読書と追憶

主に読んだ本の備忘録です。

佐藤優「国家の崩壊」メモ その2

2008-03-16 00:09:21 | 本の感想
 なかなかはかどらないけど、とりあえずメモ。

 宮崎学さんは「ソ連を崩壊させた主犯は、ずばりゴルバチョフであった。」と言っている。ゴルバチョフが「アホだった」から、構造改革をしようとして失敗し、結果的に国家を崩壊させてしまったというのだが、「アホ」というのは言い過ぎで、せいぜい「人心を理解できなかった」とか「理想主義に走った」とか「先を読むのが下手だった」という程度で、どっかの国の政治家とは格が違っていると私は思った。そして、硬直化した官僚政治によって停滞した社会を変革しようとして失敗してしまったけれども、その混乱期にエリツィンをはじめとする剛腕でかしこい政治家がポコポコ出てきて、結果的にはなんとか乗り切ったと言えるんじゃないか。もうこの時期から20年後の未来を見据えていた政治家がいるのだから。
 こんなディープな人脈を持つ佐藤氏のような有能な外交官を逮捕した検察は、いったい何を考えていたのかと思う。小説「警官の血」に出てくるように、目先の小さな逸脱を問題にして巨悪を叩くチャンスをパアにしてしまったようなものだ。まさか、国民の注目を何かから逸らすためとか、ロシアと日本が友好を深めてはまずい勢力がいるとか、外務省内部(あるいは政治家)の勢力争いのとばっちりとか、そんな理由じゃないだろうな。あー、まさか、知り過ぎているからマズイとか・・・・。


 エリツィンという人は事故で手に障害があったものだから、軍隊に入れない、技師にもなれない、それで建築現場の監督からスタートした人だという。「そこで、どうやって納期に合わせて完成させるか、手抜きでぶっ壊れないようなものをどう造るか、そういうところから始まって、人の手配、工事の段取りのエキスパートになっていった。そういうふうに、土建からスタートして党の幹部になっていった人なんです。」こういう現場主義の人だから民衆の感情を理解していて一種の「愚民政策」をやったのだそうだ。
 ゴルバチョフは世界革命を考えていたから、ロシア人のモラルを変えなければならないと思っていた。つまり、酒飲んでヘロヘロになっているのはよくないということで、アルコールの規制。タバコも体によくないから、できるだけタバコの値段を上げて、排除する政策を採った。前に申し上げたように、手を付けてはいけない酒、タバコ、ジャガイモ、黒パン、この四つのうちの酒とタバコに手を付けて抑制しようとしたわけです。

 これに対してエリツィン時代は酒とタバコをどんどん開放して、できるだけ安くおさえて、庶民にいいものが届くようにする。密造酒も事実上取り締まらない。ジャガイモ、黒パンは逆ザヤにして、いくらでも安くていいものが手に入るようにする。しかも、ポルノ全面解禁です。簡単にいえば、欲望に関するものは全部OKだった。それから違法ソフトなども取り締まらない。それは、エリツィン自身の民衆観に基づいているもので民衆の欲望に関するところには権力の手で触らない。という基本方針を貫いているんです。

 それからエリツィンは、暴力装置を完全に統制できるとも思っていないんです。暴力装置は国家を維持するために必要である。ただし、要所要所で肝心なときに動かせればいい。権力を維持するために必要最小限の暴力があればいい。その代わり、自分の権力に刃向かってくるんだったら徹底的にやる。そういうやり方です。
 ゴルバチョフはそうじゃなかった。均一な法の支配でやろうとしていたんです。

 現在のプーチンも、法の支配で均一な市民社会を作ろうとするのは、大きな間違いと認識している。プーチンは、そんなやり方では国民が言うことを聞かないのはよくわかっているんです。同じ法律であっても、あるときはやられて、あるときはやられない。今の日本の国策捜査みたいなことをやっていると、人々は権力者を非常に恐れるようになるんですよ。プーチンは、そこをわかっている。

 それから、この民間暴力装置とか教会とかに関係した利権構造にも、プーチンは絶対に手を付けようとしていないです。これも、エリツィンの政策を完全に継承しています。エリツィンプーチンも、裏の世界を統制しようとしないで、裏の世界と表の世界の間にきちんとした棲み分けを確立しているんです。

 「民間暴力装置」というと日本では「ヤクザ」のことですね。これを弾圧すると、拡散して「カタギ」との境界線があいまいになり、一見合法を装うからよけい性質が悪くなるってよくいわれますよね。「手を付けてはいけない領域」に決して手を突っ込まないというのが賢い政治家ってことか。日本ではなんだろうな。道路関連の利権を本気で追及しようとしたら死人が出るってこの前宮崎哲弥さんが言っていたけど、むしろこういうところで検察はがんばってほしいと思う。

 で、このエリツィンのブレーンにブルブリスというめちゃめちゃ頭のいい人がいるのだけど、この人が、「ソ連末期には三種類のエリートがいる」といったのだそうだ。
 一番目のエリートは、〈ソ連共産全体主義制のエリート〉。この人たちは古い組織は動かすことができるけど新しい時代に適応できないし改革の障害になる。
 次に第二のエリートグループがある。これはいわば〈偶然のエリート〉だ。つまりオレのように偶然エリツィンの側にいてエリツィンが勝ってしまったから下の方からいきなり引き上げられた連中。この連中は何かやりたくても組織を動かす能力がない。しかし特権に執着しそれを決して手放したくない。この〈偶然のエリート〉が別の意味で改革の大変な障害になっている。
 第三のエリートは〈未来のエリート〉。「今の十代後半から二十代の連中だ。それより上の世代の連中は、みんな多かれ少なかれ旧いソ連の垢が染みついた過渡期の人間だ。そうした人間たちに代わってもらうために、この十代後半から二十代の連中を、いま勉強させている。西側にも出てもらう。それで、市場経済の仕組みもわかって、民主主義というもののおかしいところも、西側のものの考え方や思想の問題点も全部わかったところで、彼らが表に出てくる。少なくとも10年はかかる。とりあえず、産声が上がるまで5年。どうにか表で働けるまであと5年はかかる。」
 で、この〈未来のエリート〉がロシアの未来を担っているわけだけど、一番目と二番目のエリートはみんな自分も含めて「狼」だからこの三番目のエリートを食ってしまうおそれがある。だから、彼らが無事育つまでの間、狼の腹が減らないようにしておかなくてはいけない。その上で徐々に狼たちを舞台から外に出していかなくてはいけない。「これがいまロシアの政治家にとって最大の課題だよ」と言うのだ。
 なんと賢い!そして今確実にそのエリートが育ちあがって活躍しているのだ。

 日本にあてはめると「これってあれかな」とかいろいろ想像したり、あるいは想像を絶するおそろしい状況だったりして楽しい。いや、ソ連崩壊後の2、3年、日本では「ロシアはハイパーインフレが起こって、年金生活者が窮乏している。この冬が越せるのか」とか「貧富の格差がひろがってマフィアが暗躍してむちゃくちゃ」とかいろいろ言われていたけど佐藤さんはこの時期のロシアはとてもおもしろかったと言っている。はじめて資本主義に触れてうまく立ち回る人と怖がって貧乏になっていく人、知識人階級の百家争鳴、出版ブーム、日本からバッタ品を輸出して大儲けした政治家とか、ここらへんをもっと知りたいものだ。
 
 日本の政治家はよく中国や日本の古典なんかを愛読しているようだけど、そんなのよりも佐藤さんの本を読んで研究するといいと思うな。ソ連崩壊前の国民が「ふにゃー」としている社会の停滞した空気とか改革が掛声倒れになって失敗するところとか早めに手をうっておけばよいことを先延ばしにして流血の大惨事になるところとか、いろんなことが身につまされて勉強になると思うな。

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