三日目、駐車場へ向かうと既にカーナビがセットされていました。
夫は、全く運転する気がありません。
仕方ないので私が運転席に座ることになりました。
向かった先は、国宝 犬山城(通称 白帝城)
天守の構造は、望楼型 三重四階地下二階
室町時代(1537)に建てられ、天守は現存する日本最古の様式
木曽川のほとりの小高い山の上に建てられた「後堅固(うしろけんご)の城」
中山道と木曽街道に通じ、木曽川による交易・政治・経済の要衝として
戦国時代を通じて重要な拠点となる。
江戸時代初期にかけて城主はめまぐるしく入れ替わる。
主なる城主 織田氏、池田氏、石川氏、成瀬氏(資料参照)
桜の花が咲いたら素敵な写真となること間違いなしです。
名古屋に到着した日の晩御飯で順番待ちの若い女子二人旅の人から
犬山城が良かったと聞いていたので、帰りの日に訪問しました。
高台に建つ犬山城には、少し歩いて向かいます。
針綱神社
1000年以上犬山の地にある神社、
元は現在の天守閣付近に鎮座していたが、犬山城築城に際し遷座
三光稲荷神社
針綱神社の向かって左側にあります。
犬山城に向かった時、私たちは この稲荷神社の鳥居から向かいました。
なぜかと言いうと「犬山城へ近道」と案内看板があったからです。
針綱神社側からも登れるようでした。
鳥居には「成瀬家」とあります。
天守の見学は急な階段を登ります。
さすがの夫もここは国宝なので、省略せず上まで登りました。
廻縁がまわる四階(望楼)からの眺望
↓
西方面 見える橋は「ライン大橋」その奥に「伊木山」
北東側 右側に見える橋は、犬山橋 その先には鵜飼乗船場があるという
東側
南側
天守の外回廊からの見学は、ちょっと腰が引けてしまいました。
そして受付で、こんなセットの割引券を買ったので次は「明治村」へ
つづく
◇おまけ・・・息子のこと
息子家族は、岐阜の親戚(お嫁さんの両親が岐阜出身)を訪ねた時に
何回か ここに来ているようです。
そして、旅行で行った先々で お城廻りをしていると聞いたことがあります。
息子の一番好きな教科は歴史でした。
進路で悩んだ時、好きなことを職業にするには…と考え
考古学者を夢見たことも少しあったようです。
職になかなかありつけないかも‥なんて言ったものだから止めてしまい。
老後の楽しみに取ってあると思います。
次は、高校生のころ興味があったのが F1。
何が面白いのか夜中にテレビでレースを見ていました。
確かに現役で受験した時の、大学には工学部もありました。
その大学には合格したのですが、その道には進まなかったのです。
息子には、私からすると 工学部はちょっと向いていない進路に見えました。
ただ有名私大だったので、進学しないのはちょっと勿体無い気もしました。
担任の先生でさえ、最後まで進学するものと思っていたようです。
今でも夫は、先生と面談した時に、息子が第一志望とした大学を告げると
鼻で笑われた(合格は絶対無理と読んだ)というのですが
私はその場にいなかったのでしょう。その状況を夫の話からしか知りません。
今の職業は、本人が強く希望した道とは言え 向いていたのかどうか?
自分で選んだ道なので(どんな道でも苦労はつきもの)
あとで振り返って『よかった!』と思えるようになって欲しいです。