米国の大統領就任式から1カ月。世界中の多くの国がそうであるように、中国にとって、新大統領ドナルド・トランプに慣れることが大きな難題となっている。
トランプ氏は、中国に対して挑発的で予測不能な発言を繰り返しつつ就任した。しかし中国政府が「包括的強さ」と呼ぶものを構築するには、米国との友好関係や米国の市場と技術が必要だ。
きちんと機能した米中関係が、中国の戦略的な関心事の中核にあるというのは明らかかもしれないが、ここにあらためて記す価値はあるだろう。
少なくとも今のところは、トランプ氏は中国への侮辱や脅しをやめているようで、トランプ政権の主要人物も今や、電話では愛想よく振舞っている。
では、中国は一体どんな戦術を使ったのだろうか? そしてその戦術でどうやって効果を上げたのだろうか?
中国政府は、トランプ大統領が過去の大統領のようには政権を運営しないということをすぐに理解した。
トランプ氏自身や政府高官が中国の主要人物と会談をするより以前、そして中国の新年である春節にトランプ氏が新年の挨拶を公開しなかったとして中国のネット界で不満が溢れるなか、駐米中国大使の崔天凱氏は、トランプ大統領の娘イバンカさんに巧みに手を差し伸べた。
ワシントンの中国大使館で行われた春節の祝宴にイバンカさんが出席した姿は広く報道され、イバンカさんは両政府の分断に橋を渡した。
イバンカさんの夫、ジャレッド・クシュナー氏もまた、中国事業のパートナーを通じて中国政府につてを持っている。
さらに、トランプ大統領のもう1人の娘ティファニーさんは、ニューヨーク・ファッション・ウィークで中国人デザイナー、タオ・レイ・ウォン氏のショーをあえて最前列で鑑賞した。
トランプ氏の私的な人脈を強化するため、中国で最も著名な起業家のジャック・マー氏はトランプ氏と会談し、自身が所有する電子商取引サイト、アリババで米国の商品を販売し米国に100万人規模の雇用を創出すると約束した。
中国では民間企業にさえ共産党の末端組織が存在しており、国家の戦略的利益となると政府の命令に従うよう求められる。
ジャック・マー氏は任務を背負っており、政府の方針にも沿っていた。ニューヨークのタイムズ・スクエアの屋外広告に、トランプ氏への春節の挨拶を掲載するため資金を提供した他の中国系企業100社も同様だった。
トランプ氏の企業帝国は物議を醸しているが、中国ではトランプ氏の商標に関する裁判が複数、棚上げ状態になっている。
中国政府は、裁判所が共産党の影響下にあるという事実をはばからずに認めている。
とりわけ、公に知られた人物名を商標に利用する行為を取り締まるという、中国のより広範な政策と一貫しているため、トランプ氏が10年にわたり求めてきた建築事業での商標登録について処理速度を上げるのは、中国にとってはたやすい善意だった。
トランプ氏の商標登録の場合、必要な手続きは昨秋、派手な告知もなく迅速に行われ、裁判はトランプ氏の勝利で先週、集結した。
中国はしばしば、敵対的な外国勢力に対し即座に激しく反発し、中国人の感情を害しているとして外国政府を非難する。
ドナルド・トランプ氏は、弱い者に報復するような挑発行為を行った。
大統領選挙活動中ずっと、中国を泥棒だとか貿易の強姦魔だと呼び、台湾について中国が頑なに守り続けてきた立場に挑み、中国を侮辱し、脅し続けたのだ。政府関係者はまた、南シナ海での取り組みを強化すると警告もしていた。
しかしその間中ずっと、中国政府は鉄の如き自制心と抑制力を見せていた。
中国国営の新華社通信はトランプ氏について、「ツイッター上でやり合うよりもっと成熟した効果的な方法で、米中指導者が意思の疎通を図らなければならないということに、トランプ氏は間もなく気づくだろう」と書いていた。
トランプ氏が11月に大統領に選出されて以来、中国のマスコミは厳しく規制され、米国に関する報道については新華社の当たり障りのない言い回しを使うよう指示されている。
他国の指導者とは異なり、習近平国家主席は明らかに、受話器を手に取るのが遅い。
トランプ大統領がメキシコやオーストラリアの指導者たちと行った電話会談からの影響を観察し、中国政府は、非外交的な出来事が起こりかねないリスクは回避しようと決心していた。
ジェイムズ・マティス国防長官やレックス・ティラーソン国務長官のような政権の「大人」が、(比喩的また時に文字通り)同席するまで電話会談を渋ることで、中国は求めていた台本を確実に手に入れたのだ。
ついにトランプ大統領と習国家主席との電話会談が実現した時、中国は自国が大切にしてきた「一つの中国」政策への米国の支持をあらためて取り付け、2人の出会いを尊厳あるものにもできた。
習国家主席が決然とした忍耐強い役者であるという評判は、より一層高まった。
トランプ大統領は、台湾について新しい立場を取ると話していたが、そのような発言は控えるに至った。
この電話会談以降、米中政府間では活発なやり取りが行われている。
新たに財務長官に就任したスティーブン・ムニューチン氏は、中国の主要人物複数と経済政策について協議しており、ティラーソン氏も中国の外相である王毅外交部長や上級外交官の楊潔篪と会談を行っている。
中国政府は、「習主席とトランプ大統領の間で達した合意」、つまり「不衝突、不対抗、相互尊重、相互利益への協力」を特徴とした関係の実現について協議を始めている。
実際面では、相互利益というのはつまり、可能な際は常に譲歩や協力をするということだと中国は理解している。そして米国が懸念するある領域において、中国は協力する意思をすでに示している。北朝鮮からの石炭を輸入停止にすることによってだ。
Image copyright AFP Image caption 北朝鮮からの石炭の輸入を止めたことで中国は北朝鮮に圧力をかけている
当然、中国政府はこの決定について、割当量に基づく専門的な理由としていた。
しかし新たなミサイル発射実験という北朝鮮の挑発行為や、北朝鮮による核開発計画の進展に米国の懸念が増大していることを考慮すると、今回の輸入停止は、ドナルド・トランプ氏にはどんなアメが使え、金正恩氏にはどんなムチを振りかざせるかと中国が慎重に計算した結果によるものだという可能性の方が高いだろう。
世界の舞台では、習主席は、自. 相手の弱みを自分の強みに分がドナルド・トランプとは違うということを巧みに示した。
ダボスでの世界経済フォーラムで、習主席がグローバル化と自由貿易を擁護したのは有名な話だ。
当然ながら、中国は国内市場を強力に保護しており、自由貿易のお手本とは言えない。しかし「代わりの事実(alternative facts)」の世界において、このレトリックは強力だ。
地域的な舞台においては、中国は、米国の環太平洋経済連携協定(TPP)からの離脱を間断なく利用し、多国間貿易の指導的立場として自国を売り込んでいる。TPPは、アジア太平洋地域における米国の経済的指導力を下支えするはずだった。
Image copyright Getty Images Image caption TPPに対する米国内の反対意見は幅広い政治的主張の人々から出ていた。ただし、中国はTPP合意に参加していない
そして中国の政治的舞台では、トランプ氏は、間接的に習主席のために動いている。
中国共産党は時に、自由で開放的で民主的な米国の魅力と訴求力から、一党独裁体制を守るのに苦労している。しかしトランプ政権発足から1カ月の間に見られた米国の街角での抗議活動や入国査証をめぐる混乱の光景は、中国がプロパガンダで活用できる贈り物なのだ。
米国のジャーナリストを偽物で欠陥があり真実性に欠けると言い、中国国営報道機関と足並みを揃えて抗議する米国大統領の姿もまた、プロパガンダで活用できる2つ目の贈り物だ。中国政府は、このどちらの贈り物も政治的に自国内で大いに利用している。
こうした戦術でこれまで上げてきた効果について、中国政府は非常に満足だろう。しかしこれは複数参加型の多面的なゲームで、長期的には多くの危険や罠が存在する。
中国は、危険をうまく中和し、トランプ大統領就任1ヶ月目という機会を巧みに利用した。
第一ラウンドは中国が勝利した。しかしまだまだ数え切れないほどのラウンドが、今後も待ち受けている。