読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

堤未果「ルポ貧困大国アメリカ」

2008-03-21 15:07:31 | 本の感想
 火曜日の「爆笑問題のニッポンの教養」『「ニート」って言うな!』の本田由紀先生だったのだけど、例によって太田光が「自分もニートだった」とか、事あるごとに「自分は自分は」と問題を矮小化し、結局「自己責任」というところに持って行こうとするので「違うだろ!」とテレビの前で思わず怒鳴ってしまった。これは番組制作上の計算づくの煽りか?と半分は疑ったが、太田光がそんな台本に素直に従うとは思えないので多分自分の言いたいことだけを喋っているに違いない。私は、2004年に「日本の若者 20%が無職状態」というNHKの調査結果が出た時2ちゃんねるのスレがすごく伸びたことをおぼえているが、「何十社も受けたが採用されなかった」「好きでニート・フリーターをやってるわけじゃない」という当事者の悲痛な声が投稿に反映されていて、私でもこれはただならぬ事態だと思った。今検索していたら「年収200万円以下が1000万人超す」という記事も出てきた。もはや個人の努力ではどうにもならない深刻な状況で、そういう若年者の失業や過酷な労働状況が構造的に作り出されているということを認めようとしないのはただのアホだ。国を挙げてワークシェアの仕組みや社会保障の強化について考えていかなくてはいけないし、負担すべきものは均等に負担しなきゃいけない。太田さんの挑発じみた言い方は、論点をすり替えるばかりで議論が全然深まらない。新聞あんまり読んでないだろう。番組の「リサーチャー」がまとめてきた情報をナナメ読みしてないか?


 貧困・格差は今や世界的な問題で、しかもグローバリゼーションの中から構造的に生み出されているということを気づかせてくれる本を読んだ。堤未果「ルポ貧困大国アメリカ」(岩波新書)
 驚愕のルポルタージュだった。
 例えば、私が最近のサブプライムローン問題についてどうしてもわからなかったことは「こんなローンの返済額じゃ今の年収で払えるわけないということになんでローン組む人が気がつかなかったのか」ということだったが、そうじゃなかったのだ。低所得者がハメられたのだ。もっと言えば、最初から喰いモノにするつもりで金融機関が知識に乏しい低所得層にローンを組ませたのだ。「持家」を餌にして!最初から自己破産してたりクレジットの信用に問題があるような人をターゲットに勧誘し、高い金利でローンを組ませ、払えるだけ払わせて、払えなくなったら家を取り上げて売却する。不動産価格が上昇を続けていた間はそれで利益が出てうまくいったのだ。不動産バブルがはじけた途端にその仕組みがまわらなくなった。しかし、債権は他の金融商品とうまーく抱き合わせて世界中にばらまかれているから、損失を被ったのは詐欺的勧誘をしたローン会社とは限らないはずだ。クソ!詐欺じゃないか。それで人生をめちゃめちゃにされたのは騙された人たちだ。アメリカでは至るところに、このような貧困層を喰いモノにするシステムがある。

 例えば学校。
 2002年春、ブッシュ政権は新しい教育改革法「落ちこぼれゼロ法」(NO Child Life Behind Act)を打ち出した。その具体的なやり方とは、
 全国一斉学力テストを義務化する。ただし、学力テストの結果については教師および学校側に責任を問うものとする。良い成績を出した学校にはボーナスが出るが、悪い成績を出した学校はしかるべき処置を受ける。たとえば教師は降格か免職、学校の助成金は削減または全額カットで廃校になる。
こういうの、日本でもどっかやってなかったっけ。アホな知事がいるところだったかな。
 しかし、その法律の目的は別のところにあったのだという。「落ちこぼれゼロ法は表向きは教育改革ですが、内容を読むとさりげなくこんな一項があるんです。全米のすべての高校は生徒の個人情報を軍のリクルーターに提出すること、もし拒否したら助成金をカットする、とね」それで、裕福な地域の高校は個人情報の提出や軍の関係者の立ち入りを拒否できるが、助成金に頼っている貧しい地域の高校は提出せざるをえない。それによって貧しい家庭の子どもが軍に勧誘され「大学に行ける」「職業訓練が受けられる」「医療保険に入れる」などとウソ八百の勧誘を受けて続々とイラクに送られるのだ。そして健康を害して帰国しても十分な医療は受けられないで前よりももっとひどい貧困状態に陥る。

 メキシコなど南米から流入する移民は、アメリカ産の穀物との価格競争に敗れた農民が多いという。そりゃあヘリコプターで種を播くような大規模農業に比べたら家族経営の農園なんか負けてしまうのは当然だ。借金を作って土地を手放し、職を求めてアメリカに来るが労働ビザがない移民には低賃金で危険で汚い仕事しかない。家族みんなで働いても年収二万ドルちょっとくらいしかないのだ。大学に行くなんて夢のまた夢だ。それで軍のリクルーターの口車にうかうかと乗ってしまうのだ。

 騙されるのは若者だけではない。イラクなど危険な戦闘地域で軍の仕事を請け負って働かされる派遣労働者、彼らもターゲットになったのだ。クレジットカード会社の多重債務者情報などを入手したこういった派遣会社から直接勧誘の電話があるのだという。そして「高額の収入が得られる外国の仕事」(大ウソ)と偽ってイラクに行かされ、何の安全対策も取られない状態で炎天下の過酷な肉体労働に従事させられる。劣化ウラン弾に汚染された水を飲んで白血病になっても保証もなく医療費も支払われない。アメリカ人だけではない。このような民間の派遣労働者は世界中から集められているという。いったい、それでだれが儲かるのか?派遣の仕組みは入り組んでいて複雑だが、
 たとえば、パブロがフィリピンの新聞広告で見た派遣会社は「ガルフ・ケータリング社」だが、その会社は「アラガン・グループ」という別の会社の下請けをしている。アラガン・グループはユタ州にある「イベント・ソース社」の下請けだが、そこはまたテキサス州のKBR社の下請けをやっている。
「KBR社の親会社はどこなんですか?」
目が回りそうになった私がそう聞くと、そこで始めて新聞などでよく見る会社の名前が出てきた。
「ハリバートン社ですよ」
 ハリバートン社とは、現副大統領であるディック・チェイニーが1995年から2000年までCEOを務めた石油サービス・建設企業だ。

わあ、チェイニーって、この人?そりゃーイラク撤退に反対するはずだわ。どんどんお金が懐に入ってくるわけだから。

 こういう瞠目的な事実が次々と報告される。アメリカ的新自由主義というのは福祉や教育、医療など、本来民営化してはいけない部分まで民営化してしまったため、個人の抱えるリスクがおそろしく増大し、格差と貧困を再生産してしまっているのだ。たとえば医療。
 2005年の統計では、全破産件数208万件のうち企業破産はわずか4万件に過ぎず、残り204万件は個人破産、その原因の半数以上があまりに高額の医療費の負担だった(U.S.Census Bureau 2006)
 ごく普通の電気会社に技師として勤めていたホセも2005年に破産宣告をされた一人だ。
「原因は医療費です。2005年の初めに急性虫垂炎で入院して手術を受けました。たった1日入院しただけなのに郵送されて来た請求書は1万2000ドル(132万円)。会社の保険ではとてもカバーし切れなくてクレジットカードで払っていくうちに、妻の出産と重なってあっという間に借金が膨れ上がったんです」

 日本だと盲腸の手術は6万4200円だ。4,5日入院しても30万を超えることはまずない。出産も、日本では一律35万円の出産育児一時金制度が出るが、アメリカにはなくて、出産費用の相場は1万5000ドルだそうだ。おそろしいことだ。これじゃあ、安い保険しか入れない人はちょっと病気をしたり子どもを産んだりしてたら貯金なんか吹っ飛んでしまう。じゃあ、医者が儲けているのかといえばそうじゃない。訴訟に対応した損害賠償保険の莫大な掛け金、そして会社ごとに違う複雑な保険の事務処理に医者たちも苦しめられている。さらに保険会社が医療機関ごとに出す評価が悪くなるとその病院は契約認定医制度から外され、その会社の保険を受けている患者はそこにかかれなくなるのだそうだ。そんなことってあるか!病院も経営を重視する株式会社型の巨大病院チェーンなるものが急成長しているらしい。おそろしい。
 「市場原理」が競争により質を上げる合理的システムだと言われる一方で、「いのち」を扱う医療現場に導入することは逆の結果を生むのだと、アメリカ国内の多くの医師たちは現場から警告し続けてきた。
 競争市場に放り込まれた病院はそれまでの非営利型から株式会社型の運営に切り替えざるを得ず、その結果サービスの質が目に見えて低下するからだ。
 その顕著な例の一つに、1990年代半ばに全米一の巨大病院チェーンに成長したHCA社がある。同社は現在、全米350の病院を所有、年商200億ドル、従業員数は2万5000人を超える世界最大の医療企業だ。
 同社はコスト削減のために、採算が合わない部門や高賃金の看護師などを次々に切り捨て、患者には高額な請求をして利益を上げてきた。
 同社が所有する病院に課した営業ノルマは利益率15%だが、各病院の平均利益率はそれをはるかに超えた18%という驚異的数字を達成している。

 ノルマを達成した病院の経営責任者は高額のボーナスをもらい、達成できなかった場合はボーナスなしなんだそうだ。経営責任者はころころ変わり、医師と看護師は過重労働でボロボロになっている。そして患者は高額の医療費を請求される。なんでもかんでも民営化すれば経費節減になってうまくいくってわけではない。決して民間の自由競争に任せていてはいけない部門もあるのだ。アメリカが「市場開放」とか「とどまるためには走り続けなくてはいけない」とか言っても聞いてはいけない。その結果みんな不幸になってしまうかもしれないじゃないか。ちゃんと書いてあった。
 現在、在日米国商工会が「病院における株式会社経営参入早期実現」と称する市場原理の導入を日本政府に申し入れているが、それがもたらす結果をいやと言うほど知っているアメリカ国民は、日本の国民皆保険制度を民主主義国家における理想の医療制度だとして賞賛している。

 前会頭のチャールズ・レイク氏はアヒルが出てくるCMの保険会社の日本代表だったじゃないか。そら「市場開放」「グローバル競争」って言うわな。保険会社しか儲からない仕組みなんだから。何が「相利共生」だ!アメリカに帰って貧困者の保険をなんとかしなさい!

 「ニッポンの教養」で本田由紀さんも言っていたが、このアメリカ型の自由競争社会というのは、みんなを石臼みたいなものに入れてごりごり挽いて、一握りの生き残ったものだけが勝ち組になるという過酷な仕組みだ。アメリカンドリームなんていうのは絵空事で、アメリカは世界中から大量の移民を入れて奴隷のように低賃金で働かせ、借金漬けにし、軍に入隊させ、一生浮かび上がれないように使いつぶすのだ。実に巧妙に仕組みができている。そんな国を見習ってどうする!そんな国の軍備拡大の無間地獄に巻き込まれてどうする!結局みんな多国籍企業に富を吸い取られてすっからかんになってしまうんだ。
 もはやアメリカ型の大量生産、大量消費システムは行き詰まりがきているということを自覚して、今の現状を反面教師にして日本の進むべき道をみんなで考えなくてはならない。すごいショックをうけた。この本には。

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