真説・弥勒浄土      

道すなわち真理の奇蹟

聖なる道~道と教(宗教)とはどうちがうのか

2020-04-24 08:09:08 | 道すなわち真理

孔子・中庸:天の命ずるこれ性と謂い、性の率いるこれ道と謂い、道を修めるこれ教えと謂う。道は須臾も離れるべからざるなり。離れるべきは道にあらざるなり。

道は性理の本体で真理です。これを人に与えれば性(霊)となります。故に「性理」または「良心」とも言います。

この性理は私たちの先天的(生まれる前からのもの)根本で、生命の大本です。人は誰でも皆これを受けてこの世に生まれ、またそれぞれの因果や性理に応じて死にいたります。

このように生と死は必ず経由する路であり、古来最も神秘的なこの「性理真伝」を文字で書や経典などには書きあらわさず、口頭で授けられ「以心伝心」のうちに伝えられてきました。

そして、唯一絶対の造物主の天命により、この世に降りてこの道を伝えるために来た者は、たとえ仙佛、聖人といえども、この機密をもらすことは決して許されませんでした。

そして、儒教の四書五経、仏教の金剛経、老子五千言の道徳経・清浄経・黄庭経などのところどころにこの証を秘蔵し、それとなく読む者に暗示を与えてきました。

時の実りによって、老子には元始(ゲンシ)、孔子には項屣(コウモ)、釈迦には燃燈佛(ネントウブツ)が法灯を伝授しました。このように天命を受けた明師が降臨して、この道を伝えてきました。

それに対し教は、道の伝授により、道より発生したところの法と行事によって人々を教化する行為です。道が主体で教は功用になります。樹木にたとえればその根元が道、枝葉が教です。いわゆる五教(仏教・儒教・道教・キリスト教・回教)は皆この道から発生したものです。

儒   教  存心養性  執中貫一   (一を貫く)      忠恕      聖(ひじり)

仏   教  明心見性  万法帰一(一に帰す) 慈悲  仏(ほとけ)

道   教  修心煉性  抱元守一 (一を守る)    感応  神仙(せんぶつ)

キリスト教    洗心移性   黙祷親一 (一に親しむ)博愛  神(かみ)

回   教  堅心定性  清真返一 (一に返す)     清真  僕(しもべ)

※日本伝承の 一厘の仕組み、〇チョンも同じです。

このように五教の起源と宗旨は同一です。この「一」は、「道」であり「真理」であり、孔子はこれを「吾が道は一をもって之を貫く」と言われました。

教は善行を奨励し、修養して徳を積み、出世(社会を離れ)して修行を極め、道を得るための準備をする段階です。道は教の真髄で、道を得ることより師の指示・伝導を直接得ることができ真の人として進化に万全の備えをすることができます。

孔子の弟子の子貢が「孔先生の文章や学問は学ぶことができましたが、先生の性と道に関して学ぶことができなかった」と謂っています。前者は教であり、後者は道のことです。

これが道と教の相違点であり、教は何時でも授けられますが、道は非常時(歴史的な節目)でなければ授けられません。

道は時には隠れ、時には顕現するものです。それは、道は時に応じ世にくだり(興り)人を選んで伝授するからです。

教はどんな時代でもあります。道が伝えられない時でも教は存在し、道が盛んに興るときでも教はやはり存在しています。

その理由は、教は人道の基本を強化するものであり、なるがゆえに道は教を離れることはなく、教もまた道を離れることはありません。

なぜなら道がもし教を離れれば、教が道から離脱し、異端邪説に走ってしまうからです。

道を信奉すれば、生死を超越して、輪廻を離脱し、西方極楽に登り、あらゆる災難を避け、恨仇を解消し、罪を消滅し、運命を改善して果報が得られます。

故に古人が「天上天下を通じ唯一道のみ最も尊し」と言われたのも決して虚言ではありません。


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道すなわち真理の轍(わだち)~この戸をあける役目はあなたです。これを「天命」と言います.…

2020-04-24 08:03:21 | 道すなわち真理

「天命」とは:天の命ずるこれを性と謂い、性に率(したが)うこれを道と謂い、道を修めるこれを教と謂う。『中庸・一章』

天が人に付与した唯一絶対之創造主の分霊、これを「性(本来の純粋なたましい)」と言います。この性にしたがうこと、これを「道」と言います。「道」を修めること、これを「教」と言います。
天地の始めは、これというなんら形のない混然としたもので、声もなく、臭いもない、極めて虚にして、神なる実に無一物の境地でした。道教の祖、老子様は「無名にして天地の始め、有名にして万物の母」と申されましたが、これを表現しようがないので、天地の始めを「〇」にかたどり、万物の生ずる状態を「一」にかたどりました。
ー万教帰一(すべての教えは「一」に帰る)ー

道は大にして無名であります、故に『強いて名づけて道という』のであります。又、道は大にして無形であります、故に『強いて圏「〇」を以ってこれをかたどった』のであります。では、圏「〇」はなんであるかを追求しますと、一の静止した姿でありまして、虚なる「一塊の真理であり、又道の全体であります。一は圏の動いた姿であって、宇宙一切万物を生じる母体であり、万物はその実在の現れであります。これを「一本は万殊に散る』と言い、又『道の達用』と申しております。
圏が動いて一が生じ、一が縮まれば点「・」となり、点「・」を伸ばせば一となります。そこで実に圏と一と点は動静と伸縮の違いであり、変化して極まりないものであります。之を放して拡大すれば六合「東西南北上下、すなわち天地宇宙」を満たし、無際限の状態で伸長するので「一」を以ってこれを表し、又、之を巻いて縮小すれば密(極めて微細なもの)にも蔵められるので点「・」で表現したのであります。拡大すれば大にして外になく、縮小すれば小にして内にありません。故にこの道は天地に行きわたり、一切の万物を含んでいるのであります。実に不可思議な働きをするので『真空妙有』と申されましたが、あらゆる万物の生霊を支配する主宰者であります。
ー日本神道の真象も同じー

この主宰者は天にあれば「理」と呼び、人に宿れば「性」と名づけられます。そこで理とは万物の本体を統一するところの性であり、性とはあらゆる物の各々が具有する所の理であります。人々は各々その性をもちながら、その有ることを知りません。若し、この性をお把握することが出来れば、大悟した神聖の境地になられます。然し、これに反して理を迷い、性を把握することがなかったならば、鬼魂の世界に落ちなければなりません。
故に『千経万典は一点に如かず』と申しまして、如何に多くの経典を読んでも、「明師の一点」を欠いては、何もならぬと申されたので、「一点」が如何に大事であるかを知ることが出来ます。この「一点」は、孟子様の四端 『惻隠の心即ち仁の端、羞悪の心即ち義の端・是非の心即ち智の端、辞譲の心即ち礼の端』 を統一し、その中に万善を包含しているのであります。これを図表すれば縦は智と礼になり、横は仁と義になりまして、四端の交差する中心に信があるわけであります。孔子様は 『人にして信なければ、その可なるを知らず』 と申され、人間にもし信がなければ、何事もあてになるものではないと申して、この重要性を説いた訳もここにあります。
キリスト教はじめ古来すべての十字架が示すのは十字の中心の「点」

又、その重要性を縦に書いて「|」となし、横に書いて「─」としたのは体と用(本体とその働き)とを十字の形に現して、その縦には経と理が、横には緯と数が這入るのでありますが、この意味を深く玩味し、探究するならば、誠に極まりないものがあります。故に老子様は清淨経に『大道は無形にして天地を生育し、大道は無情にして日月を運行し、大道は無名にして万物を長養す』 と申されました。道は未だ天地が成立せぬ時、その本体を立てられ、既に天地が形づくられてからは、その運用を拡大して天地万有に及ぼしたのであります。

ー道の淵源ー


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【Ray:身体を得て地球に降りた宇宙の生命が、進化し天地創造主と同体になる契約の儀式】十種神宝の鎮魂法

2020-04-24 07:22:18 | 道を求める聖なる物語(人・日本・世・宇宙)

Ray:このBlogから明らかにわかるようにイルミナティ(光のもの)の元は日本であり、古代から伝承されている【唯一の神示】に依ります。現在【道】は降りています。日本が変われば世界が変わり、その源泉は【真理】(古代より〇チョン・あるいは一厘の仕組み、としてその存在が伝承されていました。)を得ることです。これは天命であり、形骸化した過去の儀式では、真の道を得ることはできません。地球人類の命がかかっているからです。一人ひとりの縁分によってその時が齎されます。弥勒眷属或いはキリスト意識の顕現者として、その役目につくことになります。あなたの壮大な歴史の到達点です。

転載:https://ameblo.jp/llumi-jp666/entry-12454430931.html
【日月神示】霊力覚醒の秘法と神一厘の仕組み

2019-04-15 21:23:49
テーマ:啓蒙・自己啓発

『日月神示』の核心となるのが、「一厘の仕組み」や「一厘の秘密(火水)」と呼ばれているものである。
 
「残る一厘は誰も知らぬ所に仕かけてあるが、この仕組、心で取りて呉れよ」
 
「一厘の仕組とは○に神の国の・を入れることぞ、よく心にたたみておいて呉れよ」
 
「一厘のことは云はねばならず云ふてはならず、心と心で知らしたいなれど、心でとりて下されよ」
 
「神の一厘の仕組みわかりたら世界一列一平になるぞ。
日本の人民もわたりて来人民も、世持ちあらした神々様も人民も、世界の人民 皆思ひ違ふぞ。
九分九分九厘と一厘とで物事成就するのざぞよ」
 
「建直しの仕組 立派に出来てゐるから心配いたすでないぞ。
建替延ばしに延ばしてゐる神の心判らんから、余り延ばしては丸潰れに、悪の罠に落ちるから艮めの一厘の蓋開から、目開けておれん事になるぞ。
早う知らせる人民には知らしてやれよ、先づ七人に知らせと申してあろがな」
 
「仕組途中でグレンと変り、カラリと変る仕組してあるのぢゃ。
其処に一厘の仕組、火水の仕組、富士と鳴門の仕組、結構々々大切致してあるのぢゃ」
 
「岩戸が開けると更に九、十となるぞ。
隠してある一厘の仕組、九十の経綸、成就した暁には何も彼も判ると申してあらうが。
これほどマコト申しても、残る一厘はいよいよのギリギリでないと申さんから、疑うのも無理ないなれど、見て御座れよ。
神の仕組 見事成就いたすぞ。一厘のことは知らされんぞと申してあろう。申すと仕組成就せんなり。
知らさんので、改心おくれるなり、心の心で取りて下されよ」
 
「世界中を泥の海にせねばならんところまで、それより他に道のない所まで押しせまって来たのであるが、尚一厘の手立てはあるのぢゃ」
 
「天の世界も潰してはならん。
地の世界も潰すわけには参らんが、地上の事は潰さねば建直し六ヶ敷いなれど、見て御座れよ。
一厘の火水でデングリ返して、見事なことをお目にかけるぞ」
 
「二二と申すのは天照大神殿の十種の神宝に・を入れることであるぞ。
これが一厘の仕組。二二となるであろう。
これが富士(Ray:不二:2つとない)の仕組、七から八から鳴り鳴りて十となる仕組。
なりなりあまるナルトの仕組。富士と鳴門の仕組いよいよぞ。
これが判りたならば、どんな人民も腰をぬかすぞ」

「十種神宝」の起源は、出雲族の王位継承の徴である。
 
『日月神示』がいう「天照大神殿」とは、スサノオから十種神宝を継承して初代天皇となった「ニギハヤヒ」を指す。

 その後、神武天皇を初めとする日向系の天皇に代々受け継がれてきたが、その「十種神宝」に・(チョン、テン)を入れることが「一厘の仕組み」だという。
ここに示されている「・」は、出雲族の霊力、ニギハヤヒの息吹を意味している。
 
 一見すると庶民には無関係のように思えるが、決してそんなことはない。
前回の記事をお読み頂ければ分かるが、イルミナティの悲願成就の秘法なのだ。
十種神宝の鎮魂法

https://search.yahoo.co.jp/video/search?p=%E5%8D%81%E7%A8%AE%E7%A5%9E%E5%AE%9D%E3%81%AE%E9%8E%AE%E9%AD%82%E6%B3%95&fr=top_ga1_sa&ei=UTF-8

十種神宝祓詞(とくさのかんだからのはらえことば)|十種神宝の絶大な霊力を呼び覚ます「言」になります。死者が甦る【Ray:永遠の命を得る秘宝~現在は神道に天命がありません】ほどの霊験が顕現されるとされているのです。

https://www.youtube.com/watch?v=GfM9X_fxm-k&feature=emb_title

Ray:現在は人口も76億人にもなり、社会が複雑であらゆる危険が身近にあります。その中で弥勒眷属が安心して修道し役割を果たせるよう、一旦火急の時、その一つですが、例えば飛行が墜落するなどの時にも、天があなたの命を守ってくださるよう神印が授けられます。日本航空123便墜落事故の時に一人の女性が助かっています。これは夢物語ではなく、人類が物質欲のために自ら神から遠ざかっていただけなのです。

 


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