念をも切り崩してしまうのである。

 このような価値の無政府状態のもとでは、価値観がアトム化し、互いの間に共通性がなくなる。特に、若者は、価値の無政府状態のもとで、秩序もなければ必然性もない気ままな生活をしながら、その日暮らしをしていく。家庭でも、それぞれの世代が勝手な価値観をもって同居するだけになる。教育も、ただ様々な価値を教えるだけで、これといった信念は教えない。ここでは、個人の中でも、何もかもが等価値になり、矛盾する価値でもなんでも同居する。何事も等価値にしてしまう悪しき相対主義のもとでは、人々は情熱を失い、感動することもなくなってしまうであろう。精神は内面から崩れ、空洞化してしまうであろう。

 なるほど、価値体系が時と所によって多様で相対的であるということは、古代ギリシアの昔から認識されていたことである。しかし、ニーチェの言うように、現代の文化は、確固とした神聖な現住所をもたず、あらゆる文化によってかろうじて生命をまっとうするよう運命づけられている。なるほど、ニーチェ自身相対主義を唱え、価値の破壊を試みたのだが、しかし、同時に、彼は、確固とした価値を定立する必要も主張しているのである。

 考えてみれば、ここ二百年、文化は低落の一途を辿ってきたとも言える。印刷術や複製技術、ラジオ・テレビの発達によって、文化は、大衆の娯楽に供するための商品として、大量供給され、大衆はこれを消費してきた。文化も、大量生産と大量消費のシステムの中に組み込まれ、単なる消費物資と化してきたのである。実際、文学、思想、絵画、音楽が、どれも、大衆によって気軽に楽しまれるお手軽文化になっていった。古典的な文学や芸術も、大衆に呑み込みやすいように適当に調理され、ダイジェスト化されていった。その結果、文学や芸術も単なる流行にすぎなくなった。大衆に人気があり流行しさえすれば、すぐれた価値があるかのように判断された。この時代の文化は大衆の享楽のために供されるもので、大衆を楽しませさえすればよかったのである。ここでは、文化は大衆の目先的興味に迎合して生産されたから、低俗化は免れえなかった。

 二十一世紀も、大衆文化の普及に伴い、このような大衆文化が地球大的に拡散することになるであろう。(中略)世界中の大衆が、低俗を崇拝し、すぐれた文化を平均的なレベルに引き下げ、高貴なものを駆逐していくことになろう。文化的不毛の時代は、なお続くと言わねばならない。

 すでに十九世紀の前半、キェルケゴールは、その時代を、何ごとも平均化され引き下げられる<水平化の時代>とみた。また、ニーチェは、十九世紀後半のヨーロッパ世界を見て、物質的豊かさにのみ満足している<最後の人間>の登場を予言していた。このキェルケゴールやニーチェが感じ取ったその時代の予兆は、その後、時代を追うごとに加速度的に拡がり、今日では、地球を覆うほどの勢いになっている。確かに、現代人の精神は、興奮と刺激を求めて加速度的に没落してきたのである。文化的頽落の時代はなお続くであろう。

「不安な時代、そして文明の衰退」小林道憲著、NHKブックスより


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