夕べ息子が,「お母さん,今日先生が○○模試代2000円払えって言うから払ったからちょうだい」と言った。先日,センター試験があったとき,1,2年生は模試があった,その分だ。高校生は,授業料以外にも,こうして途中でいろいろと請求があるのだ。娘のときにも,夜遅くなってから,実は明日6000円要る・・なんて言われて,早く言えよ~という状況になったことも多々あった。
まあ,娘の場合,小遣いを買い食いやらカラオケやらで使って,いつもぴーぴー言ってたので,立て替えて払うなんてことはついぞなかったんだけど,息子の場合は,なんというか,娘と小遣いの額がそんなに違うというわけでもないのだけど,結構小金を貯めているようで,取りあえず模試代2000円くらいは財布に入っていた模様。「だって,先生が急に言うんだもの・・・」などと言ってはいたが,しかし,そんなことは絶対にないと思う。確信している
娘のときだって,何日までに持って行くとか,今回のは何千円なんで,用意しておいてって,大抵数日前には言っていたからだ。で,私が息子に「急に,今日模試代って言って,今日までに払えってことはないやろう」って言うと,「・・・そうかも」言われたときに,いったい何を聞いていたのか・・・。
高校には,芸術課目の選択があって,美術と音楽と書道と,その中から1教科選ぶようになっている。息子は,入学したとき,美術はどうにも画才もないようだし,音楽はなぁ・・ということで,どちらかというと消去法で書道を選択したのだけど,まあ,その芸術点が,はっきり言って,なんでこんな点になる・・というくらい悪い。最低ラインをうろうろしている。なんぼなんでも・・と思うが,息子は,あの先生はひいきばっかりして,自分のことはいつも悪く言うのだと言う。どうも注意をされる筆頭のようだ。まあ,特に字が上手だということもなく,下手くそな字を書いているんだろうなとは想像するのだけど,それとこれとは話が違う気がする。
息子の言い分は,自分だけが注意されるということだけど・・・多分ぼぉ~っとしていることが多いんだろうなと思う。つまり上の空っていうんですかね。きっとそんな態度が横柄に見えるんだろうなと思う。親としては,決して悪い子ではないと思うのだけど,どちらかと言うと分かりにくい,先生のお覚えはよくない子の範疇に入ると思う。担任に直訴したいとまで言ったので,母はう~んと考えた。
多分,この子は,ほかの授業のときも,ふっと意識がどこかへ行って,心ここにあらずってことが多いんじゃないかと思う。それが,多分さぼっているというように見えると思うので,・・・本当のその書道の先生が,息子ばかり注意したりするということがあっても,担任に言ったときに担任がどう考えるかと想像したら,多分息子に非があると思うんだろうなって思うのではないのかなと。
それで,息子にはちょっと酷なことを言った。しばし考えて・・・そうかもしれないと言う息子。教師が悪いとは言わないが,学校の先生って,成績でその人間を判断することって,多々あるよなと思っている。じっくりその子と向き合うという時間もないだろうし,人数多かったら,息子なんて,成績が悪いので目立っているかもしれないけど,どちらかというと先生のお覚えのめでたいほうではないと思うのだ。授業で分からないところを質問に行くとか,いつも熱心にかつ積極的に学校生活を送っているなんてことは,とうてい息子には望めそうにないので・・・。
我が家で取っているY新聞で,今土曜日に中沢新一が連載をしている。題名は「無人島のミミ」。まだ始まったばかりだけど,結構おもしろい。(ちなみに,この前はドナルド・キーン氏の連載。これも大変興味深かったが)1月20日は,子どもが文字を知り,人間の世界へ足を踏み入れるときのことを書いているのだけど,そこで「半分人間」という言葉が出てくる。「ことばには魔法の力がやどっていて,その力を失うのとひきかえに,子どもは人間になる。」で,言葉の力を信じている人は,人間の世界では半分人間として生きていかざるをえなくて,人間の世界で生きる半分人間は,「ぶきちょさんにならざるを得ない」。
半分人間の話では,いろいろと思うところがあるのだけど,でも多分息子は,どこか生きるのがぶきっちょな,“ぶきっちょさん”なんじゃないかなと,この連載を読みながら思っている。いいのか悪いのか・・・分からないんだけど・・・。
まあ,娘の場合,小遣いを買い食いやらカラオケやらで使って,いつもぴーぴー言ってたので,立て替えて払うなんてことはついぞなかったんだけど,息子の場合は,なんというか,娘と小遣いの額がそんなに違うというわけでもないのだけど,結構小金を貯めているようで,取りあえず模試代2000円くらいは財布に入っていた模様。「だって,先生が急に言うんだもの・・・」などと言ってはいたが,しかし,そんなことは絶対にないと思う。確信している
娘のときだって,何日までに持って行くとか,今回のは何千円なんで,用意しておいてって,大抵数日前には言っていたからだ。で,私が息子に「急に,今日模試代って言って,今日までに払えってことはないやろう」って言うと,「・・・そうかも」言われたときに,いったい何を聞いていたのか・・・。
高校には,芸術課目の選択があって,美術と音楽と書道と,その中から1教科選ぶようになっている。息子は,入学したとき,美術はどうにも画才もないようだし,音楽はなぁ・・ということで,どちらかというと消去法で書道を選択したのだけど,まあ,その芸術点が,はっきり言って,なんでこんな点になる・・というくらい悪い。最低ラインをうろうろしている。なんぼなんでも・・と思うが,息子は,あの先生はひいきばっかりして,自分のことはいつも悪く言うのだと言う。どうも注意をされる筆頭のようだ。まあ,特に字が上手だということもなく,下手くそな字を書いているんだろうなとは想像するのだけど,それとこれとは話が違う気がする。
息子の言い分は,自分だけが注意されるということだけど・・・多分ぼぉ~っとしていることが多いんだろうなと思う。つまり上の空っていうんですかね。きっとそんな態度が横柄に見えるんだろうなと思う。親としては,決して悪い子ではないと思うのだけど,どちらかと言うと分かりにくい,先生のお覚えはよくない子の範疇に入ると思う。担任に直訴したいとまで言ったので,母はう~んと考えた。
多分,この子は,ほかの授業のときも,ふっと意識がどこかへ行って,心ここにあらずってことが多いんじゃないかと思う。それが,多分さぼっているというように見えると思うので,・・・本当のその書道の先生が,息子ばかり注意したりするということがあっても,担任に言ったときに担任がどう考えるかと想像したら,多分息子に非があると思うんだろうなって思うのではないのかなと。
それで,息子にはちょっと酷なことを言った。しばし考えて・・・そうかもしれないと言う息子。教師が悪いとは言わないが,学校の先生って,成績でその人間を判断することって,多々あるよなと思っている。じっくりその子と向き合うという時間もないだろうし,人数多かったら,息子なんて,成績が悪いので目立っているかもしれないけど,どちらかというと先生のお覚えのめでたいほうではないと思うのだ。授業で分からないところを質問に行くとか,いつも熱心にかつ積極的に学校生活を送っているなんてことは,とうてい息子には望めそうにないので・・・。
我が家で取っているY新聞で,今土曜日に中沢新一が連載をしている。題名は「無人島のミミ」。まだ始まったばかりだけど,結構おもしろい。(ちなみに,この前はドナルド・キーン氏の連載。これも大変興味深かったが)1月20日は,子どもが文字を知り,人間の世界へ足を踏み入れるときのことを書いているのだけど,そこで「半分人間」という言葉が出てくる。「ことばには魔法の力がやどっていて,その力を失うのとひきかえに,子どもは人間になる。」で,言葉の力を信じている人は,人間の世界では半分人間として生きていかざるをえなくて,人間の世界で生きる半分人間は,「ぶきちょさんにならざるを得ない」。
半分人間の話では,いろいろと思うところがあるのだけど,でも多分息子は,どこか生きるのがぶきっちょな,“ぶきっちょさん”なんじゃないかなと,この連載を読みながら思っている。いいのか悪いのか・・・分からないんだけど・・・。