安倍晋三内閣が進めている“アベノミクス”の本当の成功のカギは成長戦略の実現といわれ続けてきて久しい。その成長戦略の具体的な骨子をまとめた「日本再興戦略2016」(6月2日に閣議決定)の中には、「オープンイノベーションを進めるためには、大学・国立研究開発法人・企業のトップが関与する、本格的でパイプの太い持続的な産学官連携(大規模共同研究の実現)がポイント」とうたっている。その実現策として「大学を核としたイノベーション・エコシステムの形成を目指す」と、文部科学省の科学技術・学術政策局産学連携・地域支援課は説明する。
この“大学を核とした” イノベーション・エコシステムの実質的な担い手の一つは、TLO(Technology Licensing Organization、技術移転機関)と呼ばれる組織である。このTLOは、日本では20年弱にわたる活動実績があり、その成功事例のポイントが見えてきたところだ。1998年(平成10年)に政府が大学等技術移転促進法(通称TLO法)を施行したのを契機に、東京大学TLO(東京都文京区、創業当時の名前は異なっており、途中で現在の名称に変更している)などの4つのTLOが設立され、数カ月後に文部科学省・経済産業省からの支援を受ける「承認TLO」として承認され、技術移転活動を始めた。
「その後も、毎年度ごとに平均5機関のTLOが設立され、承認TLOと認定TLOと呼ばれる技術移転機関は2008年度には最大51機関にまで達した」と、一般社団法人大学技術移転協議会(東京都港区)が毎年6月ごろに発行している報告書「大学技術移転サーベイ」は解説する(注、「大学技術移転サーベイ」の最新版「大学技術移転サーベイ 大学知的財産年報 2015年度版」は、2016年5月31日に、一般社団法人大学技術移転協議会が発行している)。
技術移転機関は多数、設立されたが、その中には技術移転事業を始めたものの、その活動が重荷になった組織(TLOや大学など)では、承認TLOあるいは認定TLOを取り下げる組織も出現し、「現在は承認TLOが37機関、認定TLOが2機関となって落ち着いている(2016年4月1日時点で)」と、「大学技術移転サーベイ」は伝える。この技術移転機関というTLOを設置した社会的意義としては「一番、重要な点は、国立大学教員が国費などを使って研究開発した成果から産まれた特許などの知的財産の技術移転工程を透明化し、説明責任を果たす仕組みをつくりあげたこと」と、東大政策ビジョン研究センター教授・産学共創推進本部長の渡部俊也氏は解説する。
大学等技術移転促進法の施行による技術移転機関が設置される以前は、大学の教員などが個人的な判断によって親しい企業などに技術移転するという不透明な行動が一般的だった。これに対して、TLO設置以降は、その大学の発明委員会とTLOが、各教員の研究成果から産まれた特許などの知的財産を精査し、その技術移転先企業を適切に調査して判断するという技術移転工程の“透明化”が実現されたのである。現在、承認TLOは37機関あるが、その技術移転事業の成績にはかなりバラつきがある。技術移転事業として特に成功しているのは、東京大学TLO、関西ティー・エル・オー(京都市、通称は関西TLO)、東北テクノアーチ(仙台市)の3機関だとの見方が一般的だ。
この三つの承認TLOは、外部TLOと呼ばれる大学組織の“外”につくられた株式会社形式の組織である点が共通している(注、「大学組織の“外”」とは、資本面での独立性を意味する。この三つの承認TLOはそれぞれ、東大、京都大学、東北大学のそれぞれのキャンパス内の建屋内に会社の本社所在地を置いている)。この結果、技術移転事業の成績が不調な承認TLOや大学は、技術移転事業で成功している、この3つの承認TLOを指南役として、その成功の秘密を学ぼうとしている。将来、大学内に企業が林立する日も来るかも・・・。