ホツマについて詳しくここで展開するつもりはないが、なぜホツマが学会の中央に出て来ないのか?
偽書説は自分も可能性として無くはないと思うがそれよりも、天照大神男神説が説かれているからだと思う。
当時のどういう政治状況が天照女神説にしなければならなかったのかはわからない。
この辺りになるといわゆるアンタッチャブルな問題を孕んでくるので、心ある学者の方々に節度ある態度で研究を進めて頂きたいものである。
(東アジア初の女性君主、推古天皇を皮切りに、歴代女性天皇のほとんどが記紀編纂時期に集中している。我々はこの事実をどうみるべきかー。)
ともかく「記紀」をいくら読んでもわからないことが「ホツマ」には書いてある。
そして日本語の一音一音が"神"として
ホツマでは扱われている。
音が独立している所以であろう。
そして天と地、すなわち"ア" と"ワ" の2音の間に46音があり、これを染色体の数と関連させる見方もある。
日本語成立の初期において明確にそれを行った集団がいたのではないか ーと前途したが、あくまでも想像だが、
この人々こそ天皇家の皇祖の一団ではないかと考えている。
ホツマには明確にそのことが書いてある。
" 言葉を直すアワ歌を 常に教えて
アカハナマ イキヒニミウク フヌム
エケ ヘネメオコソノ モトロソヨ
ヲテレセヱツル スユンチリ シヰ
タラサヤワ ー "
ホツマ第一紋に和歌の1番初めの歌として載っている。
注目すべきは "ア" で始まり "ワ" で終わっているところ、そして「いろは歌」などよりはるかに覚えやすいという不思議さである。
意味は全くわからない。
しかし、イザナギ、イザナミ両神が言葉と社会の乱れた民にこの歌でもって教えてまわり世を整えたという。
これらが事実だとするとこれは"神話"ではなく、"歴史"になる。
日本人がそのアイディンティティについて曖昧である原因のもう一つに、その歴史が古すぎるため、民族としての成立がおとぎ話か神話でしか知られていない、という事がいえるが、これらが意外にも言語学の研究という面から解消されるかもしれない。
偽書説は自分も可能性として無くはないと思うがそれよりも、天照大神男神説が説かれているからだと思う。
当時のどういう政治状況が天照女神説にしなければならなかったのかはわからない。
この辺りになるといわゆるアンタッチャブルな問題を孕んでくるので、心ある学者の方々に節度ある態度で研究を進めて頂きたいものである。
(東アジア初の女性君主、推古天皇を皮切りに、歴代女性天皇のほとんどが記紀編纂時期に集中している。我々はこの事実をどうみるべきかー。)
ともかく「記紀」をいくら読んでもわからないことが「ホツマ」には書いてある。
そして日本語の一音一音が"神"として
ホツマでは扱われている。
音が独立している所以であろう。
そして天と地、すなわち"ア" と"ワ" の2音の間に46音があり、これを染色体の数と関連させる見方もある。
日本語成立の初期において明確にそれを行った集団がいたのではないか ーと前途したが、あくまでも想像だが、
この人々こそ天皇家の皇祖の一団ではないかと考えている。
ホツマには明確にそのことが書いてある。
" 言葉を直すアワ歌を 常に教えて
アカハナマ イキヒニミウク フヌム
エケ ヘネメオコソノ モトロソヨ
ヲテレセヱツル スユンチリ シヰ
タラサヤワ ー "
ホツマ第一紋に和歌の1番初めの歌として載っている。
注目すべきは "ア" で始まり "ワ" で終わっているところ、そして「いろは歌」などよりはるかに覚えやすいという不思議さである。
意味は全くわからない。
しかし、イザナギ、イザナミ両神が言葉と社会の乱れた民にこの歌でもって教えてまわり世を整えたという。
これらが事実だとするとこれは"神話"ではなく、"歴史"になる。
日本人がそのアイディンティティについて曖昧である原因のもう一つに、その歴史が古すぎるため、民族としての成立がおとぎ話か神話でしか知られていない、という事がいえるが、これらが意外にも言語学の研究という面から解消されるかもしれない。
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