ー 夜露は依然、凄としている。
喧風は止みて絶え、気は澄みて天象を明らかにしている。
その場のモノ達はー ずいぶんと長いこと無言のままでいた。
やがて… 一羽の鳥が飛び来たって柏の枝に羽を収める。
"影" が… 口を開く。
「……そろそろ、我らも帰るといたそうか。もはやこの酒宴も潮時だろう。
さあ意識よ、音頭をとってくれ。」
「…は、はい。」
ようやく意識は我に帰ったようだ。
意識は主催者としての責任を思い出したのか、何やら長々と挨拶をはじめたが、なぜか途中でやめた。
「いかがした?」
"形" が問う。
「この酒席は淵明殿の墓前にて企画したもの。
されば最後はやはり淵明殿の詩でもって終えたい。
私のつまらぬ挨拶などは無用であろう…。」
みな一様に頷いた。
それぞれに杯を満たし合い、淵明の小さな墓前に向かう。
"記憶" が謳うー 。
それは生前の淵明が「自ら祭る文」と題して自らの死を仮想し、自らの霊に捧げると嘯いて詠んだ詩である。
その場の誰もが最も好きな作品の一つであった。
彼らは "記憶" のその声に、耳を済ませながらこの… 永い一夜の出来事に想いを馳せていた。
" ー 茫茫タル大塊
悠悠タル高旻 (こうびん)
是レ萬物ヲ生ジ
余モ人タルヲ得タリ
余 人ト為リテヨリ
運ノ貧シキニ逢フ
簞瓢 (たんぴょう) 屡シバ尽キ
絺綌 (ちげき) ヲ冬ニ陳ク
歡ビヲ含ンデ谷ニ汲ミ
行 (あゆ) ミ 歌イテ薪ヲ負フ
翳翳タル柴門 (さいもん)
我ガ宵晨 (しょうしん) ヲ事トス
春秋 代謝シテ
中園ニ務メ有リ
載 (すなわ) チ耘 (くさぎ)リ
載チ耔 (つち) カヘバ
迺 (すなわ) チ育チ 迺チ繁ル
欣 (たの) シムニ素牘 (そとく) ヲ以テシ
和スルニ七絃ヲ以テス
冬ハ其ノ日ニ曝シ
夏ハ其ノ泉ニ濯グ
勤メテ勞ヲ餘スコト靡 (な) ケレバ
心ニ常閒有リ
天ヲ樂シミ分ニ委ネ
以テ百年ニ至ル…
ー やがて、朝日が昇る頃…柏木の周囲からすべての気配は消えた…。
終。
喧風は止みて絶え、気は澄みて天象を明らかにしている。
その場のモノ達はー ずいぶんと長いこと無言のままでいた。
やがて… 一羽の鳥が飛び来たって柏の枝に羽を収める。
"影" が… 口を開く。
「……そろそろ、我らも帰るといたそうか。もはやこの酒宴も潮時だろう。
さあ意識よ、音頭をとってくれ。」
「…は、はい。」
ようやく意識は我に帰ったようだ。
意識は主催者としての責任を思い出したのか、何やら長々と挨拶をはじめたが、なぜか途中でやめた。
「いかがした?」
"形" が問う。
「この酒席は淵明殿の墓前にて企画したもの。
されば最後はやはり淵明殿の詩でもって終えたい。
私のつまらぬ挨拶などは無用であろう…。」
みな一様に頷いた。
それぞれに杯を満たし合い、淵明の小さな墓前に向かう。
"記憶" が謳うー 。
それは生前の淵明が「自ら祭る文」と題して自らの死を仮想し、自らの霊に捧げると嘯いて詠んだ詩である。
その場の誰もが最も好きな作品の一つであった。
彼らは "記憶" のその声に、耳を済ませながらこの… 永い一夜の出来事に想いを馳せていた。
" ー 茫茫タル大塊
悠悠タル高旻 (こうびん)
是レ萬物ヲ生ジ
余モ人タルヲ得タリ
果てしない大地。
遥かなる天空。
そこに万物が生じた。
私も人として生まれた。
遥かなる天空。
そこに万物が生じた。
私も人として生まれた。
余 人ト為リテヨリ
運ノ貧シキニ逢フ
簞瓢 (たんぴょう) 屡シバ尽キ
絺綌 (ちげき) ヲ冬ニ陳ク
人として生まれてよりこのかた。
運の乏しい暮らしだった。
飲食はしばしば事欠き。
夏服が冬のふとん。
運の乏しい暮らしだった。
飲食はしばしば事欠き。
夏服が冬のふとん。
歡ビヲ含ンデ谷ニ汲ミ
行 (あゆ) ミ 歌イテ薪ヲ負フ
翳翳タル柴門 (さいもん)
我ガ宵晨 (しょうしん) ヲ事トス
それでも谷の水汲みにも喜びを覚えた。
薪を背負っては歩き歌った。
ほのくらい柴の戸のもと。
朝夕を私はひっそりとすごした。
薪を背負っては歩き歌った。
ほのくらい柴の戸のもと。
朝夕を私はひっそりとすごした。
春秋 代謝シテ
中園ニ務メ有リ
載 (すなわ) チ耘 (くさぎ)リ
載チ耔 (つち) カヘバ
迺 (すなわ) チ育チ 迺チ繁ル
春と秋が入れ替わりして。
田畑の仕事にいそしんだ。
草を刈り、土を耕せば。
育ちゆき繁り栄えた。
田畑の仕事にいそしんだ。
草を刈り、土を耕せば。
育ちゆき繁り栄えた。
欣 (たの) シムニ素牘 (そとく) ヲ以テシ
和スルニ七絃ヲ以テス
冬ハ其ノ日ニ曝シ
夏ハ其ノ泉ニ濯グ
楽しみに書を読み。
歌にあわせては七弦の琴を弾いた。
冬は日なたぼっこ。
夏は泉で水浴び。
歌にあわせては七弦の琴を弾いた。
冬は日なたぼっこ。
夏は泉で水浴び。
勤メテ勞ヲ餘スコト靡 (な) ケレバ
心ニ常閒有リ
働いて力の出し惜しみはしなかった。
心にはいつもゆとりがあった。
心にはいつもゆとりがあった。
天ヲ樂シミ分ニ委ネ
以テ百年ニ至ル…
天命を楽しんで己が分に身を委ね。
かくて一生の終わりを迎える…。
かくて一生の終わりを迎える…。
ー やがて、朝日が昇る頃…柏木の周囲からすべての気配は消えた…。
終。
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