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日野啓三「風を讃えよ」

2007-03-09 23:39:28 | 読書
 風の強い谷間にある地方の小さな町。町はずれの山の中腹の石切り場跡は、中でも風がもっとも鋭く鳴る場所で、3年ほど前からどこからともなく現れ、住みついた男がいる。男は町の人々から風男と呼ばれ、たったひとりでストーン・ヘンジを組み上げている。
 
 風男は子どものころに見たストーン・ヘンジの写真に風の音を感じ、また「理由も目的も恐らくは意味も」なく、「回転し続ける地球という巨大な岩石の孤独さ」と、「そんな回転を続けさせる見えない力」への深い感情を抱いていた。そうして逆光に聳え立つビルの姿に少年期の記憶が呼び覚まされ、「長い眠りからさめたように」石の建造物をつくりはじめたのだった。ときに「音とはいえない音、一種の強い気配」を感じ、あるいはまた雲の形状に風の形を見出しながら直径30メートルにも及ぶ、ストーン・ヘンジを作り続ける。

 その石切り場跡にやってきて様子をうかがっている少年がいる。少年はときおり意識が遠くなったりする。意識が薄れたとき、少年は「急にまわりじゅうの物が透きとおって一面に光り出すようになり、自分もいまどこにいるのか溶けたようにわからなくなって、不安と一種快い気分がまじり合う」という感覚を味わう。級友はそれを「ハクイ」と呼ぶ。それがどういう意味なのか分からないが、自分の感覚にふさわしいと感じる。

 少年は石切り場跡で「見てはならない別世界をのぞき見るようなこわさ」を感じつつ、それが「ハクイ」に近い感覚であると認める。言葉を交わすことはないが、少年が考えている通りに風男は作業を進める。そしてそうあることが必然であるかのように、ふたりは対面し、言葉を交わすようになる。

 風男は少年を風の音に感覚を研ぎ澄ますための場所に誘い、少年は風男に風も世界も呼吸しており、「途切れた瞬間の方が風をもっと感じる」こと、そして「世界は不断に消えては現れる」ものであることを教える。

 ストーン・ヘンジが完成したとき、ふたりはそこで風の途切れる瞬間に耳を澄ます。ふたりの意識は、そこにあって、しかも日常的な知覚では知りえない何かに向かって開かれている。それを異界と呼ぶか、裸形の世界のありようと呼ぶかは分からない。ただこのときふたりが味わった感覚は、日常的な知覚において把捉しがたいもので、したがってそれを言い表す言葉も存在しない。そこでふたりは、その感覚を「ハクイ」と呼び、その経験を共有する。

 ストーン・ヘンジを完成させた風男は間もなく町を去り、この「風の神殿」は少年に残される。それは少年がやがてこの町を出て行くときまで少年のものとなる。少年が町を去ったあと、そこで吹く風に耳を澄ませるものがあらわれるのだろうか?


『あの夕陽・牧師館 日野啓三短篇小説集』(2002.10、講談社文芸文庫)




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