『花様年華』の最後に、スー・リーチェン(マギー・チャン)との記憶をアンコール・ワットに永遠に封じ込めようとしたチャウだが、しかし永遠なるものに封じ込まれたのはチャウ自身の魂であり、過去の囚われ人となったチャウのその後を描いたのがこの作品ということになる。1966年、シンガポールでギャンブルの泥沼にはまっていたところを助けてくれたスー・リーチェン(コン・リー)という女賭博師と別れ、チャウは香港に戻ってくる。ここからのストーリーの軸となるのは四つのクリスマス・イヴ。
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ウォン・カーウァイの『花様年華』を見ていて思い出した青木保の味わい深く美しい文章を書き写してみる。映画のラスト・シーンについて、さらりと書いたのはこの文章の記憶があったからだった。
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ウォン・カーウァイ監督の新作「花様年華」の終わりに、アンコール・ワットの遺跡の壁に開いた小さな穴に向かって、主人公は何事かをささやく。昔、大きな秘密を抱く者は山で大木を見つけ、幹に掘った穴に秘密をささやくのだ。穴は土で埋めて秘密が漏れないように永遠に封じこめる。映画の中でトニー・レオンの主人公が友人にこのように語ることばそのまま、60年代香港の片隅で秘やかに咲いた恋はアンコールの壁の中に永遠に封じ込められる。カメラが引いてゆくと、古代遺跡の回廊が、その神々の像が見下ろす高い天井が、圧倒的な美しさで迫ってくる。全身がしびれるような感動を覚えながら、突如として、沈黙の中にある古代の遺跡が、いまなお現代の私たちにとって深い意味を有することを感じる。幾千年に亘って人々の幸せと不幸、喜びと苦しみ、その秘密をいだいて沈黙の中に存在してきたものの尊さ、これこそ古い文化遺産の限りのない価値なのだ、と。
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東洋と西洋の文化が混在する1962年の香港が主な舞台。同じ日に隣り合う部屋に引っ越してきた男女―チャウ・モウワンとスー・リーチェン(チャン夫人)―が見事な色彩感に彩られた濃密な画面の中で、互いが互いの存在をなくてはならぬものと感じるほどに関係を深めていきながら、決して一線を越えずに別れていく。主役二人のストイックなさと周囲のデカダンスの対比、そして二人の距離が近づき、また遠ざかることを表象する音楽の使い分けが印象深い。
しかし、何より印象的なのは時間の描き方だった。刻々と現実的な時は過ぎ行くことを示す形象(時計)が画面上に随所に挟み込まれるが、弦のピツィカートに導かれた「夢二のテーマ」にのせたコマ落とし気味のスローモーションのシークエンスが繰り返される度に二人の距離が近づき、二人を取り巻く時間の感覚はゆるやかに溶解していく。そして観る者もしばしば二人を取り巻く時間を見失う。
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世界の映像作家によるTV-CMが100本近く収められている。ジャン・マリー・ブルシコという人がセレクションをし、監修したようだ。ヴィデオ・クリップなどでおなじみのミシェル・ゴンドリー、ターセム(・シン)、スパイク・ジョーンズ、あるいはジャン・バプティスト・モンディーノ、ベッティナ・ランス、ジャン・ポール・グードなどのファッション・フォトグラファーの映像のほか、著名な映画監督たちの思わぬ映像作品に出会うことができる。
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福永武彦に「シベリウスの新盤」と題した文章がある。昭和44年、『死の島』執筆中のもので、バーンスタインかマゼールのシベリウス全集のレコード評を依頼されたのは断ったものの、代わりにと依頼されたのがカール・フォン・ギャラグリー(ガラグリ)によるシベリウスの交響曲第1番と第7番のレコード評で、全集では14巻に収められている。
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エマーソン弦楽四重奏団が北欧の3人の作曲家の弦楽四重奏曲を演奏したアルバム。シベリウスの作品の表題 ”Voces intimae” からとって、 ”Intimate Voices” と題されている。スリーブの写真は、 ”intimate” さとは程遠いが。
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リッカルド・シャイー指揮ゲヴァントハウス管弦楽団の、マーラー版のスコアによるシューマン交響曲全集。この版による演奏にはずっと興味を持ち続けていたのだけれど、BISのチェッカート指揮ベルゲン・フィル盤が通販のセールで出ていたおり、抽籤に漏れて買い逃して以来、そのままになっていたのだった。こうしてすぐれた指揮者と名門オーケストラ(交響曲第4番の初演はこのオーケストラだという)の演奏が、それも2000円を切る廉価で手に入るというのは何ともありがたい。主に第3番と第4番からいろいろと聴き比べながら愉しむ。
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エンド・クレジットが流れるときに入る「結末を決して人には話さないでください」というナレーション通りの、どんでん返しの連続となるストーリー・テリングの巧さは、なるほど精巧な機械仕掛けのように組み立てられていて、それをテンポよく一瞬たりとも飽きさせぬように描いていくビリー・ワイルダーの手腕は見事だ。葉巻や「ココア」などの小道具はひとつひとつ印象深く扱われていて、台詞の巧さとともに印象に残っていく。
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