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多木浩二『「もの」の詩学』 2

2007-06-20 22:59:33 | 読書

 第二章では18世紀末から19世紀にかけての「もの」の様態から多元化していく文化の内部に形成されるトポスを美術館と博覧会を通じて考察する。

 芸術とそうでないものとが最初から判然と分離していたわけでなかった。美術館は道具を含めた「もの」と人間の関係の中から「美術」を特別なものとして浮かび上がらせる。それは近代の美術に特有の現象であると同時に、古い事物の保存はつねに人間社会の中心的な儀礼でもあった。こうした「もの」の集合(コレクション)こそが美術館の起源だった。そして旧制度下においてフランス革命を起こしたのと同じ思想の影響下に美術館の原理は準備されていた。

 すなわち啓蒙主義によって歴史の観念から進歩の観念が生み出され、芸術は歴史の流れに属するだけでなく、進歩するものと考えられるようになっていった。その延長線上で、貴人たちの私的なコレクションは公開を迫られるようになり、美術の公共化が始まる。エティエンヌ・ルイ・ブレの美術館の計画は建築自体がこうした教育と社会と進歩に結びつき、精神の形成に関わるものとしての芸術の理念を具現化するものとして設計された。

 美術館の作品の配列は時間的な順序に基づいてなされ、芸術と歴史との関係を顕在化する。こうして美術館は歴史を社会的記憶として配置する空間となるとともに、時間を秩序づける経験を与える、いわば集合的無意識を媒介するトポスとなる。そして美術館を生み出した思想とフランス革命を起こした思想が同根であったことから芸術と政治的プロパガンダが結合するだろう。

 フランス革命は都市の祝祭のエネルギーを利用したが、革命の終焉とともに祝祭的空間も都市に吸収され、新たな祝祭をつくりだす。それは革命から生まれた資本主義社会のなかで産業資本によって生み出された祝祭だった。この新しい祝祭、つまり産業博覧会は商品という「もの」や工業技術の展示であり、カーニバルの劇的性格をもつものではなかったが、気晴らしという新たな魅力を備えていた。しかも、この商品(のシミュラクル)のコレクションを展示する博覧会という祝祭はすべてをスペクタクル化し、大衆の嗜好に合うようにエンターテインメント化する。そしてこのときからエンターテインメントが文化の一つの鍵となっていく。

 美術館は芸術の概念を生み出しただけでなく、ブルジョワジーと彼らが支配する国民国家がその歴史の遠近法を確認する場でもあった。しかしブルジョワジーは進歩的であると同時に保守的でもある。彼らが切り開く社会では旧来の価値が粉砕され断片化していく。そのことへの恐れが美術館と博覧会を結びつける。美術館が指し示す不確かな未来は博覧会が指し示す確かな生産力によって補われ、博覧会の欠落を美術館の確実な過去が埋める。両者の結びつきのなかに過去と未来を制御するのがブルジョワジーの時間の政治学である。

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 ちなみに6月10日は「時の記念日」ということであったが、これは近代化の過程で効率的な時間の管理を通じて欧米並みの生活の向上と合理化を目指して制定されたものだった。それが時間に関する博覧会の開催期間中になされ、『書紀』に書かれた天智天皇(中大兄皇子)の漏刻の記事に基づいてこの日に定められたことは偶然ではないだろう。



 多木浩二『「もの」の詩学 家具・建築・都市のレトリック』(岩波書店・1984―2006)




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