思考の踏み込み

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形影神 終幕

2014-10-23 06:07:03 | 
ー 夜露は依然、凄としている。

喧風は止みて絶え、気は澄みて天象を明らかにしている。
その場のモノ達はー ずいぶんと長いこと無言のままでいた。


やがて… 一羽の鳥が飛び来たって柏の枝に羽を収める。




"影" が… 口を開く。

「……そろそろ、我らも帰るといたそうか。もはやこの酒宴も潮時だろう。
さあ意識よ、音頭をとってくれ。」

「…は、はい。」

ようやく意識は我に帰ったようだ。
意識は主催者としての責任を思い出したのか、何やら長々と挨拶をはじめたが、なぜか途中でやめた。

「いかがした?」

"形" が問う。

「この酒席は淵明殿の墓前にて企画したもの。
されば最後はやはり淵明殿の詩でもって終えたい。
私のつまらぬ挨拶などは無用であろう…。」

みな一様に頷いた。

それぞれに杯を満たし合い、淵明の小さな墓前に向かう。




"記憶" が謳うー 。

それは生前の淵明が「自ら祭る文」と題して自らの死を仮想し、自らの霊に捧げると嘯いて詠んだ詩である。
その場の誰もが最も好きな作品の一つであった。

彼らは "記憶" のその声に、耳を済ませながらこの… 永い一夜の出来事に想いを馳せていた。







" ー 茫茫タル大塊 
悠悠タル高旻 (こうびん)
是レ萬物ヲ生ジ
余モ人タルヲ得タリ    

果てしない大地。
遥かなる天空。
そこに万物が生じた。
私も人として生まれた。
  




余 人ト為リテヨリ
運ノ貧シキニ逢フ
簞瓢 (たんぴょう) 屡シバ尽キ
絺綌 (ちげき) ヲ冬ニ陳ク

人として生まれてよりこのかた。
運の乏しい暮らしだった。
飲食はしばしば事欠き。
夏服が冬のふとん。




歡ビヲ含ンデ谷ニ汲ミ
行 (あゆ) ミ 歌イテ薪ヲ負フ
翳翳タル柴門 (さいもん)
我ガ宵晨 (しょうしん) ヲ事トス

それでも谷の水汲みにも喜びを覚えた。
薪を背負っては歩き歌った。
ほのくらい柴の戸のもと。
朝夕を私はひっそりとすごした。




春秋 代謝シテ
中園ニ務メ有リ
載 (すなわ) チ耘 (くさぎ)リ
載チ耔 (つち) カヘバ
迺 (すなわ) チ育チ 迺チ繁ル


春と秋が入れ替わりして。
田畑の仕事にいそしんだ。
草を刈り、土を耕せば。
育ちゆき繁り栄えた。





欣 (たの) シムニ素牘 (そとく) ヲ以テシ
和スルニ七絃ヲ以テス
冬ハ其ノ日ニ曝シ
夏ハ其ノ泉ニ濯グ

楽しみに書を読み。
歌にあわせては七弦の琴を弾いた。
冬は日なたぼっこ。
夏は泉で水浴び。






勤メテ勞ヲ餘スコト靡 (な) ケレバ
心ニ常閒有リ

働いて力の出し惜しみはしなかった。
心にはいつもゆとりがあった。



天ヲ樂シミ分ニ委ネ
以テ百年ニ至ル…

天命を楽しんで己が分に身を委ね。
かくて一生の終わりを迎える…。











ー やがて、朝日が昇る頃…柏木の周囲からすべての気配は消えた…。


終。









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