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北朝鮮ナンバー2「処刑」の真相 間もなく始まる「米朝急接近」

2014-03-16 | 北朝鮮

こんにちは。原田武夫です。

揺れ動く北朝鮮情勢。さすがに北朝鮮ウォッチャーとしては見解表明しておかなければと考え、つい先ほどアップロード致しました。

どうぞご覧ください!

http://bylines.news.yahoo.co.jp/haradatakeo/20131216-00030698/

 

https://www.facebook.com/iisia.jp/posts/585543241516901


 

2013年12月16日 15時17分

激しく揺れる北朝鮮情勢。ナンバー2「処刑」劇の向こう側に見える本当の構図とは?

13日、北朝鮮の国営メディアは、金正恩体制において実質的な「ナンバー2」とみなされていた張成沢・国防委員会副委員長が「処刑」されたと一斉に報じた。罪名は「国家転覆陰謀行為」。かつての我が国で言えば「大逆罪」に相当し、極刑は当然という流れに国際世論の中でもなりつつある。

私の研究所が発行している公式メールマガジンにおいても述べたことなのであるが、かつて我が国の対北朝鮮外交の最前線を担ったことのある者の一人として、私はこの「処刑」、あるいは「粛清」劇に大きな疑問を抱いている。無論、北朝鮮という国柄を考えれば結局のところ「真相」は闇の中である。「今回は銃で処刑された」と言われるかもしれないが、処刑シーンや亡骸が公開されたわけではないのである。またそもそも政治的に主要な役割を担っている人物については「替え玉」がいるのではないかとの分析すらかねてからあるのが北朝鮮なのだ。今後仮に「張成沢の亡骸」なるものが公開されたとしても、およそ信ずるに値しないと考えるべきなのである。

私の研究所がこれまで収集した公開情報(open source)と非公開情報(classified information)を統合すると、この「処刑」劇を巡っては次のことを考えておく必要がある:

 

1948年に建国し、現在の金正恩体制が出来るまでの間、指導者が交代する、すなわち北朝鮮において「体制が刷新された」のは常に対米関係が動いた時であった。まず”祖父”である金日成総書記が「死亡」したのは1994年7月8日であったが、これは核危機で緊張が高まる中、米国からジミー・カーター元大統領が訪朝した直後のことであった。次に”父”である金正日・国防委員会委員長が「死亡」したのは2012年12月17日。この直前である同14日にオバマ米大統領は「米軍の完全撤退に伴うイラク戦争の終結」を宣言している。前者はその「死亡」に伴い、体制が刷新されることへの期待と共に米朝接近が現実に生じた。後者は米軍がイラクの代わりに北朝鮮を相手にする余力を持ったという意味で「危機」だったのであり、「死亡」を通じて体制刷新、ひいては対米接近も可能であるというサインを米国側に送るものであった。共産主義体制の「外交」が基本的には前例踏襲主義であることを踏まえれば、今回のあからさまな「粛清・処刑」劇は体制刷新、そして米側へのアピールである可能性が極めて高いと考えるべきである

●対する米国の側においても今年10月頃になると「一向に動こうとしない北朝鮮に対する苛立ち」を隠せない様子が非公式のルートでしばしば伝わってきていた。今回の「処刑」劇を踏まえ、昨日(15日)、ケリー米国務長官は記者団に対し、「惨たらしく、かつ無謀な行為」とした上で「こうした処刑はこの1か月の間でいくらでも行われていることに留意すべきだ」と語った。ここで注目すべきなのは米国側が北朝鮮側の発したメッセージを無視するのではなく、きっちりと対応したという点だ。またこの発言に先立って、米国務省は「周辺諸国に対して挑発行為を行う可能性がある」との警告まで発したのである。前者の様なあからさまな「人権蹂躙」や、後者の様な「軍事的脅威」を抑え込むことが出来るのは米国しか事実上いない。結果として、「米朝が交渉する素地」が出来上がったというわけなのである

●北朝鮮がこのタイミングで動く決心をしたのには大きな理由がある。それは11月23日に整理した「第1段階合意」でイランが米国らによって「事実上の核保有」が認められるに至ったからである(最も疑惑がかけられていたイランのパルチンにある核関連施設が査察対象に含まれなかった)。小著最新刊「ジャパン・ラッシュ 『デフレ縮小化』で日本が世界の中心となる」でも詳述したとおり、そもそもイランと米欧は「イラン・イスラム革命」以来結託してきたことを考えるならば当然の結果なわけであるが、今であれば北朝鮮は米国に対して「イランについて認めるのであれば、我々についても認めろ」と主張することが出来るのである。他方でこの「第1段階合意」は成立から半年後までの期限付きということになっている。それまでの間はイランを優遇したという負い目のある米国は北朝鮮との交渉のテーブルに乗る可能性があるというわけなのだ

●もっとも北朝鮮としても何らの交渉カードを示すことなく、米国にボールを投げたわけではない。今回の「粛清・処刑」劇によってもっとも割を食ったのは中国である。中国と北朝鮮は一般に「血の同盟」関係にあると言われることが多い。しかし建国の経緯を見る限り、北朝鮮の最高指導者「金ファミリー」がそもそも世話になったのは中国ではなく、ソ連(当時)なのである。またその後の中ソ対立の中で独自外交路線として打ち出されたのが北朝鮮の国家イデオロギーである「主体思想」なのであった。張成沢・国防委員会副委員長に対して行われた裁判では「不正に蓄財したマネーをもって国家を改革する計画があったこと」が触れられていたが、中国に対する窓口であったのが同副委員長であったことを踏まえれば、この計画をもって「国家を転覆する企て」と断ずるということはイコール、チャイナ・マネー、さらには中国に対する依存関係を断ち切るということを公言したのに等しいのである。しかし、他方で北朝鮮は中国からのパイプラインで輸送される石油等にエネルギーを依存していることも事実なのであって、このことはこれまでであれば自殺行為であったはずだ。ところが金正恩体制は中国に滞在中の北朝鮮国民に対して一斉に帰国を命じている。したがって「ここまで中国に対しあからさまに喧嘩を売る以上、他に後ろ盾が出来たか、あるいは出来る見込みとなった」と考えるべきなのである

 

つまり北朝鮮は絶妙のタイミングで「粛清・処刑」劇を演ずることによって、中国との決別を鮮明にするとともに対米交渉の土壌を創り上げたと考えることが可能なのである。そして余りにも出来すぎたほどの丁々発止で、米国のオバマ政権がこうした北朝鮮側からのサインに応じていることを踏まえれば危機が双方によって煽られる中、鳴り物入りで「米朝交渉」が始まると考えておくべきなのだ。

こう考える理由は更に2つある。まず現在、ワシントンD.C.においてケリー国務長官とケネディ駐日大使をブリッジする最重要人物らが、やおら「韓国語」を勉強し始めているとの非公開情報がある。そもそもこの1年程は朝鮮半島との人脈構築を熱心に行っていたようである。そしてもう一つ、実は先月(11月)中に2回にわたり、我が国を代表する民放TV局のクルーが2度にわたり北朝鮮を訪問し、その国内を取材していた。その際、先方からは「間もなく北朝鮮は新しい経済特区を設定することになっている。日本から是非とも活発に投資をしてもらいたい」と仕切りに働きかけがあったと聞く。仮に「粛清・処刑」劇を通じて北朝鮮が閉鎖国家となり、暴発するというのであればよもやこのような「計画」が立てられるはずもなく、ましてや日本側の(どちらかというと親米路線で知られる)民間TV局のクルーを招くはずもないのである。

グローバル・マクロ、すなわち国際的な資金循環という観点から見ても、”今”というタイミングは余りにも絶妙だ。目先の崩落を越えて、現状では19日頃より日本株マーケットが急上昇し始め、名実共に我が国における資産バブル、すなわち「日本バブル」への移行が正に明らかになり始めるタイミングだからである。ちなみに北朝鮮は「平成バブル」がはじけた直後の1990年代の初頭からやおら米朝関係を動かし始め、返す刀で日朝国交正常化交渉を開始。バブルの余韻の残る我が国から莫大な経済的な利益を引き出そうと画策した。金正恩・正男の兄弟は何せ、スイスのインターナショナル・スクールで長年教育を受けた人物たちである。そこで学ぶのが正にこうした「グローバル・マクロに対する感覚」である以上、こうした巧みな動きを北朝鮮が見せたとしても何ら不思議ではないのだ。

いずれにせよ大事なことは「粛清・処刑」劇を通じて”人払い”がなされる中、不思議と米朝が接近し、再び「ダンス」を踊り始めていることである。我が国の安倍晋三政権がこうした局面の中で「日本人拉致問題」を乗り越え、(金日成の「弟」である金英柱が「関東軍」の通訳であったことから始まるストーリーにおいて培われてきたはずの)我が国が本来果たすべき役割を果たすことが出来るかが、今問われている。

原田武夫

株式会社原田武夫国際戦略情報研究所(IISIA)代表取締役

http://bylines.news.yahoo.co.jp/haradatakeo/20131216-00030698/



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